第20話:敵の狙いは「王都消滅」!?
「さあ。その小汚い手から、あたしの換金予定のナビコを離しなさい。さもないと……アンタのその綺麗に分けた髪の毛、一本残らず炭火焼きにしてやるわよ!!」
要塞の最深部、『中枢核コアルーム』。
巨大な青白い光の柱――要塞の心臓たるマナの奔流が脈打つその空間で、両手の魔銃をインテリ眼鏡・スナイダーへと突きつけた。
「……野蛮な真似を。たかだか金貨数万枚のために、国家の命運を懸けたこの崇高な儀式の邪魔をする気ですか」
スナイダーは片手でナビコを掴み、もう片方の手で、メインフレームから伸びる禍々しい黒い接続ケーブルをナビコの頭部ポートに突き刺そうとしていた。
割れた眼鏡の奥の瞳には、常軌を逸した執念が宿っている。
「崇高な儀式だか何だか知らないけど、あたしの借金返済計画を邪魔する奴は、皇帝だろうが神様だろうが容赦しないわよ! ナビコを返しなさい!」
「フンッ。遅いですね。もう接続は――」
スナイダーがケーブルを突き刺そうとした、そのコンマ一秒の隙。
あたしの右手のカノンが火を噴いた。
バシュゥゥゥンッ!!
「なっ……!?」
放たれたのは爆炎弾ではなく、極限まで圧縮された無属性の魔力弾マナ・バレット。
それはスナイダーの指先を掠め、彼が握っていた太い接続ケーブルの先端だけを、見事にピンポイントで撃ち抜いて粉砕したのだ。
「ちぃッ!」
ケーブルが弾け飛び、火花が散る。
スナイダーが思わず怯んでナビコから手を離した瞬間、あたしは床を蹴って距離を詰め、空中に放り出されたナビコをダイビングキャッチでかっさらった。
「ナイスキャッチ! あたし! さすが天才!」
「ピ、ピキュゥ……。マール、遅イデスヨ……。モウ少シデ、古代ノ高圧電流デ私ノ論理回路ガ黒焦ゲニナルトコロデシタ……」
あたしの腕の中で、ナビコが涙目――アンテナがヘニャッと垂れているだけだが――震えている。
「ごめんごめん! でも、ちゃんと取り返したでしょ? ほら、アンタは絶対に鉄屑屋で高く売るって決めてるんだから、こんなコソ泥眼鏡に壊されたら困るのよ!」
「ピキュ。……相変ワラズ、助ケニ来テクレタ感動ヲ一瞬デ粉砕スル女デスネ、貴女ハ」
「文句言わないの! ほら、下がってなさい!」
あたしはナビコを背中のポーチに押し込むと、再びスナイダーへと向き直った。
「これでアンタの手札はゼロよ。ナビコがないと、コアの最終ロックは解除できないんでしょ?」
「……ク、クックックッ」
しかし。
ケーブルを破壊され、鍵であるナビコを奪い返されたというのに、スナイダーは余裕の笑みを浮かべていた。
いや、余裕というより、それは完全にイカれた信奉者の笑みだった。
「手札がゼロ? ロックが解除できない? ……ハハハハハ! 愚かですね! あなたは、根本的な勘違いをしている!」
スナイダーが両手を広げ、背後の巨大な光の柱を仰ぎ見る。
「私がナビコを使ってコアのロックを解除しようとしていたのは、要塞を停止させるためではありませんよ! むしろ逆だ!」
「……逆?」
嫌な予感が、あたしの背筋を這い上がった。
『ピ、ピキュ! マール! ヤバイデス!!』
背中のポーチの中で、ナビコがけたたましい警告音を鳴らし始めた。
「ど、どうしたのナビコ!?」
「ピキュ! 先程、一瞬ダケ敵ノケーブルニ接触シタ際ニ、コアノ現在ノ設定状況ノ一部ヲダウンロードシマシタ! コノ要塞、タダ王都ニ向カッテ進撃シテイルワケジャアリマセン!!」
ナビコの音声が、かつてないほどに切羽詰まっている。
「ど、どういうことよ! さっきこの眼鏡は、要塞の圧倒的な質量で王都を押し潰すって……」
「アレハ嘘デス! 物理的ニ踏ミ潰スノハ、単ナル『過程』ニ過ギマセン! コノ要塞ノ真ノ目的、ソレハ……!」
ナビコの言葉を遮るように、スナイダーが高らかに宣言した。
「超巨大・魔力臨界爆弾ですよ」
「……は?」
あたしの思考が、一瞬だけ停止した。
「ただ王都を踏み潰すだけでは、城壁や一部の区画に被害が出るだけで、国の機能は完全には停止しない。我が帝国が望むのは、抵抗する気力すら起きないほどの『完全なる絶望』と『焦土』です」
スナイダーが、歪んだ笑みを浮かべる。
「この要塞のコアは、本来は大陸一つを数百年維持できるほどの膨大な魔力エネルギーを秘めている。我々はそのエネルギーの安全装置リミッターを、すべて物理的に破壊した。そして、この要塞が王都のド真ん中、すなわち王城の座標に到達した瞬間――」
スナイダーは、両手で大きな花火を作るようなジェスチャーをした。
「コアの魔力を暴走させ、要塞そのものを起爆剤として自爆させるよう、プログラムを書き換えたのです」
「じ、自爆……!?」
あたしは血の気を失った。
