パーティーにて③
私はなにも言わず、ただ、にこにこしながら立っていた。
当然、名乗られたら、名乗りかえすのが筋だけど、相手が礼儀知らずなんだからいいよね?
周囲の人たちにとっては、完全なとばっちり。ヒソヒソ話なんてもってのほかで、衣擦れの音さえ立てることができない。
そう、私はギュベニュー辺境伯夫人であると同時に、ヤラレタ王国の第二王女なのだ。まあ、いろいろあって、ケセラサ王族の前では辞を低くする必要があるけど、そこらの貴族にぺこぺこするいわれはない。
私が動くまで、なにか言うまで、誰もなにもできない。する権利がない。身分ってそういうものだ。
実際、私の心は凪いでいた。蚊とかハエってうっとうしいけど、それに対して本気で怒る人はいないでしょ?
アラフォーの一般人に、キララ姫の矜持を植え付けた、乳母ユリリアの手腕は大したもの。
さすがのキライヤス男爵夫人も居心地わるげにもじもじしだして、まあ、このくらいにしておいてやるかと、私は口を開いた。
「私のことは、ギュベニュー辺境伯夫人とお呼びなさい」
いままで私がまわりの人に敬語を使ってたのは、人生の先輩たちに敬意を表してだからね。向こうから敵対してくるなら、相応に返す。
まあ、返事してやるだけ甘いと思うよ、我ながら。だがら、相手もつけあがるんだよね。
「あら、手元が」
って、やられたよ。ワイングラスを見た時から、ちょっと嫌な想像をしないでもなかったけど、まさかと思うじゃない? それをここでやるんだから、まったくもって、いい度胸だ。
今日の私のドレスは、まっしろい透けるような薄布を花弁のように幾重にも重ねたもの。赤ワインなんかこぼされたら台無し。
「まあ、大変な粗相を。お許しくださいませね、ギュベニュー辺境伯夫人。なにはともあれ、すぐ染み抜きをしませんと」
おいおい。さらに水をぶっかける気か?
キライヤス男爵夫人が顎をしゃくって呼び寄せた、水の入ったグラスをささげ持つ給仕を、私は一瞥して下がらせる。いや、別にあなたのせいじゃないから、そんな泣きそうな顔しないでね。
目の前の女が、自分で染み抜きしたことなんてあるはずないし、水だけで何とかなるわけもなく、人前でやることでもない。
そもそもパーティードレスは洗うものじゃないからね。一度でも水にさらしたら、それはもうお古だ。
思い出のよすがにとっておくか、使用人に下げ渡すか、質屋がわりの商人に引き取らせるか、そんなことくらいにしか使えない。
もっとも、ばらしたレースや飾りのビーズ、端切れの一枚にもちゃんと値段が付くらしいけど。
私だってまだまだ大きくなるし、そうでなくても、人目にふれたドレスをそう何度も着るわけにはいかない。今回は旅の途中で、その上、各パーティーの招待客が絶対にかぶらないってわかってるから、例外中の例外。
でも、このドレスは絶対に捨てないわよ!
同じようにワインをぶっかけてやりたかったけど、赤いドレスじゃ効果は半減だよね。平手打ちしようにも、手が届かないし。あ、前世で観た映画みたいに、相手を屈ませてから叩けばいいのか。それはそれでカッコイイ。
でもなぁ。私は呆然と言葉を失っているように見えるだろう。
まわりのご婦人たちの方が鶏冠にきていて、男爵夫人をにらみつけてる。あ、でも、お姉さま方それはまずいですよ。キライヤス男爵夫人は、この場では、私の次に身分が高いんだから。
ワルサさんと目が合った。私は確信する。私、見守られてるよ!
だって、なにも見逃すまいとする鋭い目、すっと伸びた背筋も、張りのある肩も頼もしく、さらに、ダンサーにも負けない長い脚には力がみなぎってる。いつでも、私を助けに飛び出せる。それでも、待ってくれているなら。安心して、私は私の戦いをしよう。




