二名様ご案内
神崎の煙草屋は静かだった。相変わらず君下の姿はあるが、三剣が居ないだけで静かさが余計際立つ。
「殺しの仕事はしてるみたいだが、鹿島クンの件以降、ここ最近の動きがない…。何か企んでるのか?」
「今動かない方がいいかな」
「いや──」
カウンター前に男二人分の影があった。
「お兄さん、煙草四つ」
「どうも」
神崎が代金を受け取った、その刹那、男の手が光った。
横に立つ男──冬弥が、懐から銃を取り出し素早く狙撃する。君下の肩口と神崎の右上腕に弾丸が突き刺さった。
「………~~~~ッッ。誰だ…」
神崎は左手で傷口を押さえ、フラつきながらも踏ん張ろうとする。肩のホルダーに手を伸ばすが、痛みで力は入らず、刃を握ることもできない。
「零…は、俺が…ッ」
君下は神崎を背にナイフを構えながら、血の匂いに顔をしかめた。
「そんな怖い顔しないで、ね」
冬弥は容赦なくカウンターを回り込み、君下の腹部を打つ。
「紫呉!」
「はいはい、お前も黙ろうな」
煙草を注文した男──夏己は神崎の腹部に拳を沈めた。
二人はカウンター奥で倒れ、痛みで動けない。
「二名様ご案なーい!」
陽気な声が店内に響き、二人の視界は徐々に闇に沈む──。
◆
夏己は冬弥と唇を重ねていた。その傍らで目覚める声がした。
「やっと目覚めたか」
夏己の声は軽やかで、先ほどの甘い空気とは裏腹に、場の緊張感を一層際立たせる。君下と神崎は、半ば朦朧としたまま、目の前の光景を呑み込むしかなかった。
「二人共おっはよー。雑だけど夏己が手当てしたから、傷は大丈夫だよ」
冬弥は淡々とした口調でそれを告げる。言葉に重みはあるが、どこか軽さが際立ち、状況の苛烈さと不釣り合いだった。
「冬弥、一言余計なんだよ」
夏己の軽口に、君下は無力感と苛立ちが胸を締め付ける。冬弥の表情は無邪気で、状況の残虐さを逆に際立たせていた。
「だって事実じゃん」
冬弥の無邪気さと残酷さが混じったような口調に、君下と神崎は呆れを通り越して言葉を失った。
「ここ何処だよ」
手首と足首を縄で縛られ、地面に転がされたまま君下は周囲を見渡す。廃工場の冷たく荒んだ空間が、逃げ場のなさを強調していた。
「場所とか気にする感じか。何処でもいいだろ。そうだな、一つ云うならお前等は招待客だ」
夏己は軽い調子で言ったが、その言葉には支配者の余裕が滲んでいた。
「招待客…?どういう意味だ」
廃工場の無機質な雰囲気に、神崎は思わず問い返す。空間にそぐわない言葉が、却って不穏さを際立たせた。
「まあまあそれより。姫川零くんって、柊紫呉くんのSub?恋人?いや、どっちも、かな?ほぼ毎日店に入り浸ってるし」
「「!」」
互いの想いを隠していた二人は、思わぬ形で暴かれ、瞬間的に動揺する。
「違ぇよ。紫呉は暇人なんだよ」
「え、零…それ酷くない?」
神崎は適当に否定の意を示すも、表情はどこか困惑していた。君下は声にならない反応を漏らす。
「ま、どっちだっていい。冬弥、こりゃあ面白ぇツラ見れるぞ」
夏己は視線を二人に巡らせ、残酷にも楽しげな笑みを浮かべた。
「えー?やっちゃう?」
「柊、煙草吸えるよな?」
「は?何急に」
夏己は君下の口に煙草を咥えさせる。無理矢理咥えさせられた煙草に、君下は唇をぎゅっと結びながらも内心で冷や汗をかいていた。
(この状況で雪都に煙草吸わせるって、何考えてんだ…?)
「冬弥、やっていいぞ」
夏己の合図で、冬弥が動き出す。君下の口元で煙草が半分ほど燃え尽きるのを確認し、次の行動を準備している。
「姫川、手出せ」
夏己は続けて命令する。束縛され、選択肢を奪われた状態の二人は、次々と理不尽な行為に晒される恐怖を肌で感じた。
「零!ソイツに耳を傾けるな!命令だ!俺の声だけ聞くんだ!!」
夏己が神崎に命令するのを目の当たりにした君下は、神崎が喉を上下させながら荒い呼吸をしていることに気付き、初めて自身の声で命令を下した。恐怖と緊張が交錯する瞬間だった。
「おいおい、一気に命令してやんなよ。姫川が困ってんだろ」夏己は君下の頬を爪先で突き、冬弥は神崎の掌に火種を押し付ける。
「しぐ…あ゛ァァアァ゛ッ」
神崎が名前を呼びかける瞬間、冬弥は満面の笑みを浮かべながら掌に火種を押し付ける。神崎の叫びは痛みと恐怖が入り混じったものだった。
「やっぱこのツラ堪んねぇわ」夏己は神崎の腰に腰を下ろす。力なく押し潰される神崎の体と表情を愉しむかのようだった。
「好きな男が吸った煙草なんだから喜べよ。あ、そういや、愉しくて忘れてたわ。お前等だろ?修二の事探ってんの」
「零から離れろ!」
「質問に答えろ。修二の事探って何しようとしてんだ?」
夏己は神崎の上腕の傷口をジャケット越しに握る。
「い゛っ…!」
神崎は声を漏らし、苦悶の表情を浮かべたまま必死で耐えている。
「冬弥悪いな。デートがおじゃんだ。前座としては愉しい時間にはなってるだろ?」
夏己は冬弥に悪びれるが、その目には遊び心と支配欲が混ざっており、無力な二人を掌握していることを楽しんでいた。
「うん。修二にご飯代くらいたかろうかな」
冬弥はナイフを手に、君下の頬を軽く突いたかと思えば、次の瞬間、顎から頬に沿って刃を滑らせる。冷たい刃先が肌を擦る感覚に、君下は思わず息を詰める。
同時刻。七条はカウンターに背を預けながら、君下のスマートフォンから次々と電話をかけていた。
『──だから本当に知らねぇんだって!』
電話の向こうの情報屋は必死で答えようとするが、知っていることは何もなく、言葉の端々に困惑が混じっていた。
「クソしか居ないのか。残り二十四人…。処理屋?情報屋が何で処理屋の番号……」
七条は通話を切り、相手が本当に知らないことを理解する。七条は舌打ちし、スマートフォンを強く握り直した。
『はーい!殺し屋御用達処理屋でーすッ!』
「透」
『龍二、仕事か?』
「柊紫呉って情報屋が電話してこなかったか?」
『してきたしてきた。隼人とも話したけど、それがどうした?』
透の声にはどこか言葉を濁すような響きを含んでいた。七条は言葉の裏を読み取ろうとして唇を噛む。
「何話してたんだ。話せないなら金なら出す」
『いや、そうじゃねぇけど…』透の声にはどこか歯切れの悪さが含まれていた。
『三葉蓮介と秋斗の事聞いてきただけだ』
「そうか」
『あと、隼人の煙草屋周辺を、夏己と冬弥──修二の部下二人がうろついてるの、たまたま見かけたくらいだな』
二人分の血痕がカウンターの奥まで続いているのを目にして、七条の頭にある考えが過った──三剣の時と同じ状況なのかもしれない、と。焦燥が胸に渦巻いた。




