侍従と護衛とメイド
「殿下!」
視認してからあっという間だった。
カザランドは息を切らせて私の元に駆け寄ると、すかさずしゃがんで目線を同じにしてきた。
「今日こそはお戻りになられる前に見つけましたよ!さぁ、宮殿までご一緒させていただきます」
そうは言うが、宮殿までの距離はあまりない。
せいぜい100メートルくらいじゃないだろうか。
それでもまだ外にいる内に見つかったのは珍しい方だろう。
迷惑かけるな、カザランド。
謝罪はあくまで心の中だけに留めて、わかったわかったと適当に頷きながら、職務に忠実な護衛の訴えを受け入れることにする。
「……殿下、こちらは?」
見かけない方ですね、と立ち上がりながら鋭い視線で探り始めるカザランドに、ルダートは折り目正しく礼を返しながら無色透明な微笑を浮かべた。
「本日よりトリスタンテ宮殿に勤めさせていただきます。ルダートと申します。破門された身故、家門の名を名乗ることはご容赦ください。身元に不審を持たれるとは思いますが、マリーナ様の甥にあたりますので、その点はご安心ください。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、トワイルズ卿。どうぞよしなに」
「これはご丁寧に。既にご存知のようですが、カザランド・ドリューシ・タインス・トワイルズです。殿下の護衛を勤めさせていただいております」
互いに挨拶を終えた筈なのに、一向に友好的な雰囲気は醸し出されない。
かといって敵対的というわけではない。
ルダートは飄々としているし、カザランドはどちらかというといぶかしんでいるようだ。
「……失礼を承知でお尋ねします。ルダート殿、貴方は何者なんですか?」
さりげなく私とルダートの間に体を入れ、筋肉に警戒を滲ませながらカザランドは問う。
「先ほど申し上げましたが、足りませんでしたか?」
「いえ、そういうわけでは。ルダート殿には、気配が無さすぎるのです。ここまで接近するまで貴殿の存在に気付くことが出来ませんでした。見たところ執事としてお仕えするようですが、どうにも違和感があります」
そうなのか?
驚きにカザランドの顔を見上げるも、その当人は違和感の内容を具体的に言い表すことが出来ないのか、歯に物が挟まったような表情をしている。
対してルダートは、なるほど良い護衛をお持ちですね、と感心したように頷いた。
「仕方のないことだと思います。わたくしめはその特性を活かして剣術大会において好成績を修めることに成功しているのですから。優れた剣士は殺気や気迫を読み取り機先を制するのだと聞き及びます。ならばそれを無くしてしまえばどうなるのか?それを実行しているのが、わたくしめなのでございます」
「そんな方法があるのですか?正直、信じられません」
「一応、あるにはありますね。しかしオススメは出来ません」
命を削るような行為なので、と本当か嘘か判然としない言葉を口に乗せて、ルダートは微笑む。
カザランドはキリリとした表情になると、何を思ったのか身を乗り出して握手を求める体勢になった。
「それだけ厳しい修行に明け暮れていたということなのでしょう、素晴らしいことです」
これからよろしくお願いします、と改めて挨拶を交わしあいながら、2人は力強く互いの右手をがっちりと結んだ。
「……なるほど、確かに剣をお使いになられるようですね」
「ええ、剣も使いますね」
「これから毎日鍛練をご一緒出来そうですね!」
「それはご容赦ください。本職の方程の持久力と耐久性はわたくしめにはございませんので。それから、わたくしめは扱いとしては平民になりますので、どうか敬語はお使いにならないでください」
「そうはいきません。同じ主に仕える者同士とはいえ、果たすべき礼節は大事にしなければ」
その主そっちのけに頭上でやり取りを交わされ、すっかり私はのけ者感を感じていた。
カザランドが敢えて握手をして、ルダートの手を観察したのはわかった。
剣をどれほど扱えるかというのは、手を見ればある程度推し測れるものらしい。
加えて、訓練にかこつけてルダートの実力を確かめようともしているのだろう。
