第10話:マールの魔力節約術(※被害は拡大します)
「天才魔術銃士の、本気の『節約術』……見せてあげるわ!!」
背後には行き止まりの分厚い隔壁。
前方からは、強酸性のスライムと丸鋸を振り回す数百体の清掃ゴーレムの大群。
絶体絶命の状況下で、あたし、マール=アベニールは両手の魔銃の引き金には指をかけず、そのままの姿勢で敵の群れへと単機突撃を敢行した。
「おいマール! 撃たないんじゃなかったのか! 素手でどうするつもりだ!」
レオンが背後から驚きの声を上げる。
「弾は使わないわ! でも、魔力は『撃つ』だけが使い道じゃないのよ!」
あたしは体内の魔力回路を全開にし、そのエネルギーを弾丸ではなく、自分自身の肉体、そして握りしめた二丁の魔銃の銃身へと直接流し込んだ。
青白いマナの光が、あたしの手足と銃をオーラのように包み込む。
魔力による一時的な身体能力のリミッター解除。これこそが、弾薬代をケチるためにあたしが編み出した究極のドケチ戦法――もとい、奥の手である。
「アベニール流・魔導近接格闘術! 行くわよッ!」
あたしは地を蹴り、先頭を走っていた清掃ゴーレムの懐へと一瞬で潜り込んだ。
『ゴミ、排除――』
機械音声が鳴るより早く、あたしは右手の「カノン」の重厚な金属製のグリップを、ゴーレムの装甲の継ぎ目に向かってフルスイングで叩き込んだ。
ガキィィィンッ!!
「そこッ!」
魔力で強化された重い一撃が、ゴーレムの駆動部をピンポイントで粉砕する。
バランスを崩したゴーレムが、強酸を撒き散らす間もなく、ひっくり返って手足をジタバタさせ始めた。
「次ッ! ふっ、はぁっ!」
あたしは止まらない。
迫り来る丸鋸の軌道を、紙一重のステップと魔力による超反応で躱し、すれ違いざまに左手の「フリューゲル」で敵のセンサー部を強打する。
さらに、敵が吐き出そうとした緑色の溶解液のノズルを、銃身で下からカチ上げ、自分自身に酸をぶっかけさせて自滅を誘う。
「おお! 素晴らしい身のこなしだマール! まるで戦場を舞う妖精のようだな!」
安全圏から見物しているレオンが、呑気に拍手喝采を送ってくる。
「ピキュ。銃ヲ使ッテイルノニ一発モ撃タナイ。ソノグリップデ殴ルナラ、最初カラ剣カ鈍器ヲ持テバ良イノデハ? 非効率ノ極ミデス」
レオンの頭の上で、ナビコが身も蓋もない正論を放った。
「うるさいわね! 魔銃士が銃を持たずにどうするのよ! これはロマンと美学の問題なの! あと弾代が高いのよォォォッ!」
あたしは叫びながら、宙返りをして三体のゴーレムの頭を連続で蹴り飛ばした。
弾丸を消費せず、敵の酸を周囲に飛び散らせないための打撃戦法。
我ながら完璧だ。このまま各個撃破していけば、罰金も払わずにこのフロアを切り抜けられる!
……そう、確信した時だった。
ズズズズズズズズ……ッ。
通路の奥から、他の清掃ゴーレムとは明らかに違う、一際大きな地響きが聞こえてきたのだ。
「え……?」
押し寄せる小型ゴーレムの群れを掻き分けて姿を現したのは、全長が五メートルはあろうかという、超巨大な清掃ゴーレムだった。
通常の機体が「亀」だとすれば、こいつは「要塞のようなゾウガメ」だ。
背中のタンクには、見るからにヤバそうなドス黒い酸性スライムがなみなみと波打っており、正面には巨大なロードローラーのような粉砕シリンダーが備わっている。
『ピキュ! 警告! 第九層・清掃ブロック長、フロア・ボスノ出現ヲ確認! タンク内ノ強酸性スライムハ、フロア全体ヲ一瞬デ溶解スル致死量デス!』
ナビコが赤色灯を激しく点滅させる。
『最悪ノ産業廃棄物、確認。コレヨリ、徹底的ナ消毒作業ヲ開始シマス』
超巨大ゴーレムの無機質な音声と共に、背中の巨大タンクの圧力計がグングンと跳ね上がっていく。
このままでは、あの致死量の酸が通路中にぶちまけられる!
