第15話:再会、黒服の男。その名はスナイダー
「……驚きましたよ。まさか、あの廃棄場から四十八時間もかからずに、しかも物理的にエレベーターシャフトをぶち抜いて上がってくるとは。あなた方は、ゴキブリ以上の生命力をお持ちのようだ」
第十五層『中央指令エリア』
要塞の頭脳とも呼べるその広大な空間のド真ん中で、黒服の兵士たちを従えた銀縁眼鏡の男――スナイダーは、心底見下したような薄ら笑いを浮かべてあたしたちを見下ろしていた。
「……誰がゴキブリよ。あたしは煤まみれでも気高く生きる天才魔術銃士、マール=アベニールよ。まずはその節穴の目を、あたしの魔銃でレーシック手術してあげましょうか?」
両手の魔銃『カノン』と『フリューゲル』の銃口を真っ直ぐにスナイダーへと向けた。
冗談ではない。
あんな底なしのゴミ溜めに突き落とされた上に、高級アンドロイドを自分の手で破壊する羽目になり、挙句の果てには高額な弾薬を使って空を飛ぶハメになったのだ。
この男に対するあたしのヘイトと請求書は、すでに要塞の天井を突き破るレベルに達している。
「ピキュ。マール、相手ヲ煽ルノハ良イデスガ、現状ハ圧倒的ニ数ガ不利デス。敵兵ハザット見タダケデ五十名。全員ガ最新鋭ノ軍事魔法装備ヲ身ニ着ケテイマス」
レオンの頭の上で、ナビコが冷静に戦力差を分析する。
確かに、スナイダーの周囲を固める黒い軍服の兵士たちは、ただの山賊や冒険者とは違う。一糸乱れぬ動きで陣形を組み、手にした魔導ライフルや強化剣をあたしたちに向けている。
その洗練された殺気は、間違いなく訓練された「本物の軍隊」のものだった。
「お前ら、ただの遺跡泥棒やテロリストじゃないわね」
あたしは油断なく周囲を睨みつけながら、スナイダーに問いかけた。
「ええ。あなた方のような野蛮な冒険者に名乗る義理はありませんが……ここまで辿り着いた余興として、冥土の土産に教えてあげましょう」
スナイダーは中指でスッと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「我々は、東の大国『ガルファード帝国』の特殊工作部隊『黒の牙』。この要塞を完全に掌握し、王都へと進軍させているのは、他でもない我々の作戦なのです」
「帝国……! やっぱり、他国の陰謀だったってわけね!」
あたしは舌打ちをした。
ガルファード帝国といえば、近年急速に軍事力を拡大し、周辺諸国との緊張状態が続いている巨大な軍事国家だ。
「しかし、おかしいな! 帝国と俺たちの国は、今は表向きは休戦条約を結んでいるはずだろう! なぜこんなコソコソと、古代の兵器なんて動かしているんだ!」
レオンが大剣を肩に担いだまま、珍しく彼にしてはまともな疑問をぶつけた。
「フッ……休戦条約など、弱者が時間を稼ぐための紙切れに過ぎません。我らが皇帝陛下は、この大陸全土の統一を望んでおられる。しかし、正面から大軍を動かせば、他国の介入を招く。だからこそ、この『古代の暴走兵器』が必要だったのです」
スナイダーが、背後にある巨大なメインモニターを見上げる。
そこには、赤く点滅する要塞の現在位置と、その先に位置する『王都』の地図が映し出されていた。
「現在、あなた方の国の正規軍は、北の国境での『謎の武装勢力』との小競り合いに対応するため、王都を留守にしていますよね?」
「……! まさか、北の騒ぎもあんたたちの仕業!?」
「ご名答。陽動としては完璧だったでしょう? 主力を欠いた王都に、突如として起動した古代の要塞が迫る。誰がどう見ても、不運な『歴史的災害』だ。我々はただ、この要塞の制御中枢をハッキングし、目的地を『王都のド真ん中』に設定しただけ」
スナイダーの感情の薄い声が、指令エリアに響き渡る。
「要塞の圧倒的な質量と火力で、王都は王城ごと数時間で焦土と化す。指揮系統を失った国など、後から帝国の本隊が『救援』と称して乗り込めば、容易く属国にできるという寸法です。これぞ、血を流さずに国を奪う、最も美しく完璧な『戦略的テロリズム』」
男の口から語られたのは、国一つを丸ごと騙し討ちにする、あまりにも巨大で悪辣な陰謀だった。
ただの暴走じゃない。
この巨大な動く山は、最初から王都を完全に消し去るためだけに用意された、帝国からの巨大な爆弾だったのだ。
「ピキュ……。恐ロシイ計画デス。コノ要塞ノ『攻城殲滅モード』ガ王都ニ直撃スレバ、死傷者ハ数十万単位ニ上リマス」
