第24話:最深部到達。明かされる古代の狂気
ゴオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
真の最深部、『中枢核コアルーム』へと通じる超巨大な金属の隔壁が開かれた瞬間。
そこから溢れ出したのは、物理的な暴風を伴う、致死量すら遥かに超えた『高濃度マナの津波』だった。
「きゃあああああっ!?」
あたしの髪の毛が、今度は静電気のようにバチバチと音を立てて、空に向かって逆立ち始める。
呼吸をするだけで、肺の中にガラスの破片を吸い込んでいるかのような激痛が走る。
空気に溶け込んだ魔力が濃すぎるのだ。
普通の人間なら、この場に立っているだけで魔力酔いを起こして泡を吹き、数秒で細胞を焼き切られて炭になってしまうだろう。
「レオン! 前、見えないわよ……っ!」
「ガハハ! 俺の背中に隠れていろマール! 」
あたしは、猛烈なプレッシャーを顔色一つ変えずに正面から受け止めているレオンの、丸太のように太い腕と広い背中に必死にしがみついた。
一歩、また一歩。
レオンの規格外の筋力が、逆巻く魔力の暴風を物理的に押し除けながら、コアルームの奥へと歩みを進めていく。
どれくらいその光と風のトンネルを進んだだろうか。
不意に、周囲の暴風がフッと止み、視界を覆っていた青白い閃光がゆっくりと収束していった。
「……着いたのか?」
レオンが大剣を構え、周囲を見渡す。
「ハァッ……ハァッ……っ。死ぬかと思った……。なんなのよ、この奥の空間……」
あたしはレオンの背中から顔を出し、荒い息を吐きながら、涙目で前を向いた。
「…………え?」
その瞬間。
あたし、マール=アベニールの思考は、文字通り完全停止した。
そこは、王都の王城が丸ごとすっぽり収まってしまうほど、途方もなく広大で、天井の高さすら見えない巨大なドーム状の空間だった。
だが、あたしが驚愕したのは、空間の広さではない。
その空間のド真ん中に鎮座している、圧倒的な存在。
「う、嘘……でしょ……?」
それは、山だった。
比喩ではない。
見上げるほどに巨大な、一つの『山』。
しかし、それは土や岩でできた山ではない。
表面を幾何学的なカッティングで覆われ、内側から脈打つように青白い光を放ち続ける、透明度百パーセントの巨大な結晶体。
「純度一〇〇パーセントの……『魔力結晶、マナ・クリスタル』……!?」
あたしは、カチカチと歯の根を鳴らしながら、その場にペタンとへたり込んでしまった。
両手の魔銃を取り落としそうになるのを、無意識に握りしめて耐える。
魔力結晶。
それは、大地のマナが長い年月をかけて結晶化した、魔法具や魔力駆動炉の動力源となる超貴重な鉱石だ。
冒険者ギルドの相場では、小指の先ほどの欠片で金貨十枚。
大人の拳ほどの大きさともなれば、純度にもよるが、金貨千枚を下らない超一級品の国宝クラスである。
それが。
目の前にあるのは、数十メートル、いや、優に百メートルは超えるであろう、山のように巨大な、不純物を一切含まない完璧な魔力結晶なのだ。
「あ……あ、あ……」
あたしの脳内で、無意識に金貨への換算が始まった。
拳サイズで金貨千枚。
人間サイズで……金貨数十万枚?
家サイズで……?
山サイズで……???
『ピピピピッ……プシュー』
「ピキュ。マールノ脳内電卓ガ、桁数オーバーデ完全ニショートシマシタネ。ヨダレガ垂レテマスヨ、マール」
あたしの背中のポーチから顔を出したナビコが、冷静に突っ込む。
「これ……全部、純粋な魔力結晶……? これ一つで、世界中のお金を集めてもお釣りが来るじゃないの……!」
あまりのスケールの大きさに、あたしのがめつい精神ですら処理が追いつかず、ただただ絶句するしかなかった。
要塞の弁償代五千枚?
カジノの破壊費用数万枚?
そんなもの、この山のような結晶の削りカスを爪の先に引っ掛けて売るだけで、全部お釣りが来るどころか、一生遊んで暮らせる。
「ガハハハ! これはすごいな! まるで巨大な氷砂糖だ! なあマール、ちょっとかじってみてもいいか?」
「バカなこと言わないで!! これだけの純度の魔力結晶をかじったら、アンタの胃袋がビッグバンを起こして宇宙が誕生するわよ!!」
あたしは弾かれたように立ち上がり、レオンの背中を全力で引っ叩いた。
「ピキュ。マールノイウトオリデス。マスター、ゼッタイニ触ラナイデクダサイ」
ナビコがアンテナを激しく点滅させ、今までになく深刻な電子音を発した。
「ココハ、古代ノ『チュウスウカク』……イヤ、正確ニハ違イマス。コレハ動力炉ナンカジャナイ。古代人ガ残シタ、最悪ノ『キョウキ』ソノモノデス」
「狂気?」
あたしは我に返り、ポーチの中のナビコを見下ろした。
「古代魔法文明ハ、末期ニハ泥沼ノ世界大戦状態ニオチイッテイマシタ。敗北ヲ悟ッタアル大国ガ、敵国、イヤ、世界ソノモノヲ道連レニスルタメニツクリアゲタ『サイシュウヘイキ』……ソレガ、コノ要塞ノシンノ姿デス」
ナビコのホログラムプロジェクターから、要塞の透視図と、目の前の巨大な結晶の構造図が空中に投影される。
「コノ巨大ナ魔力結晶ハ、ホシノ大地ノ脈絡カラ、数百年カケテムリヤリ魔力ヲスイアゲ、限界マデ圧縮シタノデス。ゲンザイ、内部分子ハ極限ノ崩壊寸前デタモタレテイマス」
「崩壊寸前って……それ、どうなるのよ」
「モシ、コノ結晶ガゲンカイヲコエテ『起爆』シタバアイ。圧縮サレタ魔力ガイッキニ解放サレ、ハンケイ数百キロメートル――王都ハオロカ、リンセツスル国々、山脈、海マデモガ、イッシュンニシテ地図カラカンゼンニ消滅シマス」
「…………は?」
あたしは、自分の耳を疑った。
国が吹き飛ぶ?
