9.殿下の護衛と近侍を頼む
それからさらに二年後、琳華は近衛の都尉となった。複数の校尉をまとめる、下級指揮官の中でも上の立場だ。
都尉になってから半年後、琳華は警護司長に呼ばれた。朝廷警護のトップである。
(何か、やってしまったのだろうか)
緊張しながら、司長の部屋へ入る。そこには、司長ともう一人、見覚えのない壮年の男がいた。
「琳華」
と司長が口火を切る。
「はい」
「このたび、部隊が一つ新設されることになった。女性の要人警護を主に行う部署だ。その部隊は、女性で構成されることとなる。将来的に、君にはその部隊長をやってほしい。位は郎将だ」
「ありがとうございます。かしこまりました」
郎将は、いくつかの部隊を束ねる中級指揮官だ。まだ都尉を半年しか経験していない琳華からすると、大抜擢である。
(女性の郎将がほしくて。だから私に)
純粋な実力だけでもぎ取ったものではなかった。琳華は少し落胆したが、それを顔に出すほど子供でもなかった。
しかし、気になる一言があった。
「将来的には、とおっしゃいますと?」
「その前に、王子の警護をやってほしい。これは、近侍も兼ねている」
「王子――どなたさまですか?」
「慧殿下だ。知っているだろう」
上司の言葉で、あの懐かしい日々が蘇る。母のような女性と、弟のような少年とのかけがえのない暮らし。思い出すと切なくなるから、なるべく考えないようにしていた、大切な思い出。
「お前も知っておるだろうが、慧殿下はとても気難しくて難儀している。何人も警護や近侍がついたが、みなさじを投げた。お前は傅役をしていたということで、気心も知れておろう。だから、お前が任に就くこととなった」
「かしこまりました」
「とりあえず、七試に合格させてほしい。そして武芸の初級試験も」
七試とは、律令や歴史など、官吏になるための基本的な七つの課題だ。これに合格しないと、中級官吏への道は拓けない。琳華は一年前に突破している。
「ちなみに、殿下がいまどのような状態かお分かりになりますでしょうか?」
上司は何も言わず、書類を一枚寄越してきた。それにさっと目を通し、琳華は愕然とした。
「これは……ひどい!」
思わず口元を手で覆う琳華に、上司は同情の目線を送る。
「あともう一つ。勤務態度の改善も。そちらに関しては、この方から。慧殿下の直属の上官にあたる、兵部軍務司長殿だ」
最初に気になっていた壮年の男が、一歩前へ出てきた。
「慧殿下は、非常に気性が難しいお方で――毎日遅刻をするわ、仕事中に抜け出すわ、政務中に居眠りをするわでもう、困り果てております。服装の乱れも、何度注意しても直らず」
あの時守った、東宮様の弟君と比べると、ひどいものだ。
「一昨日は、足で筆を持ち、公文書を書き始めました。昨日は、亀を仕事場に持ち込んで、紐をつけて散歩を」
琳華は、あまりの惨状に頭がくらくらしてきた。
(もともと、ちょっと変わっていたけど)
もう少し、ちゃんとした大人になっていると思っていた。これでは14歳のときよりひどい。
「慧殿下が王族でなければ、とっくに職を解いているところです」
困り果てた顔で、慧の上官がため息をつく。
あの王子が一筋縄ではいかないことは想像できていたが、まさかここまでとは。
「私の初期教育が至らず、誠に申し訳ありません。必ずや七試に合格させ、武芸を鍛え、勤務態度を改めさせます」
「うむ。昼は、慧殿下の部署である兵部の護衛を。加えて、殿下のお屋敷に住み込みで、警護と近侍を。大変だろうが頼んだぞ」
「かしこまりました」
「よろしく頼む。これができれば、君を郎将としてこちらへ戻す」
◆
琳華は荷物を持って、慧の屋敷へと向かっていた。これからは、敷地内の使用人用の棟で暮らすことになる。
(あんなにひどいことになってるなんて)
慧の上官の、困り果てた顔を思い出す。
しかし、こんな形で再会するとは思ってもみなかった。三年半前の別れを思い出す。
あの王子は、べそべそ泣きながら、また会えるよね、と言っていた。琳華は曖昧ながらも肯定したが、朝廷ですれ違う程度だと思っていた。
そもそも、自分と王子では身分が違いすぎる。幼いころに家族同然に接してしまったから気安い関係となったが、本来なら口を利くことすらできない立場だ。
(そして、あの約束――)
城下町へ抜け出した時の約束。
(さすがに、身分の違いはもう分かっているはず)
とはいえ、先ほど聞いた奇行を思い出すと、心配になってしまう。
(まあいい。とにかく七試、武芸、そして勤務態度の改め)
それができれば昇進だ。
幸い、あの王子と六年も暮らしたのだ。
(私になら、できるはず)
あの甘ったれを叩き直す。
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