26.諦めてないから
「では、お世話になりました」
玄関まで見送ってくれる主人に、琳華は笑顔でそう告げる。
引継ぎも終わり、琳華は正式に、慧殿下の護衛と近侍の任を解かれた。
何も言わない慧に、琳華は言い聞かせるように言う。
「私は引き続き、兵部の警護ですから。何も変わりません」
琳華の位は郎将へと上がったが、それは女性警護部での話だ。女性警護部は常設ではなく、女性要人が来た時だけ召集される。だからほとんど、今までの任務と変わらない。
「うん。分かってる」
慧が一歩踏み出す。あっと思う間もなく、抱きしめられていた。
「慧さま……」
ぎゅっと力を入れられる。琳華はその背に手を回した。
「琳華との結婚、俺、諦めてないから。全然諦めてないから」
「はい」
少しだけ震えている背中をさすってやる。
「だから待っていてほしい」
「……分かりました」
待つも何も。誰とも添うつもりはないのだ。
「琳華。覚えておいて」
慧が耳に顔を寄せてくる。
「俺の本当の名前は――蒼暉。碧蒼暉だ」
「慧さま……!」
それはいけない。
王族は、決して本名を明かさない。それは、命に等しいものだから。
「そのような大切なお名、軽々しく口の端にお載せになっては」
慧は体を離し、琳華を見つめる。
「でももう、載せちゃった」
そう、いたずらっぽく笑う。
「大丈夫、琳華と俺は結婚する。だから順序がちょっと違っても、なんの問題もない」
なんという身勝手な理論。それには苦笑するしかない。
「それでは、慧殿下。また、朝廷で」
琳華は拱手し、深々と礼をした。重いのは荷物だけではなかった。まさか、王族の本名を預かってしまうとは。
(やられた……)
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