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妖精とは気まぐれなものだから

翌日、私はルダートとカザランドを従えて朝から教室へ向かっていた。

顔は不機嫌さを取り繕い、あからさまに不満を抱えていますといった表情に固定しておいたのだが。出掛けに何故かキラティスィにグッと親指を立てた手をつき出され、イタズラが見つかった妖精風で大変結構です、ありがとうございます!とキラキラした笑顔に元気いっぱい送り出された。

気になるのは、他にも数名のメイドがキャアキャア言いながらキラティスィの後ろに控えて私を見送りに出ていたことだ。

トリスタンテ宮殿を出るのに、わざわざ見送りなんてあった試しがない。

いや、マリーナは見送ってくれていたが、他はなかったはずだ。

ましてやメイドなんて、本来なら主人の目に触れてはいけないので身を隠していなければならないのに、堂々と皆で姿を現していたのが違和感しかなかった。

メイドというのは侍女と違って直接主人の身の回りの世話をするのではなく、掃除や下働きなど環境を整える方に仕事が割り振られている。

つまり掃除している姿を主に見せるのは見苦しいので、目に付く所は主人が寝ている間とか出掛けている間に掃除をし、主がいる間は食器拭きとかどこかの客室の家具を拭くとか、そういう視界に入らない仕事を本来しておくものなのだ。

急な来客とか、主催のパーティーの開催が迫っているとかいう緊急自体ではない限り、姿は見ないものなのである。


「おかしい」


眉間に皺をよせて顎先に手をあて、突然の珍事について首を捻る。


「うちの宮殿はもっと静かだった気がするのだが。何故か賑やかになった気がする」


「そうですね、何故でしょう?」


一緒に素直に首を傾げるカザランドに、微笑みを絶やさずにルダートが告げる。


「しらばっくれてはいけませんね、お二人とも。ラニエウスト嬢の草の根活動の成果でしょう」


「ルダート、その呼び方はラティが物凄く嫌がるぞ」


「殿下、年頃の男女は愛称で呼びあわないものなのですよ。特別な関係に見られてしまいますので。そして殿下も、それをご存知だから他の者達の前ではその呼称をお使いにならないのでしょう?」


「まぁ、そうだな。カザランドはどうか?」


「殿下、自分も愛称呼びは出来ません。婚約者に勘違いされては困りますし、礼節としてルダート殿と同じ呼び方を推奨致します」


「なるほど」


世間の一般常識としてはそうだろう。

異性で愛称呼びをするのは家族、もしくはそれに近い立場の者だけだ。

つまり親類でもないのにそういう呼びかけをするということは、婚約者もしくは婚約間近、と見なされてしまう。

しかしキラティスィはラニエウスト子爵を嫌悪、いや憎悪している。その親類であることを示す呼びかけられ方をされるのが嫌で、始めから愛称呼びを求めたのだろう。

実際、他のメイド達からは例の愛称で呼ばれるのが定着しているようだし。

彼女は相手の懐に入るのが上手いのか、ちょっと変だけど面白い、愛されキャラのような定着の仕方をしているようだ。

そしてそんな彼女は、私の過去のやらかしや今現在の行いについても、何故か好意的な捉え方や、美化した話しにし置き換えているようなのだ。

例えばこの間、次々に適当な理由をつけてトリスタンテ宮殿の使用人をクビにした時のことを、彼女はこう(のたま)ったらしい。


「それは、妖精に出会うと必然的に発生するイベントではないでしょうか。殿下は悪気なくこちらを困らせて反応を見ており、気に入ったリアクションをした者にまたイタズラをしにいくのでは。そう、カザランド様のように。自分も条件さえ満たせば、選ばれし者になれるのでは!」


とかなんとか。

当事者が聞いたらそんなことはない、と全力否定することだろう。

しかしその被害に遭った者は、既に他所の場所に配備されている。

証言者不在のトリスタンテ宮殿では、その認識が広まりつつあるのだろう。

心なしか、私の衣装も目に優しい色味で、森の緑や、空の青を思わせるような自然界にありそうな色で統一され始め、デザインもフワッとした、しかし丈は短めの、幻想的な雰囲気のものになりつつある。

