三章 〈8〉
〈8〉
「あははははっはははっはははははははハハハハはははハハハははははははははははっはあはああっははっははアハハハッ!!」
洞窟内に哄笑が響き渡る。我はそのけたたましさに顔をしかめるが、ダンジョンの主を差しおいて楽しそうに笑っている金属ゴーレムは、それを気にするそぶりも見せず、ただただ楽しそうに笑い転げている。
「順調だ! 順調すぎる! アハハハハハッ!! くるぞくるぞ! 新たな大規模ダンジョンの誕生! 伝説の再来だ! クハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハッ!! バスガル! 君は、ニスティス大迷宮と並び称され、地上生命どもに恐れられるダンジョンへと、その姿を変えるのだ!! 最高だ! 私は同胞の躍進に、胸躍らずにはいられない!!」
勝手な事を言う……。
我は別に、誰かの後を追いたいと思ったわけではない。伝説だ、ニスティスの再来だといわれたところで、嬉しくもなんともない。そも、ダンジョンコアとは独立独歩。最終的には、己こそが惑星のコアへと至らんと、自己研鑽のみに生きるが常である。
こうして、他のダンジョンコアと交流をもっていること自体、稀有な事態といっていい。
「いいぞいいぞ! 超プレート級のダンジョンが、この地域にできるという事の意味は大きい。ハハッ! 人類どもめ! 地上で指を咥えていろ! その間に、この惑星を支配するのは、我々地中生命なのだ!!」
「おい、超プレート級、とはなんだ?」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げて問いかければ、それまでケラケラと笑っていた金属ゴーレムは、ようやく我の存在を思い出したとでもいわんばかりにこちらを向いた。しかし、次に発せられた声には、拭い去りようのない喜色が湛えられており、まだまだ有頂天のようだ。
「超プレート級というのは、私が付けた大規模ダンジョンの別名さ。リソスフィアを抜けたダンジョンを、私はそう呼称している。所謂プレートと呼ばれる層の先、ここまで成長したダンジョンは、人類に踏破する事は難しくなる。だが、それと同時に、我々ダンジョンコアも迂闊に先に進めなくなる。惑星のエネルギーが強すぎて、少しずつしか掘削できないんだ。それに加えて、地殻部分とは比べ物にもならない程分厚い。いまのところ、アセノスフィアの先にまで到達したダンジョンコアは、いないんじゃないかな?」
「リソ? アセノ? グリマルキンよ、我は貴様がなにを言っているのか、さっぱりわからぬ」
「ハハハハハ。まぁ、マントル層に至ったダンジョンは、その先の情報を秘匿するからね。ダンジョンコアの中には、コアに到達するまでは、ずっと地面が続いていると思っている者も多い」
「違うのかッ!?」
グリマルキンの言は、吃驚を禁じ得ないものだった。だが金属ゴーレムはそんな我の醜態を嘲笑うように、おどけて首を振る。
「いやいや、上部マントルは岩石だよ。下部マントルがどうなっているのかを知る者は、私の知る限りはいない。でも、その先は剛体から液体へと性質が変わっていくのは間違いない。外殻にまで到達すれば、もうそこは完全なる液体だ」
「……説明されても、貴様がなにを言っているのか、まるでわからん……」
「それでいいさ。君はいまだ、モホ面の先に到達していない、我々から見ればひよっこだ。いずれ、わかるまでに成長してくれれば、それでいい。そのときこそ、この惑星の神秘的な構造について、語り明かそうじゃないか」
むぅ……。またもわけのわからぬ単語がでた。地殻だのマントルだの、モホ面だのと……。だがしかし、たしかに我がこの者の後塵を拝しているのは事実。また、その手を借りている現状、未熟呼ばわりは甘んじて受けよう。
「しかし、そんな君もこの計画が成功すれば、我々超プレート級の仲間入りだ! 歓迎するとも、同胞よ! 共に、地中生命の栄華を築こうじゃないか!」
「貴様はどうやら、かなり連帯意識が強いようだな。我は少なくとも、そこまで同胞に対して思い入れはないぞ」
「いやいや、私だって仲間意識とか連帯感とかは、そこまで強くないよ。でもね、ダンジョンコアとして、共通の敵に対しては手を取り合えると思っているんだ。特に、人間という地上生命に対抗する、という立場としては」
「ふむ。わからんでもないスタンスではある」
要は、独立独歩の姿勢は堅持しつつも、地上生命の、とりわけ人間に対してだけは、協力して対抗しようという話であろう。実際、こうして手を借りている現状、それを否といえるような立場ではない。
我としても、種としてのダンジョンコアに対しては、肩入れする程度の思い入れはある。だがそれは、必ずしも他のダンジョンコアに対しての思い入れと、同義ではないのだ。
我がコアへと達する為ならば、当然他のダンジョンコアを倒す気概はある。それなくして、どうして生まれたてのダンジョンコアに宣戦布告などできようか。
「して、グリマルキンよ。そろそろ話を始めようぞ。なにやら問題が起きておるとか?」
我がそう言うと、いよいよゴーレムは楽しそうな態度をひそめて、神妙に語り始めた。
● ○ ●
「ああ、それね。たしかに問題が起きた。私の手駒であった間諜が、犯罪者として拘束された。だがまぁ、これは想定内。適当に自殺に見せかけて跡形もなく始末するから、僕らダンジョンコアの存在を嗅ぎ付けられる恐れはない」
「ふむ。しかしその手駒は、地上生命どもの動きを鈍麻させる為に使ったのだな。我のせいで、それを失わせてしまったというのは心苦しくはある……。すまぬな……」
