第28話
「ルシアン様、国王陛下の勅命遂行の危機に晒したこと、大変申し訳ございません」
馬車まで戻ると騎士団長がルシアン公に頭を下げていた。たしかにワイバーンの混乱のときに怒鳴っていたな。国王の命令に背くのか、だったか。
ルシアン公の地位は公爵。私の古い記憶によれば上から数えた方が高かったはずだ。しかし公爵とはいえ、未開拓の地に送り出すというのはどうなのだろうか。いや、逆に未開拓ではあるものの重要視しているからこそ公爵という重鎮を送っている可能性もあるか。
いや余計な詮索はやめておこう。ただでさえ冒険者風情が、と煙たがられているというのに。
「ガイアス、気をつけろ。ワシの命は国王陛下と同じものと思うのだぞ」
「……はっ」
横暴な公爵の怒りはまだ静まっていないようで、眉間に深い皺を寄せた顔でこちらを見てきた。
「オズ! 貴様もだ! いざと言うときに魔力切れなど何のための冒険者だ!? ワシを守るためならその命を投げうってでも魔法を使ったらどうだ!?」
オズは誰が見ても分かるくらい嫌そうな顔をする。しかし魔力切れだったことも確かなので反論もせずにそっぽを向いている。
「貴様! 話を聞け!」
「はいはい、わーかーりーまーしーたー。アンタなんか護衛対象じゃなかったら消し炭にしてやるわ」
「ッチ! これだから貴族に敬意のない冒険者など使いたくないのだ!」
ルシアン公が嫌われる理由が垣間見えるな。もっとも当の本人であるルシアン公は気づいていなさそうだが。
そんなルシアン公はオズでは溜飲が下がらないと見たのか、私の方にも向き直ってきた。余計な接触を辞めようと思っていた矢先なんだけどな。
「お前たちもだ! なぜワシの命令を無視しガイアスを助けた!? 今回は運よく倒せたものの、もしもお前たちが死んでいたら国王陛下の勅命を果たせなかったのだぞ!」
「耳元で怒鳴らずとも聞こえる。そもそも運がよかったわけではない」
「貴様っ……! ワシの顔に泥を塗るつもりか!? ワシが運がよかったと言えば運が良かったのだ!」
悟ってしまった。ルシアン公は自分が中心に回って動いていないと気が済まないのか。話しが通じないとも言うが。
この手の相手には何を言えばいいんだろうか、と考えているとルナが割って入ってきた。
「アンタ、運ってなによ!? セラフィナ様がワイバーンごときに後れを取るって言いたいの!?」
「だからそう言っておるではないか! だいたいこんな小娘がワイバーン相手に生きていられるわけあるまい! 運が良かったのだ!」
「このっ! そもそもセラフィナ様に守ってもらったくせに何を偉そうにいってんのよ!? だいたいアンタ、私がちょっと小突いただけで腰抜かしてたじゃない!」
「そ、そうだ! そうだったぞ……! 貴様、ワシに向かって何をした!? こともあろうに、国王陛下の勅命を受けたこのワシを脅しおったな!?」
「だからなによ!? あんただってセラフィナ様のことを馬鹿にしたじゃない!」
「貴様ぁ……! 反省するどころか、ワシに立てつくとは……! Sランクの冒険者だからと調子にのりおって!」
ルシアン公は騎士団長の方を振り返り、ルナを指さしながら怒鳴り散らす。
「おい! ガイアス! この者を国王陛下の勅命に背いた罰として処刑せよ!!」
「……ルシアン様、そのご命令には従えません」
騎士団長が首を横の振るう。さすがに命を救ってもらった相手を害するというのはできないということか。ルシアン公と違って話の通じる人で良かったよ。