私の護衛はなんと職務に忠実なのだろう。
いきなり現れた侍従をマリーナの親類だからと無条件に信用せず、しっかり自分なりに見極めようとしているではないか。
良い護衛を持った私は果報者である。
特にルダートを擁護する材料のない身としては、やはりカザランド贔屓目になってしまう。
別にルダートが苦手とか嫌いではない。単に付き合いの長さが物を言っているだけだ。
だからこの侍従が秘密をいくら抱えていても、それは当然のことだと思うし、向こうからの信頼が得られれば自ずと打ち明けてくれるようにもなるかもしれない。
逆に早い段階でそれを知ることになったとして、主として正しく判断してそれに向き合えるかも、私にはまだ自信がない。
つい先日、初対面で赤裸々に秘密を打ち明けてきた例外のメイドがいたが、正しい対応が出来た確信が全くない。そういう時に取るべき反応がどういうものか、私にはどうしてもわからかなかった。
皮肉なことに、前世の記憶にはそんな時の対処法マニュアルが存在しない。
生まれ変わったところで、どの分野においても強くてニューゲムみたいな楽は全くさせてもらえないのである。
「お待たせして申し訳ありません殿下、そろそろ戻りましょう」
「そうですね、マリーナ様も心配されていることでしょう」
ルダートを探るのを諦めたのか、早々に切り上げてカザランドは私に向き直った。
同調するように頷き、当のルダートは再び私に動作としての追従する姿勢をとった。
特に否定する理由もないため、宮殿へ向けて歩みを再開する。
前庭にあたる庭園を抜けたところで、背後で無言を貫く2人の様子を気にしないようにしていた私は、溌剌とした声に呼び止められた。
「あぁ、お帰りなさいませ、殿下」
玄関先で扉の取っ手を磨いていたメイドが、私達に気付くと手を止め、すかさず暑苦しく敬礼をしてきたのだ。
先ほど思い浮かべたばかりの設定盛り込み過ぎなメイド、キラティスィである。
「殿下、どうでしたか?また伝説の1ページが開かれてしまったのでありましょうか!」
彼女は両手を後ろに回すと軍人のような仁王立ちになり、表情をキラキラさせたまま、腹筋と肺活量の活かされた声を張った。
いやいや、メイドから王族にいきなり声を掛けるのは、本来不敬だからな。余所では絶対しないでほしい。
ましてや玄関先でなんて、誰に見られているのかわかったものじゃない。
朝に無理やり置いて行ったため、忠犬のようにワクワクしながら結果を待ち、待ちきれないために玄関の掃除に踏み切り、真っ先に結果を聞き出そうと張り切った結果なのだろう。
行動が予測しやすいとはいえ、私は今までキラティスィに限らず、いろいろなことを放置してきたのだな、と思い至った。
予測できるからといって、何の対策も取らないのでは結果が良い方向に転がることはない。
これは主人としての怠慢と言える。
彼女の主として正しい振る舞いをさせる努力を、これからはしなければいけないのではないだろうか。
「話は中でする。取りかっている仕事を終わらせてからならな」
歩みを止めずに返事をしながら、玄関前の階段に1歩足を乗せた時、すかさずルダートが前に出て私のために扉を開けた。
その一瞬で距離を詰められて、目の前に現れた執事を視界に捉えると、キラティスィは目を見開き息を飲んだ。
どうやら彼女もルダートの存在を、近付くまで感知出来ていなかったようである。
「殿下、こちらは!?」
「驚かせてしまったようですね。ご挨拶が遅れました」
ドアを押さえたまま微笑を崩さず、ルダートはカザランドにしていたのと似たような口上を述べた。
聞き終わったと同時に、キラティスィは何を察したのかほの暗く笑い、
「歓迎致します、同好の士よ!自分のことは、キティちゃんとお呼びいただければ!そして、共に本懐を遂げましょう!」
いつものように、ビシッと音の立ちそうな敬礼を返した。
何を察することに成功したんだ、キラティスィ。
唖然としてカザランドを見上げると、いつになく厳しい顔をしていて、「わたしがしっかりお守りしなければ」と呟き、決意を新たにしている様子だった。




