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第九十八話 「居場所」



 仄かに聞こえる小鳥のさえずりを、まだ覚めやらぬ意識の中で認識する。

 半醒半睡の脳が読み込んだその音色は、夢か現かある情景を浮かばせた。

 円形の会場で向かい合う二人の少女に、それを見物する大勢の観客たち。ひしめく声が熱気を生むその場所で自分も一体になっている――そんな光景を。


 全く知らない他のクラスの生徒に囲まれながら、一緒になって赤髪の女生徒を応援している。これがもしも夢であるのなら、随分と出鱈目な記憶の再生だ。

 ――そんな呼び起された記憶の中で、笛の音のように甲高いあの啼き声が朗々と響き渡る。

 劣勢にあった赤髪の少女が、再起を図るべく魔法を具現化させたのだ。


 しかし少女の願いは儚く散り、大敗を喫することとなる。

 どう足掻いても覆せないだけの得点差がついてしまい、智也は絶望した。


「嘘だろ……」


 口からそんな言葉がこぼれて、握り締めていた拳から思わず力が抜け落ちる。

 次の瞬間。急に視界が切り替わり、目の前に金髪の男が現れた。すぐ横で飛び交っていた歓声は少し遠ざかって四方から降り注ぐような形で聞こえてくる。


 本当ならこの場に立っているのは別の生徒のはずだったが、その変化に違和を感じることなく智也はそいつと相対した。


「神崎……!」


 無性に込み上げてくる怒りを糧に、智也は挑んだ。

 持てる力の全てを尽くし、戦ったが、ことごとく返り討ちにされて気付けば満身創痍に。

 とうとう立つこともままならなくなった智也を、神崎は見下げながらニヒルに笑っていた。


「こんなもんか。とんだ期待外れだな」


 出鱈目な強さだ。とてもじゃないが智也の勝てる相手じゃない。

 そう力の差を痛感しながら、もはや向けられた手のひらから光が走るのをただ眺めるしかなく。


 網膜が閃光を捉えたときその瞬間、智也の頭蓋が撃ち抜かれた。


「がっ」


 頭に響いた鈍い音に目を白黒させ、邪魔な何かを払いのけるように身を起こす。

 覚醒した頭で状況を確認すれば、ベッドで寝ていたはずの少女の腕が上から垂れていた。


 どんな寝相だよ。と心の中で不満を口にしながら床に敷いた自分の布団を畳んで片付ける智也。

 酷い目覚めだが、そもそもベッドを明け渡したことさえ納得していないのにと、愚痴を続け。

 それでもさすがに同じ布団で寝ていることに耐えられなくなった結果、それはやむなしの妥協だった。


 ため息を溢し、朝の支度を進めながら昨日一日を振り返る。

 いきなり先生から振られた無茶ぶりに始まり、あと一歩及ばなかった五十嵐との試合。結果として勝利を収めたものの仲間の力で手にしたも同然な決勝への切符。

 そして――圧倒的な力の差を見せつけ駒を進めたB組の面々。その試合全てを見ていなくとも、容易にできることじゃないのは明らかで。


 今から何をどうしようと自分の能力を飛躍させることは不可能で、切望した一大決戦の舞台を前に焦りと不安に駆られるのは必然だった。

 だが、そんな負の感情を覆い尽くすほどの思いが今の智也には滾っていた。


 ――だからこうして数少ない枠に選ばれたことを誇りに思い、同時に、選抜してくれた先生に後悔させることのないよう、A組の代表の一人として恥じることのないようベストを尽くし、最後まで戦い抜きます。


