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子供であるということ

トリスタンテ宮殿へ戻る道すがら、ルダートは大人しく私の一歩後ろを恭しく付き従っていた。

いつも感じているのだが、大人と子供では歩幅も違うのに、護衛や侍女が私に合わせて移動するのは大変だろうと思う。

彼らの労力を減らす為にも、一刻も早い成長が必要だ。特に身長がぐんぐん伸びていってくれたら尚良い。

そうと決まれば今日は栄養価の高いものを、私の血と肉となる良質なたんぱく質……肉だな。それからカルシウムを摂取出来そうな、美味しい牛乳とか……ちょっと商品名みたいな言い方になってしまったな、反省。

そんな感じのものを食卓に並べて貰いたい。

今から夕食に間に合うだろうか。マリーナにかけあってみよう。


「ところでルダート、剣はどうした?」


余計なことをつらつらと考えながらやり過ごしていたが、どうにも気になってしまいスルーし続けることに失敗してしまった。

ちらりと流し見れば、やはり何も手にしていない侍従の姿が目に入る。


「あれは仕込みでございます、殿下」


涼しい顔で返事をしてくるが、それは求めた質問の答えになっていなかった。


「そんな馬鹿な。いや、騎士でもないくせにあんな長物(ながもの)を王族の居住区に持ち込めているのだからな、仕込み仕様なのは理に叶っているか。だからといって答えになってはいない。あれをどこに片付けた?そなたは今、手ぶらではないか」


「殿下はどこだと予想されておられます?」


うっすら微笑みながらはぐらかされ、若干イラッとした。

またこちらの思考レベルを試すつもりか?

常に私に何かを考えさせていなければペナルティでもあるのだろうかと疑いたくなるほどに、率直な言い方をしない男である。

漏れそうになるため息を飲み込んで、面倒になった私はぞんざいな返事をした。


「ずるい言い方だ。質問に質問で返すのか?」


「まさか殿下ともあろう御方が、何も考えておられないのですか?王族の発言には、些細な一言にでも尾ひれがつき、考えなしの発言にも意図しない裏の意味と解釈が深読みされるというのに。身をもってご存知のはずでございますよね?」


あからさまに論点をずらされれば、相手がまともに返事をしたくない内容、探られて困る分類の話題なのだと察することなど容易だ。

つまりこの男は、現時点で私にそれを教える気がないということだ。

やれやれ、なんで私は仮にも自分に忠誠を誓ってきた相手に、こんなに気を遣わなければならないのだろう。

その話題転換に敢えて乗ってやる主の善良さに、感謝してほしいものだ。


「知っているし、絶賛体験もしている。どんな思い出話が聞きたい?嫌みったらしい教師に反抗的な態度をとった時の顛末と、常に揚げ足を取ってくる学友を言い負かした時に起きた反応と、他にも一通りはやり尽くした自覚はある」


「さすが殿下、御一人でよく耐え忍ばれました」


目を細めて全く心の込もっていない褒め言葉を吐き出され、それはどうも、となんの生産性もない相槌を私は打ち返した。

一体何を考えているのやら。

この調子で本当に構築できるのだろうか、信頼関係なんて。


「しかしこれからは、もう少しご自身の利益を考慮し、発言を統制していただきたく存じます」


しかしそんな私の危惧など無視して、さらりと要求してくる涼しげな顔を、思わず立ち止まり、眉間に皺を寄せてジロリと睨んだ。


「考えているだろう、利益。お陰で命は無事で、しかも五体満足だ」


むしろ誇ってもいいくらいの成果だと思ってすらいるのだ。

今までの頑張りを否定されたようで、あまり良い気持ちではない。

私のそんな心情を表情から察したのか、お気を悪くさせてしまったのでしたら申し訳ございません、と取って付けたようにルダートは(うそぶ)いた。


「客観的に見て、それは殿下の利益にはなっていないのです。最低ボーダーラインを命に絞って、利益率度外視の延命行為をしているように見えて仕方がありません。わたくしめが来たのですから、今までのような捨て身戦法を常としてほしくはないのです」


ドキリとした。

利益率の話しをされると痛い。

確かにそれでいえば、私の利益率は5パーセントにも満たないだろう。

生き残るためとはいえ、誰からも嫌われ、信頼もされず孤独であった私の人としての尊厳は、著しく侵害されている。

社会的な評価はマイナスイメージで固定されているのだ。

つまり私の利益となるものは本当に僅かで、一般企業の平均にも至らないと、まざまざと自覚させられたわけだ。


「それも今までは信頼できる手足と手段がなく、取らざるをえなかったものでしょう。しかし今は殿下の手札も増えたことと思います、どうかそちらにも目を向け、徐々に他の方法も身につけていただけましたら、と愚考致します。子供らしく、もう少し大人に甘えられてもよろしいのですよ」


