11.無理かもしれない
荷物を下ろした琳華は、さっそく慧の屋敷の居間へと行く。
「衿を正してください!」
居間にいる慧はだらりと座り、衿をはだけさせている。その隣を、亀が歩く。
「亀っ!?」
さらに王子は帯を、これは着け心地が悪いから、と外してしまう。
「ちゃんと帯を締めてください」
使用人がおずおずと代わりの帯をいくつか持ってきた。やわらかい生地の帯は、全部ねじられ、ぐちゃぐちゃだ。
その中でも一番まともなものを差し出すと、慣れた手つきでねじりながら締め、そこへ裾を突っ込む。
そうしながらも、足で亀の甲羅を撫でている。
「あーもう!!どこから突っ込んでいいのやら」
「まあまあ琳華、落ち着いて。ゆっくりしよう」
そう言う慧は、使用人が運んできたお茶を、こともあろうに足でつかんで、あちちと言っている。
「落ち着いていられません!どうしたら、こんなにひどくなるの!?」
「ん-……俺一人だと、だめみたい。母上も琳華もいないと、なんかやる気でなくて」
「あと半年で、成人するんですよね!しっかりしなくちゃ」
「はーい」
慧を七試に合格させ、勤務態度をまともにする。そんなに難しいことではないと思っていた。
(これは――無理かもしれない!)
こんなに大きくなった人が、こんなにだらしないことが、信じられない。
「慧さま」
琳華は慧の隣に座る。
(とりあえず、現状確認から)
「この亀は、慧さまが飼っているんですか?」
「そう。鍛えたらどのくらい早く走るようになるのかなーと思って」
「では、今鍛えているんですか?」
「よく考えたら、亀をどう鍛えたらいいのか分からなくて」
「なるほど……」
一つ疑問が解決した。
「このぐちゃぐちゃの帯、非常に見覚えがあるんですが、まさかこれで朝廷へ……?」
「うん。これしかないからね」
「帯は、もう少しちゃんとしたものを使いましょう。こちらの帯は素敵でしたが、お嫌いですか?」
先ほどまで締めていた、飾りの多い帯を示す。
「うん、嫌い。着け心地が硬いし、重たい」
「なるほど。では琳華がいい感じの帯をご用意したら、それをねじらずに締めてくださいますか?」
「気に入ったらね」
「ねじらずに、ですよ」
「たぶん」
もう一つ、解決。
「では最後に一つお聞きしますね。七試の中で、慧さまが一番やる気が出るのはどれですか?」
「どれも嫌い」
「うーん……」
この人には、どの科目が一番興味を惹くだろう。
「地理はどうですか?」
「地理?」
「はい。地理を知れば、抜け出しがしやすくなります。ほら、子供のころに、城下町へ行きたくて、地図を手に入れましたよね。あのように、地理を知っていれば、行動範囲が広くなりますし、楽しくなります」
「抜け出しか……それはいいね」
それでふと思う。
(慧さまは知っているんだろうか)
自分が七試を合格させるために、この家に来たということを。そして、合格すれば役目を解かれ、昇進するということを。
(あえて言う必要もないか)
この人は、こずるい手を使う人ではない。でも――。
(それを知ってしまって、私をここに縫い留めるために、あえて勉強から手を抜くようになると困る)
言わないのが、正解だろう。
「ねえ琳華。じゃあ、今日抜け出そうよ。一緒に城下町へさ」
「何をおっしゃっているのです。私は、それをお止めする立場なんですよ」
そう言いながら、琳華の頭にアイディアが閃いた。
(これだ)
「じゃあ慧さま。地理と武芸の初級試験。両方合格したら、一緒に城下町へ遊びに行きましょう」
「本当!?」
慧が身を乗り出す。その目はきらきらとしている。
(子供の時から変わらない)
この人は、ご褒美があると、途端にやる気になる。
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