三章 〈7〉
〈7〉
地下へと戻る前に、ダズの話を聞く。なにやら話があるらしい。声をかけてみると、彼は言いづらそうな面持ちで前置きする。
「いやよぉ、奴隷の身であんまこういう事を言うのは贅沢だとは思うんだが……」
なおも気まずげだったが、それでも言うべき事は言うという態度で、おずおずと付け加えられた。
「ちぃとばっか、パニックルームに備蓄されている武器の質が悪ぃんじゃねえかと思う。奴隷の使う武器だって事で、質素なもんを置いてるってぇならわかるが、ありゃあどう見ても新品だし、ショーン様はあんまそんな主人に思えなくてな。もし騙されて粗悪品を掴まされてたら事だしよ」
という事らしい。ちなみに、備蓄の武器を作ったのはグラだ。だが、そんな彼女の作った武器が、ダズから見れば粗悪品だという。
「質が悪いっていうのは、どういう風に?」
「ありゃあ、多分鋳造品だな。材質は鋼だが、全体が均一で、どこかのっぺりしてやがる。たしかに硬えだろうが、二、三度打ち合えば、ポッキリいっちまうだろうぜ」
「なるほど」
僕らダンジョンコアは、それなりに特別な方法で物を作る。一度物質を光の糸に変えてから、編み込むように形作るのだが、その際にやろうと思えばかなり細かく作り込める。
ただし、作れるものはかなり細かいところからできる分、きっちりと作り込まないと粗悪なものができる。以前、布の作り込みが甘くて、まともなものが作れなかった僕のように。
だが僕には、武器の組成に関する詳しい知識などない。ダズの言葉を真に受けるなら、どうやらグラにもないようだ。
「ふぅむ……。ダズは武器の目利きができるのかい?」
少し考えてから、僕はダズに問うた。いうまでもなく、この問題にこれまで気付かなかった僕に、武器の品質を見極められる審美眼などない。だったら、アウトソーシングできる事は、任せてしまおう。
「まぁな。これでも一応、ジグ・ドリュッセンの鉱人だしな。俺自身には鍛冶の才能なんてなかったが、武器防具の良し悪しくらいはわからぁな」
「だったら、一回ダズがいいと思う武器を買ってきてくれない? 金貨一〇〇枚くらいまでならなんとかするよ。それとも、相場的には一〇〇枚くらいじゃいいものは買えない?」
「いや、そんな事ぁねえよ。由来や宝飾がないなら、いいものはその半分でもありゃあ揃う。ただ、一つでいいのかい?」
ダズは不思議そうに首を傾げつつ、僕に聞いてくる。たしかに、防衛用の武器だとしたら、人数分ないとどうにもならないだろう。でも、僕がダズに質のいい武器を揃えて欲しいとお願いしたのは、グラと一緒にそれを研究する為の資料として欲したのだ。
あ、でも……――
「いや、そうだな……。剣、槍、弓のいいものを選んでくれ。それぞれ金貨一〇〇枚を目途に。できれば、その余りで矢もいいものを買い求めて欲しい。あー……、でも、全部を一月で揃えるのは、流石に出費だな。一月に一種類で」
「一種類? まぁ、いいが……」
腑に落ちない顔をしているダズ。まぁ、そうだろう。ただ、残念ながらいくらなんでも、一気に金貨三〇〇枚も四〇〇枚も、スィーバ商会に借金はできない。
とはいえ、まぁ、借金する事には変わりはない。だんだん債務が増えていくな……。
あのケチルであれば、喜んで財布の紐を緩めるだろうが、その分僕らは彼にイニシアチブを握られる事になる。乗っ取り計画を、彼に乗っ取られるなんて事になったら、笑うに笑えない。きちんとバランスを見極めながら、精々ビジネスライクな関係を築いていきたいものだ。
「ともあれ、武器の質については了解したよ。防衛に必要なものは、近々揃えるつもりだ。それまでは、悪いがいまあるもので対処して欲しい」
「ああ、了解したぜ……」
「ただ、こちらとしても君たちを粗末な武器で戦わせて、死傷されるのは困るね。追加で、いくつかマジックアイテムを支給するよ。隠し通路内で使用する事を考えていくつか作ってみるから、ダズはしばらくその実験をお願いするよ。ザカリーには僕から言っておく。きちんとレポートを提出してね」
