第3話:突撃! 鋼鉄の巨人。そして舞い散る弾薬費
「――ちょっと待ちなさい、レオン。アンタ、今ものすごく自然な足取りで右の獣道に入ろうとしたわよね?」
「む? ああ、なんとなくこっちから風の匂いがしたものでな」
「風の匂いじゃなくて、それは単にアンタの野生の勘が『こっちに行けば強い魔物がいる』って告げてるだけでしょ! 王都へ向かってる巨大要塞の進行ルートは、どう考えてもこの真っ直ぐな街道沿いよ! 頼むから大人しくあたしの後ろを歩きなさい!」
王都を出発して半日。あたし、マール=アベニールは、相棒のレオンの首根っこを掴んで強引に街道の真ん中へと引き戻した。
全く、この男と来たら、剣の腕は超一流のくせに方向感覚というものが絶望的に欠如している。放っておくと、平らな道でも迷子になって隣の国まで歩いていきかねない。
しかも、なぜか森の動物たち(熊や猪などの猛獣含む)に異常に懐かれる体質のため、彼が道を外れるたびに「森の愉快な仲間たち」を引き連れて戻ってくるのだ。さっきなんて、ツノウサギの群れに頭の上を占拠されて、どこぞのメルヘンな精霊使いみたいになっていた。
「しかしマールよ。あのギルドマスターが言っていた『古代魔動要塞』とやらだが……本当にこの道で合っているのか? 先ほどから、それらしい影は全く見えんぞ」
レオンが背中の大剣を揺らしながら、のんきな声で尋ねてくる。
「アンタねえ、そんな山みたいにデカいものが、ホイホイと……」
言いかけて、あたしは言葉を失った。
街道を覆っていた深い森の木々が途切れ、視界が一気に開けたその先の平野部。
遠くの地平線が、もやもやと土煙を上げて『動いて』いたのだ。
ズシン。ズシン。
規則的な、しかし大地そのものを揺るがすような重低音が、風に乗って微かに腹の底に響いてくる。
「……あれ、嘘でしょ」
あたしは思わず、腰のホルスターから愛用の魔銃を引き抜くのも忘れて、ポカンと口を開けてしまった。
地平線の彼方から姿を現したのは、文字通りの『動く山』だった。
鈍く光る鋼鉄と、苔むした古代の石材で構成された巨大な構造物。無数の砲門や塔のような突起が表面にびっしりと生え揃い、その中心部には、まるで心臓のようにドクドクと不気味な赤い光を脈打たせるコアの輝きが見える。
底部にある巨大なキャタピラのような機構が、大地を無残に削り取り、木々をなぎ倒しながら、ゆっくりと、確実に王都の方向へと向かって進んできている。
「おお。あれがターゲットか。確かにデカいな。俺の大剣でも、一刀両断とはいかないかもしれん」
「一刀両断しようとしないでよ! っていうか、デカいとかそういう次元じゃないわよ! あんなの、歴史の教科書の挿絵でしか見たことないわよ! なんであんな規格外の古代兵器が、今の時代に突然起動してんのよ!」
あたしは頭を抱えた。
ギルドマスターの親父の顔が脳裏をよぎる。『払えなきゃ、お前ら二人揃って地下牢で数十年は強制労働だな!』
……あの親父、絶対に最初からあたしたちを生きて帰すつもりないわね。あんなの、軍隊どころかドラゴンが束になってかかっても勝てるかどうかわからないじゃない!
「マール、感心している場合ではないぞ。どうやら、向こうもこちらに気づいたらしい」
レオンの鋭い声にハッと我に返る。
見れば、巨大要塞の表面にある無数のハッチのようなものが、一斉にガコンッと音を立てて開いた。
直後、そこから黒い粒のようなものが、ポロポロと、いや、ワラワラと湧き出してきた。
それは、要塞本体と同じように鈍い金属の装甲に覆われ、赤い単眼を不気味に光らせた二足歩行の『防衛ゴーレム』の群れだった。
一体の大きさは、人間よりふたまわりほど大きい。それが、ざっと見ただけでも数百……いや、千体近く、うねる波のようにこちらへ向かって突撃してくる。
「うっわ……気持ち悪っ! アリの巣をつついたみたいじゃない!」
「ガハハ! 歓迎されているようだな! よし、まずは俺が挨拶してこよう!」
「ちょっ、レオン! 後先考えずに突っ込むなってさっきから……あーもうっ!!」
あたしの制止も聞かず、レオンは嬉々として駆け出していた。彼の背中から抜かれた身の丈ほどもある大剣が、陽光を反射してギラリと輝く。
「シィィィッ!!」
ゴーレムの群れの先頭に激突する瞬間、レオンの口から鋭い呼気が漏れた。
ドガァァァァァァンッ!!!
