14.温かい膝枕でうとうとしていたら
慧は、七試のうちの農政の勉強に、取り組み始めた。地理と隣り合わせの科目だからと、琳華がすすめてくれたからだ。武芸はあまりやる気がでないから、少しずつだ。
慧は、卓に向かって農政の本を読んでいた。前に読んだときは興味が持てなかったが、地理で得た知識、そして琳華が大づかみで教えてくれた下地があるから、むしろ面白く感じる。
(米を作るのって、案外大変なんだなあ……)
差し出される食事を食べているだけだと、まったく気づけないことも知識として得られる。
「殿下、どうぞ」
女官がお茶を出してきた。それに口をつける。
「ありがと。あれ、君は――?」
見覚えのない女官だ。
「昨日からこちらでお仕えしております。よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく」
自分はとても扱いづらいらしい。それはよく知っている。取り繕うのも面倒だから、ありのままでいるだけ。
そうしていると、使用人が辞めていってしまう。またきっと、誰か愛想を尽かしたのであろう。
(ずっといてくれるのは、琳華だけだ)
少し眠くなってきた。
琳華のことを考えたら、なんとなく恋しくなってきた。部屋の隅で控えている琳華に声をかける。
「琳華。昔みたいに、膝枕で寝たい」
「慧さま、さすがにそれは――。もうすぐ成人するんですよね?」
「うん。でも、まだしてない」
琳華が困ったふうに微笑んだ。これは、自分の意見を受け入れてくれた時にする顔。
「分かりました。今日だけですよ」
と、琳華は立ち上がった。
琳華の膝は、柔らかく温かい。普通の枕よりずっとよく眠れる。
(それにしても眠いな。まだそんな時間じゃないのに)
真っ暗な闇に飲まれそうになる。なのに頭の芯は冴えているから、思考がどんどんあふれてくる。
(農政も、何とかなりそうだな)
(このままゆっくり、そーっと七試を突破してこう)
(誰も刺激しないように)
自分が馬鹿扱いされていることは知っている。
(別にそれでいい)
痛くも痒くもない。むしろ、そのほうが良い。
(みんなは、王族じゃないから分からないんだ)
一度、王族になってみればいい。面白いものでもなんでもない。だって、命を狙われるのだ。
(父上は、何度も暗殺されかけている。東宮だって、子供のころから狙われている)
少し前には、東宮の弟も襲われた。5歳上の異母兄は、地方豪族への婿入りが決まったその次の日に、暗殺された。狙われたことのない王族なんて、自分以外にはいないのではと思う。
力が突出すれば、それを叩こうとする勢力が現れる。ならば、突出しなければいい。
(頑張っても報われない。むしろ、命の危険が増えるだけ)
馬鹿のふりをして、のんべんだらりと生きていく。幸い、自分は王族。生活に不自由することはない。
(俺が頑張ってしまうと、ほかの人以上に評価されてしまう)
さすがは殿下と担がれ、あれよあれよと出世してしまうだろう。そうすれば、命の危険が増す。
(琳華)
父上や東宮が今のところ無事なのは、本人たちの武芸が冴えている上に、精鋭の護衛で囲んでいるからだ。
でも自分はそこまで大人物ではない。自分についた護衛――琳華では、暗殺者を跳ね返せないかもしれない。
琳華は自分に頑張れと言ってくる。武芸を磨き、勉強をし、整った外見を保て、と。
手を焼いてくれるのは嬉しい。
(でも――)
乗せられて頑張ってはだめだ。
ちょうどよく馬鹿に見えるように、手を抜かないと。
(それが一番だ)
「慧さま、寝てはいけません」
琳華が、ごく小さい声で言う。小さいが、声音は鋭い。
(な、に……?)
とても眠い。落ちそうになる瞼を開ける。
すでに自分の頭は、琳華の膝からは外れていた。琳華は戸の方をじっと見ている。背中には緊張感がみなぎっている。
戸が、音もなくゆっくりと開く。
「慧さま、剣を」
琳華は後ろを向いたまま、枕もとの剣を引き寄せ、握らせてくる。
戸が完全に開いた。あの新人女官が立っていた。短剣を持って。




