第6話:ようこそ地下廃棄場! まずは腹ごしらえから?
「――くっさ! なにこれ、本当に信じられないくらい臭いんだけど!!」
王都へ向けて絶賛大暴走中の古代魔動要塞、その最下層。見渡す限りのゴミとガラクタが地平線まで続く『地下廃棄物処理エリア』にて、あたし、マール=アベニールの悲痛な叫び声が響き渡った。
「ピキュ。現在ノ周辺環境、悪臭レベル・極大デス。長時間ノ滞在ハ、精神ニ重大ナ悪影響ヲ及ボス危険性ガアリマス」
レオンの頭の上にしがみついたナビコが、ピコピコとアンテナを明滅させながら無機質な事実を告げる。
「言われなくても分かってるわよ! あたしの繊細な鼻が今まさにひん曲がりそうなんだから!」
あたしは自分の服の裾を摘み、涙目でそれを見下ろした。
先ほど、嫌味なインテリ眼鏡・スナイダーの罠によってダストシュートから真っ逆さまに落とされ、クッション代わりになった謎のヘドロ状堆積物。その強烈なにおいが、すっかり服の繊維の奥深くまで染み付いてしまっているのだ。
女の子として、いや、人間としての尊厳が音を立てて崩れ去っていくのを感じる。
「そうか? 森の奥深くにある泥沼のにおいに似ていて、俺は嫌いじゃないがな。なんだか故郷の山を思い出して落ち着くぞ」
「アンタの故郷はどうなってんのよ! っていうか、頭の上に古代のバナナの皮みたいなの乗っけたまま爽やかな笑顔を向けないでちょうだい!」
一切のダメージを受けていないどころか、少しリラックスさえしている脳筋相棒に怒鳴り散らした、その時だった。
ギュルルルルルルルゥゥゥゥゥゥン……ッ。
ゴミ山の静寂を打ち破り、まるで地を這うドラゴンの咆哮のような、低く、そしてとてつもなく情けない音が響き渡った。
「……む? 今のは新手の防衛ゴーレムの駆動音か?」
レオンがスッと背中の大剣に手を伸ばす。
「ち、違うわよ! 今のは……その」
あたしは顔を真っ赤にして、自分のお腹を押さえた。
「あたしのお腹の音よ! 考えてみたら、ギルドで串焼きを一口食べたきり、何も食べてないじゃないの!」
借金のショック、要塞への突入、ゴーレムとの大乱闘、そしてダストシュートからのフリーフォール。怒涛の展開すぎて完全に忘れていたが、あたしの胃袋はとうの昔に限界を迎え、ストライキを起こしていたのだ。
「おお、そうだったな。戦の基本は腹ごしらえだ。マールよ、何か美味い携帯食料は持っていないのか?」
「借金まみれのあたしが、そんな気の利いたもの持ってるわけないでしょ! 最後の一個だった干し肉は、昨日の夜にアンタが勝手につまみ食いしたじゃない!」
「ガハハ! そういえばそうだったな! あれは硬くて顎の鍛練にちょうど良かったぞ!」
「笑い事じゃないわよ! ああもう、お腹が空きすぎて魔力も練れない……。このままじゃ、敵に倒される前に餓死しちゃう……」
あたしがゴミ山の上にへたり込んだ、その時。
「ピキュ! 検索完了シマシタ。現在地ヨリ三百メートル先ニ、古代ノ作業員用『第三休息区画』ガ存在シマス。内部ニハ、稼働可能ナ『食品生成機』ガ確認サレマシタ」
「……食品生成機!?」
あたしの耳がピクリと動いた。
失われた古代魔法文明の、食品生成機。それはつまり、材料をセットすれば自動で美味しい料理が出てくるという、夢のような魔法具のことではないか!