凄まじい轟音。
魔法による爆発ではない。純粋な『物理攻撃』による破砕音だ。
レオンが横凪ぎに一閃した大剣が、先頭を走っていた分厚い鋼鉄のゴーレム三体を、まとめて胴体から真っ二つに引き裂いたのだ。
重さ数トンはあるであろうゴーレムの上半身が、宙を舞って後続の群れに叩きつけられ、ドミノ倒しのように次々と敵を押し潰していく。
「遅い、遅いぞ! 古代のガラクタども! お前たちの動きは単調すぎる!」
レオンは止まらない。
その巨剣からは想像もつかないほどのスピードと身のこなしで、敵の群れの中を踊るように駆け抜けていく。
振り下ろせば大地ごとゴーレムを両断し、斬り上げれば鋼鉄の塊が空高く舞い上がる。大剣が空を切る風圧だけで、周囲のゴーレムたちが吹き飛ばされていく。
「とりあえず斬れば解決する」
それが彼の信条だが、悲しいかな、その言葉を裏付けるだけのバカげた実力が彼にはあった。
ガキンッ! ギガァァンッ!
「……はぁ。全く、あいつは本当に人間なのかしら」
ため息をつきながら、あたしは両手に構えた二丁の魔銃――銀色の「カノン」と、漆黒の「フリューゲル」の撃鉄を起こした。
レオンの無双ぶりは頼もしいが、さすがに数が多すぎる。彼が斬り漏らした数体のゴーレムが、レオンを迂回して、後方にいるあたしの方へと赤い単眼を向けて突進してきた。
「ターゲット確認、排除シマス」
機械的な低い音声が響き、ゴーレムの腕が変形して鋭いブレードが伸びる。
「排除されるのはアンタたちよ、この鉄クズども」
あたしは静かに息を吐き、魔力回路を全開にする。
空気中のマナが、あたしの体を通って二丁の魔銃へと流れ込み、特殊な魔法陣が刻まれたカートリッジに充填されていく。
「フリューゲル、風属性ウインドカートリッジ、装填。――『風刃、エア・カッター』!」
左手の漆黒の魔銃、フリューゲルの引き金を連続で引く。
銃口から放たれたのは、圧縮された空気の刃だ。目にも留まらぬ速さで放たれた数発の風の刃が、迫り来る三体のゴーレムの関節部分――装甲の隙間を的確に撃ち抜き、その脚部をスッパリと切断した。
ガシャアァァンッ!
バランスを崩したゴーレムたちが、盛大な音を立てて地面に倒れ込む。
「カノン、火属性フレイムカートリッジ、装填。魔力充填率、限界突破、オーバードライブ!」
倒れ込んだ敵が再び立ち上がる前に、あたしは右手の銀色の魔銃、カノンを構えた。
銃身に赤い幾何学模様が浮かび上がり、周囲の温度が一気に跳ね上がる。
「まとめて消し飛びなさい! ――『爆炎弾、フレア・バースト』!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
引き金を引いた瞬間、カノンの銃口から放たれたのは、単なる炎の弾ではない。着弾と同時に周囲のマナを巻き込んで連鎖爆発を起こす、特大の火球だ。
倒れていたゴーレムたちを中心に、凄まじい爆炎が巻き起こり、鋼鉄の装甲を瞬く間にドロドロに溶かし去っていく。
「ふう……。とりあえず、あたしの周りは片付いたわね」
銃口から立ち上る硝煙をフッと吹き消し、あたしは前髪をかき上げた。
我ながら完璧な射撃。美しさと強さを兼ね備えた天才魔術銃士の名に恥じない戦いぶりだわ。
……と、自画自賛した直後。
「ああっ! 待って! 今の『爆炎弾』のカートリッジ、一発で金貨3枚もする高価な特注品じゃないの!!」
あたしは自分の撃った弾の値段を思い出し、その場に崩れ落ちた。
そうだ、あたしたちは今、莫大な借金を抱えた超貧乏なのだ。こんなザコ相手に高級な弾薬を使っていては、要塞のコアにたどり着く前にあたしの財布のコアが崩壊してしまう。
