第25話:黒幕降臨! 帝国の狂王
『――我が名はゼオン。ガルファード帝国第一皇太子にして、次期皇帝。そして……この古代の狂気を手懐け、新たな世界の覇者となる男だ』
山のように巨大な魔力結晶の前。
青白い光の中から顕現したのは、黒いマントを翻し、王冠を戴いた青年の幻影。
ガルファード帝国の皇太子、ゼオン。
「ははぁっ! 皇太子殿下……! すべては殿下の御心のままに!」
満身創痍のスナイダーが、床に這いつくばり、額を擦り付けている。
その光景を見て、あたしは自分が置かれた状況の最悪さを改めて実感した。
工作員部隊、防衛ゴーレム、そしてこの山のような自爆装置。
すべてを裏で操っていたのが、他国の皇太子その人だっていうの?
「皇太子……殿下? な、何考えてるのよ、あんた!」
あたしは震える両手で魔銃『カノン』と『フリューゲル』を構え直し、光の幻影へと銃口を向けた。
「他国の皇太子が、こんな古代の最終兵器を動かして、王都を……いや、大陸の半分を吹き飛ばすなんて! 宣戦布告どころか、世界中を敵に回す気!?」
『クックック……。世界中、か。そんな古臭い概念は、私がこれより作る新たな秩序によって塗り替えられる』
ゼオンのホログラムは、あたしの言葉を鼻で笑った。
『この古代魔動要塞「アベニール」……。ふ、奇遇だな。貴様の名と同じか。この要塞は、古代文明の叡智が凝縮された最強の武力だ。だが、その力はただの破壊のためにあるのではない』
「な、なによ……?」
『恐怖による支配。圧倒的な、絶対的な武力を見せつけ、世界中の国々を屈服させる。そのためには、一つ、見せしめが必要なのだ。……それが、忌まわしきお前たちの王都だ』
ゼオンの声には、微塵の迷いも、罪悪感もなかった。
ただ、容赦ない計算と、全能感に満ちた狂気が宿っている。
「恐怖による、支配……?」
あたしは絶句した。
そんな、ライトノベルに出てくる悪の帝国のテンプレみたいなことを、本気で実行しようとしている人間が目の前にいる。
「ふざけるな……! 恐怖だか支配だか知らないけど、そんなもののために、あたしのミルフィーユを……! 王都の大通りの、あの至高のミルフィーユを消し飛ばしてたまるもんですか!!」
『ミル、フィーユ……?』
「それに! あんたたちのせいで、あたしが使った弾薬費! 精神的苦痛の慰謝料! そしてこの要塞を止めた報酬! 全部ひっくるめて、あんたのその偉そうな顔面に、残りの特級カートリッジ、金貨五万枚相当をぶち込んで、全額請求してやるんだからァァァァッ!!」
あたしの魂の叫び、主に金とケーキへの未練に、ゼオンのホログラムは数秒の間、完全に沈黙した。
『……愚かしい。本当に、理解を求めた私が馬鹿だった。国家の存亡という崇高な計画を前にして、己のケーキと借金の話しかできないとは。やはり、貴様らチンピラ冒険者は、まとめてゴミとして処理すべき存在だ』
ゼオンの眼光が、氷の刃のように鋭く細められる。
瞬間、ホログラムだった彼の体から、凄まじい密度の魔力が立ち昇った。
「ピ、ピキュ! 警告! ホログラムダケジャアリマセン! 皇太子はコアノチカラを利用シテ、自分ノ魔力ヲ実体化サセヨウトシテイマス! 強大デス! 桁ガ違イマス!!」
背中のポーチの中でナビコが悲鳴を上げる。
『では、教えてやろう。神の力を手にした私の、その絶対的な力を』
ゼオンが、マントの中から片手を突き出した。
瞬間。
青白い光の中から、古代文明の術式が刻まれた、禍々しい漆黒の魔導杖が顕現し、彼の手に収まった。
『滅びなさい、ゴミ虫ども』
ゼオンが杖を振るった。
ゴオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
コントロールルーム一帯に、凄まじい衝撃波と熱波が吹き荒れた。
それは、あたしがこれまで体験したどの魔法とも違う。
ただの爆発じゃない。
空間そのものが、ゼオンの魔力によって押し潰され、あたしたちを粉砕しようと迫ってくる。
「きゃあああああっ!?」
「ぬぅぅんッ! させんぞ!」
あたしを庇うように前に出たレオンが、大剣を両手で構え、全身の筋肉を硬化させる。
ズガァァァァァァァンッ!!!
レオンの大剣が、目に見えない魔力の圧力に激突した。
火花どころか、空間に亀裂が走るような凄まじい衝撃。
レオンの巨体が、ズザザザッ! と床を削りながら後方へ押し下げられる。
「うおおおおッ! な、なんだこの力は! まるで山が動いてるみたいだ!」
レオンが呻き、額に青筋を浮かべて耐える。
彼の軍服の袖が、筋肉のパンプアップに耐えきれずバリバリと引き裂かれていく。
「な、なんて魔力よ……! 物理障壁を、力ずくで押し潰そうとしてる!?」
『無駄だ。私の魔力は、このコアから無限に供給される。』
ゼオンが嘲笑い、さらに杖を振るう。
『空間断裂スペース・ティアー』
青白い魔力が、鎌のように形を変え、レオンを無視して、あたしへと直接襲い掛かってきた。
「きゃあっ!?」
「マール!」
レオンが咄嗟にあたしを突き飛ばし、自身が大剣でその鎌を受け止める。
ギギギギギギギ……ッ!!
