22.限界を感じたら、次は何をしよう
「琳華。剣術の稽古に付き合ってほしい」
「はい、かしこまりました」
慧の言葉に琳華はそう答え、木刀を持ち、彼と向かい合う。
(構えが良くなってる……)
試しに何合か打ち込んでみると、きちんと受けてくる。体の使い方がうまくなっている。冷静に切っ先を見て、対応しているのが分かる。
「次は、俺の番」
そう言って、慧が打ち込んでくる。
(重い――)
速さはそんなに脅威ではない。それよりも、上背と力だ。
(こんなに強く)
もう、握力がなくなってきた。剣を取り落としそうだ。
「くっ……!」
ついに、木刀を落としてしまった。
「あっ……」
慧が驚いている。
痺れる右手をさすりながら、琳華は口を開いた。
「慧さま。さすがです」
「ごめん、痛かった?」
「大丈夫ですよ」
手の痛みに顔をしかめつつ、木刀を拾う。
(慧さまは強くなられた)
それに比べて自分は。
(案外、私はここまでかもしれない)
近衛隊は剣を使う。その剣術が全く伸びず、今の成績は真ん中より下だ。
(剣は、どうも馴染まない。それに――怖い)
武器を振るうことに恐怖を感じるようでは、武官は務まらない。
(武芸には自信があったんだけどな)
近衛隊は体力に自信がある者しか来ない。しかも男性が大半だから、その中に放り込まれた琳華は、限界を感じていた。
自分は、自らが戦うより、指示を出したり、人を管理するほうが得意なようだ。
(これからは、そちらを伸ばしていこう)
◆
翌日、琳華は武芸の稽古へと向かった。指導教官にみっちりと稽古をつけてもらって、講評をもらう。
「琳華は、木刀での練習はそこそこだが、真剣を持つと、急にキレがなくなるな」
指導教官はそう言って、首を傾げた。何か理由があるなら言ってみろ、と琳華を促す。
やや躊躇ってから、琳華は口を開いた。
「お恥ずかしいのですが――なんというか……剣は怖くて。甘いことを言っているのは分かっているんですが、いかにも人を傷つける感じに、つい尻込みをしてしまうんです」
「なるほど。やはりか」
そう言う教官は、想像より穏やかな顔をしていた。
「そういう奴は一定数いるから、理解できるよ。――なら、棒術はどうだ?棒なら刃がついていない分、遠慮なく振り回せる。お前の体の使い方にも合っていると思う」
「剣じゃなくてもいいんですか?」
少し驚いて琳華は問う。武官が剣を帯びるのは、その戦闘能力だけではなく、身分の証でもあり、儀礼としてという意味合いもある。
「俺たちは、戦争をする兵士じゃない。あくまで警護だ。だから、相手を制圧できりゃ、なんでもいい。情報を吐かせたいから、殺してしまわない棒のほうが都合がいいくらいだ」
「では剣は――」
「佩刀せんわけにはいかんから、適当ななまくらをぶら下げておけばいい」
実際に習ってみると、なるほど棒術は琳華に合っていた。棒はすぐ手に馴染み、自分の身体の延長のように扱えた。重心を下に置くのも、体術と似ていて、やりやすい。
何より、棒は剣よりリーチが長い。男性に比べて小柄な琳華でも、相手と対等に渡り合える。
その日から琳華は、棒術の練習を本格的に始めた。
◆
少し遅くなってしまった帰り道、慧は琳華と帰路についていた。
半月ほど前から、琳華は長い棒を背負うようになった。慧が聞いたら、棒術のほうが自分に合っているということだった。
(琳華の棒術か――どんな感じなんだろう)
棒術は演舞でしか見たことがないから、戦うためにふるう様子が、あまり想像できない。
「慧さま。五つ目の合格、おめでとうございます」
慧は今日、七試の律令に合格した。
「ありがと」
「あと二つですね」
「そう言われると、琳華が出ていくことを楽しみにしているみたいで、いやだ」
「申し訳ありません」
(本当は、ずっと今のままがいい)
琳華がそばにいてくれて、何くれと世話を焼いてくれる。ぬるま湯のような心地よさ。
(でも、このままじゃだめだ)
ずっとこのままではいられないことくらい、慧にも分かっていた。
(出世のためには、七試突破。そして、中級試験へと進めないと)
あれこれ考えながら歩いていると、曲がり角の陰から男が現れた。すでに、抜身の剣を手にしている。
「慧殿下だな」
その物言いと物騒な出で立ちで、少なくとも出会って嬉しいタイプの人間ではないということが分かる。
慧は剣を抜いた。最近、自分でも剣の腕が上がってきたと思う。この前は、琳華にも初めて勝てた。この程度の相手なら。
――琳華は下がってて。
と言おうとした瞬間、琳華は棒を薙ぎまわしていた。賊の足元をすくい、バランスが崩れたところで、みぞおちを正確に突く。それで賊は倒れた。
制圧は一瞬だった。
(つ、つえぇ~~~!!)
「口ほどにもない」
と、琳華は賊を見下げる。
そもそも彼は、何かを言う前に倒されてしまったのだが。
「殿下。私は治安部を呼んできますので、念のため縛っておいてもらえますか?」
「は、はい……!かしこまりました、都尉殿っ!」
敬語になってしまうのも致し方ないところだ。
寄こされた縄を賊に打ちながら、慧は思った。
(は、早すぎる……)
母にも似た、判断の速さと、制圧の鮮やかさだった。
(琳華を怒らせるようなことは、もうしないでおこう)
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