かといって、自分で服を選ぶセンスに自身があるわけでもないので、気づいたところでされるがままなのだが。

まぁ、着られれば何でもいいし。悔しいが似合わないわけでもないから。遠い目をするだけに留めるが。


「それにしても殿下、久しぶりですね」


「それは、一緒に落ち着いて外を歩くことか?それとも、授業に参加することか?」


溌剌とした声のカザランドに、つい意地悪な聞き方をしてしまう。

しかしさすがカザランド、全く気にしていないようなハキハキした声で、どちらもです、と返事してくる。


「なぜだか嬉しそうだな」


「そうですね、やはり役目をしっかり果たせるのは嬉しいものです。お側にお仕えできるので、安心ですし、これで何かあってもお守りできます」


「……そうか。頼んだぞ」


率直に守る、という言葉を使われて腹の底がムズムズした。

人の優しさに飢えているので、こういうのに本当に弱いのだ。


「何かあっても、だなんて不吉ですね。何か起きないように目を光らせ、先に芽を摘んでおいた方が断然良いのですが。まぁ、それはわたくしめが致しましょう」


「ほどほどで頼む。あまり回避し過ぎると怪しまれるからな」


「加減を求められるだなんて、かえって面倒なのですが」


「できるだろう?」


「そうですね。やり甲斐がある、と捉えさせていただきましょう」


前向きで助かる。

相変わらず飄々とした侍従に、どうやるんですか、と目をすがめるカザランド。

ルダートはただ無言で微笑み返した。


そんな話しをしながら馬車止めの近くを通りかかると、なんとキーセントが馬車から降りてくる姿が視界に入った。

しかし妙だ。

いつもなら彼はもっと早く教室入りしているはずだ。

それが今、この場所にいるのは違和感がある。


「キーセント、久しぶりだな。そなた、何故まだここに居るんだ?」


私は迷わずヒスタニア侯爵家の家紋のついた馬車の方に足を向けると、適当に張った声で彼に呼びかけた。


「あ、おはようございます、殿下。意外なところでお会いしましたね」


突然呼びかけられて虚を突かれたのだろう。一瞬キーセントの両目は驚きに見開かれたが、瞬時にその顔の表面に笑顔を貼り付けると、そつなく挨拶してきた。

その歳でこれが出来るなんて、私の学友の中では間違いなく、彼が世渡り面で一番優秀だと感じる。


「うむ、いつもそなたは早いからな。息災か?もしや体調が悪いのではないか?」


「いえ、そのようなことは。何故そう思われるんです?」


「いつもより元気がなさそうだ。それから気が(そぞ)ろであろう?何か気がかりがあると見える」


「お分かりに、なるのですね」


完全に驚愕の表情になり、キーセントが息を飲む。

これは完全にバカにされていたな、私。

人の顔色とか機微を察せない人間だと思われていたのだろう。

これだけ素直に年相応な反応をされれば、私でなくとも解る。

証拠に、キーセントの連れている侍従が主の後ろで困った顔をし、うちの侍従は微笑みながらも失笑の気配を漂わせるという、大変器用なことをしている。


「実は、いつもは父と一緒に来ているのですが、今日は父は休みなので登城していないのです」


「ほう、何か予定があるのだな。それがそなたの気がかりの原因か」


「昨日から母が王都にきているのです。今日は一緒に出掛けるのだとか……。僕も一緒に行きたかったのですが、授業を優先するようにと父に言われてしまい」


なるほど、それで不貞腐れていた、と。

まぁ、久しぶりに会った母とはゆっくり過ごしたいだろうな。

一緒に過ごしたり甘えたり、離れていた分積もる話しもあるだろう。

普通の貴族なら子育ては乳母任せなので、ただでさえ実母といえども顔を合わせる機会は少ない。

侯爵家の女主人をしているなら、社交や家政など務めと責務が山盛りのはずだ。


「ふむ。そなた、やはり顔色が悪いようだな、()く帰宅することを勧める」


「え?」


「カザランド、キーセントは体調不良ゆえに帰らせたと教師に伝えに行くのだ。いや、違うな、この私が、是非送り届けたいと駄々をこねたと言ってこい」


「殿下?」


「私とルダートはヒスタニア侯爵家の馬車に同乗してキーセントを送り届けてくる。故に、そなたは後からヒスタニア侯爵家に馬車と共に来い」


「待ってください、殿下。私は護衛です、そういった用向きはルダート殿の領分かと」


「カザランド、生憎これはそなたにしか頼めない。ルダートは教師達と顔を合わせたことがない、故に私の遣いとして信じてもらえない可能性が高い。なんだったら大事(おおごと)にされる。その点そなたなら、いつも私に振り回されているし、私がゴネてキーセントを無理やり帰らせたと証言すれば、またいつものか、で納得されるはずだ。それだけ伝えたら、そなたはさっさと馬車の手配に行けばいい。ついでにマリーナに、すぐ帰ると伝えてくれたら助かる」


