忠誠の誓い(仮)
出口が近かった為もあるのだろう。なんとか自力で魔術局を脱出し、私はとぼとぼと帰路についた。
朝にはポジティブなイメージが溢れて軽かった思考が、今では嘘のように重苦しく私の四方を塞いでいる。
母上から無関心でいられた時も、父上に滅多に会えない時も、悲しいというよりは淋しさが勝っていた。
それは最初から私の手には届かないものだったから。
では私は、ロイフォンとの友情が手に入ると期待していたのだ、きっと。
なんて見積りが甘かったのだろう。
なんてご都合主義に出来た頭だったのだろう。
今別れても、アカデミーで再会したらまた仲良く出来るなんて、そんな希望的観測、良くできたものだ。
円満絶縁なんて、普通はムリなことなのだ。まして、人生経験の少ない子供同士のことなら、尚更。
思わず漏れそうになる溜め息を噛み殺し、私は現実と向き合う選択をする。
過ぎてしまったことにくよくよし続けられるほど、自分の人生にはゆとりが無いのだなと苦笑するしかない。
トリスタンテ宮殿までの人気のない道は、手入れはされているが殺風景でどこか物淋しい。
色味が暗めの緑一色のせいなのか、生えている植物が日当たりの悪さが祟って貧弱なせいなのか、原因特定をする気は起きない。
しかし確かなことは、そんな状態でも生け垣や並木は充分な死角になりえるということだ。
「まずいな」
誰に聞かせるでもなく口の中でだけ呟いて、私は背中を襲う悪寒に急かされるように走り出した。
根拠はないが、良くないものが迫ってくる気がするのだ。
突然走り出したりする奇行は日頃からしているので、万が一誰かに目撃されても笑い話の1つに追加されるだけで悪目立ちはしないだろう。
しかし今その心配は無さそうだった。
そもそも人の気配が不気味なほど全くない。
普段は遠くからでも侍女達の笑い声や、騎士達の談笑する声が聞こえたりするのに。木々のざわめきや小鳥の囀ずりでさえも、今は認識出来ない。
首の後ろに、チリチリとした違和感が走る。
この状況は良くない。
私の知覚が何者かに干渉を受けてそうなっているのか、それとも何らかの隔離空間に迷いこんだのか。はたまたこれは現実ではなく、私は夢でも見させられているのか。
思い当たる可能性を片っ端から並べてみるが、それは人間には不可能なことだった。
なぜなら現状の魔術では、人為的にそんなことは出来ないのだから。
出来るとしたらそれは魔法で、悪魔や妖精の所業だろう。
そんなものに偶然出くわす確率は、間違いなく1割を切っている。
だから私のこの悪寒は、普通なら気のせいや体調不良で片付けるべきなのだろう。
そう安直に片付けられたら、どんなにいいか。
いつからだ?
気づくのが遅れてしまったことに、歯噛みする。
少なくとも魔術局を出た時は違和感は無かった。
思えば私が考え事をしながら歩くことなんて初めてのことだった。いつもなら目的を持って、他人に自分がどう見られるかだけを意識して行動していた。
しかし今日の私はロイフォンとの衝撃的な決別に意識を持っていかれていたため、警戒がいつもより疎かになっていた。
王宮は命の危機と隣り合わせな場所だ。
現状、私を積極的に廃そうというあからさまな動きは感じられないが、何かの拍子に害されることや試される可能性はある。
まして私のことを積極的に擁護しようとか、護ろうとする勢力は存在さえしない。
皇太子という肩書きや私の身体に流れる由緒正しい筈の血統は、残念ながら何ら有益な物をもたらしてはくれない。
自分の身を、命を守りたいと思うのであれば、そういったものは頼らず、まず自分の頭をフル回転させる必要があるのだ。
注意力散漫だったのは認める。
だから自分の行動を後悔するのではなく、この状況をどう切り抜けるかを考えた方が建設的だろう。
私は足は止めずに周囲へ視線を巡らせた。
異常は音が無いだけではなかった。
