第18話:レオンの剣が斬れないもの
天才美少女が、分厚い魔力遮断隔壁の向こう側で借金への怒りを爆発させ、弾薬費を度外視した『全方位の乱れ撃ち』を開始していた、まさにその頃。
ドガガガガガガガガガガガッ!!
分断された第十五層指令エリアのこちら側でも、壁を隔ててなお要塞全体を揺るがすような凄まじい爆音と振動が連続して響き渡っていた。
「ガハハ! どうやらマールの奴、向こうでド派手にやっているようだな! 俺も負けてはいられんぞ!」
「ピキュ。マスター、強ガッテイル場合ジャアリマセン。現状ハ完全ナ行動不能……大ピンチデス!」
レオンの頭の上で、ナビコが情けない電子音を鳴らす。
無理もない。現在のレオンは、帝国工作員『黒の牙』が放った二つの凶悪な特殊兵器によって、完全に床に縫い付けられていたのだから。
一つは、局地的な超重力を発生させる『重力アンカー』。
通常の五十倍という、巨象の骨すら一瞬で圧し折るほどの重力場がレオンの周囲にだけ展開され、床の鋼鉄がすり鉢状に凹んでいる。
もう一つは、レオンの全身に絡みついた『魔導網スライム・ネット』。
網に編み込まれた特殊なスライムが、捕らえた獲物の魔力と体力を際限なく吸い上げ、ミイラにするまで離さないという悪魔の捕縛兵器だ。
「ふはははは! 見たか、この化け物め! いかに怪力だろうと、五十倍の重力の下では指一本動かせまい!」
「さらにスライムネットが貴様の体力を根こそぎ奪う! 大人しく降伏しろ!」
安全圏から、数名の黒服の工作員たちが勝ち誇ったように嗤う。
これで厄介な前衛は無力化した。あとは壁の向こうの小娘をスナイダー様が始末するのを待つだけだ――誰もがそう確信していた。
だが。
「……ふむ」
レオンは、床に膝をついたまま、顎に手を当てて深く頷いた。
「どうした、ついに観念したか!」
「いや。最近、大剣を振り回しすぎて少し肩こりが酷かったのだが……この適度なマッサージ、なかなか筋繊維の奥まで効いて心地良いなと思ってな」
「…………は?」
工作員たちの顔から、スッと笑みが消えた。
適度なマッサージ。
この男は今、鋼鉄を凹ませる五十倍の重力をそう呼んだのだ。
「さて、休憩は終わりだ。マールを待たせるわけにはいかんからな」
レオンが「ふんッ!」と短く呼気を吐いた。
直後、彼の分厚い軍服の下で、大理石の彫刻のように研ぎ澄まされた筋肉――広背筋、上腕二頭筋、大胸筋が、異常なまでのパンプアップを起こした。
ビキッ……! ビキビキビキッ!!
「な、なんだ!? スライムネットが……!?」
レオンの全身に絡みついていたスライムネットが、異様なほどにパンパンに膨れ上がり始めた。
スライムは確かにレオンの体力を吸収しようとしていた。しかし、レオンの細胞が発する『圧倒的な生命力』の供給量が、スライムの吸収許容量を遥かに上回ってしまったのだ。
「お、おい! スライムの吸収メーターが振り切れてるぞ!」
キュルルルルル……ギギギギギギッ!!
捕縛装置に取り付けられた小型メーターの針が、限界値を超えて右端に張り付き、内部の歯車が悲鳴のような異音を上げ始めた。
「ピキュ!? 吸収メーターガ完全ニ振リ切ッテマス! コレ、吸ッテイルノハスライムノハズナノニ、逆ニ処理落チシテマスヨ! マスター、捕縛兵器ニ栄養過多ヲ起コサセルノ、ヤメテクダサイ!」
「ガァァァァァァッ!!」
レオンが両腕にグッと力を込めた瞬間。
限界を超えて膨張したスライムネットが、バァァァンッ! と風船のように派手に破裂し、周囲にネバネバの残骸を撒き散らした。
「よし、一つ」
そのままレオンは、五十倍の重力がのしかかっているはずの足で、平然と床を踏み抜いて立ち上がった。
メキャァァァァァンッ!!
レオンの脚力と重力アンカーの圧力の板挟みになった『要塞の床』が耐えきれず、アンカーの発生装置ごと木っ端微塵に粉砕される。
「さて、準備運動は済んだぞ。次は誰が相手をしてくれるんだ?」
肩をグルグルと回しながら爽やかに笑うレオン。
その姿を見た工作員たちは、完全に恐怖で顔を引き攣らせた。
「ば、化け物……! 魔法も科学も、物理法則すら通じないのかこいつは!」
「ええい、怯むな! 第一班、対物理用の『アレ』を展開しろ!!」
リーダー格の工作員の怒号と共に、残った五名の工作員が一斉に自身の軍服のスイッチを起動した。
シュゥゥゥゥッ……!
