27.ふたつの再会
重い荷物を持ちながら、琳華は歩く。向かう先は寮ではなく、中央に来た父の屋敷だ。
(はあ……)
慧の屋敷を、さっぱりと辞去するつもりだった。向こうもそうだろうと思っていた。
(だって――あんなにそっけなかったじゃない)
七試の残りがあと三つくらいになってきた頃には、もう別れの日を覚悟し、彼も心の整理をつけているものだと思っていた。
夜市の後から、もう踏み込んだことは、何も言わなくなっていたのに。
(油断した)
最後の最後に、食らいまくった。
(諦めていなかったんだ……)
慧は子供の頃から諦めが悪い。城下町への抜け出しも、一度の手痛い失敗では諦めなかった。そして、4年もかけて念入りに準備をし、無事に城下町へと繰り出した。
(あの諦めの悪さは、健在か……)
夜市の時、諦めてくださいと言ったら、分かったと言っていたのに。それから、本当に何も言わなくなったから、伝わったとばかり思っていたのだが。
琳華は軽くため息をつく。
(待っていてほしいなんて)
いくら何でもわがままだ。
(しかも)
まさか、あんなに恐ろしい言葉を放り込まれるとは。あまりに畏れ多くて、心の中ですら反復できない。
自分の腰元で揺れる、瑪瑙の帯飾りを見る。琳華はもう一度、ため息をついた。
◆
(ここが、父上のお屋敷――)
慧の屋敷を去った後は、近衛の寮へと戻るつもりだった。しかし、父から手紙が来て、一緒に住むこととなった。
(父上と会うのは、何年ぶりだろう)
10歳のときに、王子の傅役として自分は中央へ来た。だから、10年ぶりだ。
(どんな顔をして会えばいいんだろう)
16歳で傅役を終え、また父のもとへ帰る予定だった。しかしそれを、一通の手紙だけで反故にしてしまった。約束を破ってしまったことへの負い目がのしかかる。
(いや、気にせず屋敷に来いと、手紙に書いてあった)
なんとか勇気をふるい、琳華は父の屋敷の門をくぐった。
◆
「琳華!大きくなったな」
出迎えてくれた父は、記憶の中の父と、まったく変わらなかった。
がっしりした体格、よく日に焼けた肌、伸ばしたひげ。変わったのは、目線の高さだけだ。
別れた時に10歳だった娘は、こんなに大きくなってしまった。
どのように距離をとったらいいのか分からず立ち尽くしていると、父が抱きしめてくれた。
「父上……!申し訳ありませんでした」
涙があふれてくる。約束を破ってしまった罪悪感と、変わらずにいてくれたことへの感謝。
「いいんだ、琳華。久々に顔を見せてくれ」
「今は障りがあるので、少々お待ちください」
しばらくそうして、琳華は父の胸の中で泣いた。その後、袖で涙をぬぐい、呼吸を整える。
「父上」
近くで見上げた顔は、少し年を取っていた。髭に白髪が混じっている。10年という年月は琳華の背をこんなに高くしたが、父にも同じ年月が流れていた。
「疲れただろう。荷物を部屋に置いたら、ゆっくり茶でも飲もう」
◆
「お前が近衛の郎将とはなあ!いろいろ聞いているぞ。王子の護衛の件も」
そう言って父は酒をあおる。最初はおとなしくお茶を飲んでいた父だが、いつしかその杯には酒が注がれていた。
「父上こそ、禁軍なんて……!本当に驚きました」
「殿が推挙してくださったんだ。中央は、ちょうど水軍を補強したかったんだって?それでわしに話が来た」
「父上は、ずっと中央の予定ですか?」
禁軍の水軍部門として地方から集められた指揮官たちは、ある程度水軍の練度が上がったら、また故郷へ戻る者もいると聞いている。
「わしはずっと中央だ。お前の弟を領地に置いてきたから、あいつが殿を支えてくれる。ちょっと早いが、家督もあいつにくれてきた」
軍を首にならなきゃな、と豪快に笑いながら、杯に酒を足す。
(良かった)
琳華はお茶を口にする。
父はまったく変わらない。10年の月日も、約束を反故にした手紙も、なかったかのようだ。
「父上のご活躍、琳華も楽しみにしています」
「うむ、ありがとう。お前も郎将のお勤め、しっかりな」
(これから、新しい生活が始まる)
同居人、屋敷、仕事。すべてが変わった。
(楽しんでいこう)
◆
翌日、琳華は近衛の女性警護部へと出仕した。しばらくは、前任者からの引継ぎがあると聞いている。
部屋へ入ると、一人の人物が、こちらに背を向けて立っていた。その小柄な人物は、なにげない立ち姿であっても、まったく隙がない。
彼女がくるりと振り返った。
「お方さま……!」
慧の母だ。とたんに、王子の傅役として、後宮で過ごした6年間がよみがえる。母のようで、師匠のようで、間違いなく恩人の女性。
思わず出そうになる涙を、唇にぎゅっと力をこめてこらえる。
「久しぶりだね、琳華」
彼女は近づいてきて、琳華の肩をポンと気さくにたたく。
「また背が伸びたんじゃないか?」
「そうかもしれません――お方さまは、後宮の司丞ではありませんでしたか?」
「いろいろあってさ。こっちも兼任させられてるんだ。まったく人遣いが荒いよ、近衛は」
顔をしかめる様子がおかしくて、笑ってしまう。
「あ、そうだ。ここでは、司丞って呼ばないと。こういうことには、上の人たちはうるさいから」
そういたずらっぽく笑う表情は、慧にそっくりだ。
「かしこまりました。司丞殿」
慧の母は、椅子に腰かけた。その向かいの席をすすめられ、琳華も座る。
「琳華」
彼女はふっと微笑んだ。
「慧のこと、ありがとうね。本当に、感謝している」
「いえ……そんな。司丞殿は、慧殿下にお会いになったのですか?」
「うん。なんか――あいつも大きくなってた」
あまりに大雑把な人物論に、琳華は吹き出してしまう。
「私は、琳華があの甘ったれの根性を叩き直すまでの、つなぎだったんだ。引継ぎをしたらまた、後宮警護に戻るよ」
「はい、司丞殿。よろしくお願いします」
「じゃあ、始めようか」
そう言って司丞は、書類を引き寄せた。
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