第30話
クラリスに案内されながら、私は街の中を歩いていた。見知らぬ建物や賑わう人々に囲まれ、ますます混乱していく。
ルナは何事もないかのように歩いているのが気になる。もしかして知っていたのだろうか。むしろ知らないのは私だけか……?
知ってたのなら教えて欲しい。いや、しかしホムンクルスたちは私のことを全知全能の神にも等しい森羅万象における頂点と思っている。つまり「私」は既に知っていると思っているのだ。
……教えてくれなんて言えない。だというのに私は知りたい。どうすればいいんだ。
そんなジレンマを抱えながら大通りの先――私の家に入ると、どうやらこの家はいつの間にか改装されて冒険者ギルドとしての役割を果たすようになっていたらしい。
なぜ受付のカウンターがあるんだ。酒場も併設されており、職員は全員ホムンクルスじゃないか。軽いめまいがする。
「クラリス……」
「なんでしょうか、セラフィナ様」
「どうしてこうなったのだ」
冒険者ギルドが家にある光景を見て耐えきれずに尋ねる。さすがの私も理解の限界を超えるというものだ。なにしろ私はホムンクルスたちが思っているほど全知全能ではないし森羅万象における頂点でもない。
どこにでもいるエルフだ。エルフはもう私一人だが。
「お戯れを、セラフィナ様。全てはセラフィナ様のご意思——私を試すのはやめて下さいませんか?」
……ダメだ。もう終わりだ。試していない。私はなに一つ試していないんだよ。むしろ私が試されているくらいだ。
そもそも私は男に戻るギフトを探すために街へ出たのであって、冒険者ギルドを迎え入れたいなんて考えてもいなかった。
「どうぞ皆様、こちらへお入りください」
どうすればいいのか、なんて考えているうちに気付けば客間に到着していた。クラリスに促されるままに奥の席に座る。目の前にはルシアン公がテーブルを挟んで座っていた。
……いったい私に何をやれというのだ。
「ではルシアン公、ご用件をお伺いしましょう」
ここまで話をしていくのであれば、クラリスが私の隣に座って話をした方が早いんじゃなかろうか。
だがクラリスが私の隣に座らないことで、クラリスのしたいことも分かってしまった。私に場を仕切ってほしいのだ。
クラリスの中のセラフィナ――つまり私は全知全能であるがゆえに全てを理解し、話ができる。そしてこの場の主導権を握り、なにかの交渉をしろと言っているに違いない。
でも待ってほしい。それはクラリスの中のセラフィナであって現実の私は全知全能ではない。つまり何を考えているのか分からないのだ。
無理に決まってる。そんな気持ちでクラリスを見ると目が合って微笑まれた。全てを任せるという笑みだろうか。
「ふざけるな! なぜこのワシが貴様らと話をする必要があるのだ!? この街の長を出せ!」
「この街の長はセラフィナ様です。ルシアン公」
「ええい、そんなはずがあるか! なにかの間違いだ!」
「いいえ、ルシアン公。間違いではありません。それに――これ以上、セラフィナ様を侮辱されるのであれば、こちらも相応の手段を取らせていただきますよ」
「貴様……! こちらにはヴァリシア王国騎士団がおるのだぞ! お前たちごときに屈するとでも思っておるのか!?」
ルシアン公は威圧するように睨んでくるが、騎士団のメンバーはみんなメイド服を着たホムンクルスたちに囲まれている。
騎士団のメンバーを鍛えていてわかったがホムンクルスは騎士団の遥か上を行く。相手にすらならないだろう。加えて武器も全て渡してしまっている。つまりどうにもならない。
「凄むのは構わないが、状況を確認したらどうだ?」
「ふん、なんだ。この女どもが何だというのだ!? 騎士たちが武器を預けているだけ……何が問題だと?」
たしかに普通の人から見れば私の作ったホムンクルスは種族は多少ちがえど、人の見た目と変わらない。ルシアン公から見れば逼迫した状況には見えないというわけか。
「……相変わらずバカな爺さんね」
「オズ! 貴様! ワシに向かってなんと言った!?」
