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殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
22/28

検証不能

 地下へ降りる階段は途中から足音を吸い、輪郭だけを残した静寂に沈んでいた。

 招待制のサロン。壁も床も黒に統一され、距離感を狂わせる造り。中央に立つ男の名は鹿島政宗——今夜だけの名義だ。

 三剣龍之介は壁に背を預け、腕を組む。視線は鋭いまま、従順さとは無縁の態度を崩さない。扱いにくい個体を演じることで、相手に優位を錯覚させるためだ。

 重い足取りが近づく。迷いのない歩幅。

「……お前が鹿島か」

 三剣は顔だけ向ける。

「そう呼ばれてるだけだ」

「随分と態度がでかいな」

「商品に興味があるんじゃないのか」

 間を挟まず返す。男が一歩詰めてきた。

「……で、その“商品”は」

「ここで全部話すほど安くない」

 視線で周囲をなぞり、気配を浮かび上がらせる。盗み聞きをしている影へ、あえて意識を向けさせる。

「価値だけでも示せ」

 男の命令に対し、三剣は即答しない。沈黙を挟んだ後、言葉を差し出した。

「——ある人物の所在」

「名前は」

「言っただろ。安くない」

 苛立ちが走る。三剣はそれを受け流す。

「焦るなよ。アンタほどの人間が、似合わない顔してる」

 こういう人間は持ち上げておくのが一番だ。怒りが別の形に変わる。

「……続けろ」

「そいつは両方に通じてる」

「両方?」

「表と裏。どっちの名簿にも載ってないのに、どっちにも出入りしてる」

 男の関心が露骨に傾く。

「見つければ、どっち側にも顔が利く」

「証拠は」

「疑うのは当然だ。だが——アンタは確認できる立場か?」

 踏み込んだ問いが、場の均衡を崩す。「確認用の断片なら渡す」

 取り出した端末に一瞬だけ表示される座標と識別コード。 それはこの界隈の形式と、ごく軽微な差異を含んでいる。だが即座に見抜ける類ではない。

「……これで信用しろと?」

「逆だ。一度に全部渡す方が信用できないだろ」

 思考の流れに遅延が生まれる。三剣はそこへ言葉を重ねた。

「ここで迷うなら、最初から来るべきじゃなかった」

 立ち位置を横へずらし、退路を示す。

「……でも、来たんだろう?」

 選択肢は残っているように見えて、実際には残っていない。やがて男が口を開く。

「……いくらだ」

 取引はその場でまとまる。金は分割、経路は分散、痕跡は最初から残らない設計だった。

 ——少なくとも、その場では。

 やり取りが終わり三剣は背を向ける。

 呼び止める声はない。相手はすでに“手に入れた側”にいる。

 数歩進み、足を止める。振り返らずに言う。

「——アンタ、まだ選べると思ってるんだな」

 意味は残り解釈は遅れる。三剣は闇へ消えた。

 ——一週間後。

「……おかしいです」

「何がだ」

「この識別コード、存在しません。形式も違う」

 言葉が途切れ断片が繋がる。

 ──アンタは確認できる立場か?

 最初から、確認不能を前提に組まれていた。

「……探せ。“鹿島政宗”だ」

 怒りと執念が形を取る。


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