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ダンジョンツインズ ~いずれ神へと至る二心同体の生存戦略~  作者: 白雲庭 まし麻呂
三章 バスガル攻略戦

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三章 〈6〉

 〈6〉


 諸々の後片付けが全部終わり、僕とセイブンさんと連れの二人は、応接室にいた。使用人たちも、一度部外者全員を追い出してから、パニックルームの外にだしているので、ジーガとディエゴ君もいる。ダズがパニックルームの防衛に関して話がしたいと言っていたのだが、流石にいまは無理なので後回しにさせてもらった。


「それでは改めまして、一応僕がこの家の家主である、ショーン・ハリューです」


 いささか手遅れ過ぎる自己紹介をしたら、二人がバツの悪そうな表情で顔を逸らした。ちなみに、ソファについているのは僕とセイブンさんだけで、ジーガと久々に見たディエゴ君と、その他二人は立っている。使用人の二人は当然なのだが、爆乳褐色美女とエルフ剣士くんは、セイブンさんの後ろで気を付けの姿勢で、まさしく立たされている。


「お前らも自己紹介をしなさい。どうせ、まだ名も名乗っていないのでしょう?」


 底冷えのするような声音で、見向きもせずに命令するセイブンさん。爆乳褐色美女の方が、気を付けの姿勢のまま青い顔で口を開く。


「こっちはシッケス・サイズ。セイブンの仲間です」


 これまでの荒々しい口調とは打って変わって、ぎこちないものの、こちらに気を使ったとわかる丁寧な口調だった。ちなみに、あのパイロットキャップのような兜は脱いでいるので、彼女がダークエルフである証拠の笹穂耳も確認した。もう一人のエルフ剣士君と違って、横ではなく後ろに伸びている感じで、その長い銀髪に隠れ、先っぽだけが少し見えるくらいだった。


「……同じく、ィエイト・エナブル。【雷神の力帯(メギンギョルド)】のメンバーだ」


 続けて、エルフ剣士くんが渋々といった態で自己紹介をする。こちらは初対面のときからエルフであるのが丸わかりのシルエットだったが、その耳があからさまに垂れ下がっている。戦闘中はピンと横に伸びていたので、感情で動くようだ。

 神経質そうな、いかにも耽美なイケメンが、気落ちしつつも、それを覚られまいと不機嫌な表情を作り、尊大な口調で謝っている。きっと、その筋のお姉さまたちには垂涎の光景なのだろう。が、僕としてはちょっとカチンとくる態度だった。

 なんて思っていたら、僕以上に彼のその態度に腹を立てた人がいたようだ。


「……失礼」


 そう口にしたセイブンさんを見ようとしたら、ソファはもうもぬけの殻。ガッという鈍い音がして、ディエゴ君の「ひぇっ……」という怯えた声が聞こえた。

 こちらからはソファの陰になって見えないが、その奥から何度も何度もガツガツという鈍い音が聞こえる……。見えない分余計に怖い。青い顔で直立し、頑なにそちらを見ようとしない、シッケスと名乗った爆乳――ダークエルフの女性と、逆に目の当たりにして、ぷるぷると震えているディエゴ君との対比が、より恐怖心を掻き立てる。

 やがて音が聞こえなくなると、すっくとセイブンさんが立ちあがる。まるで当然の仕事をこなしただけ、とでも言わんばかりの平静な態度だったが、拳と頬には返り血が飛んでいた。彼は淡々と手と服にとんだ返り血を処理すると、再び席に着く。えっと、まだ頬に返り血が残ってますよ……?

