第21話:本気モード・マール。天才の真骨頂
「レオン! アンタいつまで遊んでんのよ! 早く来なさァァァァいッ!!」
あたしの怒声が、要塞の最深部『中枢核コアルーム』に空しく響き渡る。
壁の向こうでは、レオンがまだ四つ腕の要塞近衛ゴーレム三体と絶賛乱闘中だ。「ガハハ! 良い運動だ!」という楽しげな声が微かに聞こえてくるあたり、当分こちらに来る気配はない。
巨大な青白い光の柱――要塞のコアを背にして、インテリ眼鏡の工作員スナイダーが、割れた眼鏡の奥の目を吊り上げて嗤った。
「無駄ですよ。あのゴーレムは古代防衛システムの最高傑作。いくらあの脳筋剣士でも、数十分は足止めされる。そして……その数十分こそが、この要塞に必要なのですから」
「……どういうことよ」
「先ほど、私がナビコをメインフレームに接続しようとした一瞬の隙。実はあの時、コアの出力リミッターをさらに一段階解除したのですよ」
スナイダーが手元のコンソールを操作すると、空中に巨大なホログラムモニターが展開された。
そこに表示されたのは、要塞の現在位置と王都までの距離。そして、赤く点滅する『カウントダウン・タイマー』だった。
【王都到達・及ビ・メルトダウンマデ……アト三時間二十四分】
「さ、さんじかん……!?」
「ええ。四十八時間から、一気に縮めさせてもらいました。要塞の魔力駆動炉は現在、限界を遥かに超えて暴走状態にある。もう誰にも止められない。あと数時間で、この要塞は王都のド真ん中で、数百万の命ごと盛大に自爆するのです」
「ふ、ふざけるなァァァッ!!」
あたしは右手のカノンを構え、スナイダーに向けて引き金を引こうとした。
「浅はかな小娘が。私が何の備えもしていないとでも?」
スナイダーが指を鳴らした瞬間。
コアルームの天井、床、壁のあちこちから、無数の銃身――『自動防衛砲台オート・タレット』が、ガチャガチャと音を立てて姿を現した。
さらに、空間を切り裂くような高出力の魔力レーザー網が、あたしとスナイダーの間を何重にも遮るように展開される。
「これはコアルーム専用の最終防衛システム。私の魔力とリンクしており、侵入者を微塵切りにするまで止まらない。……さあ、絶望の中で散りなさい!」
ギュイィィィィィンッ!!
数十基の砲台から、一斉に魔力弾とレーザーが放たれた。
「きゃあっ!?」
あたしは咄嗟に床を蹴り、近くにあったクリスタル製の巨大な柱の陰へと飛び込んだ。
直後、あたしが立っていた場所の床が、凄まじい砲撃によって蜂の巣にされる。
「ピキュ! マール、ヤバイデス! コアルームノ防衛システムハ、自己修復機能ツキデス! 壊シテモ壊シテモ無限ニ湧イテキマスヨ!」
ポーチの中でナビコが悲鳴を上げる。
「わかってるわよ……っ!」
あたしは柱の陰で息を潜めながら、自分のホルスターと弾薬ポーチを探った。
残っている特級カートリッジ、高額弾薬は……わずか三発。
通常カートリッジも、残り二十発を切っている。
先ほどの乱れ撃ちで、完全に弾薬の底が見えてしまったのだ。
「……弾がない。防衛砲台は数十基。おまけに自己修復付き。レーザー網のせいでスナイダーに近づけない。……そしてタイムリミットは、あと三時間ちょっと」
絶望。
誰がどう見ても、完全に詰んでいる状況だ。
「ハハハハ! どうしましたか天才魔術銃士! 弾切れですか? それとも、迫り来る死と借金の重圧に、ついに心が折れましたか!」
レーザー網の向こう側から、スナイダーの嘲笑が聞こえる。
「……」
あたしは、目を閉じた。
王都が消滅する。
世界一美味しいミルフィーユを出すケーキ屋が消滅する。
国庫が消滅して、この要塞攻略の報酬がパーになる。
そして、あたしが撃ち尽くしたウン万枚の弾薬費が、全部自腹になる。
「……自腹」
その単語が脳裏をよぎった瞬間。
ブチッ。
あたしの中で、何かが完全に、そして静かにキレる音がした。
「……ナビコ」
「ピ、ピキュ? ドウシマシタ、マール。声ガ低クテ怖イデス」
「……あたしはね。自分の身を飾るためのドレス代や、美味しいケーキのためなら、金貨なんていくらでもポンと出せるのよ」
あたしはゆっくりと目を開けた。
その瞳孔は、青白い魔力の光を宿して、針のように細く収縮していた。
「でもね……。こんな薄汚いテロリストのせいで発生した無駄な出費は……少したりとも、絶対に、絶対に払いたくないのよォォォォォォッ!!」
ゴオォォォォォォォッ!!
あたしの全身から、先ほどの乱れ撃ちの時とは質の違う、研ぎ澄まされた魔力が立ち昇った。
怒りに任せた暴走ではない。
弾薬を極限まで節約し、一発の無駄撃ちも許さないという、ドケチ精神が極限まで高まった結果生み出される『超絶集中状態』
「ピキュ……! マールノ脳波ガ異常デス! 魔力ノ演算速度ガ、古代ノスーパーコンピューターヲ凌駕シテイマス!」
「天才の真骨頂……見せてあげるわ。一発たりとも外さない。一発たりとも無駄にしない!!」
あたしは柱の陰から、弾丸のように飛び出した。
『目標捕捉。排除シマス』
砲台が動き、一斉にあたしに照準を合わせる。
「遅いッ!」
あたしは左手の『フリューゲル』の引き金を、最小の魔力で引いた。
放たれた風の弾丸は、砲台には向かわない。
狙ったのは、天井から垂れ下がっていた『古代の配電パイプ』
パァンッ!