「バカって言ったのよ。あと後ろのメイドたちは、あんたの連れてきた騎士なんて相手にならないほどの魔力を垂れ流してるのよ? 私でもあんな人数を相手にしたらどうにもできないわよ」
「そんなわけあるか! なにを馬鹿なことを言っておるのだ!」
ルシアン公がオズを怒鳴りつけるのを見て、騎士団長が一歩前に出る。
「ルシアン様……オズ・メルティの言っていることは本当です」
騎士団長からも助言が飛ぶ。その様子を見てルシアン公が毒づいた。
「ッチ、この役立たずどもめ!」
忌々しいものでも見るような目で周囲の者たちを睨みつける。ルシアン公も周囲の者たちが動かない以上、どうしようもないと踏んだのだろう。
周りの者たちを威嚇するようににらみつけ終えた後、私に目線を戻し続けた。
「本来であれば貴様らなど万死に値するのだが、騎士団や冒険者が腰抜けで命拾いしたな……!」
「アンタ、だれに言ってるわけ? だいたいアンタはセラフィナ様への態度が悪すぎるのよ! クラリスお姉さまの言うとおり、これ以上侮辱するようなら命がないと思いなさいよ!」
ルナが言葉を荒げるが、ルシアン公はそれに負けない勢いで反論をする。
「貴様……! 旅の途中はルミナスへ来るための客人だと思い大目に見てやったものの……いいだろう! よくわかった! この街――ルミナスはヴァリシア王国に対して謀反を働いておる!」
謀反って、そもそも私がヴァリシア王国へ下野している前提になっているな。私はそんなつもりはなかったんだが。
今はあくまでギフトの調査記録のために協力しているだけだ。
「謀反ですか。我が主、セラフィナ様が率いるルミナスはヴァリシア王国に下った覚えはなかったのですが」
「なんだと!? 貴様ら、ヴァリシア王国内で街を作っておいてそのようなことを……! もう我慢ならん! おい、ガイアス! この者たち早急になんとかせよ! これは立派な反逆罪であるぞ!」
ルシアン公は騎士団長を怒鳴りつけるが動かない。当然だろう。私が道中散々教え込み騎士団の者たちはホムンクルスたちの放つ圧倒的な差を持った魔力を感じ取っているはず。
つまり勝ち目がない、と。ルシアン公は怒りに身を任せていて深く聞いていないかもしれないが、騎士団長はオズを肯定していたのだ。
「無理です、ルシアン様。私たちではどうにもできません」
「ふざけたことを抜かすでない! 良いか!? 貴様らは騎士だ! 命を投げうってでも国のためを思い行動する。それこそが真の騎士であろう!」
騎士団長はそれでも首を振るう。
「いい加減気づいてください、ルシアン様。この場において戦わないことが国のためになるのです」
「ええい、もうよいわ! ならばオズ! 貴様が役に立って見せよ!」
ルシアン公が怒鳴りつける。だが道中であれだけ嫌っていたオズが何かを聞くとは思えなかった。
「はぁ!? 嫌に決まってるじゃない。私の依頼はあんたをルミナスまで無事に連れてくることよ。依頼の内容には含まれてないわ」
「依頼の内容に含まれておらんとやらんと言うのか!?」
「当たり前じゃない! 私は冒険者よ? 寝ぼけたこと言ってるんじゃないわよ!」
「貴様……! ならば依頼する! こやつらを王の前に差し出すのだ! 生死は問わん!」
「いやよ。私一人でどうにかなる状況じゃないし」
「き、貴様ぁ……! どいつもこいつも使えんやつばかりだ! もうよい! ワシが直々に――」
ルシアン公がそこまで言ったところで、ぴたり、と言葉を止めた。クラリスが首に剣を当てていたからだ。
「ルシアン公、状況を分かっておられますか?」
「ワシを脅すつもりか?」
「はい、これ以上の狼藉を見逃すわけにはいきませんので」
特にルシアン公と話す必要もなかったので見守っていたが、さすがにこの状況は看過できない。
ギフトの調査記録的にヴァリシア王国と敵対するのは避けたい。できるだけ穏便に済ませたいのだ。
「クラリス、よせ」
「………………わかりました」
だいぶ間があったようだが、クラリスは剣を首筋から遠ざける。珍しくかなり怒っているようで、ルシアン公のことを睨みつけている。
