第7話:レオンの方向音痴、ついに三次元を凌駕する
「目標! 第十層・上級士官用レストラン! 待ち受ける敵はすべて排除し、絶対に美味しいディナーにありつくわよ!」
「オォォォォォッ!!」
地下廃棄物処理エリアのド真ん中。
先ほどの激マズ・ピンク色スライム 、ストロベリー風味のショックから完全に立ち直った……というか、空腹と怒りで何かのタガが外れたあたしは、右手に魔銃「カノン」を掲げて高らかに宣言した。
相棒のレオンも、なぜか一緒になって大剣を掲げて雄叫びを上げている。
「ピキュ。現在地ヨリ第十層マデノ最短ルートヲ算出……完了シマシタ。コレヨリ、ナビゲートヲ再開シマス」
レオンの頭の上で、ナビコがピコピコとアンテナを光らせて立体ホログラムの地図を展開した。
「コノ先ノ廃棄物搬入用ゲートヲ抜ケ、中央昇降シャフトノ予備階段ヲ使用シマス。タダシ、道中ニハ複数ノ防衛トラップガ――」
「待て、ナビコ」
ナビコの音声を遮り、レオンがスッと右手を上げた。
彼は目を閉じ、まるで熟練の狩人のように空中の匂いを嗅ぐ仕草をした。
「……風が、呼んでいる」
「は?」
あたしは素っ頓狂な声を上げた。
「中央シャフトは空気が澱んでいる。だが、あっちの通路からは、上層部の……そう、レストランの厨房から漂うような、微かな香ばしい匂いがするぞ! 俺の野生の勘が、あっちが正解だと言っている!」
レオンが自信満々に指差したのは、ナビコが示したルートとは真逆。
薄暗く、壁の魔法陣が不気味な紫色に明滅している、いかにも『入ったらヤバいですよ』オーラ全開の通路だった。
「アンタの野生の勘ほど信用できないものはないわよ! だいたい、地下十二階まで厨房の匂いが届くわけないでしょ! 絶対に罠よ! ナビコもそう思うわよね!?」
「ピキュ。警告。該当ノ通路ハ『第四区画・空間防衛実験場』デス。未承認ノ侵入者ニ対シテハ、重篤ナ空間認識異常ヲ引キ起コス――」
「ほら見なさい! 危険だって言ってるじゃない!」
「案ずるなマール! 罠があるということは、その先に重要な施設があるということだ! つまりレストランだ! 行くぞ!」
「ちょっと! 人の話と機械の警告を最後まで聞きなさぁぁぁぁぁぁいっ!!」
あたしの制止も虚しく、レオンは恐るべき脚力で紫色の通路へと突撃してしまった。
置いていかれるわけにもいかず、あたしは泣く泣くその後を追うハメになった。
通路を抜けた先にあったのは、巨大ならせん階段だった。
見上げれば、首が痛くなるほどの高さを誇る塔のような空間。壁沿いにぐるぐると上へ向かって伸びる石造りの階段は、一段一段がかなり急で、体力のない魔術師――あたし含む――には嫌がらせとしか思えない構造だ。
「ガハハ! 素晴らしい階段じゃないか! ちょうど下半身の鍛練をしたかったところだ! 一気に駆け上がるぞ!」
レオンは全くスピードを緩めることなく、大股で階段を一段飛ばし、二段飛ばしで跳び上がっていく。
その後ろを、あたしはゼェゼェと息を切らしながら必死に追いかけた。
「はぁっ……はぁっ……! ちょっと、レオン……ペース、落としなさいよ……! あたしは、アンタみたいな無尽蔵の体力お化けじゃ……ないのよ……!」
どれくらい登っただろうか。
ゆうに数百段は超え、足の筋肉が悲鳴を上げ始めた頃。ふと、あたしは違和感に気づいた。
「ねえ……ナビコ。あたしたち、今、何階くらいまで登ったの?」
階段の構造からして、最低でも三階分は登ったはずだ。
しかし、レオンの頭の上で揺れているナビコは、アンテナを激しく点滅させながら、信じられないことを口にした。
『ピキュ。現在地、地下第十五層デス』
「……はい?」
あたしは思わず足を止めた。
地下第十五層?