ナビコの電子音声すら、微かに震えているように聞こえた。
王都が、消え去る。
数十万の人々の命が。
平和な日常が。
活気ある市場が。
「…………ふざけ、ないで」
あたしは、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「ふざけるなァァァァァァァッ!!」
あたしの怒号が、空間をビリビリと震わせた。
「王都が滅んだら! あたしが命がけで受けたこの『要塞停止ミッション』の報酬は誰が払うのよ!!」
「……は?」
スナイダーが、きょとんとした顔で固まった。
「国庫が潰れたら、あたしの森を吹き飛ばした賠償金五千枚に加えて、先ほどのカジノや清掃フロアを更地にした器物破損の数百万枚は、全部あたしが自腹で払わなきゃいけなくなるじゃないの! それに! 王都の大通りにある絶品ケーキ屋の新作ミルフィーユも、行きつけの美容室も、全部瓦礫の下になるってことでしょうが!!」
「マール! お前、そんな次元の話を……」
レオンが呆れたようにあたしを見るが、あたしは止まらない。
「国境の争いとか帝国の野望とか、そんなマクロな話は知ったこっちゃないわよ! あたしの超ミクロな、でも切実な人生設計を、アンタたちの薄汚いテロ計画で台無しにされてたまるもんですか!! 慰謝料! 美容代! 弾薬費! 全部まとめて、アンタのその綺麗に撫で付けた頭からむしり取ってやるわ!!」
「……ピキュ。ブレナイ。コノ人、全クブレナイデス」
あたしの魂の叫び、というか金への執着を聞いたスナイダーは、数秒の沈黙の後、深く、ひどく深いため息をついた。
「……愚かしい。国家の存亡という崇高な計画を前にして、己の借金とケーキの話しかできないとは。やはり、あなた方はどこまで行っても底辺のチンピラだ。理解を求めた私が馬鹿だった」
スナイダーの眼光が、鋭く細められる。
「いいでしょう。王都が滅ぶその前に、ここであなた方をスクラップにして差し上げます」
スナイダーが手を上げると、周囲を取り囲んでいた五十名の黒服の工作員たちが、一斉に魔導ライフルの安全装置を外した。
「ガハハ! ようやく話が終わったか! つまり、こいつらを全員叩き斬って、そのデカい機械を止めれば俺たちの勝ちなんだろう!」
レオンが嬉々として大剣を構え、筋骨隆々の体を前傾姿勢にする。
「レオン! ザコはアンタに任せるわ! 周りの機械、つまりコンソールは絶対に壊さないでよ! ナビコにハッキングさせて要塞を止めるんだから!」
「ピキュ! 了解シマシタ! マスター、私ニ衝撃ヲ与エナイデ下サイネ!」
「よーし! 行くぞォォォォッ!」
レオンが、弾かれたように黒服の群れへと突撃を開始する。
強烈な剣圧が巻き起こり、敵の陣形が一瞬にして崩れ去っていく。
「さて、と……」
あたしは、レオンが切り開いた乱戦の空間を真っ直ぐに見据え、その奥に立つスナイダーに二丁の魔銃を向けた。
「アンタの相手は、あたしよ。インテリ眼鏡」
「……身の程知らずな小娘が。いいでしょう、その面白いヘアーごと、私の手で美しく撃ち抜いてあげますよ」
スナイダーはそう言うと、自身の背中から、布に包まれた『細長い武器』をゆっくりと引き抜いた。
それは、あたしの魔銃よりも遥かに銃身が長く、複雑なスコープが取り付けられた、漆黒の『魔導狙撃銃』だった。
「……なるほど。アンタもガンナーってわけね」
「ガンナー? 冗談を。あなたのような、ただ魔力を乱射するだけの野蛮な『魔術銃士』と一緒にしないでいただきたい。私は、一撃で百発の弾丸を凌駕する『魔力狙撃手、スナイパー』です」
カチャリ、と。
スナイダーが狙撃銃のボルトを引き、黒い銃口をあたしへと向けた。
「一瞬で終わらせてあげましょう」
瞬間、男の全身から、針のように鋭く、そして恐ろしいほどに研ぎ澄まされた魔力が膨れ上がった。
ただの爆発力じゃない。
すべてを一点に凝縮した、必殺の魔力。
「……上等じゃないの。天才魔術銃士と、帝国の狙撃手。どっちが強いか、教えてあげるわ!」
あたしの『カノン』と、スナイダーの『狙撃銃』
国家の命運と、莫大な借金返済を懸けた、ガンナー同士の極限の銃撃戦が始まる。
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