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17/30

17.成人祝いの帯飾り

「琳華《リンカ》ー!こっち」


 と、慧《ケイ》が手を振る。


 まんじゅうが二つ乗ったお盆を持った琳華は、そちらへ歩いていった。


「お待たせしました」


 そう言って、隣に座る。


 ここは城下町。


 慧は、武芸の初級試験に合格した。それで、約束だった城下町へとやってきた。

 慧はまた夜に抜け出すつもりだったようだが、この年齢になってしまえば、非番の日に普通に行ける。


「あれから、城下町には行きましたか?」


 まんじゅうをほおばる慧に聞いてみる。


「行ったには行ったけど。視察って感じで、護衛とかおつきの人と一緒にぞろぞろ歩いただけだよ。何も楽しくなかった」

「そうでしたか」


 琳華自身も、まんじゅうを口に運ぶ。


「では今は?」

「すごく楽しい。自由っていいね。知っている人が誰もいないってのもいい」


 そう言って慧は立ち上がった。


「お茶、もらってくるよ」

「そんな。私がやります」

「いいよ。琳華は食べてて」


 そう言って、何の頓着もなく、お茶を取りに行く。そうしていると、まったく王子には見えない。


 基礎練習を積んだ慧は、あっさりと武芸初級に合格した。七試の農政も、おそらく突破するだろう。


(この調子でいけば)


 七試は案外簡単に突破するかもしれない。


(いつ言おうかな……)


 食べかけのまんじゅうを見つめる。


 ――七試を突破したら、私はこのお役目を解かれる。


 そうしたら、慧はどうするだろう。また、行かないでと泣くのだろうか。だらしのない人間に逆戻りしてしまうのだろうか。


(言いにくいな……もう少し――あと一つか二つになったときに言おう)


「お待たせ、お茶」


 と、慧が戻ってきた。


「ありがとうございます」


 琳華はそれを受け取って飲む。


「慧さま。お嫌でなければ、私から慧さまに、成人記念の贈り物をしたいのですが」


 慧は、つい三日前に成人を迎えたのだった。


「嫌じゃない、全然嫌じゃない、嬉しいよ」

「帯飾りなどはどうでしょう」


 慧はこくこくと頷く。


「ではこの後、帯飾りのお店へ行ってみましょう」


◆


「こんなにいろいろあるんだね」


 店の棚には、色とりどりの帯飾りが並んでいた。付いている細工も様々だ。


「私が選んでもいいですか?」

「うん!」


 慧は、帯飾りを二つ手に取り、まじまじと見ている。二つの帯飾りを目の高さまで持ち上げ、見比べているようだ。軽く振って、音を確かめている。


(楽しそうで良かった)


 琳華は、ぐるりと店内を見渡す。


(慧さまは、あまり飾りがお好きではない)


 飾りが少し多めについている帯さえ、嫌がっていた。


(細くて、柔らかそうなもの――)


 そうして、一つを手に取った。細い緑の組紐の先に小さな真珠、その先に房飾りがついている。


「慧さま、こちらはどうですか?」

「うん?どれ?」


 そう言って振り返る慧は、数十個の飾りを持っていた。


「どうしたんですか、そんなに」

「選びきれなくて」

「何を?」

「俺からも、琳華にあげたいと思ってさ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて一つ、お願いします」

「一つかあー!選べないよ」


 こっちの赤のもいいし、こっちのは音がいい、とぶつぶつ言いながら、慧はまた、飾りを見始めた。


「ちょっと失礼しますね」


 琳華は自分が選んだ帯飾りを、慧の帯に当ててみる。


(色もよさそう。普段着るお召し物とも合う)


「いかがですか?」


「うん、いいね」


 と答える慧の手には、先ほどよりたくさんの飾りがぶら下がっている。思わず吹き出してしまう。


「では、私はこれを買ってきますね」


 そう言って琳華は、店主のほうへと歩いていった。


 店の外でしばらく待っていると、慧も出てきた。


「では慧さま。琳華から成人のお祝いです」


 そう言って琳華は帯飾りを差し出す。


「ありがとう。つけてほしいな」

「失礼しますね」


 帯に、飾りを回す。その帯は琳華があげたものだが、もうねじられたりはしていない。


(少しずつだけど、ちゃんと成長している)


「できましたよ」


 琳華は一歩下がり、帯飾りをつけた彼を眺める。すっかり成長した男性だ。


「慧さま。とても似合っています」

「ありがと。ちょっと歩こうか」


 そう言いながら、慧は歩き始めた。


「さっき、帯飾り屋の店主が言ってたんだけど」

「はい」

「毎月、満月の日に、夜市が開かれるんだって」

「へえ……」


 それは知らなかった。


「今度は、夜市に行こうよ、琳華」

「んー……そうですね。農政に受かった後、さらに二つ合格したらにしましょうか」

「やっぱり!言われると思ったー!約束だよ!」


 そうして、慧はぴたりと立ち止まった。琳華のほうを振り返る。


「はい、琳華」


 差し出されたのは、先ほどの店で買った帯飾り。緋色の紐にいくつかの瑪瑙が連なっている、落ち着いたものだ。


「琳華、あんまりこういうの、付けないよね。どういうのがいいのか、よく分からなくて」

「ありがとうございます。大切にしますね」

「俺もつけてあげる」


 腰に手をまわし、「あれ?こっちかな」と言いながら、つけてくれる。つけやすいように、少し腕を上げる。かがんだ頭がちょうど顔のあたりにきてくすぐったい。


「できた!」

「ありがとうございます」


 瑪瑙がゆらゆら揺れて、複雑な色を反射する。


「琳華、ここ、どこだか分かる?」

「え?」


 周りを見てみるが、特別な景色には見えない。慧の質問の意図が分からず、琳華は首を横に振った。


「……分かりません」

「ここだったんだよね。初めて城下町へ行ったとき、俺が結婚してって言ったの」

「そうでしたか」


 改めて周りを見るが、当時は夜だったし、ずいぶんと古い記憶のような気がして、よく思い出せない。


「琳華。成人したから、正式に言うね」


 と、手が取られる。あの時と同じだ。違うのは、目線の高さだけだ。


「俺と、結婚してほしい」


 あまりに直截な言葉。

 黒い瞳が、じっと見下ろしてくる。

 長い間見ていられず、琳華はうつむいた。


「殿下、お気持ちは嬉しいのですが」

「だめ?」

「身分が違いすぎます」


 と琳華は首を横に振る。


「じゃあ、どうしたらいいと思う?」

「どうしたらって――」


 身分は、生まれた瞬間決まり、変わることはない。それは、どうにもならないことだ。


「ご自分でお考えください」


「琳華はいつも、身分を言い訳にする。断られるなら、身分以外がいい」


 甘ったれでわがままな王子だ。


「では、身分以外の理由を申し上げますね。私は、誰とも添うつもりはありません」


 自分の人生の決定権は、自分の手だけで握りたい。


(一人で生きていく)


 16歳のあの日。膝で眠る王子の頭を撫でながら、そう決めた。


「そっかあ……。ならしょうがないのか。分かった」


 と言う慧の顔は、全然分かった顔ではなかった。


(もう――やめにしてほしい)

お読みいただき、ありがとうございます!

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