所有権
夜はすっかり静かになっていた。さっきまでの喧騒が嘘みたいに、風だけが瓦礫を転がしている。
三剣は建物の影にもたれ、腕を組んで待っていた。時間はそれほど経っていない。それでも、体感はやけに長い。
遠くで足音がした。三剣の指がポケットのナイフに触れる。敵かもしれない。一定のリズム。迷いのない歩き方。
闇の向こうから、男が一人歩いてきた。長い影を引きながら──七条龍二だった。コートの裾が風で揺れている。
その手には、三剣のナイフが。血に濡れた服。でも、歩き方はいつも通りだ。傷を負っている様子もない。
「……遅い」
七条は足を止め、三剣との間合いを保った。
「龍之介」いつもより低い声で名前を呼ぶ。「ナイフ汚れた」
三剣はその刃を見る。血が乾きかけている。さっきまでの敵のものだ。
「いいよ」あっさり言う。「龍二の血じゃないなら」
七条は目を丸くした。
「……ほんと狂ってる」
三剣は鼻で笑う。
「どっちがだよ」
戦闘中と同じ癖で、七条はナイフを指先で回す。でも、今は少しだけ力が抜けている。
「返すか?」
三剣は首を振る。
「持っとけ。俺の敵、まだ残ってるし」
七条はナイフを見つめる。
それからポケットへ滑り込ませた。
「……ん」
三剣は七条をじっと見ている。
「で」
顎をしゃくる。
「全部終わった?」
七条は軽く肩を回す。
「全員寝た」
「死んだの間違いだろ」
「寝てるみたいなもんだ」
戦闘中の狂気はもう消えていた。
代わりに残っているのは、いつもの執着だ。
「……ちゃんと逃げたな」
「命令だったからね」
三剣は壁から離れ、位置を変える。間隔が一歩分だけ縮まる。
「お前が居ると戦いにくい」
「まだ言うか」
「本当だ」
七条は真顔だった。
「お前の血が飛ぶかもしれない場所で、俺がまともに戦えると思うか?」
「……じゃあ──守るなら世界じゃなくて俺を見ろ」
七条はポケットのナイフを軽く叩く。
「元々お前しか見てない」
◆
双眼鏡の奥で三剣を捉える。
「修二、鹿島居るけどどうする?後ろ姿だけど、隣は多分九薙かな」
『いや、今はまだ泳がせとけ』あの時と同じ迷いのない声。『凜太郎は春臣とそのまま鹿島を見張っとけ。夏己と冬弥は、そのまま“例の二人”の方だ』