 その、さも当然といわんばかりの態度に、僕やジーガ、ディエゴ君といった、暴力とは一線を画す人間は、ドン引きである。肉体言語の行使に躊躇がなさすぎる……。僕としては、近所の気のいいおじさんだと思っていた人が、ヤの人だったかのような驚きと恐怖を、いままさに覚えているところだ。


「本っ当に、我がパーティの馬鹿どもが申し訳ありませんでした!!」


 だというのに、そんなおっかない人が、僕に頭を下げてくる。いや、どうしろと? こちらとしては、勿論二人に対して言いたい事や憤りはあるのだが、セイブンさんの制裁が苛烈すぎて、ついつい「もうその辺で……」とか言いそうになってしまうのだ。それが、セイブンさんなりの交渉術である可能性は否めない。だとすれば、その思惑は成功していた。

 頬を腫らして鼻血を垂らしながら、よろよろと立ちあがったィエイト君を見ていたら、さらにこちらから制裁を加える気にもならない。もう十分に罰は受けたと思ってしまう。


「ま、まぁ、謝っていただけたのであれば、こちらとしても遺恨にするつもりはありません。屋敷の修繕費や、壊したものを弁償していただければ、今回の件は不問といたします。僕も、こんな事でセイブンさんとの関係を悪くするのは、本意ではありませんし」


 衛兵に突き出したマフィア連中の生き残りは、別に懸賞金付きとかでもなかったし、彼らの財産から屋敷の修繕費が払われるとも思えない。なので、もっけの幸いと、彼らにたかる事にする。

 シャッターを壊したのは、間違いなくこの二人だしね。特注だから、今回の襲撃被害で修繕に一番費用がかかるのは、間違いなくあの鉄格子の新調なのだ。


「そう言っていただけると、私としてもありがたいです」

「タイミングが悪かったというのもありますし」


 二人だって、流石に僕の屋敷がマフィアに襲撃されているタイミングでなければ、普通に訪問する事くらいはできただろう。それすらできないのであれば、セイブンさんだってお目付け役も付けずに送り出したりはしないはずだ。

 そして、マフィアの連中を倒している最中、その場に自分たちを覗き見るように幻術で姿を隠した僕がいたのだ。訝しむのも、ある意味当然だろう。状況を整理してみると、僕自身たしかに怪しいと思う。


「とはいえ、苦言くらいは呈させてください。ここは我が家であり、盗賊たちの根城ではありません。問答無用で襲い掛かられては、事態が終息しても様子見として使用人を外にだす事すらできません」

「おっしゃるとおりです。まったく、バカにも程度や限度はあるだろうに……」


 呆れて肩を落とすセイブンさん。その後ろで、二人は気まずげに顔を逸らした。

 そう、僕がなによりも気に入らないのは、僕がマフィアの一員だと勘違いした事よりも、問答無用で襲い掛かってきた点だ。そんな事をされては、使用人たちにとって危険すぎるのだ。

 残機が一ある僕だったからまだ良かったものの、これがジーガだったら今頃は彼の葬式の準備をしていなければならなかった。そうなればもう、僕とセイブンさんたちとの関係は、修復不能なものになっていただろう。

 彼が激怒するのも当然だ。今回の件では、顔に泥を塗る形で決着したが、下手をすれば顔を潰されていた。親であっても、子を勘当するくらいの不行状である。ある意味、ボコボコにされるくらいなら、まだ温情ある措置といえる。


「それで、そのお二人を挨拶にこられた理由は、ただの顔合わせですか?」

「そうでした……。実は、当初の懸念通り、サリーがこの町を訪れられるのは、早くても三ヶ月後という報告が入りました……。その他の【雷神の力帯(メギンギョルド)】のメンバーも、早期の招集は難しく……。この町の現状を鑑み、重ね重ね申し訳ないのですが、我々のダンジョン攻略にショーンさん、グラさんの同行をお願いできないでしょうか?」

 心底申し訳なさそうに、セイブンさんはそう申し出た。さて、どうしようか……。


「お答えする前に、一ついいですか?」

「ええ、なんなりと」


 僕はセイブンさんに、どうしてギルド上層部の初動対応が遅れたのか、いまはどうなったのかを訊ねた。セイブンさんの答えを要約すると――


 対応策を講じて、それが失敗だったらニスティス大迷宮の再来となる恐れがある。そんな事になれば、組織での立場どころか、この国の誰からも白眼視されかねない。いや、下手をすればその悪評は国境を跨ぐ。最悪、私刑の対象だ。

