第26話:絶体絶命! 暴走要塞の真の姿
ゴガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
天地がひっくり返るとは、まさにこのことだ。
ガルファード帝国の狂王、ゼオン皇太子の漆黒の魔導杖が床を穿った瞬間、あたしたちが立っていた中枢核コアルーム……いや、この山のように巨大な魔動要塞全体の構造が、耳を劈くような金属の悲鳴を上げて組み替わり始めた。
「きゃあああああああっ! 床が、床が垂直になっていくぅぅぅっ!?」
あたしは文字通り「壁」と化したはずの床を滑り落ちそうになり、必死に近くの露出した油圧パイプにしがみついた。
マールのチリチリヘアーが重力と強風でグシャグシャに振り回され、もはや自分が上を向いているのか下を向いているのかすら分からない。
「ガハハ! 素晴らしい三次元の躍動感だな! 体幹を鍛えるにはもってこいだ!」
すぐ横では、レオンが剥き出しになった巨大な歯車に片手一本でぶら下がりながら、いつもと変わらない豪快な笑みを浮かべていた。
この男の三半規管と頑丈さは、間違いなく人類のそれではない。
「ピキュキュキュキュッ!! 警告! メタモルフォーゼ進行中! 要塞ハ現在、移動用ノ無限軌道キャタピラヲ格納シ、二本ノ巨大ナ『脚部』ト『腕部』ヲ形成シテイマス!」
あたしの背中のポーチから身を乗り出したナビコが、赤色灯を激しく明滅させて絶叫する。
「人型形態って……冗談じゃないわよ! こんな山みたいにデカい鉄屑が立ち上がったら、歩くだけで天変地異じゃないの!!」
あたしの叫びを証明するように、要塞の外部構造が凄まじい衝撃と共に固定された。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!
地響きなんて生易しいものではない。
大陸のプレートがへし折れたかのような、凄まじい衝撃が全身を突き抜ける。
要塞は、四足の「動く山」から、天を衝くほどの『超巨大な鋼鉄の巨人ギガント・ゴーレム』へとその姿を変えたのだ。
変形に伴い、中央コントロールエリアのメインモニターがバチバチと火花を散らしながら、かろうじて外部の映像を映し出した。
「……っ! 嘘、でしょ……」
モニターに映し出された光景に、あたしは息を呑み、全身の血の気が完全に引いていくのを感じた。
そこには、見慣れた、そしてあたしが愛してやまない美しい街並みが広がっていた。
白亜の城壁。
高くそびえる王城の尖塔。
賑やかな大通りの建物たち。
――王都だ。
要塞が人型へと立ち上がったことで、視点が変わった。
ほんの少し前まで遥か彼方に見えていたはずの王都が、今や、目と鼻の先……誇張抜きで「手を伸ばせば届く」ほどの距離にまで迫っていたのだ。
要塞の巨大な足が歩みを進めるたび、城壁の外の広大な街道が一瞬で踏み潰され、地割れが起きていく。
『ハハハハハ! 見るがいい、この美しき破壊の化身を!』
コアの光の渦の中から、ゼオン皇太子の幻影が傲岸不遜に腕を広げて笑う。
『この人型形態こそ、古代人が神に抗うために造り上げた最強の神体。この一歩は、旧時代の秩序を完全に踏み潰す新世界の足音だ。あと数歩歩けば、この要塞の足は貴様たちの王城へと到達する!』
「タイムリミットまで、あと数時間って……!」
「ピキュ! 計算修正! 人型変形ニヨル歩幅ノ増大、及ビ炉心暴走ノ加速! 王都直撃、及ビメルトダウンマデ……アト『十五分』デス!!」
「十五分ぅぅぅぅぅぅっ!?」
あたしは素っ頓狂な悲鳴を上げた。
十五分なんて、ギルドの酒場で串焼きを注文して焼き上がるのを待つくらいの時間だ。
そんな一瞬の間に、あの巨大なコアが爆発し、あたしのミルフィーユも、報酬も、この大陸の半分もろとも消し炭になるというのか。
弾薬は尽きかけた。
レオンの物理攻撃も、ゼオンの無限の魔力障壁には届かない。
おまけに足場は激しく揺れ動き、一歩進むだけで周囲の合金がひしゃげていく。
「万事、休す……」
あたしはパイプにしがみついたまま、がっくりと項垂れた。
いつもなら、どんなピンチでも「借金返済」や「ケーキ」への執念で乗り切ってきた。
でも、これだけの圧倒的な暴力と、神の力を前にしては、あたしのドケチ精神も完全にへし折られるしかなかった。
どう足掻いたって、十五分でこの巨大な結晶の防壁を破り、ゼオンを倒し、要塞を止めるなんて不可能なのだ。
『諦めなさい、ゴミ虫諸君。貴様らの無様な旅の終着駅は、この神の足元だ。王都諸共、美しく消え去るがいい』
ゼオンの漆黒の魔導杖から、再び空間を断裂させるほどの不気味な黒い魔力が練り上げられていく。
今度こそ、あたしたちを跡形もなく消し去るための必殺の一撃。
「……マール」
その時、すぐ横で歯車を掴んでいたレオンが、大剣を握り直して床、もとい元壁へと飛び降りた。
彼は、信じられないほどの重圧がのしかかる空間の中で、いつものように不敵な、そして真っ直ぐな瞳であたしを見た。
「過去の借金に怯えるな、と言ったのはお前だろう。十五分もあるじゃないか。俺の剣なら、一瞬あれば十分だぞ」
「レオン……。でも、あの防壁は物理も魔法も……」
「ピキュ。……マスター。マール。諦メルノハ、マダ早イデス」
あたしの背中のポーチから、ナビコがゆっくりと宙へ浮き上がった。
彼女の丸っこい金属のボディは、要塞の変形による過負荷のせいか、バチバチと激しい青い火花を散らし、論理回路が悲鳴を上げているのが素人目にも分かった。
「ナビコ? アンタ、体が……」
「ピキュ。当機ハ古代ノサポートAI。マスターキー、デス。……私ニ、一ツダケ『アイデア』ガアリマス」
ヘニョリと垂れ下がっていたナビコのアンテナが、かつてないほど真っ直ぐに、そして力強く上を向いた。
その丸いレンズの奥に灯ったのは、機械にはあるはずのない、確かな覚悟の光だった。
変形を終え、王都を目前に控えた暴走要塞の最深部。
残された時間は、わずか十五分。
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