18.禁軍に水軍部門は必要か
最近、兵部では一つの問題が盛んに議論されている。
朱赫だ。
海の向こうの島国。赤い旗をひるがえして襲来し、略奪や侵略を繰り返すことから、朱赫と呼ばれている。
これまでも何度かやってきて、そのたびに、海沿いの領地の水軍が追い返していた。しかし最近、襲来の頻度が高まっている。
兵部では、主に二つの意見で割れている。
引き続き海沿いの領主に対応を任せ、国としては後方支援に回るか。
それとも、今は陸兵のみの禁軍に、水軍部門を新設し、対応するか。
今日もその話し合いだ。
何度話し合っても、結局意見がまとまらない。慧は、とても不毛な時間だと思っている。
(水軍、作っちゃえばいいじゃん)
海沿いの領主に任せるのは、さすがに荷が重いだろう。あまり負担をかけると、謀反、あるいは離反へとつながるかもしれない。
(なのに)
今日も侃々諤々。
「領主に任せればいい。水軍を作ったとして、どう維持するんだ。朱赫が来なくなったら、もう用済みではないか」
「これは国防に関わること。地方に任せず、中央に水軍を作るべきだろう」
「そもそも、誰が水軍をやるんだ。禁軍の者たちでは、知識や経験が足りん。船だって作らなくてはならない。慣れたものたちに任せるのが一番だ」
(面倒くさいなあ……)
七試にも合格していない慧は、この中ではまだ下っ端だ。ほとんど発言権はないから、こうして聞いているだけになる。
「慧殿下は、どう思われます?」
「え?」
今まで、ほとんど意見を求められたことはなかった。
(俺に意見を求める目的は、だいたい二つ)
一応王子だから形式として聞くか――それとも馬鹿王子が馬鹿であることを再確認し、揶揄するためだ。
(今回は、どちらだろう)
――にしても、面倒くさいな。
(普通に意見を言ってみるか)
「俺――私は、禁軍に、水軍部門を作るべきかと」
「理由を聞いてもいいかね」
「はい。えーっと、水軍を作らなくてもいいっていう理由の一つに、人員の問題がありましたよね。人員については、いま前線で朱赫と戦っている地方の水軍の人たちを、指揮官として集めちゃえばいいんじゃないですか?船もある程度買い取って。で、禁軍から人員を割いて、水軍の指揮官たちに訓練してもらえば、何とかなるんじゃないんすかね」
さっきまで手が止まっていた記録係が、手を動かし始めた。
「あと、朱赫が来なくなったとき、せっかく作った水軍はどうするんだって言ってましたけど、なんかもう、追い払って終わりって感じじゃない気がするんですよね」
「終わりじゃないとは」
「急にたくさん、何度も来るってことは、たぶんあっちで何かの事情が変わったんですよ、きっと。たとえば船の技術的な問題が解消したとか、国内のごたごたが片付いたから、外へ目を向け始めたとか。もしそうだとしたら、これからもずっと脅かされ続ける。まあ、想像ですけど」
もはや、全員が押し黙って聞いていた。
「それに、海沿いの領主に離反されたら、めちゃめちゃヤバくないですか?あんまり地方に負担をかけるのは――しかも海沿いだけっていうのは、かなり不公平な感じ、しちゃうじゃないですか。そうすると、国への忠誠がなくなりそうな気がするんですよね。今の朱赫は武力で押してくるだけですけど、懐柔策を使われると、盤面ひっくり返りません?かなりヤバくないですか?」
慧は言葉を切って、全員の顔を見渡した。
「以上の理由で、私は水軍を作ったほうが良いと考えます。特に離反の可能性は、かなり危ないと思いますので、地方の負担は国が巻き取ったほうが良いと思います」
「なるほど。殿下、ご意見ありがとうございました。参考にさせていただきます」
上官がそう言ったのを合図に、その場の雰囲気がすこし和やかになり、会議は終わったようだった。
その場にいた全員の顔に、同じことが書いてあった。
あの馬鹿王子が、すごくまともに国のことを考えている!!と。
(これで、この不毛な会議が終わるなら、助かるなー)
慧は伸びをした。
(とりあえず終わって良かった)
できればこの話し合いも、そろそろどちらかの結論を出してほしい。
そう思いながら、警護隊をちらりと見た。
琳華が部下と話をしている。琳華はこちらに背を向ける格好になっているから、表情はうかがい知れない。しかし、部下の男の表情は見える。
(あれは……)
鼻の下を伸ばしてニヤついているのに、目つきだけが妙に鋭い。その表情の意味するところは、男である慧なら分かる。
(あいつ……!)
琳華が手のひらで、配置場所を示すと、部下はそれに従った。会話が終わったようだった。
(琳華ってもしかして――モテるのか?)
琳華の存在が特別すぎて、今まで客観的に見たことがなかった。
改めて、彼女を見てみる。愛想はないが端正な顔立ち、すらりと伸びた手足、凛としたたたずまい。
(モテるのかも……)
帰り道、慧は琳華に聞いてみることにした。
「琳華って、その――俺以外から求婚されたことってある?」
「はい」
「えっ、えっ、あるんだ……。な、何人くらい?」
「たぶん――五人くらいかと」
「ご、ごごご、五人も。他の、もっと軽いお誘いみたいなのは?」
「いちいち覚えていません。やれ食事に行こうだの、夜に部屋へ来てくれだの、親を紹介したいだの……女が珍しいのでしょう。職務中に何を考えているのやら」
(めちゃくちゃモテてるぅー!)
◆
半月後、禁軍に水軍部門を新設するという決定が下された。
地方から招聘される指揮官のリストを見た慧は、一つの名前を見つけた。
――清河領・霍都督
(琳華のお父上だ)
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