山脈が消える?
「冗談じゃないわよ……! なにそれ、自爆前提の巨大な時限爆弾じゃないの! なんで古代人ってやつは、そんなはた迷惑なものを後世に残して死んでいくのよ! 少しは大陸環境と未来の冒険者の財布に配慮しなさいよ!!」
スナイダーが言っていたことはハッタリでも何でもなかった。
王都が消えるとかそういうレベルではない。
この大陸の半分が吹き飛ぶのだ。
「ガハハ! なるほど、つまりこのデカい氷砂糖が爆発する前に、俺が叩き割って止めればいいということだな!」
レオンが、至極単純な解決策を口にして、大剣を上段に構えようとした。
「ピキュ! ストップ! ダメデス、マスター!」
ナビコが慌てて制止する。
「ソノ結晶ノ表面ニハ、古代ノ『ゼッタイマリョクボウヘキ』ガハラレテイマス。外部カラノ物理・魔法攻撃ヲウケタ瞬間、ソノショウゲキヲ起爆エネルギーニ変換シテ、自爆シークエンスヲ『ソクザニ』実行スルシクミニナッテイマス!」
「斬ったら即・大爆発ってこと!? なにそのタチの悪いクソゲーは!」
あたしは頭を抱えた。
放置すれば、あと数時間で王都に到達して大爆発。
攻撃して壊そうとすれば、その瞬間に大爆発。
コントロールエリアのコンソールから自爆を止めようにも、肝心のシステムはすでにロックされて、炉心融解の最終プロセスに入っている。
「どうすんのよこれ……。完全に詰んでるじゃないの……!」
絶望感が、コアルームの冷たい空気と共に、あたしの全身を包み込んでいく。
借金を返すどころか、あたしの人生が、この大陸もろとも炭になって消え去るカウントダウンが刻まれているのだ。
「……フハ、フハハハハハハッ!!」
その時。
コアルームの入り口の方から、ひどく掠れた、狂信じみた笑い声が響いた。
振り返ると、満身創痍のスナイダーが、血を吐きながら壁を伝ってこちらへ歩いてくる姿があった。
彼はあたしたちの放った攻撃の余波で全身ボロボロになりながらも、その目には異常な歓喜の光を宿していた。
「見たか……! これが、我がガルファード帝国が手に入れた『神の力』だ! この圧倒的なエネルギーの前に、貴様らチンピラ冒険者の足掻きなど、ゴミ虫の羽ばたきに等しい!」
「スナイダー……! アンタ、自分も爆発に巻き込まれて死ぬって分かってるの!? 大陸の半分が吹き飛んだら、アンタの帝国だって無事じゃ済まないわよ!」
あたしが魔銃を向けて叫ぶと、スナイダーは狂ったように首を振った。
「私が死のうが構わん! これで、忌まわしき王都は消え去る! そして、我らが『皇帝陛下』は、この要塞のコアと完全にリンクし、遠く離れた帝国から、この神の力を意のままに操ることができるのだからな!!」
「コアとリンク……?」
その時だった。
ゴウゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!
突然、目の前の山のような魔力結晶が、まるで巨大な心臓が脈打つように、一際強く青白い光を放った。
そして、その光の中から、信じられないほどの魔力の奔流が、人の形を成して空間に顕現し始めたのだ。
「なんだ……あれは!」
レオンが思わず大剣を前に突き出し、あたしを庇うように立つ。
光の粒子が収束し、結晶の目の前に浮かび上がったのは、黒いマントを翻し、頭に豪奢な王冠を戴いた、傲岸不遜な青年のホログラムだった。
いや、ただの映像ではない。
その幻影から放たれる圧倒的な魔力のプレッシャーは、先ほどまでの防衛ゴーレムやスナイダーなど比較にならない、文字通りの王の威圧感を持っていた。
『――ご苦労だったな、スナイダー。第一段階のロック解除、大儀である』
低く、しかし空間のすべてを支配するような絶対的な声が、コアルームに響き渡る。
「ははぁっ! すべては、皇帝陛下……いや、皇太子殿下の御心のままに!」
スナイダーが、その場に這いつくばるようにして平伏した。
「皇太子……殿下?」
あたしは息を呑んだ。
『我が名はゼオン。ガルファード帝国第一皇太子にして、次期皇帝。そして……この古代の狂気を手懐け、新たな世界の覇者となる男だ』
光の幻影――ゼオン皇太子が、見下すような傲慢な視線を、あたしたちへと向けた。
『泥虫の分際で、よくぞここまで辿り着いたものだ。誉めてやろう、名もなき冒険者よ。だが、貴様らの不格好な足掻きもここまでだ』
真の黒幕、ゼオン皇太子の降臨。
山のような魔力結晶。
触れれば即座に大陸を焼き払う、古代の最終兵器。
そして、その力を遠隔から支配しようとする帝国の次期皇帝。
圧倒的な絶望を前に、あたしたちはただ立ち尽くすしかなかった。
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