「お、おう! しかし、いいのか? 奴隷の身を守る為にマジックアイテムなんて。売っ払った方が、俺たちよりもいい値段になるだろ?」
いやまぁ、たしかに奴隷としての彼らの値段は、驚く程安かった。だが、だからといって、たかだかマジックアイテム一、二個と比べて、後者に天秤が傾くとは……。どうなんだろ? もしかして、マジックアイテムの相場って、そこまで高いのかな? よく考えたら、【鉄幻爪】以外のものは売りにだしてもいないし、相場とかわからないな。
まぁでも、こういうのは値段じゃない。信用の問題だ。使用人をぞんざいにあつかいすぎれば、下手をすれば寝首を掻かれかねない。信用を勝ち取れる機会があるなら、活用しておくに如くはない。
「そんなものより、君たちの方が大事なんだよ。マジックアイテムはまた作ればいいが、死んだ人間を生き返らせる事はできない。だからダズも、いざというときはそんなものは捨ておいて、自分の身を守ってくれ」
僕はそんな打算から、ダズに笑顔で応えた。対するダズは、その髭もじゃの顔にわずかに覗く頬を赤らめ、照れたように頬を掻いて視線を逸らす。
「そ、そうかい。ま、まぁ、心配してねえよ。ろくでもねえ連中は、あの目立つ扉の向こうに行くんだし、あのパニックルームは防衛に最適の作りだからな。俺がこれからきっちりと、そのマジックアイテムの性能を検証すれば、万全だとは思うぜ」
そう言ってダズは仕事に戻っていった。僕もまた、彼の背を見送ってから地下へと足を向ける。
まったく、言い訳がましい自分が、こういうときは本当に嫌になるな。好ましいものは好ましいから、手元に大事に取っておきたい、くらいの傍若無人さがあったら、変な言い訳をしなくてもいいのに……。
● ○ ●
「グラ!? どうしたの!?」
地下へと戻ってきた僕の目に真っ先に飛び込んできたのは、憔悴しきったグラの姿だった。実験室の床に倒れ伏し、まるで死んだように微動だにしない姿は、非常に心臓に悪い。
慌てて駆け寄った僕は、彼女の呼吸がない事に焦る。胸に耳を当てるも、鼓動も聞こえない。慌てて指で目を開いた瞬間、そのつぶらな瞳がギロリとこちらを見た。
「ひぇっ!?」
「ショーン……、なにをするのですか……?」
気だるげだが、その声音に弱々しさはない。よく考えたら、ダンジョンコアなのだから呼吸も心音もなくて当然だったと、このときになって思い出した。やろうとすればできるし、僕なんかはついつい人間だった頃の感覚で再現しているのだが、グラにはそういう感覚はない。
よく瓜二つで見分けが付かないといわれる僕ら姉弟を見分けるなら、その心音を聞けば一発だ。無論、ダンジョンコアにいるときに限る。依代は生体活動をしないと、普通に死んでしまうのだ。それも、結構苦しんで。
「それで、どうして床で寝てたの? ダンジョンコアには睡眠も要らないってのに」
「いえ、あれの製作に集中しすぎまして。流石に、少し心を落ち着けたかったのです」
そう言ってグラは、机のうえを指し示した。そこには優勝カップのような形状の、緑色の器が鎮座していた。
「え? もしかして、もうできたの!?」
僕はあまりの事態に取り乱して問いかける。そんな僕に、グラはゆっくりと頷いた。
「ええ。一つ作る為に、かなり集中力が必要でした。私も、感覚の鈍る依代では、恐らく再現できません。ダンジョンコア状態でも、しばらくは休息を取りたくなるくらいには、神経を酷使しますね……」
「なるほど。それが床で寝てた理由か……」
地上の騒動は、まず緊急事態を告げる伝声管から始まった。それは当然、地下にだって繋がっている。だというのに、いつまで経ってもグラが上がってこないのは、ちょっとおかしいと思ったのだ。
たぶん、その頃にはもう疲れて倒れていたか、あるいは聖杯製作の佳境だったのだろう。
