第22話:脳筋剣士の流儀。力こそパワー
「さあ、スナイダー。アンタの防衛網は全部パァよ。おとなしく降伏して、この要塞を止めるパスワードを吐きなさい」
要塞最深部『中枢核コアルーム』
残りの通常弾をすべて使い切るという極限の戦いの末、コアルームの自動砲台数十基をすべて自滅に追い込んだ。
残るは、絶対魔力防壁に守られた巨大なコアと、床にへたり込んで震えているコソ泥眼鏡・スナイダーだけ。
あたしは残された三発の特級カートリッジの撃鉄を起こし、最高に物騒な笑みを彼に向けた。
「く……くそっ! なんだ貴様は、本当にただの冒険者なのか!? ガルファード帝国の、この私が立てた完璧な作戦が……こんな小娘一人に……!」
スナイダーが床を血が出るほど強く叩き、悔しさに顔を歪める。
勝負あり、ね。
あとはこいつの身ぐるみを剥いで、要塞の停止コードを聞き出すだけ――。
そう思った、まさにその時だった。
ズガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
あたしたちが通ってきたコアルームの巨大な大理石の壁が、内側から爆発したかのように木っ端微塵に吹き飛んだ。
「きゃあっ!?」
「な、何事だ!?」
あたしとスナイダーが同時に振り返る。
もうもうと立ち込める白煙と瓦礫の山の中から、一人の男が豪快な足取りで歩み出てきた。
「ガハハハハ! いやあ、あの四つ腕の木偶人形ども、なかなか手応えがあったぞ! おかげで良い汗をかいた!」
身の丈ほどもある大剣を肩に担いだ脳筋相棒――レオンだった。
彼の服はところどころ破れ、煤に汚れているものの、怪我一つないどころか、むしろ戦う前より肌のツヤが良くなっているようにすら見える。
「レオン! アンタ、あの近衛ゴーレム三体をもう片付けたの!?」
「おう! 最初に右の奴を殴って、そいつを真ん中の奴に投げつけたら、まとめて下の階層まで落ちていったぞ! 最後に残った奴は、大剣のハエ叩きで壁のシミにしてやった!」
「ピキュ。……相変ワラズ、古代ノ超技術ヲタダノ腕力デ蹂躙シテイク男デスネ。ゴーレムノ設計者ガ草葉ノ陰デ泣イテマスヨ」
あたしの背中のポーチからナビコが顔を出し、呆れ果てた電子音を鳴らす。
「フン……。脳筋剣士、追いついてきましたか。だが、遅かったですね」
スナイダーが、瓦礫の向こう側を指差して不敵に嗤った。
「私の部隊『黒の牙』は、スナイパーの私と、先ほど全滅した工作員だけではない。我が部隊には、帝国でも一、二を争う『防壁のスペシャリスト』が控えているのだ!」
スナイダーの言葉に応じるように、レオンがぶち破った壁の向こう側から、もう一人の黒い軍服を着た大柄な男が姿を現した。
その男の胸元には、副隊長を示す金の階級章が輝いている。
「スナイダー様! 遅れ馳せながら、副隊長ハインツ、只今参上いたしました! これより、この不浄な侵入者を完全に遮断いたします!」
副隊長ハインツと呼ばれた男は、レオンとあたしの間に立ち塞がると、両手に持っていた巨大な魔導シールドを床に力強く突き立てた。
ガシャンッ!!