「ほう、セラフィナ。貴様は冒険者の分際でよくわかっているではないか。ワシに手を出せば国王陛下も黙ってはおらん。ヴァリシア王国を敵に回したくないであろう?」
「そうだな。ルシアン公の言うとおり。《《いまの時点で敵対するのは得策ではない》》」
「良い! 良いぞ! 話が分かる者がいるではないか! では次の私の要求も飲まざる得ないということが分かっておるな?」
無茶な要求でなければ構わないが、なぜ要求を受け入れなければならないんだろうか。自分の立場を教えるにはどうすれば良いんだろう。
「要求次第だ」
「ほざけ。貴様らに逃げ場などあるまい。良いか、よく聞け。この街にある全てのアーティファクトをワシに差し出すのだ」
「アーティファクトを? なぜだ」
「ふん、知れたことを。アーティファクトほど強力な道具を国として管理するのは当然であろう? ルミナスは我が国の一部、忘れたわけではあるまい」
ルシアン公はそう言うと意地悪そうな笑みを浮かべて続ける。
「さぁ、さっさと差し出せ! バカ者どもめ! わざわざ、ワシが管理をしてやると言っておるのだぞ! 栄誉であるぞ!」
強欲さにため息が出る。今の時代のアーティファクトは外交の切り札として利用したりすると言っていた。ルシアン公は自分の地位を上げたいのだ。
たしかに私の保管している無数のアーティファクトを持ち帰れば地位の向上は確約されたようなものだろう。
だが一つ二つではなく全部となると話は違う。たしかに私はアーティファクトにあまり思い入れはない。だからと言って国の切り札になるようなものを全部「はいそうですか」と渡すつもりもない。
「無理な相談だ」
「なっ! 貴様、ヴァリシア王国を敵に回すというのか!?」
「一つ二つであれば構わないがな。さすがに全て、というのは私に利がなさすぎると言っているのだ」
「利がないだと!? 舐めておるのか!? ヴァリシア王国が全て出せと言っておるのだ! ごちゃごちゃ言わず全て差し出せ! バカ者め!」
ルシアン公の怒声が響いた瞬間、クラリス以外のホムンクルスたちが一斉に動いた。首筋に刃を当てている者、いつでも魔法を打てるように杖を向けている者、ホムンクルスたちがいつでも攻撃できるように威圧している。
かなり怒っているらしい。しかし私はあくまでヴァリシア王国とは穏便に行きたいのだ。
「お前たち――」
「セラフィナ様」
「……なんだ、クラリス」
「ここは私めにお任せください。必ずやセラフィナ様のご期待通りに」
どういうことだろうか。しかしあのクラリスが任せて欲しい、とまで言うということは、少なくともこの後のシナリオについても考えてあるということか。たとえここでルシアン公がどうなったとしても。
クラリスは最初のホムンクルスにして、ホムンクルスたちのリーダー。頭もいい。
ならば考える必要はあるまい。どう転んだとしてもヴァリシア王国との仲を良好に保ちギフトの調査記録をみれるだけの道筋がきっとあるのだ。
「わかった、いいだろう。任せよう」
「ありがとうございます」
小さくそう答えると、一歩前に出る。そして冷え切った表情で静かに声をあげた。
「ルシアン・ド・ラモー。我が主であるセラフィナ様を侮辱するのもいい加減にしなさい。それ以上言うのであれば……たとえセラフィナ様のご指示であろうとも私たちの気が収まりません」
「ふん、お前たちの気が収まらんだと!? ワシを殺せばヴァリシア王国が――」
ルシアン公が言葉を続けようとした瞬間、ホムンクルスたちが一斉に動いた。
いくつもの刃がルシアン公の体に突き刺さり、大きく目を見開いたまま、力なく崩れ落ちていく。
「な、何を……」
その言葉を最後にルシアン公は息絶えた。
「あーあ、やっちゃったわね。私がやりたかったのに」
セシルは絶句し、オズは呑気に声をあげた。ルナはオズと同じ思いだったようで、オズに同意しながら二人で緊張感なくルシアン公の悪いところを言い合っている。
血濡れたルシアン公を見ながら内心では焦っていた。本当に大丈夫なんだろうか。ここまでして平気なのか。クラリス、信じているぞ。
「さて、それでは皆様。口裏を合わせるための話し合いを始めましょう」
口裏を合わせる……?