「マール! さすがにアレを素手で殴るのは無理だ! 俺が斬る!」
レオンがたまらず前に出ようとする。
「ダメよ! あんなの斬ったら、中身の酸が全部溢れ出してフロア中がドロドロよ! 罰金がいくらになるか分かってるの!?」
「しかし、このままでは俺たちも溶かされるぞ!」
「……わかってるわよ。なら、外に漏らさずに、内部から直接システムだけを破壊すればいいんでしょ!!」
あたしは奥歯を噛み締め、両手の魔銃を巨大ゴーレムへと向けた。
弾は撃たない。
だが、今のあたしには「魔力そのもの」をコントロールする集中力がある。
「あたしから直接、あの機械のコアに魔力を叩き込んで、ショートさせてやるわ!!」
あたしは一直線に巨大ゴーレムへと突撃した。
『消毒液、散布開始――』
ゴーレムのノズルが開こうとした瞬間。
あたしはゴーレムの正面装甲に張り付き、両手の魔銃の銃口を、装甲のわずかな隙間にガチリと押し込んだ。
「撃つんじゃないわよ……! 魔力を、銃身を通して、敵の内部にだけ……流し込むっ!!」
『零距離・魔力浸透打、マナ・ストライク』
魔力を爆発させるのではなく、電流のように敵の回路へ直接流し込み、システムだけを焼き切る高度な技だ。
これなら、外装を傷つけることなく、酸を漏らすこともなく、安全に敵を無力化できる!
……はずだった。
「消えなさい、このポンコツ掃除機ィィィィッ!!」
あたしは、己の魔力を解放した。
しかし、その時あたしの脳裏をよぎったのは、カジノで失った数百万枚の金貨の幻影。
そして、理不尽に積み重なる借金への怒りだった。
ムカムカムカムカ………
怒りは、魔力を増幅させる。
あたしの制御を離れた膨大な魔力は、本来の「静かな電流」ではなく、「荒れ狂う嵐」となって銃口から敵の内部へと雪崩れ込んでしまったのだ。
「……あっ。ヤバッ」
魔力を流し込んだ瞬間。
あたしは自分の手応えで悟った。明らかに出力調整を間違えた、と。
巨大ゴーレムの装甲が、内側から風船のように異様に膨れ上がる。
内部に叩き込まれた膨大な魔力が、行き場を失い、強酸性スライムと化学反応を起こして限界突破の臨界点に達していた。
『エ、エラー。内部魔力、許容値ヲ3000%超過。自爆システム……起動……』
「レオンッ! ナビコッ! 防御ぉぉぉぉぉぉッ!!!」
あたしが悲鳴を上げて後ろへ飛び退いた次の瞬間。
ピカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッカァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!
要塞の第九層全体を揺るがす、本日最大級の超絶大爆発が巻き起こった。
内部から破裂した巨大ゴーレムを中心に、圧縮された魔力と強酸の嵐が全方位へと撒き散らされる。
分厚い鋼鉄の壁が飴細工のように吹き飛び、強酸が床も天井も、周囲の小型ゴーレムたちも、一切合切をドロドロに溶かしながら消し飛ばしていく。
エコ?
そんな小賢しい計画は、あたし自身の有り余る魔力と怒りの前に、完全に木っ端微塵に粉砕された。
「うおおおおおおっ!? マール、伏せろぉぉぉっ!!」
レオンが咄嗟にあたしの上に覆い被さり、大剣を盾にして爆風と酸の雨を防ぐ。
凄まじい轟音と振動。
そして、床が崩落する強烈な浮遊感。
「あー……もう、どうにでもなーれ……」
あたしはレオンの腕の中で、完全に真っ白になった意識を手放した。
――数分後。
「ゴホッ、ゲホッ……! 痛た……生きてる……?」
もうもうと立ち込める黒煙と、鼻を突く酸の匂いの中で、あたしは目を覚ました。
見上げれば、第九層の天井にはポッカリと巨大な大穴が空き、あたしたちはどうやら爆発で崩落した床ごと、下の階層……おそらく第八層の端っこあたりに叩き落とされたようだった。
「ガハハ! いやあ、見事な爆発だったなマール! あやうく俺の剣ごと溶かされるところだったぞ!」
レオンが煤だらけの顔で、いつものように豪快に笑っている。
「……笑い事じゃないわよ」
あたしはフラフラと立ち上がり、周囲の惨状を見渡した。
第九層のメンテナンス区画は、もはや見る影もなかった。
通路も、壁も、隔壁も、すべてが爆発と酸によって消滅し、広大な「空間」だけが広がっている。
文字通り、フロアごと消し飛ばしてしまったのだ。
『ピロリロリロリ〜ン……』
そして、静まり返った空間に、ナビコの絶望的な電子音が響き渡った。
「ピキュ。……状況、確認シマシタ。第九層・メンテナンス区画ノ完全崩壊。及ビ、重要防衛システムノロスト」
ナビコが、チカチカと消え入りそうな光を放ちながら、あたしに向かって宣告する。
「マール=アベニール。貴女ノ『節約術』ニヨル被害総額ヲ算出シマシタ。……追加ペナルティ、古代金貨『三十万枚』デス」
「さ、三十万……」
「ピキュ。モウ一度言イマス。アホカ、オ前ハ」
その痛烈すぎるツッコミを最後に、あたしの意識はぷつんと途切れた。
瓦礫の山に沈みながら、最後に浮かんだのは、古代金貨三十万枚という悪夢の数字だけだった。
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