 そこまでのリスクを冒して、陣頭指揮を執りたがるギルド幹部はいなかった。

 この町のギルド支部の主だった者たちは、もっと危機感をもってはいたのだが、残念ながらタイミングが悪かった。

 自分たちの部下にはセイブンさんがおり、また近々彼の所属する一級冒険者パーティが対策に乗り出す。【雷神の力帯(メギンギョルド)】のネームバリューが大きすぎて安心してしまい、事態が動くのはそんな一級冒険者パーティが集まってから、自分たちはそれまで、中級冒険者を使ってダンジョンの情報を集める。そんな消極的な動きを選択してしまったらしい。

 いまは、【雷神の力帯(メギンギョルド)】のメンバーが、集まれるのは半分程度だという事実を知り、かなり焦っているとの事。

 最後に、いまはギルドの幹部や、この町の支部を説得し、セイブンさんが陣頭指揮を執る形で、現場での自由裁量が許されているのだそうだ。


「この町のギルド支部の動きに関しては、仕方のない面もあります。上層部が動きを見せないのに、国にも関わるような事を独自裁量するわけにはいかなかったでしょうから。とはいえ、油断していたのは事実。気を引き締めてもらいました」


 この人、なにをしたんだろう……。とは思ったが、とても聞ける雰囲気じゃない。言っている事も正しいと思う。

 たしかに、この町のギルド支部の対応は消極的だったが、その分堅実だった。ダンジョン攻略に際して、できるだけ安全な探索ができるよう、情報収集に努めるというのも、悪手という程でもないだろう。

 ただし、緊急時にはそういった堅実で無難な対応では、間に合わない事もあるのだ。特に、今回は手遅れになってからでは、いろいろと取り返しがつかない。巧遅は拙速に如かず、である。

 加えてセイブンさんは、憤りも隠さず、言葉を続けた。


「ギルド幹部に関しては、情状を斟酌してやるような余地はありません。こんなときに、責任者が責任を取るのを恐れて縮こまるなど、許されざる怠慢です。こちらは、幾人か役職を解き、国に対する報告義務を怠った者は罪に問われる事になりました」

「え? 国に報告していなかったんですか?」

「いえ、アルタンの町にダンジョンができた事自体は、流石に隠し通せません。それは報告されていたのですが、ギルドとしての対応の拙劣さを糊塗して伝えてていたようです」


 どういう事かというと、【雷神の力帯(メギンギョルド)】がダンジョンの対応に乗り出すという点は伝えても、その理由であるアルタンの町に出現したダンジョンが、中規模ダンジョンのバスガルである可能性は、確実性が薄いと隠していた。また、ダンジョンについて調べた事柄を成果として報告しつつ、攻略の為の情報収集に努めているように見せかけた。

 報告そのものは嘘ではないのだが、緊急時に許されるような行動ではない。バスガルのダンジョンが侵食してきた可能性を知っていて、小規模ダンジョンと同じ対抗策を講じるなど、愚の骨頂である。


「その他にも、下水道のダンジョン化やダンジョンの拡大等々、報告すべき事柄が国に伝わっていなかったようです」

「それって、普通に犯罪なんじゃ……」

「ええ。ですので、悪質な者は捕らえられました」

「この緊急時に……」


 いやまぁ、だからこそ人間らしいとは、元人間の身からすると思ってしまうけれどね。だからこそ、情けなくもある……。

 つまりは、自己保身に目が眩んで、自分の首を絞めたという、本末転倒の愚か者のせいで、国はアルタンの町にできたダンジョンを過小評価してしまったという事だった。小規模ダンジョンに、一級冒険者パーティが対処すると思われていたのなら、それも仕方がないだろう。しかも、その為の情報は着実に集まっており、攻略に不安要素はないとまで思っていたのなら、国としての動きが遅かったのも頷ける。

