17.成人祝いの帯飾り
「琳華ー!こっち」
と、慧が手を振る。
まんじゅうが二つ乗ったお盆を持った琳華は、そちらへ歩いていった。
「お待たせしました」
そう言って、隣に座る。
ここは城下町。
慧は、武芸の初級試験に合格した。それで、約束だった城下町へとやってきた。
慧はまた夜に抜け出すつもりだったようだが、この年齢になってしまえば、非番の日に普通に行ける。
「あれから、城下町には行きましたか?」
まんじゅうをほおばる慧に聞いてみる。
「行ったには行ったけど。視察って感じで、護衛とかおつきの人と一緒にぞろぞろ歩いただけだよ。何も楽しくなかった」
「そうでしたか」
琳華自身も、まんじゅうを口に運ぶ。
「では今は?」
「すごく楽しい。自由っていいね。知っている人が誰もいないってのもいい」
そう言って慧は立ち上がった。
「お茶、もらってくるよ」
「そんな。私がやります」
「いいよ。琳華は食べてて」
そう言って、何の頓着もなく、お茶を取りに行く。そうしていると、まったく王子には見えない。
基礎練習を積んだ慧は、あっさりと武芸初級に合格した。七試の農政も、おそらく突破するだろう。
(この調子でいけば)
七試は案外簡単に突破するかもしれない。
(いつ言おうかな……)
食べかけのまんじゅうを見つめる。
――七試を突破したら、私はこのお役目を解かれる。
そうしたら、慧はどうするだろう。また、行かないでと泣くのだろうか。だらしのない人間に逆戻りしてしまうのだろうか。
(言いにくいな……もう少し――あと一つか二つになったときに言おう)
「お待たせ、お茶」
と、慧が戻ってきた。
「ありがとうございます」
琳華はそれを受け取って飲む。
「慧さま。お嫌でなければ、私から慧さまに、成人記念の贈り物をしたいのですが」
慧は、つい三日前に成人を迎えたのだった。
「嫌じゃない、全然嫌じゃない、嬉しいよ」
「帯飾りなどはどうでしょう」
慧はこくこくと頷く。
「ではこの後、帯飾りのお店へ行ってみましょう」
◆
「こんなにいろいろあるんだね」
店の棚には、色とりどりの帯飾りが並んでいた。付いている細工も様々だ。
「私が選んでもいいですか?」
「うん!」
慧は、帯飾りを二つ手に取り、まじまじと見ている。二つの帯飾りを目の高さまで持ち上げ、見比べているようだ。軽く振って、音を確かめている。
(楽しそうで良かった)
琳華は、ぐるりと店内を見渡す。
(慧さまは、あまり飾りがお好きではない)
飾りが少し多めについている帯さえ、嫌がっていた。
(細くて、柔らかそうなもの――)
そうして、一つを手に取った。細い緑の組紐の先に小さな真珠、その先に房飾りがついている。
「慧さま、こちらはどうですか?」
「うん?どれ?」
そう言って振り返る慧は、数十個の飾りを持っていた。
「どうしたんですか、そんなに」
「選びきれなくて」
「何を?」
「俺からも、琳華にあげたいと思ってさ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて一つ、お願いします」
「一つかあー!選べないよ」
こっちの赤のもいいし、こっちのは音がいい、とぶつぶつ言いながら、慧はまた、飾りを見始めた。
「ちょっと失礼しますね」
琳華は自分が選んだ帯飾りを、慧の帯に当ててみる。
(色もよさそう。普段着るお召し物とも合う)
「いかがですか?」
「うん、いいね」
と答える慧の手には、先ほどよりたくさんの飾りがぶら下がっている。思わず吹き出してしまう。
「では、私はこれを買ってきますね」
そう言って琳華は、店主のほうへと歩いていった。
店の外でしばらく待っていると、慧も出てきた。
「では慧さま。琳華から成人のお祝いです」
そう言って琳華は帯飾りを差し出す。
「ありがとう。つけてほしいな」
「失礼しますね」
帯に、飾りを回す。その帯は琳華があげたものだが、もうねじられたりはしていない。
(少しずつだけど、ちゃんと成長している)
「できましたよ」
琳華は一歩下がり、帯飾りをつけた彼を眺める。すっかり成長した男性だ。
「慧さま。とても似合っています」
「ありがと。ちょっと歩こうか」
そう言いながら、慧は歩き始めた。
「さっき、帯飾り屋の店主が言ってたんだけど」
「はい」
「毎月、満月の日に、夜市が開かれるんだって」
「へえ……」
それは知らなかった。
「今度は、夜市に行こうよ、琳華」
「んー……そうですね。農政に受かった後、さらに二つ合格したらにしましょうか」
「やっぱり!言われると思ったー!約束だよ!」
そうして、慧はぴたりと立ち止まった。琳華のほうを振り返る。
「はい、琳華」
差し出されたのは、先ほどの店で買った帯飾り。緋色の紐にいくつかの瑪瑙が連なっている、落ち着いたものだ。
「琳華、あんまりこういうの、付けないよね。どういうのがいいのか、よく分からなくて」
「ありがとうございます。大切にしますね」
「俺もつけてあげる」
腰に手をまわし、「あれ?こっちかな」と言いながら、つけてくれる。つけやすいように、少し腕を上げる。かがんだ頭がちょうど顔のあたりにきてくすぐったい。
「できた!」
「ありがとうございます」
瑪瑙がゆらゆら揺れて、複雑な色を反射する。
「琳華、ここ、どこだか分かる?」
「え?」
周りを見てみるが、特別な景色には見えない。慧の質問の意図が分からず、琳華は首を横に振った。
「……分かりません」
「ここだったんだよね。初めて城下町へ行ったとき、俺が結婚してって言ったの」
「そうでしたか」
改めて周りを見るが、当時は夜だったし、ずいぶんと古い記憶のような気がして、よく思い出せない。
「琳華。成人したから、正式に言うね」
と、手が取られる。あの時と同じだ。違うのは、目線の高さだけだ。
「俺と、結婚してほしい」
あまりに直截な言葉。
黒い瞳が、じっと見下ろしてくる。
長い間見ていられず、琳華はうつむいた。
「殿下、お気持ちは嬉しいのですが」
「だめ?」
「身分が違いすぎます」
と琳華は首を横に振る。
「じゃあ、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって――」
身分は、生まれた瞬間決まり、変わることはない。それは、どうにもならないことだ。
「ご自分でお考えください」
「琳華はいつも、身分を言い訳にする。断られるなら、身分以外がいい」
甘ったれでわがままな王子だ。
「では、身分以外の理由を申し上げますね。私は、誰とも添うつもりはありません」
自分の人生の決定権は、自分の手だけで握りたい。
(一人で生きていく)
16歳のあの日。膝で眠る王子の頭を撫でながら、そう決めた。
「そっかあ……。ならしょうがないのか。分かった」
と言う慧の顔は、全然分かった顔ではなかった。
(もう――やめにしてほしい)
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