 昨日の朝、チームの代表として述べた決意表明を思い出して拳に力が入る。

 確かに智也はベストを尽くして戦った。少ない魔力を駆使して難敵相手に奮闘努力した。

 振り返ればもっといい手があったかもしれないと思わなくもなかったが、策は通じていたのだ。

 ただ、それでも一歩及ばなかった。それは変えようのない事実である。


「だけど……このまま仮に優勝できたとして、それで俺は胸を張れるのか?」


 そんな自問を胸中で投げて、悔しさと同時に熱い何かが込み上げてくる。


「なんのためにここまで頑張ってきたんだ」


 どこの馬の骨とも分からない自分に親切にしてくれて、文無しと聞いても変わらず温かい食事と寝床を提供してくれた人に。

 我が子のように身を案じてくれて、小遣いと呼ぶには多すぎる貨幣を無償で恵んでくれたあの人に。

 その人たちに恩を返すためにあの場に立つことを目標にし、これまで歩んできたのだ。


 競技が団体戦である以上、味方の活躍に救われるといった試合展開になることは往々にしてあり、ゲームでも智也は何度も味わったことがある。

 ただ、一つの試合にこれほど熱量を注いだのは初めてだった。特定の誰かに言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちを抱いたのも初めてだった。


 全力を尽くし、それでまた甲斐なく敗れたとしても、久世たちならきっと勝ってくれるだろう。

 優勝賞金さえ手に入れば、形だけでも恩は返せる。

 だがそれでは意味がないのだ。誰かの威光にあやかってではなく、自分の手で勝ち取ってこその報恩だと、智也は思うから。


 だから、この拳に込めた決意が空念仏にならないよう、今一度強く、強く胸に刻み込んだ。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 その一言だけ交わして、一足先に下宿屋を出る。

 特に会話はなかったが、智也の熱い眼差しに何かを感じ取ったのか、新井さんは愛情にあふれた温かい眼差しで見送ってくれた。


「七霧……大丈夫かな」


 昨日一日探し回っても見つからなかった友人のことが、ふと頭に浮かんだ。或いは、このまま今日の決勝にも顔を見せなかったとすれば、それは勝敗以前の問題だ。

 もしも今日来なかったらどうしようか。そんな不安を抱きながら、もう一人の存在が頭にちらつく。

 が、そっちのことはかぶりを振ってすぐに忘れた。


 そうして何気なく正門の方へと視線を移した智也は、見たことのない光景に一驚を喫した。


 それは、街を囲う城壁よりも高い位置で宙に浮く、色鮮やかな巨大風船。風を利用して人を運ぶ、空の乗り物だ。十や二十どころじゃない数のその飛行物体が――南の空に浮いていた。


「なるほど……あれで空から移動してきたってことか」


 考えてみれば、魔物蔓延るあの大平原を渡ってくるのはかなり危険である。陸を渡らずに移動できる手段があるのなら、それを使うに越したことはない。


「あれも魔法で浮いてるのかなぁ」


 自分にもいつか乗る機会が訪れるだろうか。

 なんて、少し興味を抱きながらしばらく色彩豊かな空を眺めて、智也は学園へと足を向けた。



「――七霧?」


 路地を抜け、いつもの長い階段に差し掛かったところでその横顔がちらと見えた。

 昨日の試合を観ていなかったくらいだ、心のどこかでは、今日は会えないものだと思っていたのに。


「七霧!」


「黒霧さん。おはようっス」


 慌てて駆けつけて発した智也の声に、あどけない笑顔が返された。

 それを見てほんの少し安心しながら、


「昨日はごめん」


「なんで黒霧さんが謝るんスか。こっちこそ、急に抜け出してすいませんでした」


「いや……」


 なんと返してよいか分からず、中途半端な受け答えになってしまう。

 挙げ句の果てこちらから呼び掛けたというのにろくに話題も浮かばず、無言のまま二人は長い階段を上り始める。


 今日、出れそうか? ――いやいや違う。

 いよいよ決勝戦だな。――いやそれも違う。


 そんな風に脳内で話題を探していると、垂れた雫のようにぽつりと七霧が呟いた。


「B組の人たち、強かったっスね」


「見てたのか!?」


「途中からっスけど」


 そう言って苦笑いを浮かべる七霧に、智也の眉が下がる。


「決勝戦……勝ちましょうね。自分、頑張るっスから」


「……あぁ! 俺も昨日以上に気合入れて挑むよ」


 見つめ合った二人の顔から、自然と笑みがこぼれて。

 合わせた二人の拳が、乾いた音を奏でた。


 ――教室。

 廊下からでも聞こえていた賑やかな声が、扉を開けると一層大きくなった。どうやら、昨日の試合と屋台のことで盛り上がっているらしい。

 すっかりお祭り気分なクラスメイトに苦笑しながら、智也は自分の席に向かった。


「でもあの不知火って人、終始なに言ってるか分からなかったけど強かったよね。魔法だけじゃなくて、身体の使い方も上手かったし……C組は毎日闘技場で過酷なトレーニングさせられてたって噂、ほんとだったんだ……」


