王太子の願い
時を少し戻して、シイル殿下の解説を聞こう。
勇者《召喚》の歴史は、ケセラサ王国、建国時までさかのぼることができる。それ以前にもあったんじゃないか、っていう学者もいるけど、まあ、確かめようがないよね。
記録にある限り、昔は五十年とか、八十年とか、それなりに間隔があいてたんだって。そして、やってくるのは一度に一人。
でも、そのスパンがだんだん短くなってきて、一度の《召喚》で現れる人数も、二人、三人と増えていった。例えはわるいけど、水漏れが次第にひどくなる感じかな?
いまこの国に、勇者は八人いる。下は十一歳から、上は三十四歳。男女比は、ちょうど半々。
これからも増えるだろうって、この事実を知る者たちは予測してる。
「勇者たちには、大いに助けられています。彼らの知識、思考、行動力。どれもが、ケセラサ王国に繁栄をもたらしたことは事実だ」
そう言いながらも、シイル殿下の顔色は冴えない。青白い光源のせいばかりじゃないだろう。
「しかし、まるで、それと引き換えるかのように、国土は色をなくしていったのです」
「あっ」
思わず声を上げると、殿下が大きくうなずく。
「かつては豊かな土地でした。王家の記録も、祖父母が口にする伝説も、それを物語っています。森は深く、泉はいたるところにあり、動物たちも多かった」
そうか。狩猟と採集だけで生活できるほどの自然の恵みがあったんだ。
「もちろん、これは彼らのせいではありません。彼らは、人知の及ばない事象に巻き込まれた被害者です。それを我々王族は、保護という名のもとに利用してきました。祖先の行いを責める気は、毛頭ありません。私もまた、その恩恵にあずかっているのですから」
シイル殿下は、暗く大きな亀裂を眺めやり、息を吐く。こちらに向き直ると、胸に右手を当て、会釈した。
「キララ殿、いいえ、神の加護を持つ乙女にお願いがあります。まだ、いつとは約束できませんが、いずれ彼らをもとの世界に帰し、この罪深き穴を塞ごうと思います。その時に、ぜひ、あなたのお力をお借りしたい」
声を荒げるわけじゃない。なのに、この重々しさ。すごい決意だ。
見れば視線ばかりが鋭くて、まだ細い肩に、この王国数百年の宿業を背負おうとしている。私は、ただただ圧倒された。
「大きなことを言いましたが、いまだ、研究は道半ばです。王国の粋を集めてと言いたいところですが、公にできないことなので、代々、限られた人員でことにあたってきました。皆、すぐれた研究者ではありますが、あと数年はかかるでしょう」
「私にできることが、ありましょうか?」
使える魔法は《回復》と、自分に作用するだけの《身体強化》。
ほかに役に立ちそうなものといったら、前世の半端な科学知識だけ。そんな私でも知ってる。ここより文明が進んでいたはずなのに、時空を超える科学式なんて、理論の上にしか存在しなかった。
「彼らを送り返すための魔法陣は、形が見えてきているのです」
それは、すごい!
「ただ、完成しても、これまでの仕組みでは補いきれない、膨大な量の魔力が必要になると予想されます」
ふむふむ。言われてみれば当然だよね。
でも、それじゃ私の出番って? 確かに魔力を集める速さも、魔力袋の大きさも順調に鍛えられてるけどさ。
「ご協力したいのは山々ですが。私の魔法は《回復》ですよ?」
「それは、魔力を変換して行うのでしょう? ならば逆に、魔法を魔力に変換することもできるはず。そういう術式を組めばよいのです」
おお! 賢人のにっこり。
まあ、彼自身が研究開発してるわけじゃないだろうけど。何事も命令すればすむ立場の人だし、そうしてもらわないとまわりが困る。
学院に通いながら公務もこなして、単純に時間がないってこともあるよね。
「口を塞ぐのは、また、その後で。まずは、勇者たちの努力に報いなければ」
口って、割れ目の方だよね? ちょっと、ぞくぞくしちゃっただけど。ワルサさんが、手をつないでくれたから。
「わかりました。その際には、ぜひ。ご協力させてください」
これはどう考えても、神様たちの意向にもそってるしね。
「ありがたい。それまで、彼らとはこれまで同様、良好な関係を築いていきたいものです」
私は同意を示すように、ただ笑った。自分でいうのもなんだけど、こういうところ、いまだ日本人っぽい。
シイル殿下は、頭のてっぺんからつま先まで王族だね。時代的に、まだ洗練されきってないけど、自分が何者かわかってる。私が、勇者たちとあまり関わらないようにしてることも、調べがついているんだろう。
私の力と人となりを見て、時期尚早とは思いつつも、他の勢力に取り込まれないうちにって、行動に踏み切ったってところかな?
まあ、ワルサさんを味方につけてる時点で、勝ったも同然だと思うよ。
でも、確実に釣り上げるには仕掛けがいるよね。私は、シイル殿下をよく知らないし。あ、好ましく思うのと、信頼するのは別だよ! そもそも王族とか貴族とか信用してないもん。
だから、わざわざここに連れてきた。うん。これは、話だけじゃダメだわ。見せちゃった方が早い。
いまだって、嘘っぴょんとか言われてもおかしくないわけだけど。だって、言ってしまえば、ただの岩の裂け目だし。でもね、異様なんだ。見てると魂まで吸い込まれそう。
地神じゃなくて悪魔の口のまちがいじゃない? じつのところシイル殿下も、これの始末にかんしては目途すら立ってないそうだ。
歴代の王たちも手をこまねいてたわけじゃなくて、物理的に塞ごうとはしてきたみたい。でも、そもそも果てがないんだから無理だよね。
とば口だけ覆って勇者をとじこめちゃった、なんて不幸な事故もあったらしい。たまたま、巡回にきた兵士が、石くれを打ち付けるかすかな音に気付かなかったら、餓死させてたなんて、ほんと冗談にもならないよ。