進んでいる筈なのに景色が変わらない。
風を切って前進している感覚はあるのに、周囲の景色に変化がない。
いや、風で木の葉がそよいでいるので、静止状態ではない。
天気も良いし、目に見える風景だけなら長閑なものだった。
私が進めていないだけで、周囲環境に目に見えた異常はない。
では私が進むことが出来ないのは何故か。
そこまで思考したところで、突如背後に気配を感じた。
正確には身を刺すような、命を脅かされていると本能が告げてくるような────殺気だ。
振り向いて対象を確認したいと思うより早く、私は本能的に身を屈めて前転した。
今世でこんな動きなどしたことは無かったし、落馬前の自分なら思い付きもしなかっただろう。
咄嗟に思い付いた回避方法としてはシュールだと思ったが、何とか体育の授業なら合格を貰えそうな無駄のない動作で転がることに成功した。
同時に私の頭があった場所を、物凄い風圧が横薙ぎに通りすぎた。
風を感じただけでの判断になるが、恐らく何者かが私の首か頭を狙って何らかの武器を振り抜いたのだろう。
直感と同時に足のバネを使って立ち上がり、相手との距離を取るつもりで駆け出した。
しかし逃げる一方では自分に迫る危機の原因を観測出来ない。
敵を知ることが出来なければ反撃も、万全な回避も不可能だ。
すぐ後ろを、足音が追ってくる。
1人分だ。
そして音の重さから成人男性だろう。
やっと敵が実体をお目見えさせてくれるわけだ。有難い。
そして1人というのも、都合が良い。
唐突な走行停止と同時に振り向いて魔力をたたきつけるように空気に浸透させ、頭の片隅で術式を構成しイメージを固める。
今度は失敗しない。最後まできっちり術式の記号を並べた。
ガキィィイイィン!
瞬時に展開された薄衣の膜のような結界が、振り下ろされた凶刃を防いだ。
容赦のない至近距離での金属の摩擦音に耳を塞ぎながら、刃の持ち主を見上げれば。
この上なく楽しげな眼と、視線が絡んだ。
どこかで見たような既視感がある。
だが、どこにでも居るような凡庸な顔にも見える。
それ以上に感じるのは強烈な違和感。
どうして、このような凶行に及んでおいて覆面をしていないのだ。
そして何故か、黒一色の装いはよく見れば執事服だ。トリスタンテ宮殿にはいないが、父上の宮殿には在中していた壮年の執事長と似たようなデザインのものを身に纏っている。
違和感が膨れ上がり警戒心が一層募る。
「へぇ、魔術を使えるのですか。それは存じ上げませんでしたね」
男は丁寧な口調と微笑みで、しかし手にした長剣は下げることなくギリギリと力を込めたまま、軽い動作で首を傾げて見せた。
「しかも無詠唱。宜しかったのですか?せっかく隠しておられたのでしょうに、このような場面で使ってしまわれるなんて」
隠していたわけではなく、今が初成功だとは言い出せない雰囲気だった。
そして今以上に身を守る結界を必要とする場面に出くわしたことはないのだが、それを素直にツッコんでやれるだけの心のゆとりが私にはない。
結界を維持するために魔力の放出を続けながら、相手を鋭く睨み付けた。
「何者だ?」
「ご存知のはずですよ?わたくしめを所望されたのは、あなた様ではありませんか」
「なに?そなたとは初対面のはずだが」
「もちろんですとも。はじめまして、殿下」
「私の身分を知っていての狼藉か」
「ひどい言われようですね。全ては殿下の御為ですのに」
謎かけのようなやり取りを交わす内に、殺気は霧散していた。
人を食ったような笑みを絶やさないまま、男は探るような色を目に宿していた。
焦げ茶色の髪にグレーの瞳。身長も成人男性にしては高い、ということもなく、かといって低くもない。特徴のない痩身、逆に違和感を抱くほどに平凡であり、平均を体現したような容姿の男。
見覚えがあるような気もするが、記憶を探ってもそれらしい人物が思い当たらない。