弾丸がパイプの結合部を正確に撃ち抜き、中から高圧の冷却ガスがプシューッと噴き出した。
「目眩ましですか! 同じ手は通用しないと言ったでしょう!」
スナイダーが叫ぶ。
「目眩ましじゃないわよ、バカ眼鏡!」
冷却ガスが噴き出した瞬間、あたしは右手の『カノン』で、そのガスに向かって炎の通常弾を放った。
炎と冷却ガスが空中で衝突し、急激な温度変化による『局地的な水蒸気爆発』が発生する。
ドンッ!!
その爆発の衝撃波は、敵を倒すためのものではない。
あたし自身の体を、空中で横に弾き飛ばすための推進力だ。
「なっ!?」
空中で急激に軌道を変えたあたしの体を、数十発の自動砲台の弾幕が、紙一重ですり抜けていく。
そして、吹き飛ばされた先の空中で、あたしは体を捻りながら、両手の魔銃を構えた。
「まずは五基!!」
タン、タン、タン、タン、タンッ!
息を呑むような早撃ち。
五発の魔力弾が、空中で完璧な放物線を描き、五基の自動砲台の『センサーレンズのド真ん中』だけをピンポイントで貫いた。
ガシャァァァンッ!!
システムを破壊された砲台が、火花を散らして沈黙する。
「な、なんだと!? 空中での無体勢から、完璧な精密射撃だと!?」
スナイダーが驚愕に目を見開く。
「自己修復機能があるなら、直せないレベルで中枢を焼き切るだけよ!」
着地と同時に、あたしは床を滑るように走り出した。
頭の中では、残りの通常弾と、三発の特級カートリッジの配分、敵の砲台の配置、レーザーの反射角、空間の魔力濃度のすべてが、完璧な数式となって瞬時に弾き出されていた。
少しも無駄にしない。
その極限の執念が、あたしの射撃センスを神の領域へと引き上げていた。
「第二波、撃て! レーザーの出力を上げろ!」
スナイダーの命令で、残る砲台が弾幕を張り、レーザー網があたしを切り刻もうと迫る。
しかし、今のあたしの目には、そのすべての攻撃の隙間が、はっきりとしたラインとして見えていた。
「右に二歩、跳躍して〇・五秒滞空、斜め前方にロール!」
あたしは、まるで最初から振り付けが決まっていたダンスを踊るように、弾幕とレーザーの間をミリ単位で潜り抜けていく。
そして、回避の動作のついでに、引き金を引く。
タンッ! タンッ!
銃弾は壁や柱に反射し、あり得ない角度から砲台の死角を突いて、次々とその機能を停止させていく。
「ピキュ! 凄イ! 凄スギマス、マール! 弾道計算ト魔力配分ガ、誤差〇・〇〇〇一パーセント以内! まるで未来ヲ見テイルヨウデス!」
「未来なんか見てないわよ。あたしが見てるのは、弾薬代だけよ!」
「バ、バカな……! 私の展開した完璧な防衛網が……たかが小娘一人の、しかも通常弾の銃撃で崩されていくだと!?」
スナイダーが、恐怖に顔を歪めながら後ずさる。
残る砲台は、あと十基。
通常弾の残りは、あと五発。
「数が足りないわね。なら、まとめてぶっ壊すまでよ!」
あたしは、残っていた通常弾の五発を、一気に上空へと撃ち放った。
「ヤケクソですか! 当たっていませんよ!」
「誰が当てるって言ったのよ。……計算通りよ」
あたしが撃ち上げた五発の魔力弾は、天井のクリスタルの反射板に命中し、そこで『ビリヤードのブレイクショット』のように乱反射を起こした。
乱反射した弾丸は、レーザー網の発生装置の基部へと次々にピンポイントで着弾する。
パリンッ! ガキンッ!
基部を破壊されたレーザー網が、制御を失って暴走を始めた。
「なっ……レーザーが、こちらへ!?」
暴走した高出力レーザーは、あたしを狙うのをやめ、無秩序にコアルーム中を乱舞し始めた。
そして、そのレーザーの軌道上にあった残りの自動砲台十基を、自らの光の刃で真っ二つに切断してしまったのだ。
ドガガガガガガガガァァァンッ!!
自爆に次ぐ自爆。
スナイダーが誇ったコアルームの絶対防衛網は、あたしのたった二十発の通常弾と、極限の知略――ドケチ計算の前に、完全に沈黙した。
「……あ、ああ……馬鹿な……」
スナイダーが、へたりと床に膝をつく。
彼の前を遮るものは、もう何もない。
絶対魔力防壁に守られたコアと、その前で震えるインテリ眼鏡だけだ。
「……ふぅ」
あたしは銃口から立ち昇る硝煙をフッと吹き飛ばし、ゆっくりとスナイダーへと歩み寄った。
「言ったでしょ。あたしは天才なのよ。弾薬費と美容代を手に入れるためなら、不可能も可能にしてみせるわ」
あたしの両手の魔銃には、まだ『特級カートリッジ』が三発、手付かずで残っている。
「さあ、スナイダー。アンタの防衛網は全部パァよ。おとなしく降伏して、この要塞を止めるパスワードを吐きなさい」
あたしは、残り三発の重みを確かめるように、カノンの銃身を軽く持ち上げた。
「さもないと、この高額カートリッジを、アンタのその綺麗に撫で付けた頭にぶち込むわよ」
王都滅亡まで、あと三時間少々。
本気モード、すなわちドケチの極致に達した天才魔術銃士が、ついに黒幕を追い詰めた。
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