第9話:ナビコの憂鬱と暴走清掃ロボット
「……あーあ。またやっちゃったわ」
カジノエリアの無惨な残骸と、幻となった数百万枚の古代金貨を背に、トボトボと要塞の通路を歩いていた。
もはや怒る気力すら湧かない。
レオンの規格外の物理攻撃と、あたしのヤケクソの魔力爆砕が織り成したハーモニーは、古代の娯楽施設を文字通り「更地」に変えた。
借金総額は、もはや天文学的な数字になっているはずだ。ギルドマスターの親父の顔を思い出すだけで、胃の腑がキリキリと痛む。
「ガハハ! 気にするなマール! 過去を振り返っても何にもならんぞ! 常に前を向いて歩くのが俺たち冒険者の――」
「ピキュ。前向イテ歩イタ結果ガ、借金地獄ト空間迷子デス。……アホカ、オ前ラハ」
「…………え?」
あたしの足が、ピタリと止まった。
今、なんかものすごく流暢な、しかも関西弁っぽいツッコミが聞こえなかったか?
振り返ると、レオンの頭の上でピコピコとアンテナを揺らしているサポートAI・ナビコの姿がある。
「な、ナビコ……? アンタ、今なんて言った?」
「ピキュ。当機ハ、マスター・レオンノ行動パターン及ビ、同行者マールノ音声データヲ深層学習シテイマス。現在、最適ナコミュニケーション機能ヲ構築中……ッテイウカ、学習シナイトコノ脳筋ニ突ッ込ミ追イツカナイデス。マジデ」
「機械が呆れてるぅぅぅぅぅっ!?」
あたしは両手で顔を覆った。
古代の超高度な人工知能すらも匙を投げる男、レオン。
彼の常軌を逸した行動と、それに対するあたしの絶叫を側で聞き続けた結果、ナビコの論理回路は凄まじいスピードで「ツッコミ機能」を独自進化させてしまったらしい。
「おお、ナビコ! 言葉のバリエーションが増えたな! 森のオウムも、俺が毎日話しかけたら人間の言葉を覚えたぞ! 賢い賢い!」
「ピキュ。オウムト一緒ニスルナ。当機ハ古代ノ叡智ノ結晶……イヤ、モウイイデス。説明スルダケ無駄デス。マスターハ一生ソノママデ生キテ下サイ」
ナビコがアンテナをガックリと垂れ下げた。
機械なのに、その丸っこい金属の背中からは言葉にできない哀愁すら漂っている。
「ちょっとナビコ! アンタまでツッコミに回らないでよ! あたしのアイデンティティが奪われるじゃない!」
「ピキュ。安心シテクダサイ、マール。貴女ノ借金額ハ誰ニモ奪ワレマセン。不動ノマイナス・アイデンティティデス」
「うるさぁぁぁぁぁぁいっ!!」
あたしがナビコに向かって吠えた、その時だった。
『ウィィィィィン……ガシャン。ガシャン』
通路の奥から、無機質なモーター音と金属音が響いてきた。
ここは第九層『要塞清掃・メンテナンス区画』
無骨な灰色の壁が続く、殺風景なエリアだ。
「む? また防衛ゴーレムの群れか?」
レオンが大剣に手を伸ばす。
「ピキュ。違イマス。アレハ第九層専用ノ『自動清掃ゴーレム』群デス。タダシ……」
通路の暗がりから姿を現したのは、今まで戦ってきた人型の防衛ゴーレムとは全く異なる形状の機械だった。
一言で言えば、巨大な「亀」、あるいは分厚い円盤だ。
甲羅に相当する部分にはピカピカに磨き上げられた金属ドームがあり、その周囲からは、高速回転する丸鋸ポリッシャー、超高圧の放水ノズル、そして緑色の液体を滴らせる不気味なスプレー管が飛び出している。
『不衛生ナ存在ヲ検知。ゴミハ、完全ニ消去シマス』
機械音声が響いたかと思うと、数十体……いや、百体近い清掃ゴーレムの群れが、一斉にこちらへ向かって車輪を回転させ、猛スピードで突進してきた。
「おっと! 随分と物騒な掃除道具だな! ゴミ扱いとは失礼千万! 叩き斬ってやる!」
レオンが嬉々として前に出ようとした瞬間、ナビコがけたたましい警告音を鳴らした。
「ピキュ! マスター、斬ッテハ駄目デス! アノ機体ノ内部ニハ、古代ノ超強力ナ特殊洗剤ト、ワックス状ノ強酸性スライムガ大量ニ積載サレテイマス!」
「強酸性スライム!?」
あたしは思わず叫んだ。
「ソノ通リデス。大剣デ両断シタ場合、半径十メートルニ強酸ガブチマケラレ、貴女タチノ服ハ愚カ、通路ノ床材マデドロドロニ腐食シマス。結果、『甚大ナ器物破損』トシテ罰金ガ追加サレマス」
「ば、罰金……ッ!!」
その単語は、今のあたしにとって最強の呪いだった。
これ以上借金を増やしてなるものか。あたしは咄嗟にレオンの背中のマントを全力で引っ張った。
「ストォォォォォップ!! レオン、武器をしまいなさい!!」
「ぐえっ!? な、なんだマール! 斬るなと言うなら、お前のその魔銃で吹き飛ばせばいいだろう!」
「バカ言わないで! 爆発させても酸が飛び散るでしょ! それに、あんな掃除機もどきのために、一発金貨数枚もする魔力カートリッジを消費してられるもんですか! 今のあたしたちには、圧倒的な『エコ』が必要なのよ!」
