プロローグ3:友樹と京介の戦い
「ち、張飛? なんか……変わった名前してるね」
張飛と名乗った少女に友樹が言う。
しかし張飛っていう名前からすると、彼女は……中国人……なのだろうか。
さっきも、虎牢関がどうこう言ってたし……。それにしては日本語が上手いな。
それ以前に、中国人ってこんな顔をしてるのか? 日本人となんら区別がつかないぞ。
「うーん、とにかくここは虎牢関じゃないのか。なんだかよく分からなくなってきたぞ」
「なぁ。さっきから虎牢関虎牢関言ってるけど、頭大丈夫? ……じゃなくて、えーっと、俺が言いたいのはその……夢遊病とかが大丈夫か……って事で」
「夢遊病って何だ?」
「夢遊病ってのは、レベルの高い寝返りの事だよ」
友樹、それはちょっと違うんじゃないか?
「寝返り? だったら張飛は、寝相が悪い。ってよく関羽に怒られてるぞ」
か、関羽? これまた中国人か?
「ああ、関羽は張飛の姉ちゃんだぞ。本当は違うんだけど、義兄弟の契りを交わしたから姉妹になったんだぞ」
「関羽と張飛……? 義兄弟……?」
すると友樹が彼女の言葉を、呪文を唱えるかのように繰り返し呟く。
そして呟きを終えると、一つ彼女に質問を投げ掛けた。
「もしかして、長男は劉備玄徳?」
「おぉー、お前よく知ってるなー。そうだぞ、兄者の名前は劉備玄徳だぞ。少し頼りないけど、国を想う気持ちは誰よりもあるんだぞ」
それを聞いた友樹は顔色を変えた。
俺は……いや、俺からするとさっぱり分からないのだが……。
「やっぱり……。いやっ、でも……有り得ないよ……」
「おい、友樹。俺に分かるように説明してくれ」
「えー!? 嫌だよー」
「お願いしますっ!!! 友樹が説明してくれないと話が進まないんですっ!!!」
俺は全力で土下座をした。頭を何回も何回も地面にたたき付ける。
友樹はその光景を十分に堪能してから、分かったよ。と言う。こういう意地の悪い所はおじさんそっくりだ。
立ったままは疲れるので、俺達は道路から川にかけて続く坂に座り、話を始めた。
「三国志って知ってる?」
「いや、知らん」
「そこから説明が必要みたいだね……」
三国志。それは遥か昔の中国の話。広大な中国大陸が魏、呉、蜀という三つの国に別れ、互いに争った時代の話だ。
魏の皇帝は曹操孟徳、同じく呉は孫権仲謀、そして蜀の皇帝が、その劉備玄徳だ。
「その劉備玄徳には義兄弟がいたんだ。それが関羽雲長と張飛翼徳ってわけ」
「張飛翼徳って……。こいつが?」
「こいつじゃ無いぞ。張飛の名前は張飛翼徳というんだぞ。ちゃんと名前で呼ぶのが礼儀だぞ」
友樹はクスッと笑って話を続けた。
「で。虎牢関と言ったら、かの有名な虎牢関の戦いの場所でもあるんだ」
皇帝を蔑ろにし、天下を自分の思うままに動かそうとする董卓将軍に反旗を翻した曹操が、諸国の英雄を集め董卓軍と戦った虎牢関の戦い。
簡潔な説明を終えると、友樹は張飛を見た。
「そうだぞ。張飛達は公孫讃軍として戦ったんだぞ」
「ちょっと待て。おかしいだろ」
俺にはどうしても腑に落ちない事があった。
それは当たり前の事で、それでいて一番重要な事だった。
「何でその時代の人間がここにいるんだよ」
「うん、どうしてだろうね。そもそも張飛は男だった筈だけど……」
俺と友樹はほぼ同時に張飛を見た。
「張飛は女だぞ。男じゃないぞ」
「ああ、まぁそりゃ……見れば分かる」
鎧を付けていても目立ってしまうほど大きな胸が、何よりも証拠になった。
「胸ばっかり見てると変態扱いされるよ京介?」
「んっ!? いやっ、そのっ……」
「あははは〜。京介は女性に慣れてないから仕方ないよね〜」
お前だって慣れてないだろ。と言おうとしたが、それは喉から出かかった所で止まった。
「張飛はあの石炭から出てきたんだけど、その原因の心あたりはある?」
サッカーと同じで、友樹は切り替えがとても早い。言い返そうと思っても、すぐに別の話題にしてしまう事が多々ある。
俺はどうせそうなるか、もしくは言っても軽く流されると思ったから、口にしなかったのかもしれない。
とにかく、友樹が指差した方向にはあの石炭……あの黒い”何か”は無く、張飛を退かした時には既に消えて無くなっていた。
つまり、張飛とそれは何かしらの関係があるのだろう。友樹はそう考えているに違いない。
「うむ、黒胡麻饅頭なら心あたりがあるぞ」
あれれ? おかしいのは俺の頭なのかなぁ?
