パーティーにて②
ワルサさんはいつも通り、大方の人たちとあいさつがすむまでは、私をエスコートしてくれた。
頃合いをみて離れて、男性は男性同士で話をはじめる。これはまあ、こういうものらしいよ? 振り向けば必ず目が合うから、私も安心して、女性陣のおもちゃになってる。
ふつうは、このまま小一時間。その後、私たち夫婦が主催者にお礼をのべて帰ると、お開きって流れになるわけなんだけど。
そんな和気あいあいしていた空気をぶちこわしたやつがいる。
えっ、あら、まあ、そんな、なんたら男爵夫人、お呼びしてないのに、とかペコトス街長夫人の戸惑った声が聞こえる。そんな広い部屋でもないから、皆の視線がそちらに集まる。
うっわー、赤いドレスだ。ぼんっ、きゅ、ばーんな女だ。細かなウェーブがかかった黒髪をゆるく結い上げて、泣きぼくろを強調するような濃いアイラインを引いてる。
あの耳は猫科だよね? なのに全然かわいくない。ちらっと視線を流して、おうっ。鼻で笑ったよ、私のこと。
優雅に街長夫人にあいさつしてるけど、ここまでにいくつルール違反をしてるか、わかってる?
まず、この場に来るには、招待されてないといけない。まあ、言うまでもない常識だよね?
そして、主賓でいちばん身分が上の、私たち辺境伯夫妻より先に来てなければならない。そのために、私たちは遅めに来訪したんだよ? 予定時刻よりわざと遅れていくなんて、元日本人の私には拷問なのに。
それをこのおばさんときたら。たしかに、コケティッシュな魅力はあるかもだけど、たらちねを寄せて上げてるってバレバレなんだからね! って、前世の自分にブーメラン。ぐふぅ。
な、なにが許せないって、私の愛しい旦那様に色目をつかいやがることだっ! 勘違いなんかじゃない。ふつう自分より高い身分の男相手に、しかも双方が既婚者で、そのボディータッチはありえないから。
あ、国はかわっても貴族の作法はほとんど同じよ?
ワルサさんは男性グループに、私は女性グループにわかれてたから、当然って顔で向こうにあいさつに行ったなんたら男爵夫人。まあ、男性優位な社会だから、そこだけは間違いじゃないんだけど。
礼儀正しくさりげなく、自分の肘にかけられた手を外すワルサさん。眉間の皺が深くなってるのを見て、ホッ。いえいえ、もともと信用してますよ? でも、ちょっと、ちょっとだけ、私この形だから。
ざまぁな女と目が合った。私は、鼻で笑うなんて下品なことはしないよ! ピンポイントで、とっておきの笑顔を見せるだけ。くらえ、ブリザード!
むぅ。本家本元に比べたら、まだまだだな。がんばって、面の皮が厚い相手も怯ませられるようにならなきゃ。
あ、そう、キライヤス男爵夫人ね。なんでも彼女の夫は、うちがミスリル掘ってるところから、いちばん近い領境をはさんで隣の領地を治めてるらしい。
教えてくれてありがとう、お姉さん! 情報って大事だね。なんかいろいろ見えてくるものがあるよ。
そのキライヤス男爵夫人、私のところにあいさつにきた時には、しっかりワイングラスを手にしていた。ほんと、なにしに来たんだ?
私を嫌ってるのはわかる。でも、それを表に出すメリットって? まわりからこんなにも「何この人」って目で見られてるのに。
利権目的ですり寄ってくるなら、まだわかるんだけどね。実際、ワルサさんにはそんな感じだったわけだし。
なんか、私には想像もつかないような、仕掛けでもあるのか。いや、ないな。こう言っちゃなんだけど、頭つかってなさそうな顏してる。黒幕でもいれば、また話は変わってくるだろうけど、私だったらこの手のタイプとは組まない。
昔から苦手なんだ。理解不能で疲れるから。
あ、まあ、いま一瞬忘れてたけど、戦争してたんだっけ、この国と私の母国。近しい人を亡くしてたり、なんかの形で損害を被ってたら、こういう態度にもなるかな。
いままで、お行儀のいい人とばかり接してたんだなぁ、私。しみじみしてたら、だいぶ気分が落ち着いた。
とにかく、まわりに悪い印象を与えないように、ここは無難にあいさつしよう。
「はじめまして、キララ様。私、キライヤス男爵夫人ですわ」
あ、先に名乗りやがったよ、こいつ。五秒たってないのに。
そう、ケセラサ王国には、すてきな暗黙のルールがある。メイド長のスカレに教わった時、私は至極、感心したものだ。だって、すばらしいじゃないの。たとえ身分が上の側が無視しても、正面に立ってから五秒たったら、目下の方から名乗ってもいいだなんて!
そもそも、私はそんな意地悪する気はなかったけどね。彼女は、余裕の笑みでフライング。相撲の立合いでいえば、わざと呼吸を合わせない、卑怯なやり方だ。しかも、私、愛称で呼ぶこと許してないよ?
前世の私だったら、何事もなかったかのようにあいさつしただろうな。波風立てたくなくて。無理にあらそっても、自分がダメージこうむる未来しか見えなかったし。
でも、いまの私は早川雲母じゃない。少なくとも、私が卑屈になる必要はないよね。




