第11話:恋の予感!? いえ、ただの殺戮兵器です
「三十万枚……古代金貨、三十万枚……。一生、いや来世までモグラみたいに地下でツルハシを振るっても返せない……。あたしの人生、終わった……」
あたし、マール=アベニールは、相棒のレオンの背中に生ける屍のように負ぶさったまま、虚ろな目でブツブツと呪詛を吐き続けていた。
先ほどの第九層での大爆発により、あたしたちが抱える借金の額は、もはや国家予算レベルの天文学的数字へと跳ね上がってしまったのだ。
「ガハハ! そう落ち込むなマール! 借金がいくら増えようが、要はこの暴走要塞をブッ壊して王都を救えば、国が特例でチャラにしてくれるかもしれんぞ! 希望を捨てるな!」
「アンタのその無根拠なポジティブさ、今のあたしには致死毒なのよ……。黙って歩いて……」
あたしたちは、爆発で吹き飛んだ天井の大穴をよじ登り、ついに目的の階層であった『第十層』へと足を踏み入れていた。
「ピキュ。現在地、第十層『上級士官用・居住及ビ交流区画』デス。ココカラ先ハ、要塞ノ中枢ニ直結スル高級エリアトナリマス」
レオンの頭の上で、すっかりツッコミ役が板についてしまったナビコが解説を入れる。
確かに、この階層は今まで通ってきた無骨な通路やゴミ捨て場とは全く違っていた。
床にはフカフカの真紅の絨毯が敷き詰められ、壁には優雅な装飾が施されている。天井には、魔力で淡く輝くシャンデリアのような照明まで吊るされていた。
漂ってくる空気も、カビや機械油の匂いではなく、どこか甘く芳醇な香水の匂いがする。
「……なんか、急に別世界に来たみたいね。本当に要塞の中なの、ここ」
あたしがレオンの背中から降りて周囲を見渡した、その時だった。
「あら……。こんなむさ苦しい場所に、珍しいお客様ね」
ふいに、前方から艶やかな声が響いた。
ハッとして魔銃に手を伸ばしたあたしの目に飛び込んできたのは――息を呑むほど美しい、一人の『女性』だった。
波打つようなブロンドの髪に、透き通るような白い肌。
そして、豊満な胸の谷間を惜しげもなく晒した、タイトでスリットの深い真紅のドレス。
彼女が一歩歩くたびに、甘い香水の香りがふわりと漂ってくる。
「……人間? いや、こんな何百年も前の要塞に人間が生きているわけ……」
「ピキュ。アレハ『対人・接待用高機能アンドロイド・タイプ・ヴィーナス』デス。要塞ノ幹部タチノ慰安、及ビ要人ノ接待ヲ目的トシテ造ラレタ、超高級機体デスネ」
「アンドロイド!? あれが機械だって言うの!?」
あたしは目を丸くした。
肌の質感といい、蠱惑的な微笑みといい、どこからどう見ても生身の絶世の美女だ。防衛ゴーレムや清掃ロボットと同じ鉄屑の仲間だとは、到底信じられない。
「ふふっ。驚かせてしまったかしら? 私はローズ。この階層の管理を任されているの」
美女――ローズは、蠱惑的な笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
そして、なぜかあたしを完全にスルーして、一直線にレオンの目の前で立ち止まった。
「まぁ……。なんて逞しい殿方。その鍛え上げられた胸板、それに、野性味あふれる鋭い瞳……。私の長い稼働時間の中でも、あなたほど魅力的な男性は初めてだわ」
ローズは熱っぽい吐息を漏らしながら、レオンの分厚い胸板に、そっと白い手を這わせた。
上目遣いで彼を見つめるその瞳は、完全に「恋する乙女」、あるいは獲物を狙う肉食獣のそれである。
「おお! 君はローズと言うのか! 機械だと聞いたが、まるで本物の人間みたいだな! いい匂いがするぞ!」
「ふふ……嬉しい。私の香りは、あなたのような強い男性を癒やすためにあるのよ。ねえ、こんな物騒な剣なんか置いて、私と二人で向こうのラウンジで休まない? あなたのその疲れた体、私が隅々まで……特別に、ほぐしてあげるわ」
ローズはレオンの腕に胸を押し当て、艶然と微笑む。
レオンはというと、鼻の下を伸ばすわけでもなく、「お? 肩揉みでもしてくれるのか? そいつは助かるな!」と、相変わらずの筋肉バカっぷりを発揮してニコニコしている。
「…………」
その光景を見ていたあたしの心の中に、何とも言えないドス黒い感情がフツフツと湧き上がってきた。
ピキピキッ。
こめかみに青筋が浮かぶ。
なんなの、この状況。
あたしたち、今、人類の存亡と借金地獄を賭けたデスゲームの真っ最中よね?