「おいマール! 何を座り込んでいる! こいつら、倒しても倒しても要塞の中から無限に湧いてくるぞ!」
前方で大剣を振り回しているレオンが、ポンコツの山の上に立ちながら叫んだ。彼の言う通り、要塞のハッチからは、まるで工場で大量生産されるように、次から次へと新しいゴーレムが吐き出され続けている。
「……ッ! だから言ってるでしょ! 相手は要塞なの! 防衛システムを外でいくら壊してもキリがないわ!」
あたしは慌てて立ち上がり、レオンの元へと駆け寄った。
「突破口を開きなさいレオン! このままじゃジリ貧よ! 要塞の本体に取り付いて、内部に侵入するわ!」
「なるほど、中に入って内側から叩き斬るということだな! わかった! ――オォォォォォォッ!!」
レオンが大剣を上段に構え、渾身の力を込めて振り下ろす。
強烈な剣圧が、まるで竜巻のように前方のゴーレムの群れを薙ぎ払い、要塞の巨大な装甲壁に至るまでの一直線の「道」を一瞬にして作り出した。
「今だ、マール! 走れ!」
「言われなくても!!」
あたしたちは、左右から迫り来るゴーレムの群れをすり抜け、全速力で要塞の本体へと突撃した。
見上げるほどに巨大な鋼鉄の壁が、圧倒的な質量を持って目の前に迫ってくる。
壁面には、ゴーレムたちが吐き出されていたハッチとは別の、いかにも『正規の入り口』らしき巨大な金属製の扉があった。
しかし、その表面には複雑な古代文字がびっしりと刻まれ、強固な魔法障壁の光が幾重にも張り巡らされている。
「チッ、面倒なロックがかかってるわね。レオン、斬れる!?」
「試してみよう! ――ぬぅぅぅんッ!」
レオンの全力の一撃が巨大な扉に叩きつけられる。
激しい火花が散り、強烈な衝撃波が周囲を吹き飛ばすが――。
キィィン……ッ。
「なに!?」
レオンが驚愕の声を上げた。彼の大剣の斬撃は、扉の表面を覆う不可視の障壁に弾かれ、傷一つ付けることができなかったのだ。
「ダメだ、物理攻撃を完全にシャットアウトする結界が張られている! 俺の剣では斬れん!」
「物理攻撃無効の結界……。さすがは古代の叡智ってわけね」
あたしは舌打ちをして、扉の前に立った。
背後からは、再び隊列を整えたゴーレムの群れが、不気味な足音を立てて迫ってきている。猶予はない。
「マール、どうする!? このままでは挟み撃ちだぞ!」
「焦らないで。アンタの『ただの物理攻撃』がダメなだけでしょ」
あたしはニヤリと笑い、二丁の魔銃をホルスターに収めると、代わりに腰のポーチから、ひと際大きく、そして禍々しい赤黒い光を放つ特殊なカートリッジを取り出した。
それは、かつてあたしが全財産を注ぎ込んで裏ルートで手に入れた、違法スレスレの代物。
対城壁用の、超高圧縮・指向性魔力爆砕弾。
お値段なんと、金貨50枚。
「……ああ、さようならあたしの夕飯。さようならあたしの明るい未来」
血の涙を流しながら、あたしはそれを「カノン」のシリンダーに装填した。
「レオン! 後ろのザコどもを数秒だけ足止めして! その間に、このふざけた古代の扉ごと、物理と魔法のハイブリッドでこじ開けてやるわ!!」
魔力充填率、150パーセント。
銃口から、先ほどの森を吹き飛ばした時と同じ、いやそれ以上の青白い光が漏れ出し、周囲の空気がビリビリと震え始めた。
「天才魔術銃士の最高にスマートな『鍵開け』、見せてあげるわ!!」
迫り来るゴーレムの群れと、鉄壁の魔法障壁。
そして、借金返済という最大のプレッシャーを背負い、あたしたちの要塞内部への無謀な突入作戦が、今はじまる。
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