 人間は、僕ら小規模ダンジョンの事を、舐めている節があるからな。


「でも、国としても、きちんと現状を観察する役人なりなんなり、手配するべきだったんじゃないですか?」


 もしそうしていたら、ギルドの情報を鵜吞みにするばかりじゃなかったはずだ。


「国は、最初は転移術師を派遣して、事態の緊急性を調べたそうですよ。ですが、その頃はまだ、できたのは生まれたての小規模ダンジョンだと思われていた時期です。国はその報告が届いた段階で、緊急性を一段階下げてしまったのです」

「なるほど。小規模ダンジョンなら、領主とギルド支部だけでどうとでもできる、と?」

「ええ、その通りです」


 やっぱり、小規模ダンジョンは侮られているなぁ。ムカつくので、将来は絶対、ビッグになってやる。大規模ダンジョン、という意味で。


「後発の役人は事態の緊急性を覚っていたでしょうが、陸路ですからね。報告が遅れているのでしょう。たぶん、ギルドを通じて国に報告を入れようともしたのでしょうが……」

「ギルドの幹部に握り潰された、と」

「ええ、まぁ」


 本当に、ただの犯罪者だな。結局、懸念していた通りかそれ以上に、ギルドの元幹部たちは後ろ指を指され、白眼視されるような立場に追いやられてしまった。彼らのこの先の人生は、きっとベリーハードモードになる事だろう。彼らのこれからの人生に、少しは幸のあらん事を。ま、どうでもいいけど。

 しかしここまでくると、わざと国に害を及ぼそうとしたとしか思えないのだが、果たして本当にそこまで愚かな人間がいるのか?

 僕はちょっと、ギルドの対応が悪すぎる事に首を傾げ始めていた。ニスティス大迷宮の再来という重大事に、責任を取らねばならない立場の者が委縮してしまうというのは、理解はできる。保身に走って、悪手を打つという事も、わからないでもない。だが、いくらなんでも悪手が重なりすぎて、どこか意図的ですらある。

 誰かが、今回の事態の対応策を妨害した可能性は? もし、僕らと同じように、人間社会に潜り込ませた、ダンジョン側のスパイがいれば、それは可能なのかも知れない。そういえば、ダゴベルダ氏の正体も、結局はわからずじまいだ。

 人間社会に潜むダンジョンからの刺客は、僕が思っていたよりも多いのかも知れない。

 セイブンさんは、真摯な態度のまま、もう一度深々と頭を下げた。


「そのようなわけで、事態は急を要します。ギルドとしても、我々【雷神の力帯(メギンギョルド)】としても、そしてこのアルタンの町に住む一人の人間としても、今回のバスガル攻略に、お二人のご協力をお願いしたいというわけです」

「なるほど。了解しました。勿論、僕らもこの町に住む人間です。自分たちの為にも、協力させてください」


 僕は、そんなセイブンさんに、快く了承の意を示した。

 そんな僕に、セイブンさんやシッケスさん、ィエイト君は不思議そうな顔をしていた。まぁ、ここまでギルドの稚拙さを披露したあとでは、協力したくないと思うのが人情だろうしね。


 とはいえ、僕は化け物になると決めた元人間だ。そういう蟠りに、用はない。


 たしかに、ギルド側の対応のまずさに思うところがないでもないが、バスガル攻略にはギルドは不可欠だ。正確に言えば、冒険者による人海戦術が必須なのだが、それを統括するのは冒険者ギルドである。多少頼りなかろうが、既に僕らの防衛計画に勝手に加えられている以上、ギルドを抜きに話は進められない。

 勿論、セイブンさんたち【雷神の力帯(メギンギョルド)】の力も必須だ。ただの有象無象だけでは、決定打が足りない。なので、ここは僕らの勝利の為にも、彼らとの協力が必要なのだ。

 ふっふっふ、見てろよバスガル。君はダンジョン対ダンジョンの戦いを想定しているだろうが、こちらはダンジョン対人類という、君が逃げ出した戦いを強いる。そして、勝利だけ掠め取るつもりなのだ。