「私だったら絶対ついていけないよ~」


「なにも、苦手なことを無理にする必要はないと僕は思うよ。――やぁ、おはよう」


「おはようっス」


 扉横の壁に凭れていた久世に軽く挨拶を投げて、仲良し二人組の後ろを通る。


「――おはよう、国枝」


 そうして、右方に視線をやっていた彼に声をかけると、最初は「あ……」と驚いたように口を開けていたが、やや小さいながらもちゃんと挨拶を返してくれた。

 久しぶりに顔を見て話せたことに安堵しながら、すっかり馴染んだ椅子に腰掛ける智也。


「そういえば開催までの時間、どうするっスか? まだ闘技場も空いてないんスよね」


「それなんだが、一度五人で話しておきたいことが――」


「そう言うだろうと思っていたよ」


「――久世。いいのか? 楽しそうにお喋りしてたのに」


 智也も気付かぬ深層心理が現れた発言に「どうやら目算を誤ったようだ」と久世が肩を竦めた。

 いまいち何を差しているのか判然とせず、首を傾げる智也。

 と、やにわに席を立った国枝が、その場所を久世に明け渡そうとする。


「話し合いするなら、おれの席使っていいよ」


「……いいのかい?」


 おもむろに首を縦に振った国枝はどこか遠くを見るような眼差しをしていて、何故だか智也の頭がズキッと痛んだ。


 それでは遠慮なく、と前の席に久世が腰を落とすのを見ながらもう二人に目をやろうとして、いつの間にか七霧の隣に並んで立っていた雪宮に自然と驚きの声が出る。


「察しがいいな、雪宮」


「というより、彼も君が来るのを待っていたんだろうね」


「んじゃあ、あとは……」


 コクリと頷いた雪宮から教室の反対側に目を向けて、窓際の席で真っ直ぐ前を見つめている少女を視界に収める。

 一応三人の顔をちらと見たが誰も動なさそうだと判断し、「水世」と遠巻きに声をかけた。

 ギロリと横目に見られたその冷たい眼差しに、苦笑をこぼしながら両手を合わせて意思表示する。ほどなくして、五人目が集まった。


「人様を呼びつけるなんて、随分と偉くなったものね」


「まぁ一応リーダーだし、その特権ってことで」


 口ではそう返したものの、目を見るのが怖いので智也は久世の顔に向けて喋りつつ。

 そうして、さも当然のように紫月の席で腕組しながらふんぞり返る水世を加え、決勝に向けての話し合いが行われた。


「――対抗戦のルールで、日毎にポジションを変えられることを覚えてるか?」


「今に至ってはその規模もこじんまりとしたものになったみたいだから、変えるとしても一度きりだけどね」


「まぁな。ただ、もしも希望があるなら利用しない手はないと思ってさ」


 主に雪宮の方を見ながらそう提案すると、意想外にも水世から声が上がった。


「それだけど、三番手以外を希望するわ。あとできれば四番も」


「……相手の中堅って?」


「確か……火属性の魔法を主に使ってた、赤来という男子生徒だったかな」


「火属性?」


 横にいる久世に耳打ちして、教えてくれた情報に余計水世の意図が分からなくなる。

 断定はできないが、その生徒の適性が火であれば水世にとっては有利対面でしかない。

 相手が男子だからか、と一瞬考えたものの、練習の際に自分たちを容赦なく打ちのめしていたことを顧みればそれも有り得ない。そもそも、余程の相手じゃなければ苦戦すらしないはずだ。


「変えるのは別に大丈夫だけど……理由は?」

「ない」


 即答で拒絶され、これ以上は踏み込んではいけない領域なんだと智也は悟った。

 苦い顔をして頭を掻いていると「……僕も」と雪宮が挙手。彼の要望に沿うためには、まず観戦できなかった前三人――先の赤来とやらを除いた二人の情報を聞く必要があるため、智也は机の中からメモ用紙とペンを取り出し筆を走らせた。