あたしたちがさっきまでいた廃棄物処理エリアは、地下第十二層だ。
「な、ナビコ。アンタ、機械のくせに計算間違ってない? あたしたち、ずっと『上』に向かって階段を登り続けてるのよ? なんで階層が『下』に行ってるのよ」
『エラー。高度計ハ正常ニ作動シテイマス。現在モ、秒速二メートルノ速度デ下降中デス』
「下降中って……!」
あたしは階段の手すりから身を乗り出し、下を覗き込んだ。
そこには、果てしなく続くらせん階段の底が見える。
そして、上を見上げる。
そこにも、果てしなく続くらせん階段の頂上が見える。
――いや、違う。
よく見ると、上の階段の裏側……つまり『天井』に相当する部分にも、逆さまになった階段が存在し、さらにそこを歩いている『防衛ゴーレム』たちの姿が見えるではないか。
「えっ? は? 天井に、階段?」
あたしの脳ミソが、必死に状況を理解しようと処理速度を上げる。
「マール! どうした、立ち止まって! ほら、早く下へ……いや、上へ行こうぜ!」
数段先を歩いていたレオンが振り返る。
彼が振り返った瞬間、あたしの視界は完全にバグを起こした。
レオンの体が、徐々に斜めに傾いていく。
いや、彼自身は真っ直ぐ立っているつもりなのだろう。だが、あたしの視点から見ると、レオンは地面に対して真横に、いや、壁に対して垂直に立っているように見えるのだ。
「レ、レオン……アンタ、今、どこ立ってんの……?」
「どこって、階段だぞ? マールこそ、なんでそんな横の壁にへばりついているんだ?」
レオンが不思議そうに首を傾げる。
あたしは慌てて自分の足元を見た。
確かにあたしは階段のステップを踏みしめている。だが、周囲の景色との遠近感が完全に狂っているのだ。
「……空間が、歪んでる」
あたしは震える声で呟いた。
右だと思えば左になり、上だと思えば下になる。エッシャーのだまし絵の中に迷い込んだかのような、圧倒的な三次元の崩壊。
『ピキュ。警告。当エリアハ、古代ノ空間歪曲魔法ニヨリ、重力ト空間座標ガメビウスノ輪ノヨウニ連結サレテイマス。視覚情報ニ頼ル進行ハ、永遠ニ同ジ場所ヲループスル危険ガアリマス』
「だからさっき警告したじゃないのォォォォォォッ!!」
あたしは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
レオンの方向音痴がひどいことは知っていた。平らな道で迷子になるのも、森で同じ場所を三日三晩ぐるぐる回るのも経験済みだ。
だが、まさか『空間の概念そのものを歪めるトラップ』にまで、持ち前の方向音痴センサーで直行するとは思わなかった!
「なるほど! つまり、上に登っているつもりが下に降りていて、右に行けば左に着くということだな!」
レオンがポンッと手を打つ。
「分かったぞマール! この手の罠は、逆の逆を突けばいいんだ! つまり、下に向かって全力で走れば、結果的に上、つまりレストランに辿り着くという寸法だ!」
「アンタのその脳筋ロジック、この狂った空間で通用すると思うの!? だいたい、下に向かって走ったら本当に一番下まで落ちるかもしれないじゃない!」
「案ずるな! 俺の方向音痴……いや、直感を信じろ!」
レオンは全く悪びれることなく、今度は階段を猛スピードで『駆け下り』始めた。
「あっ、こら! 待ちなさいってば!」
慌てて追いかけようとしたあたしだったが、一歩踏み出した瞬間、強烈な目眩に襲われた。
階段を降りているはずなのに、足には強烈な『登り』の負荷がかかる。前を見ているはずなのに、視界の端には自分自身の背中が見える。
空間の矛盾が、あたしの三半規管を着実に破壊していく。
「おえぇぇぇっ……! 気持ち悪っ! レオン、ストップ! 吐く! あたしマジで吐く!」
「どうしたマール! だらしがないぞ、もうバテたのか!」
真横の壁を歩きながら、そう見えるだけかもしれないけれど、とにかくレオンが爽やかな笑顔を向けてくる。
「アンタのその三半規管、どうなってんのよ……っ! この狂った空間で、なんで普通に走れるのよ……!」