 とはいえ、僕らとバスガルの戦いの趨勢を、人類の動向に委ねるつもりは、端からない。すべてをセイブンさんたちと冒険者に任せ、フィクサー気取りでほくそ笑むのも悪くはないが、あまりに他力本願すぎれば、想定外の事態に介入できなくなる。そもそも、常にキャスト不足の舞台なのだ。フィクサーだって舞台にあがって、モブ役くらいは演じなければならない。


「いいんですか? 先程は言いませんでしたが、ギルドからの事態を軽視した情報が届いた事で、国は招集していた軍を別の中規模ダンジョンに充ててしまいました。これをもう一度、アルタン、もしくはシタタン方面に派遣するには、時間と予算がかかります」

「具体的にはどのくらいでしょう?」

「サリーがこちらに着くくらいは、おそらくかかるでしょう」


 ふむ。つまり、三ヶ月は国も対処できない、と。たぶんバスガルと僕らとの戦いが、最大限長期化したって、そんなに持たないだろう。蓄えている兵糧《DP》の量が段違いなのだ。

 つまり、対バスガル戦において、この国の軍はアテにできなくなったのだ。まぁいい。そもそも国軍に対して、僕はまったく伝手を持たない。そうなると、動きをコントロールするのは難しい。となれば、下手に突っ込まれてDPになられる危険が減った思えばいい。

 ますます、セイブンさんたちに、失敗してもらっては困る。存分に協力して、是非ともバスガルを討ってもらおう。


「わかりました。そのサリーさんがこの町に到着するまでは、僕ら姉弟はバスガルの攻略に協力しましょう。その後はまぁ、必要ないでしょうから手は控えさせていただきますが」

「ええ、是非よろしくお願いします」


 そう言って、もう一度頭を下げるセイブンさん。中間管理職の哀愁っぽいものが、そのつむじから漂っている気がする。不憫な……。


「ふん……」


 鼻を鳴らすような音にそちらを見れば、不機嫌そうなィエイト君が、顔をそらしていた。セイブンさんの態度に、思うところがあるのか?


「なんで僕らが、人間どもの後始末をしなければならない。愚鈍に過ぎる」


 吐き捨てるように言ったィエイト君を一瞬睨み付けたセイブンさんだったが、言っている事には同意しているのか、肩をすくめてため息を吐いていた。そんなィエイト君を見てか、シッケスさん


「くくく……。拗ねてんじゃねえよ、クソエルフ」

「愚昧なダークエルフが。僕はただ、人間という種の愚かしさを嘆いていただけだ。その下品な笑いを引っ込めろ。ただでさえ下劣な品性が、もはやおぞましいまでに汚濁しているぞ」

「んだと、このクソエルフ。てめぇは単に、尊敬しているセイブンが、どう見てもただの子供な、そこの家主にぺこぺこしてんのが面白くねえんだろ!?」

「んなっ!? ち、違うぞ! 僕はただ、人間というものは、どうしてこうまで愚かで、愚鈍で……――」


 ィエイト君の白皙の頬に、さぁっと朱が走る。どうやら図星らしい。まぁ、あの慌てようを見ていれば、誰の目にもわかるか。どうやらこのィエイト君、かなりセイブンさんを尊敬しているらしい。

 などと思っていたら、シッケスさんとィエイト君が、小学生みたいな口喧嘩を始めた。


「愚かと愚鈍で、意味被ってんじゃねえか! やーい、バーカ、ばぁーか!」

「う、うるさい。低能なダークエルフが! 貴様こそ、その空っぽな頭に、少しは教養を詰め込め!」

「おやおやぁ? ィエイト君は知らないのかなぁ~? こっちはこのたび、四級の筆記試験をクリアしたんだぜぇ!」

「……、ふん。四級の筆記試験など、僕は四級になったその日にパスした。まさか、いまのいままで、筆記を突破していなかったとはな。むしろその事実に驚いている」


 調子に乗ったシッケスさんが墓穴を掘ったのを見逃さず、ィエイト君は落ち着きを取り戻し、嫌味っぽくその失点を論う。というか、四級って筆記試験あるの? 正直、そこまでのぼり詰めるつもりはないからいいんだけど、それが何級からあるのかは気になるところだ。