「な!? なんだと!? 国王陛下の勅命に背くつもりか!?」
「いえ、国王陛下の勅命はあくまでもルミナスの視察のはずです。ルシアン様を無事、ルミナスへ送り届け、そして帰ってくることです。その中にルナさんを処罰することは含まれないはずです」
「貴様……! 頭を使うことなど出来んくせにワシにたてつくつもりか!? それがなにを意味か分かっておるのか!?」
「……ルナさんの件に関してはルミナスの視察とは関係のない、ルシアン様の私情です。つまり、これは国王陛下の勅命ではないということです」
「ぐ……貴様……! 言いよったな……! 良いだろう、帰ったら覚えておけ!」
プライドを傷つけられたと思ったのか、ルシアン公は顔を真っ赤にしながら馬車の中へと入っていく。
騎士団長がほっと息を吐いた。この人も横暴さと戦うために神経をすり減らしていたのかもしれない。
「……セラフィナさん。助けてもらっておいて、こんなことになってしまって申し訳ない」
「いや、私はあまり気にしていない」
ルシアン公がなんと言おうが、ヴァリシア王国と良好な関係が築けていればそれでいいのだ。
もっともルナはどうか分からない。おそらくだが私のことを馬鹿にされた、とか思っているに違いない。
「そう思うなら、あのジジイこそあんたの手で始末しなさいよ」
「……ルナさん、さすがにそれは無理だ。あれでも国の大物貴族なんだ。もし視察先で亡くなったとなれば……大問題になる」
「そんなの全部、叩き潰せばいいのよ」
「ちょ、ルナさん!? そんなの乱暴すぎます! ヴァリシア王国を敵に回すつもりですか!? セラフィナさんも止めて下さいよ!?」
セシル、なぜ見てくる。私はヴァリシア王国を敵に回すつもりはない。そもそも一人の爺さんと気が合わないということで、ギフトの手がかりを棒に振りたくないのだ。
「ルナ、私は争いたいわけではない。少し嫌味を言われたくらいで報復など考えるな」
「……そうですか。セラフィナ様がそう言うのであれば……」
口ではそう言っているものの、顔が納得していない。この旅の中で始末した、なんてことにならないようにしないとな。
私たちの話が落ち着きを見せたのを聞いてか、騎士団長は再び頭を下げてきた。
「セラフィナさん、ルナさん。本当にすまなかった」
「気にするな。私としても君たちの国とは穏便にやりたいんだ」
「それは助かるよ。もし私がセラフィナさんを相手にしても……勝てる自信はないからね」
ははは、と騎士団長が自虐的に笑った。その笑い声が引き金になったのか、周囲の団員たちも緊張が解けたらしく、安堵の表情を浮かべながら一斉に口を開いた。
「セラフィナさん! 団長を助けてくれて本当にありがとうございます!」
「ああ、もし団長がいなくなったら……クソ、考えたくもない」
「あの爺さん……本当にいつも横暴だよな。だから騎士団の人望ねーんだよ!」
「おい、声がでかいぞ、聞こえるぞ。それに文官はみんなそんなもんだろ?」
「っと、すまねぇ。まあ……文官がそうなのはその通りだな」
どうやらルシアン公を含めた文官は騎士団と仲が悪いらしい。それでよく国が回っているものだ。私がエルフの国の王だった時はどうだっただろうか。
……よく考えたら私は国の政治には関わっていなかったな。婆様はこれでよく私を王にしたものだ。いや、もしかしたら王にできないと踏んで私を女に変えたのか?
