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第27話

 悪い予感と言うのはよく当たる。オズとルナ、二人の息が整わないうちに先を行っていた騎士から焦るような叫び声が上がったのだ。


「に、逃げろ!! ワイバーンだ!!!」


 騎士の一人が必死になって馬を走らせて私たちのもとへと向かってきている。その後ろにはワイバーンが5匹。


 ワイバーンは竜種の近縁だ。数は少なくとも魔物としてはかなり強力。それが分かっていてだろう。騎士も一人では決して相手にしようとせず、本隊に合流して戦うつもりなんだろう。


「バカな! こんなところでワイバーンだと!? どうなってる!」

「団長、どうしますか!」

「私とオズで気を引こう。その隙にみんなを連れて離れろ! オズ・メルティ! 行けるか!?」


 騎士団長が声を張り上げるが、私は知っている。魔力切れだ。最も優れた魔術師という名が泣いているぞ。


「え、えーっと……そのぉ……」

「……ま、まさか先ほどルナ殿との腕試しで魔力切れを……?」

「……はい……」

「くっ……仕方ない……! いいか、私がワイバーンを引き付ける! オズ、魔力が回復したらすぐに参戦してくれ」

「わ、分かったわ」


 勇猛《ゆうもう》なのか無謀《むぼう》なのか。騎士団長がワイバーンのもとへと駆けていく。


 これはオズの依頼と騎士団の護衛任務だ。この場で私が出る必要はあるまい。それにワイバーンをどのように追い払うのかも気になった。そう思って馬車の上で足をぶらぶらとさせながら行く末を見守る。


 騎士団長は剣を握りしめているところを見るとやや厳しいか。竜種の近縁というだけあってワイバーンは空を飛んでおり、リーチが明らかに足りていない。


 それをどう補うのか。見ものだ。騎士団長が雄たけびを上げる。


「うおおおおおおお!!」


 剣を振るうと同時に空気が揺らぎ、閃光が走った。


 魔力を利用した衝撃波だろうか。しかしワイバーンには相性が悪い。竜種は危機察知能力が高く、魔力の流れには特に敏感だ。


 実際に騎士団長がいくら剣を振るって閃光を放とうとも、ワイバーンは踊るようにひらひらと舞い、衝撃波は一つも当たっていない。


 その様子にオズは苛立たし気に爪を噛む。


「……私としたことがやらかしたわ……魔力さえあればワイバーンなんて大したことないのに」


 反省はしているのか。まあ私としてもルナを止めなかったという責任をほんの少しくらいは感じる。とはいえ全力を出し切ってしまったのはオズとルナが悪い。そもそも護衛対象と戦うなという話だが。


 オズの苛立たし気な声とは裏腹にワイバーンを連れてきてしまった騎士を助けるのには成功したようだ。


「レオニス! 大丈夫か!?」

「ああ、だが団長が……!」

「クソ、あのワイバーンども団長の剣を避けるなんて……!」

「どうする!? 俺らが行っても足手まといになるかも――」


 騎士たちが団長の背中を見つめることしかできていない中で、騒ぎに気付いルシアン公が馬車から顔を出した。


「な!? なんだこの状況は! なぜ一人で戦っておる!? オズはどうしたのだ!?」


 その声にビクリ、とオズが反応しげんなりした様子でルシアン公の方に振り返り、


「……魔力切れよ……」


 と、目を合わせないようにして小さな声で告げた。


「ッチ、こんな時に役に立たんとは使い物にならんではないか! おい、脳筋の騎士ども! オズが使えないのならなぜさっさと逃げない!!」

「そ、それは……団長が」

「バカ者どもめ! ガイアスはもう駄目に決まっておるわ! 見てみろ! オズの支援もなく5匹のワイバーンに囲まれて逃げられるはずはない! いいからこの場から離れよ!」


