検証不能
地下へ降りる階段は途中から足音を吸い、輪郭だけを残した静寂に沈んでいた。
招待制のサロン。壁も床も黒に統一され、距離感を狂わせる造り。中央に立つ男の名は鹿島政宗——今夜だけの名義だ。
三剣龍之介は壁に背を預け、腕を組む。視線は鋭いまま、従順さとは無縁の態度を崩さない。扱いにくい個体を演じることで、相手に優位を錯覚させるためだ。
重い足取りが近づく。迷いのない歩幅。
「……お前が鹿島か」
三剣は顔だけ向ける。
「そう呼ばれてるだけだ」
「随分と態度がでかいな」
「商品に興味があるんじゃないのか」
間を挟まず返す。男が一歩詰めてきた。
「……で、その“商品”は」
「ここで全部話すほど安くない」
視線で周囲をなぞり、気配を浮かび上がらせる。盗み聞きをしている影へ、あえて意識を向けさせる。
「価値だけでも示せ」
男の命令に対し、三剣は即答しない。沈黙を挟んだ後、言葉を差し出した。
「——ある人物の所在」
「名前は」
「言っただろ。安くない」
苛立ちが走る。三剣はそれを受け流す。
「焦るなよ。アンタほどの人間が、似合わない顔してる」
こういう人間は持ち上げておくのが一番だ。怒りが別の形に変わる。
「……続けろ」
「そいつは両方に通じてる」
「両方?」
「表と裏。どっちの名簿にも載ってないのに、どっちにも出入りしてる」
男の関心が露骨に傾く。
「見つければ、どっち側にも顔が利く」
「証拠は」
「疑うのは当然だ。だが——アンタは確認できる立場か?」
踏み込んだ問いが、場の均衡を崩す。「確認用の断片なら渡す」
取り出した端末に一瞬だけ表示される座標と識別コード。 それはこの界隈の形式と、ごく軽微な差異を含んでいる。だが即座に見抜ける類ではない。
「……これで信用しろと?」
「逆だ。一度に全部渡す方が信用できないだろ」
思考の流れに遅延が生まれる。三剣はそこへ言葉を重ねた。
「ここで迷うなら、最初から来るべきじゃなかった」
立ち位置を横へずらし、退路を示す。
「……でも、来たんだろう?」
選択肢は残っているように見えて、実際には残っていない。やがて男が口を開く。
「……いくらだ」
取引はその場でまとまる。金は分割、経路は分散、痕跡は最初から残らない設計だった。
——少なくとも、その場では。
やり取りが終わり三剣は背を向ける。
呼び止める声はない。相手はすでに“手に入れた側”にいる。
数歩進み、足を止める。振り返らずに言う。
「——アンタ、まだ選べると思ってるんだな」
意味は残り解釈は遅れる。三剣は闇へ消えた。
——一週間後。
「……おかしいです」
「何がだ」
「この識別コード、存在しません。形式も違う」
言葉が途切れ断片が繋がる。
──アンタは確認できる立場か?
最初から、確認不能を前提に組まれていた。
「……探せ。“鹿島政宗”だ」
怒りと執念が形を取る。




