↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/33

33.俊足は俊足になれるか

 どうしても、見せたいものがある。暁《ギョウ》からそう言われた琳華《リンカ》は、彼の部屋を訪ねた。


「あ!琳華ちゃん!」


 いつもより少し興奮した様子で、暁は戸口に現れる。一瞬、懐の縄に手が伸びかけた。


「亀は足が速くなるか、という話だけど、探したらあったんだ!」

「はあ?」


 どういう意味だ。


 ――亀は、鍛えれば速く走るようになると思いますか?


 初めて暁の部屋を訪ねた日、琳華が口にした言葉だ。その時暁は、そんなわけない、と一蹴していた。


「とにかく入って入って」


 暁に導かれ、部屋に入る。


「琳華ちゃん、すごいよね。亀の足を速くしてみようって、思いつくなんて」

「ありがとうございます」


 思いついたのは自分ではないが、お褒めの言葉はありがたく受け取っておく。


 それにしても、話のつながりが見えてこない。


「あのあと、興味がわいて、いろいろ調べてみたんだ」


 あの戯言を真面目に受け取り、根拠を探す。この人は、普段の軽薄さからは想像できないほどの知的好奇心を持っている。


 暁は本を一冊取り出した。


「ほら、ここ。亀自身を鍛えるんじゃなくて、こういうのを使えば、早く走らせられるかもしれない」


 と、しおりの場所を示す。


 亀の足が遅いのは、自身の体重のせいだという論考。そこまでは誰しも考えるだろう。この著者はさらに、亀の腹の下に車輪がついた台車を置き、体重を預けさせた。すると亀は、手足を少し動かすだけで、とても速く走るようになったという実験結果であった。


「……すごいですね。よく、このような資料を」


 飽くことなき知的好奇心。それが、この人の原動力であり、今の地位を支えているもののひとつだ。棚にある書物は哲学や論理学が多いが、それ以外の分野――生物学や天文学、工学に農政学、外国の書物まで様々だ。


(王族だからという理由だけで、異例の出世を遂げたわけじゃない)


 琳華はもうひとり、よく知っている王族を思い出す。


(慧《ケイ》さまも、最近やっとやる気を出してきた。こうなれるのかもしれない)


◆


 翌日の帰り際、慧の後姿を見つけて、琳華は走った。


「慧殿下」


 声をかけると、彼は振り返った。


「琳華。一緒に帰る?」


 慧と帰りの時間が合うときは、亀と同じペースでゆっくりと話しながら帰るのが、二人の習慣になっていた。しかし、今日琳華が慧を呼び止めた理由は、一緒に帰りたかったからではなかった。


「いえ。それよりも、今日この後、お屋敷に伺ってもいいですか?」

「え、え?いいけど……どうして?」


 慧の動揺を見て、言葉が足りなかったかと琳華は付け加えた。


「俊足くんです。俊足くんの足を速くできるかもしれなくて。やってみたいのです」

「あー、そういうこと。もちろん、大丈夫」

「一度、家に帰ってから伺います。では後ほど」


 暁が見せてくれた書物には、亀を台車に乗せるとあった。台車の大きさは、亀の腹より少し小さい程度。高さは、足が届くように。台車につける車輪は、なるべく滑らかに動くもの。


(早くやってみたい)


 試してみたくて仕方がない。

 大体の材料と工具を持ち、琳華は慧の屋敷へと向かった。


(久しぶりだな――)


 七試が終わって辞去した後は、一度も訪れていない。


 玄関を訪ねると、すぐに使用人が来て案内してくれる。懐かしい、いつもの居間だ。


 屋敷の主人は相変わらずだらりと椅子に座り、その横を亀が歩く。


「殿下、今日はありがとうございます」

「家の中くらいは、慧のままでいい」

「かしこまりました、慧さま。ではさっそく、俊足くんをお借りしますね」


 このくらいかと大雑把に切った板を、亀にあててみる。


(ちょうど良さそう。高さは――ちょっと高いか)


 持ってきた工具で調整する。

 慧は特に口をはさむことなく、琳華がしていることを見つめていた。


 できた台車に俊足くんを乗せてみる。腹だけが台車に乗り、四本の足は地面につく状態だ。


「俊足くん、走ってみて」


 俊足は、手足をばたばたとさせた。その勢いで、台車が少し動く。しばらくはぎこちない動きをしていたが、やがてコツを得たようだ。なかなかの速さで走り始めた。


「すごいよ、琳華!」


 慧は目を輝かせている。


「はい……!」


 琳華も感無量だ。


 亀を早く走らせるためには、彼自身を訓練し、鍛えるしかないと思っていた。


(それ以外の方法があるなんて)


 まさか、機構を利用したアプローチがあるとは。その視点を紹介してくれた暁には感謝だ。


「それでは、慧さま。私は満足したので、これで失礼しますね。この台車は差し上げます」

「えー、食事くらいしていったらいいのに。ちょうど琳華の分も作らせたところだし」


 慧は、意外とちゃっかりしているところがある。まあいいじゃんと言いながら、琳華を食卓へと座らせる。それには苦笑しかない。


「では、お食事だけ」


◆


 食事もあらかた終わり、琳華はデザートの杏仁豆腐を食べていた。


「琳華。書物、借りっぱなしだったね。ありがとう」

「どうでしたか?」


 琳華が尋ねると、慧はデザートを食べる匙を止め、非常に複雑な顔をした。


「ないということは、あるということと同義ってのが、もう全然分からなくて」


 一行目に書いてあったことだ。


「なるほど。ない、ということを認識するためには、まずあるという状態が前提になっていますよね?なので、ここでは同義、と」


「うん、そう……なのかな。そう言われれば分かる気がする。けどなんか、煙に巻かれたような感じだよ」

「全部こんな感じです」

「全部こんな感じ……。俺、無理かも」

「無理に読まなくて大丈夫ですよ。合う合わないがありますから」


「うーん、読みたかったんだけどね。せっかく貸してくれたのに、ごめん。琳華はどうして、こういう書物を読むようになったの?」


 意外な質問に、琳華はきっかけを思い出そうとした。


「自分が考えていることや決めたこと、そういうものに根拠が欲しかったんだと思います。結局、根拠は得られずにいますが」

「ふうん……。分かるような、分からないような……」


 と、慧はお茶を飲む。


「兄上とはどうなの?最近仲がいいみたいだけど」


 王子は少し口をとがらせている。


「暁殿下には、書物をお借りしているだけですよ。もし何か進展がありましたら、ご報告します」

「えっ、進展……。それはそれで、すげー嫌なんだけど……」


 本当に心の底から嫌そうな顔をしている彼を見て、琳華はくすりと笑う。


 琳華は最後の一口を食べ終わると、立ち上がった。


「では私はそろそろ、失礼しますね。お食事、ありがとうございました」

「もう帰るの?遅いから、泊まっていけばいいのに。琳華が使っていた部屋、まだそのままだよ」


 食事だけと言ったのに、それをけろりと忘れたように食い下がってくる慧に、琳華は首を横に振る。この人は本当に、ちゃっかりしているし、腹黒いところがある。


「いらぬ噂になってしまいます。それに――」


 琳華はふっと笑った。


「自分のことを大事にしてほしい、と殿下が仰せだったので、その通りにしますね」

「うわ!しまった。言わなきゃ良かった……」






お読みいただき、ありがとうございます!

感想、いいね、ブクマなどとても励みになりますので、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。