「ふむ、会話をしながらでも結界に揺るぎはございませんね。まぁ、この程度で集中力が途切れるようでは困ります」
ニッコリ微笑みながら両刃の剣を下ろし、青年は流れるような動作で鞘に納めたが、私の警戒心は緩むどころか一層増した。
次は何を繰り出してくるつもりなのか。
ただ突っ立っているだけに見えるのに、この男には恐ろしく隙がない。
私が前進することも後退することも、一歩たりとも不可能なのではないかと思わせる泰然とした空気感が漂っている。
「そなた、私の何を知ろうとしているのだ?」
「何故そう思われます?」
「そなたからは私を害そうという意欲を感じない。私との会話に応じるし、自分の素性を隠そうともしていない。むしろ私に何かを気付かせようともしているな?」
私を殺そうというのなら、もっと簡単に出来たはずだ。
それこそ魔術局を出た直後、私の注意力が特に散漫だった時を狙えば一層楽だった。
それにこの男の身のこなしなら、私に追い付くのも容易だったはずだ。
つまり本気で追ってきてはいなかったのだ。
それなら目的を推察するのは容易い。この男はヒントを出して、限られた情報の中で私がどう判断し、何に気付けるのかを観察しているのだ。
セオリー通りなら会話は何かを成すまでの時間稼ぎと考えるが、私相手に時間稼ぎが必要な事態なんて限られてくる。
私の足止めをしている間に策を弄して、私の周囲の人間を陥れるとか、主不在のトリスタンテ宮殿を混乱させて隙を作りたいとか。
しかし私の進退が影響を与えるだろう相手なんてごく僅かだし、私に何かあって困るとしたらマリーナとカザランドくらいだろう。
彼らが職務を全うさえしていれば、私が怪我をしたり誘拐されることはないのだから。つまり万が一それが起きれば、責められ処罰を負うのはその二人だ。
あとは、警備の人員をやりくりしていたお祖父様くらいか。
責任の追及を対立派閥からされるかもしれないが、お祖父様ならそれをかわすことも逆に相手を撃沈させることも可能だろう。
それにしたって、こんなに手間をかける必要はない。
費用対効果が低すぎて、お世辞にも良い手とは言えない。
ましてやトリスタンテ宮殿は人員補充の真っ最中で隙だらけだ。
こういってはなんだが、わざわざ私を狙おうとする労力を支払おうという者なら、細心の注意を払えば侵入も盗難もし放題だろう。
わざわざ私を襲う理由がない。
長々と線の薄い可能性を並べ立てはしたが、結局のところ残るのは、私は試されているという結論だけだった。
高貴な身であるこの私を試すとは、なんとも不敬である。
だが理由も解ろうというものだ。
「私が、仕えるに足る人物か見極めているのか?」
「やはりお気づきになられましたか。さすがでございます」
私からそう確認されることを待っていたかのように、男はニヤリと満足そうに笑った。
その笑顔を肯定とみなせば、思い当たる人物が1人いる。
「私を唯一の主として仰いでおり、物心つく頃から仕えることが決まっていたというのは、そなたのことか?」
「マリーナ様が、そうおっしゃったのですか?」
「そうだ。そして、彼女の甥であるにも関わらず王権派を公言しないことから、そなたはサナーリエ伯爵の家門ではない。……モーニカの息子か」
モーニカ。マリーナの妹にして、私の乳母。
息子と一緒に事故により早逝した。
生憎それ以外の情報も、それ以上の認識もない相手。
「よくお気づきになられましたね」
だが、ヒントはマリーナから出ていた。
おそらく、この男の要望だったのだろう。
私を見極めるために、最低限の基準として求められていたことだったのだろう。
「しらじらしいな。私がただ混乱するだけの子供だったとしたら、マリーナに挨拶だけして話を無かったことにするつもりだったのだろう?」
相手はただ笑みを深めて明言を避けた。
しかし、それが何よりの答えだ。