グラを抱き起しながら、机の聖杯を見る。不透明な緑色の盃。いまはまだなんの装飾もない、ありふれた調度品に見える。
だがこれは、僕が生きていた現代の地球ですら、製作の難易度が非常に高い代物なのだ。現存するのは、大英博物館に蔵されている一品のみ。製造は後期ローマ時代であり、オーパーツとしてそれなりに名を馳せている代物だ。
その名も、リュクルゴスの聖杯。
リュクルゴスはギリシャ神話に登場する古代トラキアの王で、ディオニュソスを迫害し、神罰によって悲惨な目にあった人物だ。作者が、貴重すぎるこの器に、狂気の王を彫ったのは、それだけリュクルゴスに由来した教訓を後世まで残したかったという事なのだろう。
僕はその器を手に持ち、別角度から光にかざす。すると、その器は――不透明の緑色から、赤へと変化する。そう、この聖杯は、光の角度によって緑から赤へとその色を変えるのだ。
そう表現すると、どこかアレキサンドライトのようだが、リュクルゴスの聖杯の色が変わるのはSPRによるもので、アレキサンドライト等の宝石に見られる光源の種類による、アレキサンドライト効果ともいう変色効果とは、原理も現象もまるで違う。
「す、すごいね……」
もはや僕は、そう口にするのが精一杯だった。なにせこの聖杯、所謂ナノテクノロジーを駆使しない限り、偶然に頼らなければ生まれない代物なのだ。地球のリュクルゴスの聖杯も、古代ローマにはナノテクノロジーが存在したという見方よりも、偶然できたそれを加工したものであるという見方が主流だ。
僕だって、いくらダンジョンの物作りが特殊で、やろうと思えばナノサイズから手を加える事が可能だとはいえ、本当に完成までこぎ着けられるかどうかは、かなり半信半疑だった。金銀コロイド粒子の粒形をコントロールする事自体は、ダンジョンコアにとってはそう難しくない。地球のテクノロジーにおいては、ここがかなりネックだったので、ダンジョンコアという要素が聖杯の再現においてブレイクスルー足り得ると考えたわけだ。
だが、ド素人が聞きかじりのプラズモニクスを弄んだ結果、その煽りを食らって、グラが七転八倒する羽目に陥ってしまったわけだ。超すごいステンドグラス程度に思っていて、原理的にはそれで間違いはないのだが、その『超すごい』という部分の難易度が高いと、今回の事で痛感した。
「こんなにすぐに完成させるだなんて、思ってもみなかった……。精々一、二年、もしかしたら十年はかかるかも、くらいに思ってたよ……」
「ふふ。ショーンに原理を聞きかじりましたからね。あとは単に、試行錯誤を重ねるのみです。もう少し添加の仕方と、粒子の大きさをコントロールできたら、黄色を入れられそうなのですが……」
疲れたように、それでいてどこか誇らしげに、グラはあれでもまだ満足していないと語る。だが、聖杯はもう既に十二分な完成度に達している。これがあれば、乗っ取り計画なんて成功したも同然だ。
「大丈夫。今日はもう、グラは休んでくれ。この聖杯に装飾を施し、スィーバ商会から領主、領主から国王へと献上させれば、ある程度の便宜は図ってもらえるはずだ」
僕はリュクルゴスの聖杯のレプリカを、量産するつもりはない。たぶん、誰にも真似できない技術だし、それ故に利益になるとは思うが、やはり特別なものは数が少ないからこそ特別なのだ。
それでも、いずれグラが満足のいく聖杯を作れたら、それはこのダンジョンの奥に安置しておこう。
もしも、万が一、万々が一にも僕らが死んだら、きっとそれは、人類史に残る秘宝として取り扱われるだろう。勿論そんなつもりはないが、それでももしもの場合にも、僕らがいたという証を世界に残せるというのは、なんというか嬉しいものだ。
いっそ、その聖杯には僕らの姿を残す事にしようか。精々、リュクルゴスのような負の教訓として語られないよう、心がけよう。
● ○ ●