そして私と優秀な男を結婚させ、そちらで国を回す……なんて恐ろしい。500年も前のことながら私は身震いをする。考えるのはやめよう。
過去の嫌な記憶に浸っていると騎士団長が私を現実に連れ戻すかのように声をかけてきた。
「ところで、セラフィナさん。聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「私の剣に魔力が宿っていた、というのはどういうことなんだい? もう少し詳しく聞かせてもらえないだろうか?」
「もう少し詳しく、か。単純な話だ。君の剣には魔力が宿る。ただそれだけの話だ。私は君ではないからどうやっているかはわからないが……見立てではギフトが関連していると思っている」
「ギフトが……?」
「そうだ。もっとも君のギフトも私は知らないから推測の域を出ないがな」
私の言葉に騎士団長は考え込むように顎に手を乗せた。しかしそれもすぐに終わって意を決したように私を見て、
「私のギフトは剣王だ。知っているかもしれないが、剣の扱いに関しては剣聖に次ぐ貴重なギフトだ。だからこの衝撃波も剣王のギフトの一部だと思っていたのだが……君によると違うようだね」
まさか騎士団長ともあろう人が自分からギフトを明かすなんて。セシルも驚いている。それはそうだ。今のこの世界ではギフトは、その人が持つ固有の能力で切り札である。
もしもギフトが知れれば対策も取られてしまう。それほど重要な情報を一介の冒険者である私に教えたのだ。
しかし剣王、か。もしかしたら剣のギフトというのは剣に魔力を乗せることに長けている場合に発現するのかもしれない。
「剣王のギフトについては私も詳しくない。だが剣から出る衝撃波については魔力が源になっているのは間違いない。そしてその魔力を飛ばすことで衝撃波を作っているのだ。もっともただの衝撃波だけではもったいないがな」
「どういうことだ?」
「簡単なことだ。衝撃波というのは強力な魔力をそのまま相手にぶつけているだけ。魔力を火や水、風などに変えれば、また別の戦い方もできるだろう」
「……確かに剣を扱うもので、そう言った戦い方をしている者もいるな。私には無理だと思っていたのだが……」
先入観の問題なんだろう。騎士団長がそういうのであれば、おそらく剣王以外にも属性魔法を剣に宿すギフトがあるに違いない。
ギフトというのは先入観を与えて道を狭めているだけのように見える。もっとも本当に習得できないほど適正がゼロ、存在しないという可能性もあるので、無駄な回り道をしなくて済むという利点はある。
とはいえ適性がゼロでない限り、苦労はするが習得は可能だ。私もずいぶんと苦労した。
「なぁ、セラフィナさん。この道中だけでもいい。私にその魔法の変換を教えてくれないだろうか。セシルさんも教えているんだろう?」
「確かにセシルには教えている」
「助けてもらっておいてこんなことまでお願いするなんて心苦しいが……どうかお願いできないだろうか」
深々と頭を下げてくる。しかしそう言われても困るな。セシルに教えているのは基本、基礎である。今回の依頼はある程度、完成された領域をさらに伸ばしてほしいというもの。いわば応用だ。それを変えていくのはかなりの努力がいる。そして日数もだ。
そんな中途半端なことはできない。そう思って断ろうかと思った。だが騎士団長の目が訴えてきていた。教えてくれ、と。
仕方ない、か。
「この道中で習得できなくても良いか?」
「! ああ、もちろんだ! きっかけがあればそれでいいんだ……! 私はもっと強くなりたい! 皆を守れるように……!」
それで納得できるのならいいだろう。しかしこれはもろ刃の剣でもある。変に癖がついてしって放り出されてしまったら、今よりも弱くなる可能性もある。
「本当にいいのだな? 中途半端では逆に弱くなる可能性もあるのだぞ」
「いいんだ。私はもっともっと強くなる必要がある……! そのためなら何を犠牲にしても」
そこまで意思が固いのなら私が言うことはあるまい。
「わかった。いいだろう」
「そうか! ありがとう、セラフィナさん!」
そうと決まれば騎士団長がなるべく弱くならないような訓練プランを考えなければいけないな。
さて、セシルと比べて応用だからどうしたものか――
「そしたら俺も教えてくれないか!」
「おい、ずるいぞ! 俺もだ!」
「セラフィナさん! 俺もお願いします!」
「俺も……団長の足は引っ張りたくねえ……!」
……なるほどな。私の周りには騎士団員たちが群がってきていた。どうやら私がゆっくりとギフトの調査報告書を読む時間はない、と言うことだな。
そう考え、私は肩を落としたのだった。




