第26話
私の手には閲覧許可の出た調査記録があった。馬車で戻ることになったルミナスでの移動時間に読んでいいということだ。
なお、機密性は低いらしい。そう考えると女から男になるギフトの記載についてはあんまり期待できなそうだ。ほら、機密性が高そうなギフトだし。
さて王の一声でルミナスへの移動となった私たちの準備は、ほとんど終えている。
馬車は準備され、同行者も決まった。同行者は全部で十一名。護衛騎士団から選ばれた騎士が八名。その騎士団長と思われるおじさんが一名。そして文官と思われる老人が一名。
そして、最後の一人は――
「また会ったわね! セラフィナ・ルミエール!」
私と同じくらいの背のチビ女が立っている。決して私に対してチビと言ったわけではないので誤解がなきよう。
で、この女は誰だったかな。
「だれだ?」
「……ふ、ふふふふ……私なんて覚える価値もないということかしら……っ! その傲慢さ、正してやるわっ!」
傲慢ってそんなつもりはなかったんだけどな。単純に私が人の顔を覚えるのが凄く苦手というだけで。傲慢なんて思わせるようなことがあるのであれば、今後は気を付けた方が良いのかもしれない。
に、してもこの人だれだったっけ。完全に記憶から抜け落ちている。そんな様子を見かねたのか、セシルが小声で話しかけてきた。
「セラフィナさん、オズ・メルティですよ。最年少でSランク冒険者になった方で……ほら、前にギルドで揉めたじゃないですか」
クラリスが心を折ったSランク冒険者の子か。
「……覚えているぞ。オズ・メルティ」
「と、とってつけたようにっ! 隣のセシルからこっそり聞いたんでしょう!?」
オズは悔しそうに唇を噛み締め、目には涙が浮かんでいる。なんだか少し可哀そうな気もしてきた。あのときは明らかにクラリスが少しやりすぎな感じ出ていたし。
でもここで私が口出しすると、嫌味になるかもしれない。下手に口出しできないし、どうしようか。そんなことを思っていると馬車の窓から老人が顔を出して怒鳴りつけてきた。
「おい貴様ら、早くせんか! いつまで遊んでおるつもりだ! まったく国王陛下もSランクとはいえ冒険者風情を護衛に加えるとは、いったい何を考えておるのだ」
「はぁ、渡りに船と思って依頼を受けたものの……護衛対象がルシアン公というのは悩みの種だわ」
「ルシアン公……? 誰だ、それは」
「セラフィナ、あなた本当に物を知らないのね。あの爺さんのことよ。ルシアン・ド・ラモー公爵。国でも有力な権力者だけど、性格が最悪なの。前に依頼を受けたことがあったけど横暴で自分の思い通りにしたがるのよ」
オズもずいぶんと横暴だった気がするが、というのは飲みこんでおく。しかしそのオズが言うのだから、ルシアン公はかなり要注意かもしれないな。
ルシアン公から視線を外しルナを見ると、私に怒鳴り声をあげたことにご立腹のようだ。ルシアン公を睨みつけていた。ルシアン公の方は気づいていなそうだが、既に状況は相当悪い。
私はため息をつく。
この旅は前途多難だ。
☆☆☆
街を出て少しすると私たちは御者席に座っていた。ルシアン公は冒険者と同じ馬車に乗りたくなかったらしい。馬車の中は豪華な装飾が施されていたので、長旅でも楽ができそうだと思ったのだが。
しかし馬車内で感じていた無言の圧力を考えれば、御者席で良かったかもしれない。あの無言でルシアン公に睨みつけられる圧力。そしてそれを睨み返すルナ。あの地獄のような空間で過ごすくらいなら御者席のほうがマシだ。
さてそんなわけで御者のように扱われている私たちだったが、ただただ御者席に座って待っているわけではない。
「セラフィナさん! どうですか!?」
「悪くない」
セシルに魔力コントロールの訓練を行わせて監督していたのだ。内容は水球のコントロール。魔力量こそあまり多くないもののセシルの上達速度は悪くない。
教えたのは昨日だったはずだが、既にかなり自由に動かせているように見える。これなら次の段階に行っても良いかもしれない。
「ふん、そんなの簡単じゃない。大したことないのね」
いつの間にか近づいていたオズがセシルの魔力コントロールを見て真似をし始める。やれやれ、あまりセシルの自信を削ぐようなことを言わないでほしいんだがな。