「やった! さすがは高度に発展した古代文明! 労働者の福利厚生もしっかりしてるじゃないの! レオン、行くわよ!」
「お、おいマール、さっきまでの疲労困憊はどこへ……」
「空きっ腹の執念を舐めないで! 今なら防衛ゴーレム百体でも素手で解体してやるわ!」
あたしは弾かれたように立ち上がり、ナビコの案内する方向へと猛ダッシュを開始した。
到着した『第三休息区画』は、ゴミ山の中にあるドーム状の小さな施設だった。
内部は意外なほど綺麗に保たれており、中央には銀色に輝く、いかにも高度なテクノロジーの結晶といった風体の巨大な箱型の機械が鎮座していた。
「コノ装置ガ、食品生成機デス。生体魔力ヲ注ニュウシテ起動シマス」
ナビコの説明を聞くや否や、あたしは機械のパネルに両手を叩きつけ、ありったけの魔力を流し込んだ。
「出てきなさい! 古代の超高級グルメ! きっと、金色の脂が滴る幻の古代牛のローストとか、口に入れた瞬間に溶ける天上界のスイーツとかが出てくるに決まってるわ! これで少しは、この最悪な気分の元も取れるってものよ!」
あたしの期待とヨダレが最高潮に達した瞬間。
『ピーンポーンパーンポーン♪ ――オ疲レ様デス。本番ノ労働ノ前ニ、適切ナ栄養補給ヲ行イマショウ』
機械から、やけに明るく、そして澄んだ女性の合成音声が流れた。
同時に、機械の正面にあったガラス張りのケースが、プシュゥゥゥという心地よい排気音と共にゆっくりと開いていく。
「さあ! 来い! あたしのディナー!!」
あたしは目を輝かせて、ケースの中を覗き込んだ。
ズルゥゥゥン……ベチャッ。
「……え?」
銀色のトレイの上に乗っていたのは。
ローストビーフでも、ケーキでもなかった。
それは、なんというか……見事なまでに蛍光ピンク色に発光する、半透明の四角い『スライム状の何か』だった。
しかも、よく見ると表面がドクドクと脈打っており、微かに「ぷきゅ、ぷきゅ」という不気味な音まで立てている。
「ピキュ。生成完了。『完全栄養食・タイプG(ストロベリー風味・疲労回復成分配合)』デス」
「ス、ストロベリー風味……?」
あたしは震える手で、備え付けられていた金属製のスプーンを取り、そのピンク色のプルプルした物体を少しだけすくい取った。
においは……ない。無臭だ。
しかし、その強烈な蛍光色と、スプーンの上で生き物のようにうねる挙動が、あたしの本能に『これ以上は危険だ』と激しく警鐘を鳴らしている。
だが、背に腹は代えられない。あたしは空腹のあまり、思考力が著しく低下していた。
「い、いただきます……」
意を決して、そのピンク色のスライムを口に放り込む。
「…………っ!!」
瞬間。
あたしの脳裏に、この世の終わりのビジョンがフラッシュバックした。
甘い。確かにストロベリーのような甘さはある。
だが、その背後に潜む、泥水と腐った雑草をミキサーにかけ、そこに鉄くずを三日三晩漬け込んだような、絶望的なケミカル風味が味覚を蹂躙したのだ。
さらに、喉元を通り過ぎる時の「ぬるんっ」とした、まるで生きたナメクジを飲み込んだかのような最悪の喉越し。
「……あ、ああ……」
あたしは白目を剥き、そのまま糸が切れた操り人形のように、床にパタリと倒れ伏した。
「おい、マール! どうした! 毒でも入っていたか!?」
レオンが慌てて駆け寄ってくる。
「……マズい。マズいとか、そういう次元じゃない……。これは、食べ物への冒涜よ……。古代人、どんだけ味覚死んでるのよ……」
あたしはエクトプラズムを口から吐き出しながら、ピクピクと痙攣した。
「なんだ、マズいだけか。どれ、俺も腹が減っているんだ、一口もらおう」
レオンはあたしが落としたスプーンを拾い上げ、トレイに乗っていたピンク色のスライムの塊を、躊躇いもなくバクッと大口で飲み込んだ。
「や、やめなさいレオン! アンタの命が……!」
「モグモグ……んぐ。……む?」
レオンは何度か咀嚼した後、首を傾げた。
「そうか? 少し塩気が足りない気がするが、そこまで不味いとは思わんぞ。それに、胃袋に入った途端、体の奥から力が湧いてくるのを感じる。筋肉の修復には最高の食事だ!」
「アンタの味覚と胃袋はどういう構造してんのよォォォォッ!!」
あたしは最後の力を振り絞ってツッコミを入れ、再び床に突っ伏した。
「ピキュ。タイプGハ、味覚ヨリモ効率ト栄養価ヲ最優先シタ、最下層労働者専用ノ配給食デス。美味シイ食事ヲ御希望ノ場合ハ、第十層以上ノ『上級士官用レストラン』ヲ御利用クダサイ」
ナビコが容赦のない事実を突きつけてくる。
「……第十層。上級士官用、レストラン」
あたしは床に這いつくばったまま、ギリッと奥歯を噛み締めた。
頭の中に、あの黒服のインテリ眼鏡・スナイダーの腹立たしい笑みが浮かび上がる。
あいつは今頃、安全な上層部のレストランで、ふかふかの椅子に座って古代の超高級フルコースを堪能しているに違いない。
「……許さない」
あたしはゾンビのようにフラフラと立ち上がり、両手の魔銃を握りしめた。
「絶対に許さないわよ、スナイダー! 国家の危機とか、借金返済とか、もうどうでもいい! あたしをこんな臭いゴミ山に落として、こんなゲテモノを食わせた罪……万死に値するわ!!」
怒りの炎と空腹への執念で魔力が限界突破し、あたしの全身から青白いオーラが立ち昇る。
「よし、その意気だマール! さっそくこのゴミの山を切り抜けて、上へ向かおうぜ!」
レオンが豪快に笑いながら、大剣を肩に担いだ。
こうして、あたしたちの要塞攻略戦は、いつの間にか上層部レストランへのカチコミ作戦へと目的を変えた。
待ってなさいよ、スナイダー。
あたしの怒りと空腹は、もう誰にも止められない。
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