プロローグ2:河川敷の戦い
「キャー! 楓先輩ー! ナイスシュート楓先輩ー! キャー!!! カッコイイー!!!」
分かってねぇよ。分かってねぇよ。分かってねぇよ。
「……とかキャーキャー言いやがって。あの女共、ぜってぇ分かってねぇよぉぉぉぉーー!!!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ京介」
「これが落ち着かずにいられるかぁぁぁぁぁー!!! ヌォォォー!!! ……はぁっ、はぁっ……」
「お願いだから僕の身にもなって? 僕、完全に変質者の友達として周りに見られるんだよ?」
部活の帰り道。俺はサッカー部の友人、松沢友樹と一緒に河川敷を歩いていた。
桜の花びらが咲き誇る4月。茜色の太陽が川にゆらゆらと姿を映し、河川敷ではお花見という名の宴会を終え、その片付けをする人達をちらほらと見かける。
短いようで長かった春休みもいよいよ佳境に入り、三日後から俺達は進学年−−高校二年生として新しい一年を迎える。
今年は高校入りたてで右も左も分からない状況だったが、さすがに一年経つともう慣れて、とりあえず影でなら先輩の悪口を言える程度になった。
その悪口の内容は今日の試合について。
怒りの対象は楓先輩と、先輩に黄色い声援をおくる女子だ。
「点を取るのがフォワードの仕事なんだから、いいんじゃないのかな?」
「……それはそうなんだけどさ。点を取るまでの過程ってのも大事だろ。だってあの人、持ったらドリブルしかしないじゃん」
「うん、確かにそれは問題だよね」
「ああやってドリブルばっかりする人が目立ってさ、俺や友樹みたいにパスばかりする人は目立たないって……。あぁぁぁぁぁ……」
分かってねぇ。分かってねぇよ。フォワードイコールチームで一番上手い人。とでも思ってるのか?
分かってねぇ。分かってねぇよ……。
「いいじゃん、京介が上手いって事は、チームの皆が認めてるんだから。それで十分だと思うよ」
「まぁ……。一応努力はしてきたからな……」
思えばここまでの俺の人生、隣にはいつもサッカーボールが側にいた気がする。
一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり。寝る時も学校に行く時も。体から離れる時間より、体とくっついていた時間の方が短いんじゃないだろうか。
『お〜い京介ぇ〜。捕まえてごらんよ〜』
『待ってよサッカーボールぅ〜』
『『あははははは〜』』
海岸線を走る俺とサッカーボール。
いつしか二人の間には恋の芽が、地面から少しだけ顔を覗かせていた。
「萌えぇー!!! サッカーボール萌えぇー!!!」
「京介ぇぇぇー!!! そっちにいっちゃ駄目だぁぁぁー!!!」
友樹は目が虚ろな京介の両肩を持ち、思いきり揺すった。
「はっ!? 友樹……、今俺は何を……?」
「頼むから僕を変質者の友人というポジションにしないでっ」
「そうか、すまなかった」
京介は特に気にしなかった。
「とにかく、京介はいつも損な役回りなのは確かだよね」
「あぁ。まぁそれも縁の下の力持ちみたいでいいのかもしれないけど……」
「運動会の百メートル走だって、いきなり予選でジャニーズとの対戦だったもんね」
「ああ。走る前に友樹が教えてくれなきゃ勝ってたところだったし……」
あれ、わざと負けるってのも難しいんだよな……。
「水泳の時だってジャニーズと」
足つった振りをするのって難しいんだよな……。
「揚げ句の果てにサッカーのポジションはボランチ」
ボール触る回数は多いんだけど、フォワード程目立たないんだよな……。
「ディフェンダーが三人しかいないから、滅多に攻めに参加できないし……」
「京介は体力が無いから、でしょ?」
「うるせぇっ」