「ルダート・ハフシエット・コンチェッタ・オートルシと申します。正確には、殿下と乳兄弟の仲となる予定だったのはわたくしめの弟、ダリビットでしたが」
「……モーニカと一緒に、亡くなったという?」
「そうです。二人揃って、馬車ごと崖から真っ逆さまに落ちましたもので」
「……無神経なことを聞いたな」
「昔のことです。話の流れとして想定の範囲内ですから、お気遣いは結構です」
乳兄弟ということは、私と同い年、もしくは年が近いということで。モーニカに一緒に育てられることで幼馴染みよりも気の置けない仲となり、ゆくゆくは私の側仕えか学友か、そういった私の支えとなる予定の存在だったということだ。
その兄と名乗るルダートは、どう見ても私と年が近いようには見えない。
成人しているのは確実。30歳間近と言われても信じられる風格の持ち主だ。いや、しかし顔立ちはどうだろう。判断に苦しむ程の特徴の無さだ……。
どちらにせよ、彼は私とは乳兄弟にはなりえないはずである。
弟が私に仕える予定だったからとはいえ、その兄も、なんて理由として苦しくないだろうか。
「……そなた、何故私の元に姿を見せることにしたのだ?」
「殿下が仰ったのでしょう?この国で1番の腕前の護衛が無理なら2番手でも構わない、と」
「は?」
さらりと投下された情報に一瞬唖然としたが、確かにお祖父様にそんな無茶振りはした。
監視を増やされない為の咄嗟の戯言である。
勿論誰も真面目に取り合う訳がない、という前提の無理難題として吹っ掛けたのだ。
「違いましたか?」
「いや、確かに言った。お祖父様を煙に巻くためにな。ならばそなたは、例年の剣術大会で2位の傭兵だとでもいうのか?」
「まぁ、そうですね。日頃は傭兵の真似事をしております」
「侍従をしにきたと、マリーナからは聞いているのだが」
「その通りです。人身警護はわたくしめの本分ではありませんので、お引き受け致しかねます」
「それで、侍従なのか?」
「さようでございます」
いや、絶対嘘だろう。
何でもそつなく出来そうな雰囲気を湛えている。
なんだったらカザランドより隙のない出で立ちで、得体のしれなさが相乗効果で強者感を演出しまくっている。
おかしいな。
筋肉はカザランドより足りないのに。
上背もなく細身だから威圧感はない。なのに強いということは間違いないと確信させるのだ。
確かに騎士といった風貌ではないが……そう、暗殺者、殺し屋。そういった表現がしっくりくるかもしれない。
「……そなた、歳はいくつだ?貴族の子息が、いい歳で侍従というのは、その。外聞はどうなのだ?」
せめて執事とか、侍従長とか。
何らかの役職に就いていなければ周囲から舐められたり、家から反対されたりしないものだろうか。
それを言うなら、何故貴族の子弟が傭兵のようなことをしているのかも気になるが。
「おやおや、初対面で年齢の話を何の捻りもなく率直になさるとは。お噂通りの無神経ぶり、嘆かわしい。淑女相手なら顰蹙を買っているところですよ?」
「う゛、いや、雇用主として知っておくべき情報だから敢えて聞いているのだ。これはいわば、面談のようなものだ」
「ふむ、会話の主導権を易々とは取られない程度には、屁理屈が述べられるようですね。重畳重畳。しかし、返答に詰まったような吃りや感嘆詞はお控えください。発言に説得力が欠けますので」
「善処しよう。で、どうなのだ?」
憮然として頷き返し、また質問を混ぜ返した。
どうもこの侍従は、私のことを常に試したがっているようにしか感じられない。たった5分の会話でも、どっと疲れがのしかかってくる。
「その点はご安心ください。父からは破門されております故、わたくしめは現在平民なのでございます。なのでただのルダート、とお呼び頂いて構いません。年齢は殿下より十歳上、成人は済ませております」
待て、この物腰で、このただ者じゃない感を漂わせている男が、成人したばかり。更にはキラティスィより年下だと?
