13.久しぶりの勝負
琳華は慧を座らせ、地理の書物を開いた。
「では慧さま。さっそく地理の勉強です」
「はーい」
あまりやる気はなさそうだが、それでも卓についただけ良いだろう。
「まずはざっくり、大づかみで理解してみましょう」
そう言って、琳華は地図を描く。大陸から南西へ、しずく型に飛び出た半島。それが、この国だ。
「これが、碧嶺国です。さすがに、見たことがありますよね」
「そりゃ分かるよ」
「では、こちらは?」
と、大陸側を指さす。
「央国」
「はい。古くからある大国です。でも、半島の付け根は山脈になっているので、直接陸路では行けず、主に海路で結ばれています。では、碧嶺の王都はどのあたりか分かりますか?」
「この辺でしょ」
そう言って、半島の中央を指す。
「んー、もう少し南寄りです。このあたり。では、今日話題に出た清河領は?私の出身地です」
「えっ。えーっと海のほうでしょ……うーん、このあたり?」
ちょうど半島の先端を指さす。
「もう少し東寄りです。このあたり」
「うん、覚えた」
「ざっくり、北のほうは山。石材や木材が多く産出されます。それらを、碧嶺の中央を流れる大河で、南へと運びます。南は畑が多いですよね。なぜだか分かりますか?」
「えーっと――」
慧は意外にも地理に興味を持ったようだった。
(大づかみでいったのが、正解だったのかもしれない)
琳華の授業が終わっても、ごろりと寝転がりながら、地図を広げ、書物を読む。そして、疑問に思ったことを、その都度質問してくる。
「央国とやり取りするんだったら、西側のほうが近いじゃん。でもどうして、東にしか海路がないの?」
「西側は、すごく海流が複雑なので、危ないんです。しかも船を係留できる湾がありません」
「なるほどー」
うつ伏せで頬杖をつきながら、また書物に目を通し始めた。足をぱたぱたさせる様子は、少し子供っぽい。
(この人は覚えが良い。しかも、本質を突いた鋭い質問をしてくる)
◆
翌日も、一日目と同じように過ごし、帰路に就いた。
「琳華。衿、ありがとう。今日はあまり気にならなかったよ」
「それはようございました。では他のお召し物も、柔らかい生地に変えておきましょう」
「ありがと。それに地理。ちょっと頭に入っているだけで、兵部の会話がだいぶ分かるようになってきた。今までチンプンカンプンだったから、すごく退屈だったんだよね」
「……基礎は大切です。今日は帰ったら、武芸のほうをやりましょう」
「武芸かあ……衿取りしてくれたらね」
「もちろん」
二人は家に着くと、さっそく衿取りをするために庭へ出た。
そういえば、と対峙した慧を見ながら琳華は思う。
(再会してからは、初めてだな。衿取り)
慧はずいぶん大きくなり、見上げるほどだ。琳華は女性の中では背が高いほうだが、それでも慧とは頭一つ分違う。
(とはいえ。まあ、大丈夫か)
自分は武官として三年間、きちんと基礎を積んできた。対する男は、だらっと過ごしてきただけだ。構えもどこか芯が通っていない。
慧から一歩、近づいてきた。
(目線は、私の左手か)
思った通り、左手を払われる。
(分かりやすい)
払ってきた慧の手をそのままつかんで、慧のガードを崩そうとした。――と、蹴りが入ってきた。
(あっ!)
危うく体勢を崩すところだったが、何とか耐えた。
(相変わらず、勘はいい)
そのまま慧に体ごと押し付ける。
(これだけ密着すれば、衿は取れない)
そうして、がら空きの足元へ――。
「うわ!ちょと、ちょっと待って琳華」
と、突然慧は逃げ出した。
「どうしました?」
「反則、反則だよ」
「何がです?」
「その、不意打ちで、琳華から近づいてくるの」
「はあ?」
不意を突くのが勝負だ。
「その、くっつくの、やめよう。良くない、良くない……」
と、少しずつ慧が遠ざかっていく。
意味が分からない。自分からは抱きついてくるくせに。
「……分かりました。何か障りがあるのならやめます。では続きを」
「待って。落ち着いて、落ち着いて」
「落ち着いています」
「自分に言ってんの!」
ついに慧は後ろを向いてしまった。
(へそを曲げたかな?面倒だな……)
しかし琳華の想像に反したことを、慧が言い始めた。
「今日は、一人で基礎をやるよ。とりあえず、朝廷の門まで走りこんでくる」
そう言って、屋敷を出て行ってしまった。
(まあ、基礎練習をちゃんとやるなら、いいか)
◆
三か月後に行われた試験で、慧は見事に地理の科目を突破した。
「やったー!琳華のおかげだよ!」
「おめでとうございます」
小躍りしている慧を見ながら、琳華は思う。
(これをあと六回……)
最初は途方もなく思ったが、しかし確かな手ごたえもあった。
(この方は、周囲が思っているほど暗愚ではない。むしろ、聡明なほうだ)
少しだけ足が速くなった気がする亀をなでながら、琳華は息をつく。
(ただし、やる気さえ出せば)
それが、一番の課題だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想、ブクマ、リアクション、評価★★★★★などとても励みになりますので、よろしくお願いします!!!