グラをベッドに寝かせ、僕は聖杯にニスティス大迷宮の逸話にまつわる装飾を施した。どうせだから装飾はプラチナにしよう。もしかしたらこれを機に、プラチナに貴金属としての価値が付与されるかもしれない。そうなると、僕の資産価値は十倍二〇倍といった桁で跳ねあがる。まぁ、ダメ元だけどさ。
それから、僕はバスガルのダンジョンを探索する為の準備にかかる。とはいえ、杖の製作は完全にグラに任せきりで、僕にノウハウはない。
この状況で僕ができるのは、幻術の理を刻んだアクセサリーを用意する事くらいだ。だから、僕の覚えた幻術を、それに適した素材で作ったアクセサリーに刻んでいく。
長くなるので割愛するが、幻術の種類によって、適した金属や宝石が違うのだ。ものによっては、金属よりも木材や石材の方がよかったりもする。そんなわけで、僕はとりあえず五〇を目処にアクセサリーを作っていった。
しばらく黙々と作業をしていたら、どうやら夜になっていたらしい。伝声管から、ザカリーに夕食の時間だと言われてしまった。どうしようか……。正直、もう少し作業をしていたい……。
いや、ダメだ。依代は食事から生命力を生成し、その生命力でモンスターを生み、最終的には、それがダンジョンのDPになる。おろそかにはできない。
寝たままのグラを残し、僕は地上へと戻った。ついでに、聖杯も持っていこう。これを、ジーガからスィーバ商会に届けてもらえれば、あとは向こうに任せてしまえる。
完成品をグラに見せられないのはちょっと残念だが、事が進むのは早ければ早い方がいい。そういえば、ウル・ロッドとのアポはいつ取れるのだろう。もう少しすると、僕らはたぶんダンジョンの方で忙しくなるんだが……。
そんな事を考えながら、僕は地上へと戻ってきた。なんだか、今日は行ったりきたりしている気がする。
「お疲れ様でした、ショーン様。お食事の用意はできております」
「ありがとうザカリー」
綺麗に礼をしたザカリーにお礼を言いつつ、その背後にいる二人を見る。そこにいるのは、これでもかという程の渋面を湛えたィエイト君と、使用人のお仕着せを窮屈そうに着ているシッケスさんだった。
まぁ、彼らに傅かれるのを願っているわけではないので、礼をする必要はないのだが、彼らを横目で見るザカリーの目が怖い。主人である僕の前だから、僕の予定を優先してくれるようだが、その後の二人の処遇が気になるところだ。いや、気にしないようにしよう……。僕の精神衛生の為に……。
ホント、セイブンさんも厄介な爆弾をおいていってくれたものだ……。
「ショーン様、そちらは?」
ザカリーが僕が手に持つ木箱に言及する。木箱そのものは、上がってくる途中で適当に作ったもので、緩衝材も布を入れているだけのその場しのぎでしかない。
「あ、ああ。スィーバ商会に頼んで、領主様に献上しようと思っている品だ。食事の前に渡しときたいから、ジーガを呼んできてもらえる?」
「かしこまりました。箱の中身はどのような品なのでしょう? 我々が確認してもよろしい代物なのでしょうか?」
「別にいいけど、ガラス製の器だから下手な事をして割らないようにね」
「かしこまりました」
ザカリーに木箱を手渡し、諸注意を述べる。まぁ、割れ物注意と天地無用というだけの事だ。ザカリーは慎重に木箱を運んでいく。残されたのは、二人のぶすくれた使用人だけだ。
「ねぇ? アレってなんなの? 領主への献上品にガラス製品って、君ってそんなに腕のある魔術師なの?」
シッケスさんがきょとんと首を傾げて問うてくる。まぁ、ガラス製品を献上するって、魔術師的にはかなり自信過剰な行為だよな。
この世界――というより、この地域ではガラスの製造技術はそれなりに高い。だが、それは窯を使った従来のガラス工芸ではなく、【魔術】を用いたガラス工芸が発展している。
地球においても、ガラス技術というものは、洋の東西で興亡を繰り返してきた歴史がある。古くは紀元前からあるくせに、まともに発展を遂げるまでには、技術の進歩と科学の発展が必要だった。