「……五人中二人が女子か。面倒だな」


「しかしよくよく考えてみれば、D組を相手取ることにならなくてよかったね」


「そうだな……俺も戦うなら男の方が気が楽だし」


 書き起こした相手チームの五人の名前とその特徴を見ながら、智也は机に肘をつく。

 先鋒から順に、水属性の長身の男、スタイルの良い女生徒、赤来、鏡女、神崎といった具合で、相性的には先鋒を入れ替える必要はなく、四番手の鏡女を二人が拒んでいる手前、智也か久世が相手取る必要がある。


「そうなると、俺と水世、雪宮と久世を入れ替えるのが一番しっくりくるが……」


 あの神崎に、雪宮をぶつけたくないという保護者的な目線の自分がいた。それに智也にはなんとなくだが、雪宮にとって神崎は頗る相性が悪いように思えたのだ。

 紙面を見つめて険しい表情になる智也を――傍らの久世が訝しむ。


「彼の実力なら十分務まると思うけど、何か問題でも?」


「うまく言えないけど、嫌な感じがするんだよ」


「ふむ」


「言っても、順番を変えるのがこっちだけとは限らないが……」


「それに期待してお互い変えないままで……という可能性も否定できないね」


 まさにその可能性が、智也がいま一番恐れているものだった。


 勝負ごとにおいて、優劣をつけるのは実力や運、適性の相性のみに非ず。その者の性格による苦手な相手というのが存在する。

 雪宮の場合、その優しい性格からか異性相手に手を上げることができないことが先日判明しており、もしも本戦でそのような事態に陥れば、自分の能力を十全に発揮できないことが懸念される。

 しかしそれを避けようにも謎に多い女王様の注文が邪魔をして、事を難しくさせているのだ。


 頭を悩ませる智也。そこに、鶴の一声が放たれる。


「だったら、アンタが神崎とやればいいじゃない」


「そんな簡単に……神崎の試合、見てたんだろ?」


「だから何?」


 冷気を帯びたような薄水色の瞳に正面から見つめられ、喉が凍り付いたように言葉が出てこなくなる。

 そこで、またしても自分が及び腰になっていたことに気付いて智也は唇を噛んだ。


「……仮にだ。仮に俺が神崎の相手をするとして、大将という重要なポジションを、みんなは俺に任せられるのか?」


「別にアンタが負けようと、それ以前に勝負をつけてればいいだけの話よ。勝手に一人で惨めな思いをするといいわ」


 既にそれは経験済みだと苦杯の味を思い出しながら、他の意見を求めて隣の優等生に水を向ける。


「それも面白そうだね」


「久世!?」


「はは、冗談だよ。でも……僕も彼女と同意見だ。君なら十二分に勤めを果たしてくれるだろう」


 が、慣れない久世の悪ノリに翻弄されて余計に心が波立った。

 城落としの時といい、最近の久世はやけに智也のことを買い被っている気がするが、まるでその根拠が分からない。

 読めない腹を探るのは諦め、今度は他の二人の意見を伺おうと視線を向ける。先に口を開いたのは雪宮だった。


「僕も、黒霧くんなら任せられると思う」


「雪宮まで……」


 ここまで信頼されると逆に気持ちが悪くなってくる。

 生まれて初めて否定的な意見が欲しいと思いながら、智也は期待を込めて五人目を見つめた。


「もちろん自分は大賛成っスよ」


 当然、期待通りにはならず。

 ガクッと肩を落として、「こいつら何かの催眠にでもかかってるのか」と心の中でため息を溢した。


「わかったよ。やればいいんだろ、やれば」


「決まりね」


 そう言って智也からペンを奪い取ると穴埋めのように名前を記入していく水世。

 と、教室の扉が横に動いて「闘技場、開いたみたい!」と紫月の一声。


「ちょうどいいわ。アンタの気が変わらない内に提出してきてあげるわよ」


「なんでそんなに乗り気なんだよ」


「面白いじゃない。決勝で一人無様に負けてたら」


「悪魔かよ……」


 前に水世自身から言われた言葉と真逆の言い種に、どっちなんだよと心の中で呟きながら。その背を追って智也も教室を飛び出し、久世が嘆息。先を行ってしまった三人に取り残された七霧が眉を曇らせ、雪宮がその横顔をじっと見つめていた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「全く。知ってたのならもっと早く言いなさいよ」