彼らの軍服の表面から、銀色の金属質の液体が大量に滲み出し、瞬く間に全身を覆い尽くした。
それはまるで、彼ら自身が鏡面のようなスライムの魔物に変異したかのような、不気味な姿だった。
「ピキュ! マスター、気ヲツケテ下サイ! アレハ帝国ノ最新鋭防具『液状装甲リキッド・アーマー』デス!」
「液状装甲?」
レオンが大剣を構えながら首を傾げる。
「フハハ! その通り! この装甲は、受けた物理的な衝撃を瞬時に流体マトリックスが分散し、完全に無効化する! つまり、貴様のその鈍重な剣の斬撃など、我々には一ミリも通じないということだ!」
「なるほど、斬れない鎧というわけか。面白い! 試してみよう!」
レオンは地を蹴り、最も近くにいた銀色の工作員へと突撃した。
「シィィィッ!!」
空気を切り裂く鋭い呼気と共に、レオンの大剣が真横から工作員の胴体を薙ぎ払う。
鋼鉄のゴーレムすら両断する、必殺の一撃。
スゥゥゥ……ッ。
しかし、刃が工作員の体に触れた瞬間。
銀色の装甲は刃の圧力に合わせて波打つように凹み、大剣の斬撃を『受け流す』ようにして、文字通りツルンッとすり抜けてしまったのだ。
「……む?」
レオンが剣を振り抜いた後には、無傷で立つ工作員の姿。
「ハッハッハ! 言っただろう! いかに貴様の力が規格外でも、水やスライムを剣で両断することは不可能だ! 物理攻撃しか能のない脳筋剣士め、これで貴様も終わりだ!」
工作員たちが、勝利を確信して魔導ライフルを構える。
「ピキュ! ヤバイデス! 液状装甲ハ、刃物ノヨウナ『点ヤ線』ノ圧力ニ対シテハ無敵ノ耐性ヲ持ッテイマス! コレジャア、マスターノ大剣ハタダノ重イ棒キレ――」
「なるほど。斬れないなら、潰せばいいだけの話だな!」
「……ピキュ?」
「……は?」
ナビコと工作員たちの声が重なる。
レオンは、自身が持つ身の丈ほどもある大剣の刃を……クルリと横に寝かせた。
そして、剣の刃ではなく、広くて平らな腹の部分を、バッティングセンターのバッターのように正面に構えたのだ。
「おい、何を……」
工作員が戸惑いの声を上げるより早く。
レオンは、腰の捻りと全身の筋肉のバネを極限まで使い、大剣をフルスイングで振り抜いた。
「オォォォォォォォォッ!!」
ドグワァァァァァァァンッ!!!!
「ぐ、ごぼぁぁぁッ!?」
凄まじい衝撃音が指令エリアに響き渡る。
レオンの大剣でモロにぶん殴られた工作員は、液状装甲で衝撃を分散する暇すら与えられず、ボールのように弾き飛ばされた。
「線がダメなら、面で圧殺する! これがアベニール流……いや、レオン流の剣術だ!」
受け流す隙間もない、大剣の広い『面』による暴力的なまでのホームラン。
弾き飛ばされた工作員は、そのまま後方の分厚い鋼鉄の壁に激突し、壁ごとベキバキと凹ませて白目を剥いて気絶した。
見事なまでの「ハエ叩き」である。
「なっ……馬鹿な!? 液状装甲の衝撃分散限界を、純粋な腕力だけで突破しただと!?」
「大剣の平打ちだと!? 剣をなんだと思っているんだ貴様ァッ!」
残された工作員たちが、恐怖と混乱でパニックに陥る。
「ガハハ! 案ずるな、峰打ちならぬ平打ちだから命までは取らんぞ! さあ、残りもまとめてかかってこい!」
レオンは満面の笑みで、大剣を再びバッターの構えで振りかぶった。
ドゴォン! バキィン! ズガァァァン!!
その後は、一方的な蹂躙だった。
斬撃無効の最新鋭アーマーを纏った精鋭たちは、次々とレオンのフルスイングによって宙を舞い、壁のシミへと変えられていく。
最新の科学技術が、ただの『暴力的なまでのスイングスピードと質量』の前に完全敗北した瞬間だった。
「ふぅ。こんなところか」
数分後。
全員が壁にめり込んで気絶した工作員たちを見下ろし、レオンは満足げに大剣を肩に担いだ。
「ピキュ……。刃物ノ意味ガ、完全ニ否定サレマシタ。古代ノ鍛冶師ガ見タラ、絶対ニ泣キマスヨ……」
ナビコがアンテナを垂れ下げて、呆れ果てたようにお通夜モードの電子音を鳴らす。
「さて、邪魔者は片付いたな。マール! 今そっちに行くぞ!」
レオンは、自分たちを隔てている分厚い『超硬度・魔力遮断隔壁』の前に立った。
魔力攻撃を完全に遮断し、大砲の直撃にも耐えるという最新の防護壁。
「この壁も、さっきと同じように『面』でぶち破ればいいのだな! ――ぬぅぅぅんッ!」
レオンが大剣の腹を壁に向かって叩きつけようと振りかぶる。
「ピキュ! 待ッテ下サイ、ソノ壁モ殴ッテ壊ス気デスカ! 中ニハ重要ナ配線ガ――」
ナビコの制止も虚しく、レオンの規格外の筋肉が、分厚い隔壁に向かって全力で叩きつけられようとしていた。
シリアスな頭脳戦など、この男の前には一秒たりとも存在し得ない。
相棒を救うため、脳筋剣士の暴力的なまでの大粉砕が、今まさに壁を打ち破ろうとしていた!
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