以前、敵方のダンジョンが放った間諜を、誤って破壊してしまったときにも思った事ではあるが、人間社会に潜り込ませられる手駒というのは、貴重なものだ。それを、当人の利害とは直接関係のないような理由で使い潰させてしまったというのは、実に申し訳ない。
だが、こいつが想定の内だというのなら、そうなのだろう。あまり拘泥しても始まらない。感謝はしているし、この恩を忘れず、いつか借りを返せばいいだろう。
「だが、それは想定内なのだろう?」
これまでのテンションが嘘のように、トーンを落としたゴーレム声に、我は疑問を返す。ゴーレムはやや難しい声音で続ける。
「ああ、うん……。問題は、人間たちの動きを察知する能力が下がってしまった点に加え、このタイミングで一級冒険者パーティが介入してくるという点が、それなりに厄介かな、と……」
一級冒険者パーティ。それは、人間どものなかでも最精鋭の人材であり、多くのダンジョンが其奴らによって討滅された。我らダンジョンコアにとって、宿敵であり、天敵である存在だ。
そんな者らが、我を討伐する為に乗りだした? それはたしかに、重大事であろう。
「順調ではなかったのか?」
さっきそう言って笑い転げていたではないかと問えば、多少バツが悪そうに首をすくめた金属ゴーレムは、しかし前言を翻すつもりはないとくるくると首を回す。右回転と左回転で、首を振っているジェスチャーのつもりなのだろう。
「いや、順調だよ! 順調だとも! だけれどねぇ、私の間諜が捕らえられたタイミングで、一級冒険者パーティの介入に、動きのない出来たてのダンジョン……。盤面上は完全にこっちに優勢に動いているんだけれど、なぁんか嫌ぁな配置だなぁ……って」
「むぅ……。よくわからんが、要は、以後地上の情報が手に入りにくいと考えておけ、という事か?」
「まぁ、それもある。このタイミングで目を潰されたのは、想定内の事態とはいえ、結構痛い……。優勢に動いているはずの攻防で、相手の手が読めなくなり、かつ不穏な気配があるというのが、どうにも気がかりでね」
暗がりに鬼を繋ぐような調子で語る、金属の棒を組み合わせたようなゴーレム。この者にしては珍しく、自信のない様はある種不気味ですらある。あれこれ心配するよりも、さっさとやってみて、問題が起きたらその都度対処すればいいと思うのは、短絡過ぎるだろうか。
「他にもスパイは放っているんだけれど、残念ながらいまからこの町や冒険者ギルドに深く食い込む事は不可能だろう。それよりも、こちらが行動する方が早いしね」
「なるほど。であれば問題ない。準備が整い次第、早急に事を起こし、さっさと町の地上生命を呑み込んでしまえば、相手がなにをしようと後の祭りよ」
「……まぁ、たしかにね。巧遅は拙速に如かずともいう。下手の考え休むに似たり、考えすぎて縮こまり、身動きが取れなくなるのは愚策だろう。うん、それでいいと思う」
我の言葉を、ゴーレムはこくこくと頷きながら肯定する。なにやら小難しい事を言っていたが、要はごちゃごちゃと御託を並べるよりも、さっさと動く方が正しいという事なのだろう。
うむ。下手の考え休むに似たり。しっくりくる言葉よ。
「ならば、少々無理をする形であろうと、早急にダンジョンを広げてしまった方が良いのではないか?」
「それはどうだろう……。いや、たしかにすぐに町全体をカバーできる程にダンジョンを広げられれば、私たちの計画はもうなったも同然だ。だが、それは否応なくアルタンの住人たちの危機感を掻きたてる。当然、ダンジョンの攻略には全力が傾けられるだろう。件の一級冒険者パーティとて同様だ。そして、それだけ性急に事を進めたとて、アルタンの町は存外に広い。すべての段取りを終えるまでには、それなりの時間がかかる。その間、私たちは二正面の対処に煩わされねばならない。そうなると、どっちも中途半端になる可能性がある」
「むぅ……。そうか……」
「焦るなよ、バスガル。急いては事を仕損じるともいう。ある程度までダンジョンが広がれば、一気に事態を動かしてもいいとは思う。まだ少し、それは尚早というだけの事。もうすぐ、もうすぐさ。言ったろ? 事態は順調すぎる程に順調に推移しているって」
ヤツは、それまで鳴りを潜めていたふてぶてしさを滲ませて、再び楽しそうに言った。我もまた、そいつが語る未来に希望を抱きつつ、ニヤリと口を撓める。口端からチロチロと火の粉が漏れ、薄暗かった室内が明滅する明かりに照らされる。
「そうよな。楽しみだ。実に楽しみだ。地上の町を一息に呑み込み、我は、深く、広く、たしかな強者へと成長を遂げてみせよう。その暁には、此度の一件の恩は、必ず返すと約束する」
「いやいや、構わないとも。どうしても借りを返したいというなら、そうだね……、私と同じように、中小規模のダンジョンを支援してあげて欲しいかな。そのくらいのダンジョンは、簡単に討伐されちゃうからね」
ほぅ。なるほど、それはなかなか、理想的な互恵関係だ。種全体を見れば、それが最善といっていい。理想的すぎて、理想論的とすらいえるかも知れない。
だが、そうだな。
「うむ。我は必ずや、後発の者どもを導くと誓おう」
「ダンジョン版ペイフォワードだね。まぁ、それもこれも、今回の計画が上手くいけば、だけれどね」
「そうだな」
我らは頷き合い、計画の成就を誓い合った。
一級冒険者パーティだろうと、同胞のダンジョンコアだろうと、立ちはだかる者は必ず打倒し、勝利し、大規模――超プレート級ダンジョンへと至る為に。