 グラの知らない知識、たとえばこの国の歴史とかがあると、僕だってお手上げだぞ。


「う、うっせぇ! うっせぇ! いろいろと忙しくて、後回しにしてたんだよ! こっちだってなぁ、やろうと思えばもっと早くクリアしてたっての!!」

「やろうと思えばできる事を後回しにする。それこそが、愚鈍だというのだ、馬鹿め。自ら己が愚劣である事を証明したようだな」

「はん! 筆記ができたって、お前がバカな事には変わりねえだろうが! こっちら、バカだからこうして立たされてんでしょ!? やーい、バーカ、バーカ!」

「……自己弁護ができなくなったからと、道連れか……。本当に愚図だな」


……なんだろう。この二人を見ていると、まるで外見だけは大人に育った子供を見ている気分になる。中学生くらいまで縮んだ僕の前で、十二分に青年といっていい姿のエルフとダークエルフの二人が、稚拙な口喧嘩を繰り広げている。

 そんな姿を見ていると、本当にもう、怒る気も失せてくる。


「いい加減に、黙りなさい」


 そしてそんな二人は、セイブンさんが一言発するだけで気を付けの姿勢に戻り、口を噤むのだった。その姿は、中間管理職のサラリーマンというよりは、どこか小学校の先生のようだった。


「そうだ。下水道の件、ありがとうございました。よもや、あそこまで徹底的に駆除してくるとは思っていませんでしたよ」


 そう言って苦笑するセイブンさん。そういえば、セイブンさんに頼まれて下水道の間引きをしたっけ。まぁ、間引きというには根こそぎ狩った気はするが、その後のダゴベルダ氏や、この問題児二人の登場で、すっかり忘れていた。

 そもそも、どちらかといえばグラの初陣っていう意味合いが強かったし、それもまったく滞りなく終わったしで、完全に終わったものとして忘れていた。


「いえいえ。お役には立てましたか?」

「ええ、勿論。モンスターを減らす事は、ダンジョンの力を削ぐ事ですからね」

「なら良かった。下級冒険者の食い扶持をなくしてしまったかと、あとになって気付いたもので……」


 下水道のモンスターを根こそぎ倒してしまったせいで、それを狩って生計を立てていた下級冒険者や浮浪者たちの恨みを買うのはごめんだ。

 ただし、それもいまはダンジョンへの入場制限があるので、問題にはならないだろう。問題があるとすれば、中級冒険者の方だ。

 だが中級ともなれば、ネズミ系なんかの質の悪い魔石なんかで食い扶持を稼いでいる者はほとんどおらず、大抵はギルドや領主なんかからの依頼を請けてダンジョンのモンスターの間引きを行なっているはずだ。

 そういった連中は、もしも下水道からモンスターが消えたとしても、次はバスガルの方で仕事があるだろうから、こちらが恨まれる事はない。……と思いたい。

 僕の懸念に、セイブンさんは苦笑する。


「大丈夫ですよ。今後はギルドの依頼として、下水道には下級冒険者を、一定時間、一定数送りこみ、環境の保全を試みます。冒険者資格のない者は、いままで通り侵入制限をさせていただきますが、いま仕事にあぶれ気味な下級冒険者たちも、ある程度はこれで収まるでしょう」


 下水道の探索ができなくなったせいで、そこのモンスターを駆除する依頼で生計を立てていた連中は、今回の件で困窮しているらしい。とはいっても、普通はそれだけでは食っていけないので、他にも稼ぐ手段は持っているようだ。だがまぁ、食っていけないからこそ仕事を掛け持ちしているわけで、そんな下級冒険者たちはいま、一連の騒動で下水道に入れず、かなりひもじい思いをしているそうだ。