「アハハッ。図星だね〜」
こうやって友樹はいつだってニコニコ笑ってさ、俺が愚痴るとちゃんと対応してくれて。
こんなに童顔なくせに、中身は俺より大人なんだからな。
俺はいつしか、そんな友樹に惹かれていった。
『結婚しよう、友樹』
『え!? だって僕たちは男同士だよ!?』
『愛に性別は関係ない。問題はそこに愛があるか否かだ』
『…………僕を幸せにしてくれる?』
『あぁ。お前を世界一幸せなお嫁さん……、じゃなくてお婿さん……お嫁さん……お婿さん』
…………。
「友樹萌えぇぇぇー!!! 俺はお前を世界一幸せな、お婿さんにしてやるぜぇぇぇー!!!」
「き、京介は一体どんな妄想してるんだろう……」
友樹は京介とつかず離れずの距離をとった。
はたから見たら、変質者にしか見えない彼。しかし、友樹はこんな京介が好きだった。
もちろん恋愛対象としてじゃなく、友人として。
二人は小学生の時から揃ってダブルボランチ(守備的ミッドフィルダー)として活躍してきた。その二人の実力は折り紙付きで、高校一年生の時から二人でボランチのレギュラーとして活躍している程だ。
技術、体力はもちろんのこと、二人が特に優れていたのは連携性。この連携性は、同じくボランチのスタメン争いをする人とって、決して越えることの出来ない壁であった。
そう。
二人は愛し合っていたのだ。
「京介ぇぇぇー!!! 僕のお嫁さんになって下さぁぁぁい!!!」
「友樹ー!!! お前はそっちにいっちゃ駄目な人間なんだ!!! 分かるかぁぁぁー!!!」
バーサーカー状態から戻った俺は全力で友樹を揺すった。
「……はっ! 僕は今まで一体……?」
友樹と俺は同じボランチだけど役割が結構違ったりする。
友樹はパスが正確で視野も広いため、前線でプレーをする事もしばしば。対する俺は、その守備力を買われている為、監督からはあまり上がらないように指示を受けている。
「あれ? 黒胡麻饅頭?」
ボランチをやるって事はドリブルが苦手か。と言われると、実際はそうでもない。
自分で言うのもなんだが、俺は決してドリブルやパスが下手とじゃないし、寧ろかなり上手い方だと自負している。少なくとも楓先輩よりは上手い自信がある。
そしてさらに友樹は、俺よりドリブル、パスが上手い。それはもう、楓先輩なんて目じゃないくらい。
「ったく、どうやったらそんなにドリブルが上手くなるのかね。お前は」
「ふふっ。僕から言わせてもらうと、どうやったらそんなに一対一の守備が強くなるのか聞きたいよ」
「まぁ、そりゃあ……、小さい頃から友樹と一対一ばかりやってたんだから、上手くなって当然だろ」
「僕もそうだよ。ただ正直言うと、一対一でディフェンスばかりする京介の気が知れなかったけどね」
「お前、分かってねーな。意気揚々とドリブルしてきた敵を止めるというこの快感。たまらないんだぞ?」
「僕は、サッカーはドリブルで敵を交わしてなんぼだと思うんだけどね」
「ふんっ。友樹とは一生分かり会えそうにないな」
そうして二人で笑い合う俺と友樹。
あぁ。俺の高校生活はとても充実しているんだなぁ。と感じる事のできる今。
俺はこの時間、この空間を大切にしたいと、切に願う。
しかしそんな日常を壊すなんてとても簡単な事で。
俺にはどうする事もできなくて。
「友樹……、何だあの黒い……、ブラックホールみたいな……」
河川敷を歩く俺と友樹の前に何か黒くて丸い物体が浮いていた。
それは調度俺と友樹の目の高さと同じ位置に浮かんでいた。
大きさは……そう、バスケットボールくらいの大きさで……。これでもかというくらい黒かった。
「冷静に考えなよ。あれは大きな黒胡麻饅頭だよ。そんな事より今日の夕飯は……」
お前が冷静になれよー!?
しかも夕飯の話にすり替えようとすんなよー!?
