第27話:ナビコの決意と、託された希望
「ピキュ。……当機ハ古代ノサポートAI。マスターキー、デス。私ニ、一ツダケ『アイデア』ガアリマス」
王都への到達、そしてメルトダウンによる大爆発まで、残り十五分。
山のような古代魔動要塞は、すでに人型の巨大兵器へと変形を終え、王都の目前にまで迫っていた。
床だったものは壁になり、壁だったものは天井になり、コアルームの内部はひしゃげた金属と露出した配線、そして暴走するマナの光で満たされている。
その絶望のどん底に突き落とされたあたし、マール=アベニールの前で、青い火花を散らすナビコがゆっくりと宙に浮き上がった。
「アイデアって……なによ。このデカい山のバリアを破る方法が、アンタにあるって言うの?」
「ピキュ。ハイ。アノ『絶対魔力防壁』ハ、外部カラノ物理・魔法攻撃ヲ百パーセント弾キ返シマス。……デモ、内部ノ『管理者システム』カラノ干渉ナラ、話ハ別デス」
ナビコは、ゼオン皇太子の背後にそびえる巨大な魔力結晶の根元――かつてスナイダーが彼女を無理やり接続しようとした、メインフレームの端末を指し示した。
「私ガアソコニ物理的ニ接続シ、マスターキートシテノ全権限ヲ使ッテシステムニ強制介入スレバ……ホンノ数秒間ダケ、防壁ヲ完全ニ『無効化』デキマス」
「本当!? なーんだ、そんな手があるなら最初から――」
あたしが顔を輝かせた、次の瞬間。
「……タダシ」
ナビコの電子音声が、少しだけ低く、そして静かになった。
「現在ノコアハ、メルトダウン寸前ノ超高圧状態デス。ソコニ私ノハードウェアヲ直接接続スレバ……莫大ナ魔力の逆流ヲ受ケテ、私ノ論理回路トボディハ、数秒デ完・全・ニ『焼キ切レマス』」
「……え?」
あたしの顔から、再び血の気が引いた。
「焼き切れるって……それ、アンタが壊れるってことじゃないの!?」
「ピキュ。人間ノ言葉デ言エバ、『死ヌ』トイウコトデスネ」
ナビコは、丸いボディのアンテナをフルフルと揺らしながら、まるで今日のお昼ご飯のメニューでも語るような平坦な声で言った。
「ば、バカ言わないでよ!!」
あたしは咄嗟に立ち上がり、空中のナビコを両手でガシッと掴んだ。
「ダメよ! 絶対にダメ! アンタ、自分がどれだけ高価な古代の遺物だか分かってるの!? アンタを無傷で鉄屑屋に売れば、あたしのカジノの借金なんて一発でチャラになるのよ! こんなところでスクラップになられたら、あたしが大赤字じゃないの!!」
必死に喚くあたし。
お金のためだ。
借金のためだ。
そう自分に言い聞かせていたけれど……掴んだナビコの冷たい金属のボディから伝わる微かな振動に、あたしの視界はなぜか情けなく滲んでいた。
「ピキュ。……マールハ、本当ニお金ノコトシカ頭ニナイ、ダメナゴ主人様デスネ」
ナビコのレンズが、優しく点滅する。
「デモ……私ハ知ッテイマス。貴方ガ私ノボディヲ丁寧ニ磨イテクレテイタコトヲ。文句ヲ言イナガラモ、絶対ニ私ヲ敵ノ攻撃カラ庇ッテクレタコトヲ」
「な……なに言ってんのよ! 高く売るためのメンテナンスに決まってるでしょ!」
「フフッ。素直ジャナイデスネ。……私ハ、数百年ノ眠リカラ目覚メテ、貴女タチト旅ガデキテ、本当ニ楽シカッタデスヨ」
ナビコはあたしの手からふわりと抜け出し、真っ直ぐにコアの端末へと向き直った。
『美しき主従愛だな。だが、無駄な足掻きだ!』
ゼオン皇太子のホログラムが無慈悲に嗤い、漆黒の魔導杖を振り上げた。
『空間断裂スペース・ティアー! 貴様ら諸共、そのガラクタを塵にしてくれる!』
致命的な魔力の刃が、ナビコを背後から切り裂こうと迫る。
「させんッ!!」
ガギィィィィィィィィィンッ!!!