この辺りでも、窯の問題から一度は完全に技術継承が途絶え、ガラス工芸は文化から消え去ったという歴史がある。だが、後々魔導術の発展から属性術でのガラス製造が容易になると、ガラス工芸は魔術師の専売特許となった。
鉄製品などは、魔術師が作ったものより職人の鍛造品に需要があるのだが、ガラスに関しては完全に【魔術】製に軍配が上がっている。コスト面でも、品質面でも、【魔術】のガラス製品は、手工業ガラス工芸を圧倒的に優越している。
そんな環境で、領主にガラス製品を献上するというのは、なかなかに大胆な真似だと言えるだろう。なぜなら、世に魔術師作のガラス工芸品など、山と溢れているのだから。客観的に見て、自らの技術力であれば、献上品に相応しいという自負の表れのように捉えられるだろう。
とはいえ、この聖杯はそういう一般的なガラス製品とは、やはり一線を画すだろう。用いられている技術においても、現段階の魔術師たちの技量を以てしても、再現は難しいはずだ。
僕は姉の作った聖杯は献上品に相応しいと、たしかに自負しているのである。
「いえ、まぁ、ちょっと特殊な製法で作られた器です。そうそう気軽に作れない、珍しいものなので、いろいろと考えて献上しておこうかと」
当面は、世界にあれ一つしか存在しないだろう。もしかしたら、こちらの世界にも独自の技術、あるいは偶然によって、リュクルゴスの聖杯のようなものが作られている可能性も、あるのかも知れないが……。だが、そんじょそこらの魔術師が再現できるものではないはずだ。
なにせ、グラですらあれだけ消耗していたのだから。
「へぇ……。ちょっと見たかったなぁ……」
シッケスさんが、物欲しそうな目でザカリーの向かった先に視線を送る。当然だが、もうそこには彼の背も見えなければ、聖杯の入った木箱もない。
「貴様、特殊な製法といったな?」
そんなシッケスさんを見ていたら、ちょっと険のある口調で、ィエイト君が話しかけてきた。見れば、彼の耳がピンと立っている。どうやら彼は、聖杯の珍しさよりも、その技法の方に興味があるようだ。
「ええ、まぁ」
「それはどんな方法だ?」
「流石に秘密ですよ。おいそれと、外部に漏らすわけにはいきません」
「ふむ……。それはそううか。だが、興味深いな。おい、世界に一つといったな? では、貴様はこれの製法を独自に編み出したのか? 人間種ごときが、その歳で?」
いや、ごときって……。まぁ、僕が彼でも、年齢は気になるところだとは思うよ? 小中学生が世界的大発見をしたと報道されたとしても、疑り深い現代人はきっと、その裏に大人の存在がいるのではないかと勘繰るだろう。ィエイト君も同じような思いなのだ。
だが、だからといって失礼が許されるわけではない。この子、たぶんすごく精神が幼いのだろう。知的好奇心や学習意欲は高く、また地頭そのものも悪くないのだろうが、対人能力においてはマイナスで、それこそがセイブンさんに馬鹿と断じられる理由なのだろう。
まぁ、僕も馬鹿だとは思う。なんで知見を得ようというときに尊大に振る舞い、相手を貶すのか、意味がわからない。
「研究は、師匠から受け継いだものを結実させただけです。これ以上の情報開示はしませんよ。基本的に、僕らは自分たちの研究を他所には漏らさない事にしているんです」
「まぁ、それは当然だな……。ふむ……、まぁいいだろう。どうせ、僕の戦闘技術を向上させる役には立つまい」
どうやら彼が僕らの秘匿技術に興味を持ったのは、それが自分の目的の役に立つか立たないかという一点に限られるらしい。僕なんかは、別分野のものであろうと、珍しいものにはついつい興味を引かれてしまうのだが、どうやらィエイト君はそのようなミーハーではないらしい。
「さて、雑談はこのくらいで。シッケスさん、ィエイト君、君たちはさっさとジーガを呼んできてください」