なんでこの緊張感ゼロの脳筋男は、敵のど真ん中で絶世の美女型ロボットにナンパされてんのよ。
「ピキュ。マール、心拍数ガ急上昇シテイマスネ。モシカシテ……嫉妬デスカ? クスッ。素直ジャナイデスネェ」
「誰が嫉妬よ!! あたしの方が百万倍魅力的で、上品で、華があるっつーの!!」
あたしはナビコに向かって全力で怒鳴り返した。
そうよ、嫉妬なんかじゃない。あたしはただ、この不条理な状況に腹が立っているだけだ。
なんでこの男は、動物だけでなく、ポンコツAIのナビコや、果ては色気全開の殺戮兵器にまでモテるのか。
あたしなんて、森のオークに求愛されて追い回されたくらいしかモテエピソードがないのに!
「ちょっとアンタたち! いちゃついてる暇があったら、さっさとコアへの道を――」
あたしが二人の間に割って入ろうとした、まさにその瞬間だった。
「ふふふ……。そう、無防備なその背中……。頂くわ!!」
レオンの腕に抱きついていたローズの表情が、甘い微笑みから、氷のような機械的な殺意へと豹変した。
ガシャァァァンッ!!
ローズの背中を覆っていたドレスが弾け飛び、そこから、人間にはあるはずのない『八本の巨大な金属製の蜘蛛の脚』が突き出した。
さらに、レオンの胸を撫でていた彼女の両腕が、鋭い高周波ブレードへと変形する。
『侵入者ニ対スル、致死プロトコルヲ実行。排除シマス』
甘い声は消え失せ、無慈悲な機械音声と共に、ローズの両腕のブレードが、完全に無防備なレオンの首筋に向かって、クロスするように振り下ろされた。
「なっ……!?」
さすがのレオンも、完全な密着状態からの超至近距離の不意打ちには反応が遅れた。
剣を抜く暇はない。
回避も間に合わない。
「レオンッ!!」
あたしは考えるよりも先に、体が動いていた。
このバカがここで死んだら。
このバカが死んでしまったら。
――莫大な借金を、あたしが一人で背負うことになるじゃないのォォォォォォォッ!!!
「絶対に借金押し付けて死ぬのは許さないわよォォォォォッ!!」
あたしは猛然と地を蹴り、両手の魔銃を抜いた。
右手の「カノン」に炎属性。
左手の「フリューゲル」に風属性のカートリッジを同時装填。
魔力充填率、200パーセント!