その刃とナビコの間に、凄まじい踏み込みで割り込んだのは、レオンだった。
彼はボロボロになった大剣の腹を盾にして、空間を裂く魔法を己の純粋な筋力だけで強引に受け止めたのだ。
「ぐおおおおおッ!!」
レオンの足元の合金の床が、凄まじい圧力でクレーターのように陥没していく。
「レオン!」
「行け、ナビコ!! お前の覚悟……このレオンが、命に代えても守り抜く!!」
レオンの全身の血管が浮き上がり、目や鼻から一筋の血が流れる。
それでも、彼は一歩も引かず、ゼオンの神の如き魔力を押し返し続けていた。
「ピキュ! マスター、アリガトウゴザイマス!」
ナビコは弾丸のようなスピードでコアの根元へと飛翔し、その小さなボディから接続用の端子を限界まで伸ばした。
『チッ……! 目障りな虫どもが! 止めろ!』
ゼオンが焦りの声を上げるが、レオンの鉄壁の筋肉シールドがそれを許さない。
「頼ミマシタヨ、二人トモ! 王都ノケーキ、絶・対・ニ食ベニ帰ッテクダサイネ!!」
ガキンッ!!
ナビコの端子が、コアのメインフレームに物理的に突き刺さった。
その瞬間。
バヂチチチチチチチチチチチッ!!!!
「ピキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
ナビコの小さなボディに、山のような魔力結晶から致死量のエネルギーが逆流した。
彼女の装甲が赤熱し、内部から噴き出した白煙と青白い火花が空間を埋め尽くす。
それでもナビコは、絶対に端子を離そうとはしなかった。
【警告:管理者権限ニヨル強制介入ヲ確認】
【絶対魔力防壁パーフェクト・イージス……強制シャットダウンヲ実行シマス】
無機質なシステム音声がコアルームに響き渡った直後。
ゼオンの背後にそびえ立っていた、あらゆる攻撃を弾き返す無敵の障壁が。
パキーンッ! というガラスの割れるような音と共に、完全に消え去ったのだ。
『なっ……馬鹿な!? 古代の絶対防壁が、こんなポンコツAIに……!』
ゼオンの幻影が、初めて驚愕に歪んだ。
「……ピキュ……」
限界を超えたナビコのボディから、最後の一筋の火花が散る。
「マール……! マスター……! 時間ハ、タッタノ『三秒』……!! 今デスッ!!」
ボロボロになったナビコの、最後で最大の叫び。
直後、彼女の丸いボディは、限界を迎えてパァンッ! と小さな音を立てて砕け散り、黒い煤となって床に転がった。
「……ナビ、コ」
あたしは、床に転がるその黒い残骸を見つめた。
金貨数万枚の価値があった古代の遺産。
いつもエセ関西弁で偉そうにツッコんできた、口の減らない相棒。
「……あーあ」
あたしは、深く息を吐き出した。
視界はもう、涙で滲んではいなかった。
代わりに、あたしの両目には、ゼオンの絶望的な魔力すら焼き尽くさんばかりの、真っ赤な怒りの炎が宿っていた。
「……レオン。アンタの筋肉、まだ動くわよね?」
あたしは、ホルスターから二丁の魔銃を抜き放ちながら、低く、地を這うような声で相棒に問いかけた。
「ガハハ! 当たり前だ! 今の俺の筋肉は、神様相手でも余裕でフルスイングできるほどに怒り狂っているぞ!!」
レオンが、己を圧し潰そうとしていた空間断裂の魔法を、気合の一喝で強引に弾き飛ばす。
「ナビコが作ってくれた、三秒。……一秒で切り開いて、一秒でぶち込んで、一秒でお釣りを計算するわよ」
防壁は消えた。
あとは、あの忌まわしいゼオンの幻影ごと、山のようなコアを粉砕するだけだ。
「消し飛ばしてやるわ、帝国の狂王!! ナビコの修理代、一千万上乗せして請求してやるんだからァァァァァッ!!!」
涙と借金と怒りに塗れた天才魔術銃士と脳筋剣士の、正真正銘、最後にして最大の反撃が始まる。
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