「帝国軍・工作部隊の誇りにかけて、ここから先は一歩も通さん! ――展開せよ! 『絶対不可侵・重層魔導聖壁ギガント・イージス』!!」
ハインツが叫んだ瞬間、彼の突き立てた盾から、目も眩むような黄金の魔力光が噴き出した。
その光は瞬く間に広がり、コアルームを完全に二分するほどの、厚さ数メートルはあろうかという巨大な多重魔法障壁の壁を作り上げた。
黄金に輝くその障壁には、複雑な幾何学模様の魔法陣が何重にも重なり合い、圧倒的なプレッシャーを放っている。
「ハハハハ! 見なさい! あの障壁は、我が帝国の最新魔導科学の結晶! 戦艦の主砲の直撃すら無傷で耐え、受けた物理衝撃をすべて魔力エネルギーへと変換して自己修復する、文字通りの『無敵の壁』だ!」
スナイダーが、勝利を確信したように高らかに笑う。
「これがある限り、あの脳筋の剣など爪楊枝も同然! 時間切れまで、そこでお指を咥えて見ているがいい!」
「ピキュ……! 警告。アノ障壁ノ魔力密度、通常ノ防衛ゴーレムノ倍デス。物理攻撃ヲ仕掛ケタ場合、ソノ衝撃ガスベテ反射サレ、攻撃者自身ガ木ッ端微塵ニナリマス! マスター、絶対ニ手ヲ出シチャダメデス!」
ナビコがアンテナを逆立てて、大音量で警告する。
「……なるほど。確かにアレは厄介ね」
あたしは冷や汗を流しながら、魔銃の残弾を確認した。
特級カートリッジを使えば、あるいは……いや、反射されたらあたしが死ぬ!
足止めされている間にも、王都消滅のタイムリミットは刻一刻と迫っているのだ。
どうする?
魔法障壁なら、あたしの魔力を浸透させて内部から回路を――。
あたしが知略を巡らせようとした、その時。
「む? なんだこの光る壁は。邪魔だな」
レオンが、一歩、前に出た。
「ちょっとレオン! ナビコの言葉を聞いてなかったの!? 物理攻撃したら反射されてアンタがトマトケチャップに――」
「マール。俺の故郷の山にはな、こういう言葉がある」
レオンはあたしの制止を完全に無視し、肩に担いでいた大剣を、ゆっくりと両手で構え直した。
「通れない壁があるなら、もっと強く殴ればいい。……行くぞ」
「そんなのただのゴリラの思考でしょォォォォォッ!!」
あたしの絶叫を置き去りにして、レオンが静かに息を吸い込んだ。
ズウゥゥゥゥゥン……ッ!!
瞬間、レオンの全身の筋肉が、目に見えるほどの膨張を始めた。
彼の軍服の袖が、盛り上がった上腕二頭筋に耐えきれず、バリバリと音を立てて引き裂かれていく。
そして、彼の肉体から、魔力ではない、純粋な生命力のオーラがドス黒いまでのプレッシャーとなって噴き出した。
その圧倒的な質量は、周囲の空気を物理的に押し広げ、コアルームに強烈な突風を引き起こす。
「フ、フン! 脅しのつもりか! 無駄だ、我が聖壁は貴様の筋肉など――」
副隊長ハインツが強がった、まさにその瞬間。
レオンが大剣を上段に振りかぶった。
彼が床を踏みしめた瞬間、要塞の超硬度合金の床が、爆発したかのように粉砕され、巨大なクレーターができる。
「アベニール流・一刀両断……」
レオンの瞳が、野獣のように鋭く光る。
「……いや。――ただの力任せマックス・パワー!!」
レオンは、その規格外の巨体を極限まで捻り、身の丈ほどもある大剣を、黄金の多重魔法障壁に向かって、文字通り力任せに振り下ろした。
キィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!
大剣の刃が、魔法障壁の第一層目に激突した。
その瞬間、本来なら衝撃を吸収して反射するはずの魔法陣が、まるで悲鳴を上げるように激しく明滅した。
「ハハハ! 無駄だ! 衝撃はすべて我が盾に――」
「ぬんぅぅぅぅぅぅぅンッ!!!」
レオンが、さらに両腕に力を込めた。
彼の腕の血管が破裂せんばかりに浮き上がり、筋肉の密度が極限を超えて硬化する。
理屈?
魔法科学?
衝撃変換?
そんな高度な文明の技術力を、レオンはただの圧倒的な腕力と気合だけで、上から無理やり押し潰しにかかったのだ。
メキメキ……メキメキメキッ!!!
