10.琳華が我が家にやってきた
新しく来る護衛が琳華と聞いて、慧は色めき立った。
今まで、いろいろな護衛や近侍が来た。
(どいつもこいつも、つまらないやつばかりだった)
近侍は、やれ早く起きろだの、勉強をしろだの、服を整えろだの口うるさい。
護衛は、一定の距離を保って、暗い顔でついてくるから鬱陶しい。話しかけても、おもしろくもない返事が返ってくるだけ。
幸い自分は馬鹿王子で通っている。おかしなことをしても、またか、と思われるだけ。困らせて追い出すのも簡単だ。
そこへ。
(琳華――)
あの、後宮での六年間が思い出される。師のようで、友人のようで、姉のような人。
おそらく、傅役をしていた過去があるから、この馬鹿王子を立て直すために、琳華が呼ばれたのであろう。
(三年半ぶりか)
衿を正し、家にある中で一番整っている帯を締める。
(他の帯はもう、ねじねじにしたからな。残っているのはこれくらいだ)
飾りが多くてねじりにくいし、重くて着け心地がよくない。だから、ほとんど使ったことがない。
そわそわと来訪を待っていると、果たして琳華が来た。少し赤みがかった黒髪が風に流れ、蘇芳色の衣がひるがえる。袖の金糸の刺繍が、陽光にきらめいた。腰に佩いた剣が、歩くたびに揺れる。
久々に見る琳華は、相変わらず凛々しい。
家の門で待っている自分に気づいたのだろう。彼女は走り始めた。
「琳華!」
慧も走り、昔のようにその胸に飛び込む。が、自分のほうが背が高く、抱きしめる格好になった。
「殿下、お久しゅうございます」
髪が撫でられる。昔と変わらない、優しい感触。
(殿下って……)
その呼び方は、距離が遠くなったみたいで嫌だ。あの、最後の別れの時も、殿下って呼ばれて悲しかった。
「昔みたいに、慧でいい」
「では、慧さま」
抱擁を解き、琳華の肩に手を乗せる。琳華を見下ろすのも新鮮だ。琳華は穏やかに微笑みながら見上げてくる。
「琳華」
(約束は、覚えているだろうか)
「俺、あと半年で成人するんだ」
「おめでとうございます、慧さま」
「そうしたら――俺と結婚してほしい!」
「……は?」
琳華の眉がピクリと動く。これは、もうすぐ怒るときの合図。
「殿下。お気持ちは嬉しいですが、身分が違いすぎます」
丁寧で当たり障りのない断り文句。身分が違うことは、自分だって知っている。
「そんなこと関係ない!成人したら、琳華を妻に迎えるってずっと決めてた」
だって、そう決めた。絶対に、琳華を妻にするって。
琳華は、ふうっと息をついた。
これは、ちょっとしたお説教をするときの合図。
「あんなに教えて差し上げたものの道理を、すっかりお忘れになりましたか?そんな甘ったれたことを言っていないで、さっさと勉強を始めましょう」
ほら。お説教が来た。
(琳華だって、何にも分かってない)
俺は琳華に説教されるのが、大好きだってことを。
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