「あ、だからさっき友樹は黒胡麻饅頭とか言ってたのか」
「うん、京介の会話に畳み掛けられちゃったけど」
と、その黒くて丸いブラックホ−−
「−−黒胡麻饅頭ね」
と、その黒くて丸い黒胡麻饅頭は少しづつ形を肥大させていく。
風船が膨らんでいくときのように、少しづつ、しかしながら確実にそれ……黒胡麻饅頭は形を肥大させていって。
そしてついには電話ボックスくらいの大きさにまで膨らんでしまった。
この光景には、さすがの俺達……というか友樹も戸惑った。
「こ、この黒胡麻饅頭……。へ、変形したね……」
「いい加減黒胡麻饅頭から離れろよ……。黒胡麻饅頭が浮かぶ訳無いだろ……」
しかし肥大化してからというものの、その黒くて丸い”何か”は全く動かなかった。
しかもそれをよく見てみると、それは球の形をしていないようだった。
「京介、近付いてみようよ」
「あ、あぁ……」
俺達は五メートルあった”それ”との距離を、四メートル。三メートル。二メートル、と近付けていった。
「よく見ると、黒胡麻饅頭じゃないみたいだね」
「今気付いたんだな」
そして俺達は残り一メートルという所に差し掛かった。
手を伸ばせば”それ”に届く距離。
「これ、ブラックホール?」
「言ったから! それ俺が最初に言ったから!」
「あれ、そうだったっけ?」
「お前は本当に人の話を−−」
−−ピューロランドー。
その時だった。よく分からない効果音と共に風速六十メートルはあろうかという強風が”それ”から吹き出してきた。
「ぬぉー! 何だこの風はー!」
「風速六十メートルはあるよねー!」
「んなもん知るかよボケナスー!」
「キャー」
と、その突風から女性の声が聞こえた。
「おい友樹! 今、女性の声がしなかったかー!?」
「パンチラだねー!?」
ちげーよタコ!!!
「うわー!」
また女性の声。
「この黒胡麻饅頭から聞こえてくるねー!!!」
もう黒胡麻饅頭でいいです……。
しかし確かに友樹の言う通り、声はこのブラッ……黒胡麻饅頭から聞こえてきた。
−−と思ったのもつかの間。
「うわぁぁぁー!!!」
この強風に吹き飛ばされた何かが、俺の顔面に見事ぶつかった。
「いっけー石崎!!! 顔面ブロックだー!!!」
隣から何か聞こえた気がしたが、今はそれどころじゃなかった。
俺の体は頭に引っ張られるかのようにして吹き飛ぶ。それは首の長さが変わってしまうのではないか、という程に。
ドッスーン。
尻、頭、背中の順に地面にたたき付けられた。そして同時に襲い掛かる激痛。
「ナイスだ石崎!!!」
その激痛は、友樹の意味不明な発言に構っていられなくなる程の痛さだった。
おまけに俺の顔面にぶつかってきた”何か”は俺の顔面の上に乗り続けている。
痛い重い痛い重い痛い重い痛い痛い重い重い軟らかい……。
「軟らかい……?」
俺の顔面に乗っかっている”何か”は、とても重くて軟らかい。
「あれ……? ここはどこ?」
喋った!?
「ここは河川敷だよ」
友樹!? お前は誰と喋ってるんだ!?
「カセンジキ? ここは虎牢関じゃないのか?」
「虎牢関? 虎牢関があるのは中国だよ。ここは日本だから、行きたいなら成田空港に行くしかないね」
「ニホン? ここはカセンジキじゃないのか? なんか頭が混乱してきたぞ」
あぁ、やっと分かった。俺の上に乗っかっているのは人間だ。
声の質からして、どうやら女性のようだ。さっき聞こえた女性の悲鳴は、彼女の物だったみたいだ。
……なんて冷静に考えている場合じゃ無いっつーの!
「ええぃ! さっさとどけぇー!!!」
俺は寝返りをうって、顔面からその人を退かす。
そして勢いよく、ガバッと立ち上がった。
そして俺は自分に乗っかっていた人物を睨みつけた……が……。
「お前は……コ……コスプレ?」
その女はよく分からないが、鎧を身につけていた。
しかもそれなりに本格的な鎧を。
「違う。コスプレなんて変な名前じゃないぞ。わたしは張飛だ」
その少女は張飛と名乗った。




