↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/29

13.久しぶりの勝負

 琳華《リンカ》は慧《ケイ》を座らせ、地理の書物を開いた。


「では慧さま。さっそく地理の勉強です」

「はーい」


 あまりやる気はなさそうだが、それでも卓についただけ良いだろう。


「まずはざっくり、大づかみで理解してみましょう」


 そう言って、琳華は地図を描く。大陸から南西へ、しずく型に飛び出た半島。それが、この国だ。


「これが、碧嶺《ヘキレイ》国です。さすがに、見たことがありますよね」

「そりゃ分かるよ」

「では、こちらは?」


 と、大陸側を指さす。


「央《オウ》国」

「はい。古くからある大国です。でも、半島の付け根は山脈になっているので、直接陸路では行けず、主に海路で結ばれています。では、碧嶺の王都はどのあたりか分かりますか?」

「この辺でしょ」


 そう言って、半島の中央を指す。


「んー、もう少し南寄りです。このあたり。では、今日話題に出た清河《セイカ》領は?私の出身地です」

「えっ。えーっと海のほうでしょ……うーん、このあたり?」


 ちょうど半島の先端を指さす。


「もう少し東寄りです。このあたり」

「うん、覚えた」

「ざっくり、北のほうは山。石材や木材が多く産出されます。それらを、碧嶺の中央を流れる大河で、南へと運びます。南は畑が多いですよね。なぜだか分かりますか?」

「えーっと――」


 慧は意外にも地理に興味を持ったようだった。


(大づかみでいったのが、正解だったのかもしれない)


 琳華の授業が終わっても、ごろりと寝転がりながら、地図を広げ、書物を読む。そして、疑問に思ったことを、その都度質問してくる。


「央国とやり取りするんだったら、西側のほうが近いじゃん。でもどうして、東にしか海路がないの?」

「西側は、すごく海流が複雑なので、危ないんです。しかも船を係留できる湾がありません」

「なるほどー」


 うつ伏せで頬杖をつきながら、また書物に目を通し始めた。足をぱたぱたさせる様子は、少し子供っぽい。


(この人は覚えが良い。しかも、本質を突いた鋭い質問をしてくる)


◆


 翌日も、一日目と同じように過ごし、帰路に就いた。


「琳華。衿、ありがとう。今日はあまり気にならなかったよ」

「それはようございました。では他のお召し物も、柔らかい生地に変えておきましょう」


「ありがと。それに地理。ちょっと頭に入っているだけで、兵部の会話がだいぶ分かるようになってきた。今までチンプンカンプンだったから、すごく退屈だったんだよね」

「……基礎は大切です。今日は帰ったら、武芸のほうをやりましょう」

「武芸かあ……衿取りしてくれたらね」

「もちろん」


 二人は家に着くと、さっそく衿取りをするために庭へ出た。

 そういえば、と対峙した慧を見ながら琳華は思う。


(再会してからは、初めてだな。衿取り)


 慧はずいぶん大きくなり、見上げるほどだ。琳華は女性の中では背が高いほうだが、それでも慧とは頭一つ分違う。


(とはいえ。まあ、大丈夫か)


 自分は武官として三年間、きちんと基礎を積んできた。対する男は、だらっと過ごしてきただけだ。構えもどこか芯が通っていない。


 慧から一歩、近づいてきた。


(目線は、私の左手か)


 思った通り、左手を払われる。


(分かりやすい)


 払ってきた慧の手をそのままつかんで、慧のガードを崩そうとした。――と、蹴りが入ってきた。


(あっ!)


 危うく体勢を崩すところだったが、何とか耐えた。


(相変わらず、勘はいい)


 そのまま慧に体ごと押し付ける。


(これだけ密着すれば、衿は取れない)


 そうして、がら空きの足元へ――。


「うわ!ちょと、ちょっと待って琳華」


 と、突然慧は逃げ出した。


「どうしました?」

「反則、反則だよ」

「何がです?」

「その、不意打ちで、琳華から近づいてくるの」

「はあ?」


 不意を突くのが勝負だ。


「その、くっつくの、やめよう。良くない、良くない……」


 と、少しずつ慧が遠ざかっていく。


 意味が分からない。自分からは抱きついてくるくせに。


「……分かりました。何か障りがあるのならやめます。では続きを」

「待って。落ち着いて、落ち着いて」

「落ち着いています」

「自分に言ってんの!」


 ついに慧は後ろを向いてしまった。


(へそを曲げたかな?面倒だな……)


 しかし琳華の想像に反したことを、慧が言い始めた。


「今日は、一人で基礎をやるよ。とりあえず、朝廷の門まで走りこんでくる」


 そう言って、屋敷を出て行ってしまった。


(まあ、基礎練習をちゃんとやるなら、いいか)


◆


 三か月後に行われた試験で、慧は見事に地理の科目を突破した。


「やったー!琳華のおかげだよ!」

「おめでとうございます」


 小躍りしている慧を見ながら、琳華は思う。


(これをあと六回……)


 最初は途方もなく思ったが、しかし確かな手ごたえもあった。


(この方は、周囲が思っているほど暗愚ではない。むしろ、聡明なほうだ)


 少しだけ足が速くなった気がする亀をなでながら、琳華は息をつく。


(ただし、やる気さえ出せば)


 それが、一番の課題だった。






お読みいただき、ありがとうございます!

感想、ブクマ、リアクション、評価★★★★★などとても励みになりますので、よろしくお願いします!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。