「消し飛びなさい、この泥棒猫ロボットォォォォォォッ!!」
ドッッッッッッッッッバァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
あたしが引き金を引いた瞬間、炎と風の魔法が銃口の先で融合し、巨大な『爆炎の竜巻』となってローズの真横から直撃した。
「ギ、ピィィィィィィィィッ!?」
ローズが悲鳴とも電子音ともつかない絶叫を上げ、レオンから引き剥がされる。
爆炎の竜巻は、彼女の美しい人工皮膚を一瞬で炭化させ、背中の蜘蛛の脚を飴細工のようにへし折りながら、そのまま第十層の分厚い壁に叩きつけて大爆発を起こした。
轟音。
そして、舞い散る火の粉と、高級なドレスの残骸。
「ふぅ……ふぅ……っ! あぶ、危なかった……!」
銃口から立ち上る硝煙を吹き飛ばし、あたしは荒い息を整えた。
間一髪。あと一秒遅ければ、レオンの首は飛んで、あたしは一生強制労働施設送りになるところだった。
「おお! 助かったぞマール! いやあ、まさかあの美人が機械の化け物だったとはな! すっかり油断していた!」
レオンが呑気に頭を掻きながら、あたしの方へ歩いてくる。
「アンタねぇ! 少しは疑うってことを覚えなさいよ! そもそも、あんな怪しげな女にホイホイついて行こうとするから……!」
あたしはガミガミと説教をしてやろうとして、ふと、壁にめり込んで黒焦げになったローズの残骸に目をやった。
「……ピキュ。警告。マール、ローズノ残骸ヲ見テ、何カ良カラヌコトヲ考エテイマセンカ?」
ナビコがジト目で――アンテナの角度的にそう見えるだけだが――あたしを見てくる。
「……ねえ、ナビコ。さっき、あれは『超高級機体』だって言ったわよね」
「ハ、ハイ。言イマシタガ」
あたしはギリッと奥歯を噛み締めた。
超高級機体。
それはつまり、あのアンドロイドに使われていた人工皮膚や、魔力駆動炉、さらにはあの派手なドレスまで、全部ひっくるめてとんでもない価値があったということではないのか?
「もし……もし、あのロボットを壊さずに、上手く捕獲して解体してパーツを売り捌いていたら……あたしたちの借金、少しはマシになったんじゃないの……?」
「ピキュ。……計算中。タイプ・ヴィーナスノ完全無傷状態デノ市場価値ハ、推定デ古代金貨十万枚相当デス。タダシ、現在ノ炭化シタスクラップ状態デハ、鉄屑屋ニ持ッテ行ッテモ金貨一枚ニモナリマセンネ」
「…………」
あたしは、自分の両手にある魔銃を見つめた。
レオンを救うためとはいえ、あたしはたった今、金貨十万枚相当の超高級お宝ロボットを、自分の手でただの燃えないゴミに変えてしまったのだ。
「あ、あああ……あああああああっ!!」
あたしは膝から崩れ落ち、床のふかふかの絨毯をバンバンと叩いた。
「どうして! どうしてあたしはいつもこうなのよ! ちょっと手加減して関節だけ撃ち抜けば良かったのに! どうしてフルバーストで消し炭にしちゃったのよォォォォッ!!」
「マール? どうした、俺が怪我をしそうになったから、そんなに心配して泣いてくれているのか? いい相棒を持って俺は幸せ者だ!」
「違うわよこの脳筋バカァァァァッ! アンタの命より金貨十万枚の方が惜しかったのよォォォォッ!!」
レオンの勘違い発言に、あたしの怒りと悲しみのボルテージは最高潮に達した。
「もう許さない……! この要塞も、借金も、全部ぶっ壊してやる! レオン! 次の階層に行くわよ! 邪魔する奴は、人間だろうがロボットだろうが、少しも残らずスクラップにしてやるんだからぁぁぁぁッ!!」
「その意気だマール! 行くぞ!」
『ピキュ。……コノ二人、本当ニ世界ヲ救ウ気アルンデスカネ? 完全にただの強盗デスヤン……』
ナビコの的確すぎるツッコミが虚しく響く。
恋の予感など微塵もなかった第十層を後にし、血走った目をしたあたしたちは、さらなるカオスが待ち受ける要塞の上層部へと怒りの進軍を再開した。
もう、誰にも止められそうになかった。
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