パンパンと手を叩きつつそう言うと、二人は再び渋い顔を浮かべる。いやまぁ、シッケスさんはともかく、ィエイト君はずっと険しい表情だが。
「なんで僕が、貴様ごときの指図で動かねばならない?」
「雑役を担わせろと、セイブンさんには言われています。その目的は恐らく、僕らの護衛兼君たちの行儀見習いです。常識的な振る舞いを身に付ける為にも、使用人として相応しい態度でいてください」
そう言った僕は一拍置いてから、深刻な面持ちと声音を作り、二人を脅す。
「あなたたち二人にそれができないとなると、我が家の使用人たちの規律にも差し障りが生じます。そうなれば、僕はあなたたち二人を、セイブンさんの元に送り返さなければなりません」
その言葉に、二人の表情が凍り付く。やっぱり、セイブンさんは怖いらしい。素行不良で返品されるなど、セイブンさんの顔を潰すに等しい。その際にどのような罰を受けるのかは、僕には想像もつかない。
僕はそれなりに、フランクな主人として振舞っているが、だからといってさっきのィエイト君のような言動を許してはいない。別に、個人的には許してもいいのだが、たぶんザカリーもジーガも、それを許容するのは反対するだろう。
流石に、主人に対してあの態度は、許される範疇を逸脱している。家令と執事に反対されれば、主人である僕としてもその意見を無視はできない。そんなわけで、二人の教育係は辞退せざるを得ないというわけだ。
「それではお願いします。ジーガを呼んできてください」
僕がそう言ったところで、ザカリーが荷物を預けて戻ってきた。しかし、そんな僕の態度に彼は眉根を寄せて困った顔をする。
「ショーン様、主人が使用人に対して、そのような下手にでてはいけません。増長する者がでかねません」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。僕だって、人を使うという事に慣れていないんだ。お互い、多少のらしくなさには目を瞑るよ。勿論、限度はあるけどね?」
そう言って笑いかけると、シッケスさんとィエイト君は青い顔のまま頷き、廊下を駆けていった。そんな二人の後ろ姿を、ザカリーは厳しい目で見ながら、独り言を呟いた。
「廊下を走るなど……。どうやら一から教える必要がありそうです」
前途多難だなぁと、他人事ながら思った。
● ○ ●
食事を終えて、グラの分の食事という名目の僕の夜食を持って地下へと戻る。
彼女はいまダンジョンコア側にいるので食事はいらないし、こっちに宿っていても、特段食事に思い入れはないようで、人体に必要な栄養素が足りているなら、味などどうでもいいといった態度だった。
きっと、ネブカドネザル号の人工アミノ酸の食事であろうとも、文句を言わないのだろう。まぁ、もしも継続的にそんな食事をとらなければならなくなっても、僕は疑似マトリックスを幻術で再現できる。たとえ、鼻水のような食事であろうと、分厚いステーキのジューシーで美味しいという情報を、視覚情報にも味覚情報にも錯覚させられる。こればかりは、幻術の凄いところだろう。
応用できる場面が限られるのが痛いところだが。まぁ少なくとも、グラが「知らぬが仏」と裏切る心配は必要ない。そもそもそんな心配などした事ないけどね。
もしもこの技術を地球に持って帰れたら、僕はきっとダイエッターたちに引く手数多だろう。いや、その前に姉たちに拘束、独占されるか。
「あ、グラ。起きてたんだ」
地下の研究室に戻ると、すでにグラは起きていて、もう別の作業を始めていた。グラの座っている机のうえには、僕が先程作ったアクセサリーが、所狭しと並べられており、ひとつは彼女の手の中にある。
どうやら、品質をチェックしてくれているらしい。
「ええ。どれも良いできですね。もはや、幻術の装具に関しては、私が口出しするような点は見受けられません」