「な……な、何だと……!?」
副隊長ハインツの顔から、スッと血の気が引いた。
彼の持つ魔導シールドの圧力計が、見たこともない速度で危険域レッドゾーンへと跳ね上がっていく。
戦艦の主砲すら耐えるはずの黄金の障壁が、レオンの大剣が食い込んだ部分から、まるで固いゴムを無理やり引き裂くように、グニャリと歪み、亀裂が走り始めたのだ。
「ば、馬鹿な! 物理攻撃のエネルギーが、装甲の変換許容量を超えている!? 魔法回路が……筋肉の圧力に押し負けているというのか!?」
「オォォォォォォォォォッッ!!!」
レオンがさらに一歩、踏み込む。
彼の背後に、怒れるドラゴンのような幻影――ではなく、ただの気合の具現化が見えた気がした。
そして――。
バリィィィィィィィィィィンッ!!!!!
ガラスが粉々に砕け散るような、凄まじい爆音がコアルームに響き渡った。
ガルファード帝国の最高峰の魔導科学の結晶、戦艦の主砲すら耐える『重層魔導聖壁』が。
レオンの、ただの筋肉によるゴリ押しの前に、文字通り真っ二つに斬り裂かれ、光の粒子となって霧散したのだ。
「ギ、ギャァァァァァァァァッ!?」
障壁の崩壊に伴う強烈な魔力のバックドラフトと、レオンの振り下ろした大剣の凄まじい風圧をモロに浴びた副隊長ハインツは、持っていた巨大な盾ごと、遥か後方の壁へと弾き飛ばされた。
ズガァァァァァァァンッ!!
ハインツは壁に深々とめり込み、白目を剥いて完全に失神した。
もちろん、彼の最新鋭の魔導シールドは、中心から綺麗に真っ二つに叩き割られていた。
「ふぅ。よし、通れるようになったな」
レオンは大剣をパッと肩に担ぎ、何事もなかったかのように、引き裂かれた軍服の袖から覗く太い丸太のような腕をさすった。
「…………」
「…………」
「ピキュ……」
コアルームに、完全な静寂が訪れた。
あたしも、スナイダーも、ナビコも。
全員が、開いた口が塞がらない状態で、目の前の「人類の枠を超えた化け物」を凝視していた。
ドン引き、という言葉では生ぬるい。
目の前で起きたあまりの理不尽――魔法を筋肉で叩き割るという現象――に、あたしの天才的な思考も、スナイダーの帝国的エリート思考も、完全にフリーズを起こしていた。
「な……ななな……何だ貴様は……! 魔法を……我が帝国の誇る最高峰の魔導障壁を……ただの腕力で……力ずくで破るなど……そんなことが……人間にできるわけがない……!」
スナイダーが、恐怖のあまりガタガタと全身を震わせ、今度こそ完全に腰を抜かした。
彼が何年もかけて学んできた軍事学や魔導科学の常識が、今、一人の脳筋の手によって跡形もなく粉砕されたのだ。
精神的ダメージは計り知れない。
「ピキュ……。私、知リマセン。コノ人ノ筋肉、絶対ニ何カノ違法ナ魔改造サレテマス。古代人デモ、ココマデ理不尽ジャナカッタデスヨ……」
ナビコがポーチの中でガタガタと震えながら呟く。
「……まぁ、いつものことよね」
あたしは最初に正気を取り戻し、ため息をつきながら魔銃を構え直した。
相棒の頭がおかしい、物理的に、のは今に始まったことじゃない。
今はそれよりも、道が開けたことを喜ぶべきだ。
「さあ、スナイダー。アンタの最後の切り札も、うちのゴリラが綺麗に片付けてくれたわよ」
あたしは腰を抜かしたスナイダーの目の前に立ち、銃口をその額へと突きつけた。
「王都消滅まで、あと三時間弱。……観念して、今すぐそのコンソールの自爆シークエンスを止めなさい。さもないと、次はアンタのその眼鏡ごと、レオンのフルスイングの餌食に指定してあげるわよ?」
「ヒッ……!」
スナイダーが悲鳴を上げる。
脳筋剣士の理不尽すぎるパワーによって、戦況は完全に決した。
しかし、暴走を続ける要塞のコアは、依然として不気味な青白い光を放ちながら、破滅へのカウントダウンを刻み続けていた。
王都消滅まで、残り三時間弱。
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