7.ご活躍をお祈りしています
男子が後宮にいられるのは、13歳までだ。三日後、慧は14歳となり、見習いとして朝廷に入る。同時に、琳華のお役目も解かれる。
琳華は、自分の膝で眠る慧の頭を撫でた。最近は甘えることが少なくなったが、ここ数日は一人で寝られないと言う。
少し癖のある黒髪を指で梳く。
(この人は、どんな大人になって、どんな人と添うのだろう)
それは分からないし、琳華の人生とは無関係の物語だ。これ以上、そばにいる権利は自分にはない。
(父上――)
お役目が終わったら、戻って来いと言っていた。
(ごめんなさい、父上)
故郷に戻っても、年頃になれば、父が決めたどこかの家へ嫁すことになる。
(それは嫌だ)
誰かの妻にはなりたくない。
(私は一人で生きていく)
よく眠った王子の頭を、そっと枕に乗せてやる。そうして琳華は立ち上がった。そして、慧の母の部屋を訪ねる。
「慧は寝た?」
「はい。やっと」
「もうすぐ14歳なのに、相変わらず甘ったれでごめんね」
「いえ……」
母の向かいの席をすすめられたので座る。
「お方さま。お聞きしたいことがあるのですが、私もお方さまのように、自分で仕事を――人生を選びたいのです。できると思われますか?」
王子の傅役は、殿と父から与えられた役目だった。
故郷に帰れば、今度は誰かの妻という役目が与えられるだろう。
(一人で生きていくために)
自分で選んで、自分の努力で手ごたえを得たい。この目の前の女性のように。
慧の母は少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「できるよ。私にできたんだから」
「私も、お方さまと同じく、近衛に入りたいと思っています。武芸は好きですし」
そっか、と彼女は琳華の目を見つめる。
「近衛に入りたいというのが本気なら、入隊試験を受けてみるといい。琳華の体力と知識なら、たぶん受かると思うよ」
「ありがとうございます」
三日後、琳華はここを去る。この、母のような、師匠のような女性とも、お別れだ。
「本当に、ありがとうございます……」
泣くつもりなんてなかった。でも、ぽたぽた落ちる涙は止められなかった。
慧の母は立ち上がり、琳華の隣に来る。そして、背中をさすってくれた。その手はとても温かかった。
◆
「母上、行ってまいります」
「お方さま。大変お世話になりました」
慧の母は、寂しそうにちらりと微笑んだ。
「うん。二人とも元気でね」
琳華と慧は、そろって住み慣れた宮を後にした。
慧の母は、後宮の近衛だ。後宮は隔絶された世界だから、もう彼女と会う機会はほとんどないだろう。
たくさんの荷物を持ち、二人はとぼとぼ歩く。
琳華は、近衛の入隊試験を受けることになっている。受かれば、近衛の寮へと入る。
慧は、見習いとして朝廷へ入る。彼は、何人かの使用人と、どこかの屋敷に住むのだろう。
「やっぱりやだよお……」
慧は、たまらずといった感じで立ち止った。置いていくわけにもいかず、琳華も立ち止まる。
「お別れなんてやだ。母上とも、琳華とも」
慧がぐずぐず言い始める。
「慧さま。ずっと前から分かっていたことでしょう。情けないことをおっしゃいますな」
琳華はもう、心の整理がついている。でもこの甘ったれに蒸し返されると、決意がぐらつきそうになる。
「琳華ぁ~」
慧が抱きついてくる。そうしてべそべそと泣き始めた。琳華は軽くため息をついて、その頭を撫でてやる。
「また会えるよね。絶対会えるよね」
琳華は近衛隊に受かれば、王宮内に残ることとなる。そうすれば、この王子と顔を合わせることはあるかもしれない。
「ええ、きっと」
王族と、近衛の下っ端。ちらりと姿を見かけることはあっても、話をすることはできないだろう。
しかしそれは言わずに、彼に寄り添う。
「また会ったらさ、衿取りしよ。寝れないときは、膝を貸して。怒られるときは一緒だよ」
「慧さま……」
嗚咽が収まらないその背中をさすってやる。
「琳華。城下町で俺が言ったこと、覚えてる?」
涙でべしょべしょになった顔を、慧は上げる。
「ええ……」
「絶対だからね、絶対だから」
成人する頃には、さすがにこの甘ったれ王子にも、分かるはずだ。それは無理かろうことだと。
「慧さま。行きましょう」
琳華は、離れようとしない慧をゆっくりと引き離す。
見上げてくる頭をなで、肩に手を置く。数秒、その顔を見つめる。
そしてその手を離し、一歩下がる。拱手し頭を下げた。
「恙なくお過ごしください。ご活躍をお祈りしています、慧殿下」
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