大剣の刃が、魔力の鎌に削られ、嫌な金属音を立てる。
「くっ……! 斬れない! 魔力が、俺の剣を食べているみたいだ!」
「ピキュ! 警告! アレハ空間ソノモノヲ切り裂く最上位魔法デス! 物理攻撃デハ防ギキレマセン!」
「そんな……! レオン、下がりなさい!」
あたしは、ホルスターから残っていた特級カートリッジ、炎属性を取り出し、カノンに装填した。
「舐めるなァァッ! 天才魔術銃士の、特級の火力……受けてみなさい!! ――『極大・爆炎弾、フレア・バースト』!!」
銃口から放たれたのは、これまでのどの爆炎弾よりも巨大で、灼熱の熱量を持った、炎の竜巻だった。
それは空間断裂を焼き払い、そのままゼオンへと一直線に迫る。
『ふむ……。少しは骨があるようだが』
ゼオンは、迫り来る炎の竜巻を前に、眉一つ動かさなかった。
彼が杖を軽く一突きすると。
『魔力吸収、マナ・ドレイン』
ゼオンの目の前に、ブラックホールのような漆黒の渦が展開され、あたしの特級の爆炎弾は、その渦の中へと、文字通り吸い込まれるようにして、完全に消滅してしまったのだ。
「……え?」
あたしは、呆然と魔銃を見つめた。
特級カートリッジ。
金貨五万枚相当。
あたしの、最後の切り札。
それが……一切の爆発も、ダメージも残さず、ただの魔力の餌として吸い取られた?
『クックック……。美味しい魔力だった。お前の魔力は、このコアの起爆エネルギーとして、有効に活用させてもらおう』
ゼオンが、嘲笑う。
絶望。
圧倒的な武力。
無限の魔力。
あたしたちの、これまでの足掻きは、神の力を手にしたゼオンの前では、ただの児戯に過ぎなかったのだ。
「あ……ああ……」
あたしは、膝から崩れ落ちた。
弾薬はない。
報酬はない。
王都は消える。
ミルフィーユは食べられない。
借金だけが残る。
もう、戦う気力なんて、微塵も湧いてこない。
「ガハハハハ! 面白い! 面白いぞ、皇太子殿下!」
その時。
あたしの隣で、レオンが豪快に笑った。
彼は、魔力に削られてボロボロになった大剣を、再び上段に構え直した。
「物理が通じん? 魔法が吸い取られる? ……だったら、もっと強く、もっと速く、パワーで殴り潰せばいいだけの話だ!」
レオンの全身から、ドス黒いまでの気合のオーラが立ち昇る。
「アベニール流・一刀両断……」
レオンの瞳が、野獣のように鋭く光る。
「……いや。――ただの力任せマックス・パワーッ!!」
レオンは、全身の筋肉を限界まで膨張させ、空間の重圧を物理的に押し除けながら、ゼオンへと向かって突撃を開始した。
『愚かな。物理で神に挑むとは』
ゼオンが杖を構える。
その瞬間。
要塞全体が、これまでになく激しく鳴動した。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!!
「きゃあっ!? 今度は何事よ!」
あたしは、床の激しい揺れに耐えきれず、へたり込んでしまう。
ナビコが、ポーチから身を乗り出し、赤色灯を点滅させて絶叫した。
『ピ、ピキュキュキュッ!! 警告! 警告! 皇太子はコアノ力を利用シテ、要塞ノ『真ノ機能』ヲ起動サセマシタ!!』
「真の機能……?」
『コノ巨大魔動要塞「アベニール」ハ、自爆装置ナダケジャアリマセン! コレハ……『超巨大兵器・人型形態、ギガント・ゴーレム』へと、変形ヲ開始シマシタ!!』
「……は?」
あたしの思考が、再び停止した。
要塞が。
この山のように巨大な要塞が。
人型形態へと、変形する?
ガシャ、ギガァァァァァァァァァンッ!!
コントロールルームの壁が、天井が、床が、凄まじい機械音と共に、形を変え、移動し始めた。
足場が激しく揺れ動き、重力の方向が狂う。
変形する要塞の、凄まじい衝撃波。
あたしとレオンは、その衝撃に巻き込まれ、コントロールルームの壁際へと、激しく叩きつけられた。
『クックック……。さあ、世界の終わりを、この特等席で観賞するがいい。ゴミ虫ども』
自らの魔力で要塞を変形させ始めた、ゼオン皇太子の狂気に満ちた高笑いが、空間全体に響き渡る。
要塞暴走から、要塞変形へ。
王都到達まで、残り数時間。
あたしたちは、暴走する巨大な人型兵器のド真ん中で、完全に為す術を失っていた。
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