「いやいや、まだグラの作ったものに比べれば、粗が目立つ代物だよ。お恥ずかしい」
「そこは慣れてくれば、いずれ粗は削れていくでしょう。要は慣れです」
「そう願いたいね」
僕は肩をすくめて、彼女の机へと近付く。そこには、僕が作れる二十数個のアクセサリーが、それぞれ二セットずつ用意されており、その形も瓜二つだった。別に変えても構わないだろうが、どうせ双子なのだからと、まったく同じ造形のアクセサリーにした。
その点は、グラも大満足のようだ。一昔前に流行った双子ファッションちっくではあるが、まぁ僕とグラは装備も役割も全然違うので、アクセサリーだけで見間違う程姿が似か寄るとも思えない。まず問題はないだろう。
「さて、君が聖杯にかかりきりだった間の話をしておこうか」
「おや、地上でなにか変化が?」
「まぁね」
ぎこちなく笑いかけてから、僕は今日あった出来事を伝えていく。
スィーバ商会との協力。マフィアどもの襲撃。二人の闖入者と、セイブンさんの乱入。そして、以前から要請のあった通り、バスガルのダンジョン攻略に際して、僕ら姉弟にも協力して欲しいとお願いされ、それを了承した。
それに加えて、玄関とシャッターを壊されたせいで、屋敷の防衛能力低下を鑑みたセイブンさんからの厚意で、二人の問題児を抱えたという点も伝えておいた。たぶんこの二人、特にィエイト君とグラとの相性は、このうえなく悪い。だから、問題を避ける為、しばらくは屋敷にあがらない方がいいだろうという、僕の所感も付け加えた。
「なるほど。まぁ、地上部の防衛に関しては、ショーンの裁量で好きにして構いません。とはいえ、実力者を複数人ダンジョンの入り口に貼り付かせるというのは、なんというか、落ち着きませんね」
「うん、やっぱそうだよね」
それは僕もそう思う。ただ、たしかに屋敷を守る為には必要なのだ。それに、幸いな事に、僕らがバスガルのダンジョンに潜る際には、彼らもまたここを離れる。僕らがいない間に、ダンジョンを襲撃される心配はしなくていいだろう。
「防衛といえば……」
ついでに、僕はダズからの進言について、グラにも相談する。武器の質が低いという話だ。
「武器の質、ですか……。あまり意識した事はありませんでしたね。これまでの侵入者の持ち物を参考に、それを品質のいい状態にして作っていたのですが……」
自らの至らなさに歯噛みするような、苦悩の滲む声音でグラが内心を吐露する。残念ながら、これまで侵入してきた連中は、チンピラやそれに近い連中ばかりだ。一応フェイヴなんかもいたが、あれは死んでいないし、その武器なんかも手に入らなかった。
「だから、ダズに言って、質のいいものを買ってきてもらう事になったよ。一月に一種類だけだけどね」
「ほう! なるほど。それを私が解析できるようになれば、武器の質も高くなるという事ですね!」
そう。それこそが、僕がダズに最高品質の武器を、一種類ずつ選んできて欲しいと願った理由だ。
「できれば、僕もノウハウを盗みたいところだけれどね……」
僕ごときに、そこまで細かい解析ができるとは、期待していない。だが、グラならばできる。
そして、グラがコツを会得したら、僕はそれを教えてもらうという方法もあるのだ。なにせ、グラに僕の体を操ってもらい、僕はその感覚を再現するという、かなりイージーモードな学習が可能なのだ。文字通りの意味で、チートに近い。あるいはカンニングか。
参考資料に、ダズが選んだ質のいい武器が届くのが待ち遠しい。
「そうそう、武器を新調するんだから、防具も新調したいと考えているんだ」
「防具ですか?」
「そう」
「実はさ、ちょうどいい素材に心当たりがあるんだ」
僕はさらに、知識チートともいうべき代物の情報を開示する。今日はその開発だけで手一杯だったが、作る事そのものは拍子抜けする程簡単だった。
まぁ、組成式は単純なB4Cだ。ダンジョンコアにとっては、赤子だって作れる代物である。