「オズはSランクの冒険者だろう? Dランクであるセシルと張り合っても仕方ないだろう」
「なっ、なによ! セシルを庇うってわけ?」
庇うも何も私が教えているのはセシルであってオズではない。
「君に魔法を教えているつもりはないからな。自然とそうなるだろう」
「な、なななな、なによっ! 私に喧嘩を売ってるわけ!?」
「ちょっとアンタ。セラフィナ様になんてこと言ってるの? 聞き捨てならないわね」
おかしいな。私はセシルに魔法を教えていたはずなのだが、なぜオズとルナが言い争っているんだ。
「セラフィナ様に喧嘩を売るなんて100年早いわ。セラフィナ様を相手にする前に私が相手してやるわよ!」
「言うじゃない! 良いわ、ルナ! アンタとはギルドでの決着をつけたかったところよ。最も優れた魔術師と呼ばれている私が叩きのめしてやろうじゃない!」
二人を止める間もなく、オズとルナは馬車から離れていく。どうしてこうなったんだ。何度も言うが私はセシルに魔法を教えていただけだ。勝手にオズが対抗心を燃やしたのが原因だと思うんだけどな。
そもそもオズは私がDランクだと知っているはずなのに、なぜ対抗心を燃やすんだ。
「あの二人、大丈夫ですかね」
「問題ないだろう。二人ともSランクの冒険者だ。引きどころくらいは見極めているはずだ……たぶん……」
「……そうだといいですが……」
セシルが不安そうに二人の行く末を見ている。うーん、心配しすぎで魔法の訓練に影響を及ぼさないでほしいな。慣れていない魔法は特に集中力を要する。
仕方ない。
「もし危なそうだったら私が止める。だから二人のことは気にせずこちらに集中しろ」
「わ、わかりました」
巨大な火球を準備し始めたルナを視界の端で捕える。この距離ならディスタブマジックも届くだろう。
自分の射程範囲だけを確認してから、セシルに向けて話を続ける。
「その維持している水球を圧縮して――水滴サイズまで縮めてみるんだ」
「……この大きさの水球を、ですか?」
「そう。こんな感じに」
手のひらでセシルの顔ほどの大きさの水球を作り出し、ゆっくりと圧縮し、水滴ほどの大きさに縮めてみせた。
そしてその小さくなった水滴を遠くに飛ばす。すると飛んだ先でパチンと弾け、小さな爆発を引き起こした。セシルが感嘆の息を漏らす。
「す、すごい……」
「今度はこれを出来るようになるまでやるんだぞ」
セシルは自信なさ気に肯くと手元の水球を徐々に縮め始めるが、水球はすぐに不安定に揺れ始めた。
「魔力の制御が乱れている」
「……難しいですね……」
セシルは必死に集中するが、水球の揺れはますます激しくなる。これは想定の範囲内だ。注意して出来るのであれば教える必要などないのだ。だがこの揺れの大きさは少しまずいな。
セシルの作る水球の振動は次第に大きくなっていき、ある点を迎えた瞬間——私はギフトの調査記録を抱えて御者席から飛び降りる。
「ひゃっ!」
小さな悲鳴と共に水球が弾け、御者席はずぶぬれになっていた。
「ああ、びしょびしょに……」
「だれでも初めから上手く行くとは限らん。それにすぐに習得されては私に教えを乞う意味もないだろう」
「そうですね。たしかに。頑張ります」
そう言うと、今度はセシルが馬車から降りて歩き始めた。
「私が座ってるとずっと濡れそうなので……私が歩くことにします」
「無理はするな。魔力の使い過ぎで倒れては困る」
「わかってます」
しかしセシルも歩くなら御者席は私の一人占めか。セシルの濡らした御者席を洗浄魔法で一気に乾かして座る。広いのはいい。まったく三人横並びで御者席に座るのは、どう考えたって定員オーバーだ。
が、私の独占期間はすぐに終わってしまった。オズとルナが戻ってきたのだ。
「……ルナ、なかなかやるじゃない」
「あんたこそ私と張り合うとはやるじゃない」
どうやら私の出番はなかったようだが、二人とも全力を出しすぎじゃないだろうか。
特にオズ。出発前にぼやいていたが護衛の依頼中じゃなかったのか。オズの魔力の残量を調べてみるが、ほとんど気絶する寸前といっても良い。護衛の依頼……大丈夫だろうか。
私は出発のときと似たような不安を再び感じるのだった。