だって、黒胡麻饅頭って……。
えぇ〜、黒胡麻饅頭なのか〜?
「心あたりって何かな?」
「うむ。張飛達は呂布と戦ったんだ。その時だ……」
*
「呂布はどこだー! 出てこーい!」
呂布は弓馬を取っては天下無双の豪傑と言われていたんだぞ。
そんな豪傑がいると聞いちゃ、張飛は黙ってはいられなかったんだ。だから何度も呂布を呼んだんだな。
張飛が呂布を呼んで数分も経たないくらいだったな、全身が真っ赤な馬に乗った将を見つけたのは。
「私が呂布です」
そいつは真っ赤な馬に跨がったままそう名乗ったんだ。
「お前が呂布奉先か! 我が名は張飛翼徳! いざ尋常に勝負!」
「ふんっ、たかが兵卒のくせに生意気なやつですね。さっさと倒してやるです」
しかし張飛も強いからな、さっさと倒されはしなかったんだ。
一騎打ちを続けて十分くらい経った時だ、さすがに張飛も疲れてきたんだ。でも呂布は息一つ乱してなかったんだな。
「おめぇ本当に兵卒ですか? 私とここまでやり合えたのはお前だけです」
「あったりまえだ! 張飛は強いんだぞ!」
「確かに強いのは認めざるを得ないようですね。でも、そろそろ疲れが見えてきてるみたいですよ」
さすがに呂布は張飛が疲れていた事に気付いていたんだな。
でも張飛は負ける気がしなかったんだ。
「張飛! 助太刀するぞ!」
「大丈夫か張飛!?」
そうだ。姉ちゃんと兄者が助太刀にきてくれたんだ。
しかも助太刀にきてくれたのは兄者達だけじゃなかったんだぞ。
「呂布! 私が相手よ!」
「我が刀の錆にしてくれる!」
「ここで会ったが百年目! 勝負ですわ! 呂布!」
曹操、趙雲、袁紹が助太刀にきてくれたんだ。
よし、これで勝てると思ったのもつかの間。対する呂布にも助太刀が来たんだぞ。
「愛しのマイハニー! 僕が助けてあげるよー!」
「張遼! てめーはくんなです! キモい病が感染するです!」
「フハハハハ! こんな奴らは私に全て任せろー!」
「司馬懿! てめーもキモい病が感染するからくんなです!」
その時だ。なんか張飛と呂布の間に黒胡麻饅頭が浮かび上がったんだ。
*
「張飛達みーんな、それに吸い込まれたんだぞ」
今の話を聞く限り、変人の集い所のようにしか思えないし、そもそも……。
「そんなの嘘だろ?」
「嘘じゃない! 張飛は嘘をつくのが一番嫌いなんだ!」
「だって、非現実的すぎやしないか? さすがに」
「張飛は嘘をついてないって言ってるぞ!」
「うん。それに、こんな嘘ついても仕方ないしね。だから僕は信じるよ」
うーん……。確かに、こんな嘘ついても仕方ないよなぁ……。
それに張飛の目を見ても……。
「むぅぅ〜」
こんなに純粋そうな女の子が嘘をつくってのも考えづらいしなぁ……。
「まぁ、仮にその話が本当だとしてさ。他の人達はどこに行ったんだ?」
「うむ、それは分からないぞ。そもそもここがどこかも分からないんだぞ」
「うん、だったら京介の家に泊まっていく?」
もう、ね。俺の家はお前の家。お前の家はお前の家だからね。
「うむ。ここがどこか分からないから、それは助かるぞ」
「よし、決まり。京介もそれでいいよね?」
「はい、喜んで」
どうせ何を言っても結局は俺が負けるんだ。だったら少しでも前向きに前向きに。
人はこうやって大人への階段を、一段づつ一段づつ登っていくのだろうか。
俺は今、少しでも笑っていますか?
俺は今、幸せですか?
「泣いてるよ」
俺には涙を拭う気力すら無かった。
「ほら、ここが僕の別荘……じゃなくて京介の家だよ」
これが友樹の本心ですよ。分かりますか?
「なんだか張飛がいた所とはまるで別世界だぞ!?」
張飛はキョロキョロと周囲を見回しながらはしゃいでいた。
「じゃあ、散らかっているけど」
「それ俺の台詞だから」
友樹はとても失礼な一言と共に、家の扉を開けた。
いつもと変わらない玄関。
そこにあるのは靴はお袋の履く一足だけ……。
二足ある……。
「おかえり、京介」
リビングの扉から出てきたお袋。
「お邪魔しています」
隣には客人と思わしき、知らない女性。
その女性は鎧を身につけていた。
「あ! 姉ちゃん!」
「えっ!? 張飛!? 張飛なの!?」
………………。
「ねっ?」
「何が、ねっ? なんだよお前はー!!!」
こうして俺の充実した学園生活は幕を閉じた。
そしてその代わりに奇想天外な学園生活が脈動を始めた。
次回から本編開始です。