「なんで俺に言うんだよ」


「ははは……」


 ポジション変更の申請をしようと持ち出した紙が、ただのメモ用紙だったことに気付いたのは二人がしばらく走った後だった。追いかけてきた久世にそのことを指摘され、再び教室に舞い戻った三人は紫月から適切な用紙を受け取り、改めて闘技場へと出向くことに。


「おっ。また会ったな、坊っちゃんとそのお仲間四人」


 とそこで、先に受け付けをしていた今日の決勝の相手と見事に鉢合わせた。


「学習、という言葉さえ知らないらしいな君は。或いは、故意に行っているのだとしたら甚だ理解に苦しむよ」


「無い頭に詰め込んでおきなさい。添え物はこいつの方よ」


「……味方に背中を刺されるとは思わなかったよ」


「あら、手を結んだ覚えはないけど?」


「なんだコイツら……すげぇ仲悪いじゃん」


 狙ってかどうか、久世に対して挑発じみた物言いをしていた長身の男が、自分以上に刺のある言い方をする水世に困惑を隠せない様子。

 そちらのやり取りを見て、神崎が薄ら笑いを浮かべた。


「お互い、予選を突破して調子づいてるようだな。いいぜ……せっかくのオレたちの晴れ舞台だ、そうでなきゃ面白くねぇ」


「……黒霧、だったか。どうやらあの男のお気に入りらしいな。ハハ、お前との試合がますます楽しみになったぜ」


「まるで組み合わせが分かってるみたいな言い種だな」


「さて、な。……っと、いたのかチビ。今日は随分と大人しいな」


 すれ違い様、後ろにいた七霧を見つけてせせら笑う神崎に、何も言葉を返さない七霧。

 その反応に鼻を鳴らし、「裏瀧! 灰川!」と仲間の名を呼ぶと、彼は先にゲートに向かって歩いていった。


「待ってよ、竜! 妹沢さんは?」


「あ? そんなヤツ知らねぇよ」


「あ……お、俺が呼んできます」


「やれやれ、うちも大概だなこりゃ」


 遠退いていく四人の会話を聞きながら、後ろで身を竦めている七霧を気にかける。七霧は、そんな智也に「大丈夫っスよ」と笑みを浮かべた。


 申請を終えた五人は一度待機室に寄って身だしなみを整え、衣装を羽織ってゲート前へと並んだ。目の前の落とし格子が上がれば、いよいよ開演となる。

 昨日とは違う景色――四人の後ろ姿を見つめて、智也は神妙な面持ちになっていた。


「なぁ、昨日観戦してて思ったんだが……」


「なんだい?」


 ひとつ前に立つ久世が、その呼び掛けに応じた。


「やっぱり赤は目立ちすぎないか? 他のチームはみんな、黒とか白とかだっただろ。俺たちだけだぞ、原色なの」


「正確には、深紅だけどね」


「ほとんど赤みたいなもんだろ」


「いや違うね。紅と赤とじゃ元となっている染料がまず異なる。そも、赤というのは元来、色を指す言葉じゃなくてだね……」


「この期に及んで、どんな下らない話してんのよ!」


 水世の鋭い突っ込みがゲート前の空間に響き、前の方で微かに笑い声が漏れたのを耳に拾った。


「ま、間もなく開門致します!」


 そんなことをしている間に時間となり、昨日と同じ若い門番のぎこちないない敬礼と上擦った声を受けながら、智也たちは決戦の舞台へと歩を進めた。


 盛大な拍手と共に入場し、向かいからやってくる五人の強敵がそれぞれの前に立ち並ぶ。

 智也は薄ら笑いを浮かべた金髪の男を、ただ静かに正視した。


「お互いに、礼!」







 ――――決勝戦、開幕。



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