「そんなことは、初めて言われた……」


そこの角を曲がれば、トリスタンテ宮殿は目と鼻の先だ。

立ち話をするに相応しい場所でもなく、また話題も立ち話には向かなかった。

まして相手は、先ほど突然現れた自称乳兄弟で、常に私を見守っていたわけでもなく、目に見える忠誠心と信頼を得たとはとても言えない相手だった。

私の何をしっているのだ!と怒鳴り付けて不敬を当て擦っても良いくらいだ。

でも、できない。


「そうでしょうとも。殿下はお年に関係なく王族であらせられますから。殿下を子供扱いできるとすれば、親である両陛下くらいのものでしょう」


「それが解っていて何故、そなたはわざわざ私にそんなことを言ってくるのだ?」


「それがわたくしめの務めだからにございます」


表情は微笑のまま、何の感情も伺い知れない。

せめてもうちょっと顔を取り繕う気はないのか。

心配そうにするとか、忠誠心を滲ませるとか。

まあ、そんなことは期待できないし、されたらかえって胡散臭いため私は余計警戒すると思うのだが。


「そなたの仕事は、私の身の回りの世話だろう?」


言外に余計なお世話であることを含ませ、皮肉げに笑ってみせる。


「その通りです。ただしそれは、殿下が王族としてあるべき生活と、得られて当然の権利を正当に受け取っている場合に限ります」


全く悪びれなく淡々と、事実を述べるトーンでルダートは言った。

この侍従は、私が権利を正当に受け取っていないと評しているのか。

確かに、私の周りに配置された者達が全員王族に忠誠を誓い、職務に忠実で真っ当であれば、王族の成長を支えるための正常で健全なシステムが構築されていたことだろう。

例えば、マリーナは職務に忠実に、私の身の回りの世話だけをしてくれていた。時々苦言は呈してくれていたが、職分を越えるような出過ぎた真似はしない。

カザランドは護衛という職務を真っ当にこなそうと努力してくれ、時々私の癇癪という名の甘えを受け止めてくれてはいたが。

だが、派遣されてきた講師達は私にまともな教育を施すことはなかったし、メイド達は私の噂話を面白おかしく吹聴し、仕えているはずの王子の体面を配慮する気もなかった。

それもそのはずだ。

彼ら、彼女達の(あるじ)は別に居たのだから。

私は人を従えなければならない立場ではあったが、従えるべき資質も威厳も示せなかった。

それ故に、ナメられ、足元を掬われ、陥れられ、孤立していった。

なにがなんだか解らず踊らされ、あっという間に理想の傀儡一直線になりつつあったのだ。

だから私は、現状に気付いてからは誰も頼る気にもならなかったし、自分で乗り切るには相手と自分の目的の共通項を探って取り引きを持ちかけるしかない、という発想に至った。

マリーナには王権派の目的達成に私が有用であると示し、カザランドには私が護身を身につけるために難癖をつけて利用した、それで職務が達成できると錯覚させて。

誰にも、助けてほしいなんて言えるはずがない。

無力で価値のない人間がそんなことを言ったところで、何の利益も生まない一方的な関係では、見放される未来しか想像できない。

だがルダートは、そんな私の生活環境がそもそも正常ではないと、指摘しているのだ。


「……そなたの言いたいことは解った。つまり不足している分を、そなたが補ってくれるつもりだということだな」


言いたいことは沢山ある。

だけど今は全てを飲み込んで、再び歩きだす。


「左様でございます」


「手間をかけるな」


「もったいないお言葉です」


少しずつ近づく宮殿のシルエットを遠目に、片手間のように会話を続行した。

なんだか精神的な意味で、お腹がいっぱいだ。

もう夕飯もいらないかもしれない。

なんだろう、この感じ。

こんな訳の解らない人間、今まで私の近くには居なかった。

得体がしれない。

胡散臭い。

忠義のかけらも感じない。

なのに悪意もない。

善意もない。

意図が測りづらい。


それでも。

少しだけ、目の前が拓けた気がするのは何故だろう。


遠くから駆けつけてくるカザランドの姿を見留めて、目を細める。

遠目からでも解る彼の善良さが、心配げな表情からも伺えた。


後ろを歩く男にも、是非習得してもらいたいものだ。


さしあたっての問題は、こんな突然現れた慇懃無礼で不遜な侍従と私の護衛は、果たして仲良くできるものだろうか、ということだろう。

チラリと視界の隅で確認できた侍従の顔には、相変わらず泰然とした微笑が浮かんだままで。その心中を表すようなヒントは欠片も存在しないのだった。

ご無沙汰していますが、果たしてまだ見て下さっている方がおりますでしょうか。

閲覧ありがとうございます。

更新が亀の歩みより遅く申し訳ない限りです。

どなたかの暇潰しの一助になれましたら幸いです。

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