「ピキュ。事実デス。コアノ魔力残量ト爆発係数ヲ計算……。モシコノ要塞ガ王都デ自爆スレバ、爆発ノ半径ハ数百キロニ及ビマス。王都ノミナラズ、周囲ノ穀倉地帯、周辺都市、山脈モロトモ、文字通リ『地図カラ消滅』シマス」
「ち、地図から消滅ぅぅぅっ!?」
想像を絶する被害規模に、あたしは言葉を失った。
今まで、森を吹き飛ばしたとか、カジノを更地にしたとかで器物破損の罰金に怯えていたが、そんなレベルの話ではない。
国が消える。
店が消える。
ケーキが消える。
「……狂ってる。アンタたち帝国は、頭がおかしいの!? 何十万っていう人間が住んでる場所を、丸ごと消し飛ばす気!?」
「すべては、皇帝陛下の大いなる野望のため。多少の犠牲は、歴史のパズルの一欠片に過ぎません」
スナイダーは平然と言い放った。
「私がナビコを接続しようとしていたのは、その自爆までのカウントダウンをさらに早めるためだったのですがね。……まあ良い。あなたが邪魔をしたところで、要塞が王都に到達すれば、自動的に自爆シークエンスは発動する」
「ふざけないで! だったら、到達する前に、あたしがこのコアをぶち壊して、要塞を止めるまでよ!」
あたしは両手の魔銃の銃口を、背後の巨大な青白いコアへと向けた。
ロックがどうのこうの言っている場合ではない。このデカい光の柱を物理的、あるいは魔法的に破壊すれば、自爆もへったくれもないはずだ!
「やれるものなら、やってみなさい」
スナイダーが嘲笑う。
「そのコアは、古代魔法文明の最高傑作。一切の物理攻撃、魔法攻撃を弾き返す『絶対魔力防壁パーフェクト・イージス』に守られている。先ほどのエレベーターホールの障壁など、児戯に等しい強度ですよ」
「うるさいわね! あたしの魔銃の最大火力を舐めないで!」
あたしは右手のカノンに、残っていた貴重な炎属性カートリッジを装填し、コアに向けて引き金を引いた。
ドゴォォォォンッ!!
特大の火球が、コアを直撃する。
しかし。
キィィィィン……ッ!
凄まじい爆炎が晴れた後、コアの周囲には透明な壁が展開されており、光の柱には文字通り傷一つついていなかった。
それどころか、あたしの放った魔力が防壁に吸収され、コアの輝きがさらに増したようにすら見える。
「なっ……!?」
「無駄だと言ったでしょう。その防壁を解除できるのは、マスターキーであるナビコだけ。しかし、ロックを解除した瞬間に自爆シークエンスが早まる設定になっている。つまり、あなた方にはもう、手出しができないのです」
スナイダーの言う通りだった。
壊そうにも、防壁が硬すぎて傷一つつけられない。
ナビコでロックを解除すれば、その瞬間に大爆発。
放置しておけば、四十八時間後に王都で大爆発。
完全にチェックメイトだ。
「……どうすんのよ、これ」
あたしは魔銃を下ろし、へたり込みそうになる膝を必死に堪えた。
王都が、消える。
あたしの愛する、絶品ケーキ屋が消える。
……そして何より。
「王都が消滅したら……国庫も消滅する……。そしたら、あたしのこの要塞攻略の報酬は、誰が払ってくれるのよォォォォォォォォッ!!」
「そこですか!? この絶望的な状況で、まだお金の心配をしているのですかあなたは!!」
スナイダーが、狂信者めいた雰囲気から一転して素でツッコミを入れてきた。
「当たり前でしょ! あたしは借金返済のためにここまで来たのよ! 報酬がゼロになったら、あたしが使ったこの弾薬費と、精神的苦痛の慰謝料はどうなるのよ! 自腹!? 全部自腹で払えって言うの!? そんなの、死んだ方がマシよッ!!」
「ピキュ。マールノ金銭感覚ハ、既ニ大陸ノ存亡ヲ凌駕シテイマスネ。アル意味、尊敬シマス」
ナビコが呆れ果てた電子音を鳴らす。
「うるさいッ! ああもう、絶対に許さない! このコアが壊せないなら……アンタを蜂の巣にして、アンタの持ってる帝国軍の最高機密データでも何でも売り飛ばして、絶対に借金をチャラにしてやるんだから!!」
あたしは再びスナイダーへと魔銃を向けた。
もうヤケクソだ。要塞が止まらないなら、せめて目の前の元凶を八つ裂きにして、少しでも鬱憤を晴らさなければ気が済まない。
「フン……。野蛮な小娘が。いいでしょう、コアの自爆まで、ここであなたを嬲り殺しにして差し上げますよ」
スナイダーが、残っていた片割れの魔導狙撃銃を構え直す。
コアの青白い光が、あたしたちの殺意を照らし出す。
「レオン! アンタいつまで遊んでんのよ! 早く来なさァァァァいッ!!」
あたしの怒りの絶叫が、絶望的な時限爆弾と化した要塞の最深部に響き渡った。
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