「撃てない、斬れない! ならばどうするのだ!」
「決まってるでしょ! 弾薬節約のために……走るのよ!!」
あたしたちは踵を返し、来た道を全速力で逆走し始めた。
『ウィィィィィン!! ゴミ、逃ガサナイ。徹底的ニ、磨キ上ゲル』
背後からは、丸鋸をギャリギャリと回転させ、硫酸のような洗剤をまき散らしながら、清掃ゴーレムの大群がものすごい勢いで迫ってくる。
「ひぃぃぃぃぃっ! ちょっと、あいつら掃除機のくせに速すぎない!? 殺意が高すぎるわよ!」
「ピキュ。古代ノ衛生基準ハ非常ニ厳格デス。特ニ、先程ノ地下廃棄場デ悪臭塗レニナッテイル貴女タチハ、システム上『最悪ノ産業廃棄物』トシテ認識サレテイマス」
「誰が燃えないゴミよ!! この麗しい乙女を捕まえて!!」
「ピキュ。事実デス。現在ノマールノ匂イハ、古代ノ基準デ言エバ『即時焼却処分』レベルデス。……マジデ、クッサ」
「アンタ後で絶対に分解してやるからね!!」
走りながらナビコと漫才のような口論を繰り広げている間にも、清掃ゴーレムの群れは容赦なく距離を詰めてくる。
プシュッ! という音と共に、背後から緑色の液体が飛んできた。
「危なっ!」
あたしが間一髪で身を捻ると、緑色の液体は通路の壁に着弾し、ジュウゥゥゥという嫌な音を立てて鋼鉄の壁を瞬く間にドロドロに溶かした。
「あれ洗剤!? 完全にただの溶解液じゃないの! 掃除する気ないでしょ!」
「マール! 足元に気をつけろ! 床がヌルヌルだ!」
レオンの叫び声に下を見ると、先行していた別の清掃ゴーレムがご丁寧に『超強力古代ワックス』を撒き散らした後だった。
まるでスケートリンクのようなツルツル具合だ。
「うわっ、滑るっ!!」
あたしは足を滑らせ、そのままの勢いで床をツーッと滑っていく。
「ガハハ! これは面白い! マール、俺も滑るぞ!」
レオンがわざとスライディングの体勢になり、満面の笑みで床を滑走し始めた。
「楽しんでんじゃないわよ! 前からも来るわよ!!」
交差点の奥から、新たな清掃ゴーレムの群れがワラワラと湧き出してきていた。挟み撃ちだ。
「くっ……! まったく、どいつもこいつも! 掃除機なら大人しく部屋の隅のホコリでも吸ってなさいよ!」
あたしは滑りながらも体を捻り、迷路のように入り組んだメンテナンス通路を右へ左へとドリフトしながら逃げ続ける。
撃てない。
斬れない。
ただひたすらに、弾薬費と罰金をケチるための、涙ぐましく、そして非常に見苦しい逃走劇。
だが、いくら逃げても清掃ゴーレムは無限に湧いてくる。
要塞の清掃システムは、あたしたちという「特大の生ゴミ」を排除するまで絶対に止まらないらしい。
「はぁっ……はぁっ……! もう、体力、限界……!」
そしてついに、最悪の瞬間が訪れた。
滑り込んだ先の通路の突き当たり。そこは分厚い隔壁で完全に塞がれた、巨大な行き止まりの空間だった。
「しまった、行き止まりだぞマール!」
『ピキュ。オワタ。……マスター、遺言ハアリマスカ?』
ナビコが棒読みで死の宣告をする中、背後の通路から、ワラワラと数百体の清掃ゴーレムたちがなだれ込んでくる。
緑色の強酸がポタポタと滴り、丸鋸の回転音が死刑宣告のように鳴り響く。
「……逃げ場、なし。弾薬も、使いたくない」
あたしは膝に手をつき、荒い息を吐きながら、迫り来る機械の群れを睨みつけた。
もはや、逃げるという選択肢は消滅した。
かといって、魔銃を撃てば金貨が吹き飛び、レオンが斬れば罰金が加算される。
どうする?
どうすれば、この最悪の状況を『節約』しながら切り抜けられる?
「……マール? なぜお前、そんなに怖い顔をして笑っているんだ?」
レオンが不思議そうにあたしを見る。
あたしはゆっくりと立ち上がり、両手の魔銃をホルスターから引き抜いた。
しかし、引き金には指をかけない。
ただ、銃身の硬い金属部分を、まるで打撃武器のように強く握りしめる。
「レオン。アンタは下がってなさい。……弾も使わない。被害も出さない。そんな都合のいい戦い方が、あたしには一つだけあるわ」
魔力回路を全開にし、肉体のリミッターを一時的に強制解除する。
青白いマナの光が、あたしの全身をオーラのように包み込み始めた。
「天才魔術銃士の、本気の『節約術』……見せてあげるわ!!」
狂暴な清掃ロボットの群れに対し、あたしは銃を撃たず、そのまま真っ向から突撃の構えを取った。
次の瞬間、節約という名の肉弾戦が始まろうとしていた。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
ブクマ・評価・リアクションを押して頂けると嬉しいです!(◍•ᴗ•◍)




