28.父上の仕事の手伝い
兵部のすぐ近くには、ちょっとした事務処理用の執務室がある。座卓がいくつかと、書類を並べる棚、それに筆記用具があるだけの、簡素な部屋だ。
琳華はそこで、来月予定されている央国の使節団に随行するご夫人方の警護計画を考えていた。
(上の立場になると、こういうのが増えてくる)
現場に立つことが減り、事務処理が増える。事務処理に苦手意識はないし、人員の配置を考えるのも楽しいから、琳華には合っていた。
ただ一つ、問題があった。
「あ、琳華ちゃんじゃん」
軽薄をそのまま立体化したような男、暁殿下がこの執務室によく来ることだ。
彼も管理職だから、ここに来るのは全く不自然ではない。ただ――。
(鬱陶しいな)
目を合わせないようにしながら会釈をする。
「何やってるのー?」
それには答えず、自分の仕事に集中する。とはいえ、それは無駄なことであることも、琳華は分かっていた。相手にしなかったらしないで、ずかずかと入り込んでくるのが、この王子だ。
「なるほどー」
書きかけの書類をのぞきながら、彼は腕を組む。
「この子」
と暁は一人の名を指さした。
「このご夫人につけるのは、やめたほうがいいよ」
暁が示したのは、比較的若い衛士だ。若いとはいえ、実力は十分にある。少し上の立場の人間につけて、経験を積ませたいと思ったのだが。
「央国の人たちってさー、年齢を気にするんだよね。若い人をつけられたってことは、自分が舐められてるって思っちゃう。前、ちょっともめたことがあるんだよねー。だから、もう少し落ち着いた年頃の人をつけたほうが、仕事がやりやすいと思うよ」
(そうだったのか)
「ありがとうございます」
央国の、細かい慣習までは知らなかった。さすが、正妃の息子として外交の場に立ってきただけのことはある。
しかもこの王子は、人をよく見ている。護衛などこの人にとっては管轄外なのに、名前だけでなく、年齢も把握している。さらに頭の回転が良く、記憶力もいい。その点では、琳華は彼を尊敬している。ただ――。
「琳華ちゃーん、今夜空いている?」
その美点をすべて台無しにするのが、この台詞だ。
「申し訳ありません、殿下。今夜はたまたま予定が」
「そっかー、残念」
そう手のひらをひらひらと振り、暁は琳華から一番遠い座卓に座った。そうして、仕事を始めた。
◆
「琳華。ちょっと忙しくなりそうだから、手伝ってほしいんだ」
朝食時、父が口を開いた。
「私でできることでしたら。どういったことですか?」
「今、禁軍の水軍は、練度を上げるのに総力を挙げている。が、地方から集めた将たちを、そろそろ返さんといかんというときでもあるんだ」
「なるほど」
一時的に来ていた者たちは領地へ返さないと、その領地の守りが危なくなってしまうだろう。
「それで来月から、校尉ながらも3隊預かることになってしまって」
「そんなに」
通常、校尉は1隊30人を預かる立場だ。
「いきなり増えても、誰がどんなやつで、何ができるのかを把握しきれないんだ。訓練は人員の組み合わせが結構効いてくる。そこで――」
父はお茶をがぶりと飲む。
「毎晩宴会を開こうと思う」
「ええっ?」
どうしてそんな発想になるのやら。
「父上がいくらお酒好きといってもそれは――」
「そういう意味じゃない。合計90人のそれぞれの人となりを理解しつつ、それぞれを仲良くさせるには、宴会が一番だ」
「そんなものですかね……」
領地にいる頃には、確かによく宴会をしていた。上下入り乱れての、暑苦しいものだ。
「で、琳華にも参加してもらいたいんだ。お前もそれなりの立場にいるから、人を見ることもできるだろう」
確かに――人を見て、配置をするのは好きだ。
(やってみたい。父上の助けになるなら)
「かしこまりました。ぜひ、参加させてください。ところで、その兵たちのことを書き留めた書類はありますでしょうか?」
「もちろん。前任の校尉が書いたものがある。ただ……量がすごいぞ。あと、字が汚い」
「事前に把握したいので、夜にでもまた、読ませてください」
◆
夜、自室で琳華は大量の資料と向き合っていた。90人の兵たちの資料だ。それぞれ書き方がバラバラなので、自分なりにもう一度まとめてみる。
(90人で一気に宴会というわけにはいかない。15人ずつ、6回がいいかな。父上は毎晩と言っていたけど、私も父上も仕事があるから、さすがに無理でしょ……。現実的には、3日に一回くらい)
その15人の割り振りから考えなければならない。宴会は何回もできない。効果的な組み合わせにしなければ意味がない。
(まずは役割。近接兵、弓兵、操舵手、水先案内、後方支援。将になれるタイプと、兵士として強そうなタイプ。そして、性格的に合いそうか反発しそうか。もともといた隊の派閥もあるかもしれない)
琳華は夢中になって、卓に向かった。仕事が楽しくて仕方がない。いつもはすぐに気が散って、卓の上にある亀の置物をもてあそんでしまう。しかしこの日は、一度も亀を顧みることはなかった。
(これは――できそう!)
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