「俺は常に『前』しか見ていないからな! 空間が歪もうが、俺の信じた道が常に『前』だ!」
「その『前』が間違ってるから永遠に迷子になるんでしょうがぁぁぁぁッ!!」
あたしの渾身のツッコミが、無限ループの階段に空しくこだまする。
『ピキュ。警告。侵入者ノ滞留ヲ検知。防衛システム、排除モードニ移行シマス』
最悪なことに、ナビコの警告と共に、空間のあちこちから歪んだ音を立てて防衛ゴーレムたちが湧き出してきた。
しかも、こいつらも空間の歪みに適応しているのか、天井から逆さまに落ちてきたり、壁から真横に突進してきたりと、重力を完全に無視した三次元殺法を仕掛けてくる。
「ガハハ! 面白い! どこからでもかかってこい!」
レオンが嬉々として大剣を振り回す。
彼の剣閃がゴーレムを両断するが、真っ二つになったゴーレムの残骸は、下に落ちるのではなく、上に向かって『落下』していき、そのまま天井に激突して粉砕された。
「もう嫌だ! なんなのこの空間! 物理法則仕事しなさいよ!」
あたしも半狂乱になりながら、左右の魔銃の引き金を乱れ撃ちにした。
放たれた炎弾や風の刃が、空間の歪みに沿ってグニャリと曲がり、思いもよらない方向からゴーレムに着弾する。
「マール! お前の射撃、今日はやけにトリッキーだな! 素晴らしい曲撃ちだ!」
「狙ってやってるんじゃないわよ! まっすぐ撃っても勝手に曲がるのよ! あああもう、どっちが上でどっちが下か全然わかんない!!」
あたしはパニックに陥り、ついにその場で地団駄を踏んだ。
お腹は空いているし、服は臭いし、目は回るし、頭はおかしくなりそうだし。
「こんなふざけた迷路、真面目に付き合ってられるかぁぁぁぁぁぁっ!!」
ブチッ。
あたしの中で、理性の糸が完全に切断された。
「レオン! そこをどきなさい!!」
「む? どうしたマール。何かいいアイデアでも――」
あたしはホルスターにカノンとフリューゲルを収めると、代わりに腰のポーチから、一番大きくて禍々しい光を放つカートリッジを取り出した。
先ほどイージスゲートを吹き飛ばしたのと同じ、『対城壁用・超高圧縮指向性魔力爆砕弾』。
残り少ない、最後の虎の子。
「空間が歪んでるなら……その歪んでる空間ごと、物理的にぶっ壊せばいいのよぉぉぉぉぉぉッ!!」
あたしはそれをカノンに装填し、天井――いや、歪んだ空間の中心と思しき、一番視界がグチャグチャになっている虚空に向かって銃口を向けた。
「おい待てマール! そんなものをこの閉鎖空間で撃ったら――!」
「消し飛びなさい、古代の三次元ッ!! ――『極大・魔力爆砕グランド・バースト』!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
引き金を引いた瞬間。
青白い破壊の光の奔流が、らせん階段の中心を一直線に撃ち抜いた。
パラドックスを抱えた空間そのものに、圧倒的なエネルギーという名の『暴力』が叩き込まれる。
直後、パリィィィィィンッ! という、巨大なガラスが砕け散るような音が空間全体に響き渡った。
「うわあああああああっ!?」
「おおおおおおおっ!?」
空間を歪めていた魔力場が崩壊し、偽りの重力と座標が本来の姿を取り戻す。
そして、爆発の余波で盛大に吹き飛んだ「天井」の巨大な大穴に向かって、あたしたちの体は逆巻く爆風に巻き込まれながら、文字通り『上』へと勢いよく吸い込まれていった。
「スマートな潜入! これぞアベニール流の最短ルートよぉぉぉぉぉ!!」
「ガハハハハ! 本当に空を飛んでいる気分だぞマール!!」
『ピキュゥゥゥゥゥ! 空間座標、修復不能! 深刻ナ、エラー発生エェェェ!』
爆炎と土煙、そしてナビコの悲鳴が渦巻く中。
あたしたちは、空間の歪みという難解なパズルを「物理的な爆破」という最低最悪の手段で突破し、要塞のさらに未知なる階層へとカチコミをかけていった。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
ブクマ・評価・リアクションを押して頂けると嬉しいです!(◍•ᴗ•◍)