一体何のバグだというのか。
更にはうっすら微笑みながら淀みなく告げる姿は、とても大人しく平民の枠組みに収まっているように見えはしない。
いや、他にも食いつくべき情報はあるのだが、どうにも訳ありの臭いしかしないのであまり掘り下げたくない。
そして多分、掘り下げて聞こうとしたところで、この男は真っ正直に、簡単に回答をしてくるとは思えなかった。
対外的な答えは用意していることだろう。
でもそれは当たり障りのない、私が求めているものとは違う返答なのだ。
先ほどの、何故私の元に姿を表したかの問いに対する答えも、あれが真意とは思えない。
腹の底が見えない。油断ならない相手だ。
無性に、カザランドと会話をしたくなってきた。内容は何でも良い。いや、今度こそ婚約者のこととか聞きたい。特にデートの失敗談とか。
ともかく今は早急に、癒しが必要だ。
「ですから、今は侍従で充分なのです。勿論、殿下がわたくしめの働きを認めてくださり、どうしても昇格させたいと判断なされるようでしたら、わたくしめがその決定に否やを唱えることはございませんが」
「なるほど、それだけの働きをする自信はある、ということか」
「さようでございます。殿下がその地位に相応しい振る舞いと判断をなされる限り、わたくしめはそれに従い、命尽きるまでお支え致しましょう」
一見して重い誓いの言葉だ。
しかし彼は別に私相手に礼を取っているわけでも、尊敬の眼差しを向けているわけでも、親愛の情を表しているわけでもない。
お互いの距離は先刻から一歩も、物理的にも心理的にも近づいてはいないのだ。
だからこそ全身から力を抜き、自然体となって私は相手を見据えた。
自分よりも背の高い、胡散臭くて不遜極まりない、今日から私の配下となるつもりらしい男のことを。
「なんだ。そなたの求める、王族に相応しい振る舞いと判断というやつを私が成し続けることが、ひいてはそなたの目的達成に繋がるということか」
敢えて心底つまらなさそうに、謂う。
底が見えたとでもいうように。
今更この男が、ルダートがわざわざ乳兄弟でもないのに、それをとっかかりのようにして私に接触してきた理由。
何故、家門から外れて傭兵の真似事をしていたのか?
それは家門に囚われていては出来ないことを、何か成そうとしていたのではないか?
それなのに何故、わざわざ目立つような武闘大会に出て上位入賞を果たしていたのか?
武闘大会に出ることで、わざと目立つことで何か確認したいことや刺激したい相手がいたのではないか?
そして何故、今まで王家と距離を置き平民として動いていたのに、私の所に仕えにきたのか?
役職や家門の拘束のない平民という身軽さを捨ててでも、私に仕えることで得る物があると踏んだから、ではないか。
今までの行動は全て、彼が達成したい目的の為に敢えてしてきたことなのだとしたら。
この無理のある取って付けたような忠誠にも、説明がつく。
「だが、果たしてそう上手くいくかな?私はかの有名なワガママバカ王子だ。お祖父様の発想の斜め上を行き、手を煩わせてきた実績がある」
胸を張り、全く自慢にならないことを堂々と言いきる。
無意識に今まで働いてきた愚かな行いと、生存するために意図的に働きかけてきたこと。
それらをひっくるめて、私が一筋縄でいくつもりがないことを提示する。
「私を思い通りに動かすことは、誰にも出来ないのだ。私自身にしかな。覚えておくと良い、ルダート。そなたの理想と私の理想は同一ではない。私に失望したくなかったら、せいぜい誠意を持って仕え、少しでも私の考えに影響を及ぼせるようになることだ。それに必要な要素が、私達の間には圧倒的に足りない。解るな?」
言外に信頼関係を構築する芽もない現状を指摘すれば、ルダートは興味深そうに両目をすがめ、喉の奥をくつくつと鳴らして笑った。
「やはりわたくしめが見込んだ御方」
そして心底嬉しそうに、まるで悪魔の笑みと形容するのに相応しい、ゾッとするような微笑みを浮かべ。
「御意にございます。殿下の御心のままに」
流れるような動作で片手を胸に当て、恭しく礼を示してきたのだった。
更新が4年空きまして申し訳ありません。
まだ読んで下さる奇特な方はおられるのでしょうか。
多少なりともお暇潰しになれば幸いです。