突然の宣言に目を白黒させるのはカザランドだけではない、キーセントとその従者もポカンとしていたが、はっとしたようにその主人の方は体勢を建て直した。


「ちょっと待ってください、殿下。どういうことですか?」


「キーセント、そなたはいつも言ってくれていたな。いつでも遊びにこいと。母も会いたがっている、と。今それを果たしてやろう」


ニッコリ笑ってみせると、キーセントは顔をひきつらせ、年若い侍従はキーセントよりも顔色を悪くした。

それもそうだろう。

事前の通達なくいきなり王族がお宅訪問なんて、普通はあり得ない事態なのだ。

ところで私の侍従は一言もしゃべらないし(いさ)めてこないが、どうしたのだろう。

ちらりと視線を滑らせると、泰然と微笑んでいたルダートは、私と目が合い笑みを深めた。


「発言をお許しください、殿下」


「許そう」


「では、僭越(せんえつ)ながら。ヒスタニア侯爵子息には勉学よりも優先すべきことがおありのようなので、助力なさりたいということですね。殿下が王族としての権威を利用し、無理を通すことでそれを成すべきである、と判断なさった」


「そうなるな」


何故か納得ずくのように頷いてみせるルダートの横では、カザランドが私の礼儀と常識に反した行為を止めようと必死な顔をしていた。


「殿下、理由を教えてください!」


「カザランド、だってキーセントは久しぶりに母に会えたんだ、下らない授業なんかのために引き離すなんて可哀想じゃないか。それに、本当に具合が悪そうだから、早く休ませてやりたい」


誰が、とは言わない。

キーセントよりその後ろの侍従の方がガクガク震えて顔色が悪いのだが、休ませた方が良さそうなのは確かだ。

私が悲しげな表情を浮かべてじっとカザランドを見上げると、私の負の感情に敏感な護衛は痛ましげな表情になり途端に弱腰になった。

おそらく、私が会いたくても両親に会えず淋しい思いをしていることを知っているから、キーセントに対して自己投影しているとでも考えているのだろう。


「ですが殿下、あまり褒められた行為ではありませんよ」


「大丈夫だ、挨拶したらすぐ帰る。いつも良くしてもらっている学友の役に立ちたいんだ」


上目遣いで言い募ると、カザランドはとうとう折れた。

彼の根が善良なので、こちらも善良さゴリ押しなら勝てる気はしていた。

何故なら私は不本意ながら施された妖精コーデのお陰で、いつもより儚さと美しさが倍増しているのだ。そんな私の願いを無下にしたら、さぞ罪悪感が刺激されることだろう。


「ルダート殿、後は頼みましたよ」


「ええ、承りました。ご安心ください」


困り果てた顔だが、無事言いくるめられたカザランドは送り出しの態勢となり、私は満足気に頷いてみせた。


「では、行こう」


「本気ですか、殿下?」


「無論だ。乗せてもらうぞ、キーセント。友達の家に行くのは初めてで緊張するな」


躊躇いがちな馬車の持ち主を差し置いて先に乗り込むと、観念したようにそちらの主従も乗り込んできた。


「殿下、その、何故ですか?」


遠慮がちに、キーセントが向かいの席から声を掛けてくる。

それは中途半端な問いかけだった。

その何故、は日頃そんなに仲良くないのに、本当に気遣ってくれているのか。それとも別の思惑があるのか。そう聞きたいのだろう。

だが生憎、私と彼は本当に、別に仲良くない。

だからそんなに踏み込んだ質問をできる間柄ではない。

一般的な感性を持ち合わせる貴族なら、王族に対してそんな聞き方をするとか、自分より地位の高い人間の行動を阻害するような行いは総じて不敬である、と認識できているはずなのだ。

どこかの強権派のサラブレッドとは違うのだ。

実に教育が行き届いていて素晴らしい。

私はニッコリ、何の含みも持たせずに笑顔で応じる。


「別に、ただの気まぐれだけど」


ちょっと確認したいことがあるだけで。

でもそれは、ゲーム由来の理由だから、誰にも説明出来ないのだけれど。


馬車は無言の我々を乗せて目的地へ向かうのだった。

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