 怒鳴り散らすルシアン公を前にしても騎士たちはまだ渋っていた。


 気持ちはわからなくはない。仲間が危険だというのに部外者から見捨てろ、と言われて簡単に見捨てられるか、という話だ。


 たとえ護衛対象であったとしてもそう簡単に決断できるものではない。それが慕《した》っている者であればなおさらだ。


 もっともその気持ちを理解できない者もいるようだが。


「ええい、何をためらっておる! ワシはレオニアス国王陛下から直々にルミナスの視察の勅命《ちょくめい》を受けたルシアン・ド・ラモーだとわかって渋っておるのか!?」

「わ、分かりました……!」


 王の名前まで出てくると騎士たちも逆らうわけにはいかない、か。


「くそ、団長を見捨てるなんて……」

「だがルシアン様の言うことも……クソ、俺たちに力がないばかりに……!」


 騎士たちが悔しそうに、馬を引き返し始める。オズもこの状況にしてしまった後悔があるらしく、俯いて唇を噛みしめていた。


 仕方ない。騎士たちの気持ちがわかる以上、私が出ていくとしよう。それにここで助けておけばヴァリシア王国との関係もより良好になるかもしれない。良くなればギフトの情報も開示してくれるかもしれないからな。


 馬車から飛び降りて団長とワイバーンが戦っている方へ歩いていく。


「な、ちょっと!? セラフィナ、やめなさいよ! あんたDランクじゃない!! いくら一度私の魔法をかき消したからって、あれだけじゃワイバーンになんて勝てないわよ!?」

「クソ、あの小娘!! なにをやっておる!? レオニアス国王陛下の勅命《ちょくめい》に背くつもりか!?」

「小娘ェ!? あんた、至高なるセラフィナ様に小娘って言った!?」

「ひぃ!!」

「ルナ、私は気にしていない」

「……わかりました。セラフィナ様がそうおっしゃるのであれば……」

「全員、黙ってそこで待っていろ」


 それだけ言い残すと、ワイバーンに囲まれた団長のもとへと駆ける。するとワイバーンも私の魔力に気付いたようで、ギャギャギャギャと警戒の声を上げた。


 私はワイバーンの間を潜り抜け、団長の隣に着いた。ワイバーンは私の魔力を危険だと判断したのか、囲うようにしていた陣形を崩し私の前に立ちはだかった。


「な!? 君は!? なぜ逃げないのだ!?」

「なに、私は私のために戦うまでだ」

「だが君は冒険者のランクもDだろう!! 危険すぎる!」

「黙って見ていろ」


 私は団長を守るような形で後ろにつける。そしてワイバーンに向けて手をかざし――静かに呟いた。


「凍れ」


 その瞬間、周囲の空気が急激に冷え込み、白い霧が立ち込める。氷の結晶がキラキラと舞い、凍てつく寒気が一気に広がった。


 ワイバーンたちは驚く間もなく、その翼や身体が氷に覆われていく。バリバリと氷が成長する音が響き渡り、彼らの表情は恐怖に歪んだまま、動きを完全に止めた。


 静寂が訪れ、凍りついたワイバーンたちが青白く輝いている。


「え、な、何が起きたの!?」


 オズが悲鳴のような声をあげ、隣の騎士団長も訳が分からない、と言った感じで錯乱気味に言葉を漏らした。


「な……! あれだけ避けられていた攻撃が……! なぜだ……!?」


 わかっていなかったか。仕方ない、少し解説してやろう。


「君の剣には魔力が宿っているだろう。攻撃の軌道がワイバーンからすれば読みやすいのだよ」

「私の剣に……魔力が……? どういうことだ?」


 自分の剣に魔力が乗っていることすら気が付いていないのか?


 おそらくギフトの能力なのだろうが、習得の過程をギフトで得たというので飛ばしてしまうのは考え物だな。


「無意識でやっていたらしいが、君の剣は振るう前に既に魔力がこめられている。それではこれからこの方向に攻撃しますよ、と言っているようなものだ。私は、ワイバーンたちが反応できないほどの速度で魔力を練り上げ、凍らせたのだ」


 ワイバーンたちは反応速度が優れていたわけじゃない。魔力を察知する能力が高いだけだ。そんな魔物に魔力を練るところを悠長《ゆうちょう》に見せていれば、避けられるのは当然だ。


「き、君はいったい……」

「知っているだろう? 私はセラフィナ・ルミエール。ルミナスまで案内するしがない冒険者さ」


 そんな困った顔をされても困る。間違ったことは言っていない。なにしろ私はギルド公認のギフトなし、Dランクだ。


 と、そんな会話をしているとルシアン公の苛立った声が聞こえてきた。


「き、貴様ら!! なにをグズグズしておる! 終わったのなら早く戻って来んか!」

「まったく、口が減らないな」

「そう言わないでくれ……だが助かったよ、ありがとう。私はルシアン公のところへ行くとするよ」


 騎士団長が走って行く姿を見て、ルシアン公に果たして守る価値があるのか分からなくなるのだった。

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