もしかして事故死と言うことにする気だろうか。たしかにそれなら穏便に済ませることができるかもしれない。
「よろしいですね、皆様」
不敵に笑うクラリスを前に騎士団が頷いて口を開いた。
「……構いません。私としても道中で思うところもありました。それに彼は王都でも強欲と汚職が噂されかなり厄介な存在でもありました。加えて先ほどの――ヴァリシア王国としても国益を損なう行為としか思えません」
同意するようにオズが頷いて引き継ぐ。
「国についてはわからないけど冒険者からの評判はかなり悪かったし私も構わないわ」
「ありがとうございます。では騎士団との方々には一人一人に制約魔法をかけさせていただきます」
「せ、制約魔法!? そこまでやる必要があるのか!?」
「ええ、皆様が裏切らぬよう、私の魔法で制限させていただきます。特に騎士団は、一枚岩でもないでしょうからね」
「……しかしそれでも制約魔法とは……」
「受け入れられないというのであれば構いませんよ。私はセラフィナ様の意向に沿い、慈悲を与えているのです」
私の意向に沿って慈悲を与えるってどういうことだ。もしかして騎士団も不要だから切り捨てるとでも言っているのか。
騎士団員とは道中を一緒に歩いてきた仲である。できればそういうことは言わないで欲しいのだが、と思っていると、騎士団長は観念したかのように首を振るって、
「……わかった……わかったよ。受け入れよう」
そう言ってクラリスは一人一人に制約魔法をかけていく。なんだか私が元凶のようになっていてあまり気持ちよくないな。騎士団にはどこかでちゃんと弁明した方が良いかもしれない。
「さて、これで準備は良いですね。ではこれより皆様の役割をお伝えします――」
クラリスによれば、騎士団員とオズはヴァリシア王国へ帰って報告。その後は自由らしいが、ルシアン公のことについては制約魔法で話せない。
「そこまではいいだろう。ではクラリス、私たちはどうするつもりだ?」
「セラフィナ様、試しておられるのですね」
尊い者を見るように微笑むクラリス。まったく試そうとはしていない。だいたい、なにを試そうというんだ。
「セラフィナ様のパーティーはここに残って頂きます。信憑性を出すために、ワイバーンとの戦闘で命を落としたということにしていただきます」
「……なるほどな」
たしかにそれなら納得感も出る。ルシアン公だけが死んでしまっては怪しいが、他の護衛対象も死んでいるのであれば、事故死という信憑性も増すだろう。
いや待て。そしたら私が王都に戻れないじゃないか。なんなら生きているという噂も立てられない。つまり実質、私はルミナスにいる以外ないんじゃないか?
どういうことだ、とクラリスを見る。すると、分かっていますよ、と言うように頷いてくる。
なにも通じていない。
……どうしてこうなったんだ。




