↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/30

27.ふたつの再会

 重い荷物を持ちながら、琳華《リンカ》は歩く。向かう先は寮ではなく、中央に来た父の屋敷だ。


(はあ……)


 慧《ケイ》の屋敷を、さっぱりと辞去するつもりだった。向こうもそうだろうと思っていた。


(だって――あんなにそっけなかったじゃない)


 七試の残りがあと三つくらいになってきた頃には、もう別れの日を覚悟し、彼も心の整理をつけているものだと思っていた。


 夜市の後から、もう踏み込んだことは、何も言わなくなっていたのに。


(油断した)


 最後の最後に、食らいまくった。


(諦めていなかったんだ……)


 慧は子供の頃から諦めが悪い。城下町への抜け出しも、一度の手痛い失敗では諦めなかった。そして、4年もかけて念入りに準備をし、無事に城下町へと繰り出した。


(あの諦めの悪さは、健在か……)


 夜市の時、諦めてくださいと言ったら、分かったと言っていたのに。それから、本当に何も言わなくなったから、伝わったとばかり思っていたのだが。


 琳華は軽くため息をつく。


(待っていてほしいなんて)


 いくら何でもわがままだ。


(しかも)


 まさか、あんなに恐ろしい言葉を放り込まれるとは。あまりに畏れ多くて、心の中ですら反復できない。


 自分の腰元で揺れる、瑪瑙の帯飾りを見る。琳華はもう一度、ため息をついた。


◆


(ここが、父上のお屋敷――)


 慧の屋敷を去った後は、近衛の寮へと戻るつもりだった。しかし、父から手紙が来て、一緒に住むこととなった。


(父上と会うのは、何年ぶりだろう)


 10歳のときに、王子の傅役《もりやく》として自分は中央へ来た。だから、10年ぶりだ。


(どんな顔をして会えばいいんだろう)


 16歳で傅役を終え、また父のもとへ帰る予定だった。しかしそれを、一通の手紙だけで反故にしてしまった。約束を破ってしまったことへの負い目がのしかかる。


(いや、気にせず屋敷に来いと、手紙に書いてあった)


 なんとか勇気をふるい、琳華は父の屋敷の門をくぐった。


◆


「琳華!大きくなったな」


 出迎えてくれた父は、記憶の中の父と、まったく変わらなかった。

 がっしりした体格、よく日に焼けた肌、伸ばしたひげ。変わったのは、目線の高さだけだ。


 別れた時に10歳だった娘は、こんなに大きくなってしまった。

 どのように距離をとったらいいのか分からず立ち尽くしていると、父が抱きしめてくれた。


「父上……!申し訳ありませんでした」


 涙があふれてくる。約束を破ってしまった罪悪感と、変わらずにいてくれたことへの感謝。


「いいんだ、琳華。久々に顔を見せてくれ」

「今は障りがあるので、少々お待ちください」


 しばらくそうして、琳華は父の胸の中で泣いた。その後、袖で涙をぬぐい、呼吸を整える。


「父上」


 近くで見上げた顔は、少し年を取っていた。髭に白髪が混じっている。10年という年月は琳華の背をこんなに高くしたが、父にも同じ年月が流れていた。


「疲れただろう。荷物を部屋に置いたら、ゆっくり茶でも飲もう」


◆


「お前が近衛の郎将とはなあ!いろいろ聞いているぞ。王子の護衛の件も」


 そう言って父は酒をあおる。最初はおとなしくお茶を飲んでいた父だが、いつしかその杯には酒が注がれていた。


「父上こそ、禁軍なんて……!本当に驚きました」


「殿が推挙してくださったんだ。中央は、ちょうど水軍を補強したかったんだって?それでわしに話が来た」

「父上は、ずっと中央の予定ですか?」


 禁軍の水軍部門として地方から集められた指揮官たちは、ある程度水軍の練度が上がったら、また故郷へ戻る者もいると聞いている。


「わしはずっと中央だ。お前の弟を領地に置いてきたから、あいつが殿を支えてくれる。ちょっと早いが、家督もあいつにくれてきた」


 軍を首にならなきゃな、と豪快に笑いながら、杯に酒を足す。


(良かった)


 琳華はお茶を口にする。


 父はまったく変わらない。10年の月日も、約束を反故にした手紙も、なかったかのようだ。


「父上のご活躍、琳華も楽しみにしています」


「うむ、ありがとう。お前も郎将のお勤め、しっかりな」


(これから、新しい生活が始まる)


 同居人、屋敷、仕事。すべてが変わった。


(楽しんでいこう)


◆


 翌日、琳華は近衛の女性警護部へと出仕した。しばらくは、前任者からの引継ぎがあると聞いている。


 部屋へ入ると、一人の人物が、こちらに背を向けて立っていた。その小柄な人物は、なにげない立ち姿であっても、まったく隙がない。


 彼女がくるりと振り返った。


「お方さま……!」


 慧の母だ。とたんに、王子の傅役として、後宮で過ごした6年間がよみがえる。母のようで、師匠のようで、間違いなく恩人の女性。


 思わず出そうになる涙を、唇にぎゅっと力をこめてこらえる。


「久しぶりだね、琳華」


 彼女は近づいてきて、琳華の肩をポンと気さくにたたく。


「また背が伸びたんじゃないか?」

「そうかもしれません――お方さまは、後宮の司丞ではありませんでしたか?」


「いろいろあってさ。こっちも兼任させられてるんだ。まったく人遣いが荒いよ、近衛は」


 顔をしかめる様子がおかしくて、笑ってしまう。


「あ、そうだ。ここでは、司丞って呼ばないと。こういうことには、上の人たちはうるさいから」


 そういたずらっぽく笑う表情は、慧にそっくりだ。


「かしこまりました。司丞殿」


 慧の母は、椅子に腰かけた。その向かいの席をすすめられ、琳華も座る。


「琳華」


 彼女はふっと微笑んだ。


「慧のこと、ありがとうね。本当に、感謝している」


「いえ……そんな。司丞殿は、慧殿下にお会いになったのですか?」

「うん。なんか――あいつも大きくなってた」


 あまりに大雑把な人物論に、琳華は吹き出してしまう。


「私は、琳華があの甘ったれの根性を叩き直すまでの、つなぎだったんだ。引継ぎをしたらまた、後宮警護に戻るよ」

「はい、司丞殿。よろしくお願いします」

「じゃあ、始めようか」


 そう言って司丞は、書類を引き寄せた。






お読みいただき、ありがとうございます!

感想、ブクマ、リアクション、評価★★★★★などとても励みになりますので、よろしくお願いします!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。