 そんな彼らに、ギルドから下水道の環境保全依頼がでれば、食うに困って犯罪に手を染める輩が現れる可能性を、ぐっと下げられるというわけだ。まぁ、その勘定に、下水道で生計を立てていた浮浪者たちが入っていないのは、彼らが冒険者資格を有していないからだろう。

 まぁ、それは仕方がない。その人材は僕の方で使う予定もあるので、手をつけないでくれるのは、逆にありがたくもある。少し計画を前倒した方がいいかも知れない。このあとウル・ロッドと会う必要が強まったな。

 

「これまで下水道に送っていた中級冒険者パーティは、バスガルと目されるダンジョンに投入されるんですか?」

「そうなります。彼らの主な目的は、探索よりもダンジョンのモンスターの間引きです。無理をせず、着実にダンジョンの力を削ぎ落とし、絶対に死なない事が仕事ですね」


 穏やかににこりと笑うセイブンさん。きっと、人間としては頼もしい笑顔に見えるのだろうが、ダンジョン側からすれば恐怖でしかない。人間の、こういう周到なやり口が、いまは怖くて怖くて仕方がない。

 絶対に死なないよう、ダンジョンのリソースを削ぐ事を優先する。それをやられるのが、ダンジョンにとっては一番厄介なのだ。冒険者なんだから、もっと危険を冒せと言いたい。


「僕らはある程度間引きがすんでから、ダンジョンの主を探して探索ですか?」

「そうなります。ただ、なにぶん未踏破のダンジョンですからね。そこからは手探りとなるでしょう……」

「どれくらいかかるんです?」

「さて……、運が良ければ一週間以内、悪ければ数ヶ月といったところでしょうか」


 結構かかるな。とはいえ、中規模ダンジョンの踏破ともなれば、そういうものなのだろう。だが、もしもダンジョンの探索に一週間も二週間もかかるとなると、それはそれで問題だ。僕とグラが、揃って本拠のダンジョンを長期間空けるのは、望ましくない。侵略戦争の真っ最中であるいまは、特に。

 かといって、日帰りで地上に戻らせてくれなどと、頼めるものではない。いや、流石に何ヶ月も地上に戻らず、ダンジョン内を探索するとは思わないが……。


「まぁ、あそこが大規模ダンジョンにまで拡張されれば、攻略に必要な期間は年単位にまで増えると思いますがね」


 疲れたように軽口を吐きつつ、肩をすくめるセイブンさん。きっと冗談のつもりなのだろう。だが、僕としてはちっとも笑えない。

 下水道に繋がっているバスガルのダンジョンは、少しずつ拡張されているらしい。それは本当に少しずつで、住人たちもあまり気付く者はいないくらいだ。まるで、周囲に影響を与えないよう細心の注意を払っているかのようだ。そう、少し前の僕らのように。

 正直、この全然ダンジョンらしくない動きが、僕は気になってしょうがない。だが、そこにある意図が読めない。

 セイブンさんが言うように、大規模ダンジョンに拡張する為?

――……まぁ、ないな。大規模ダンジョンというのは、人間が手を付けられなくなるくらい、広く、深くなったダンジョンの事だ。

 浅層を拡張するのが無意味だとは言わないが、単に一層が広がっただけでは、大規模ダンジョンには至れない。それは、バスガル一層がこのアルタンの町を丸ごと呑み込むような広さになろうとも、だ。

 というかたぶん、バスガルのダンジョンの広さは、シタタン方面にある本拠地も含めれば、かなり広大なものになっているはずだ。単純な面積だけなら、彼の一層ダンジョンに次ぐかも知れない。

 だが、いまの状態では普通の中規模ダンジョンに、小規模ダンジョンが付随しただけだ。攻略そのものは、中規模だった頃比べて難しくなったという事もないだろう。

 むしろ、無駄に戦線を広げたせいで、人間としては攻略しやすくなったといえる部分もある。

 大規模ダンジョンと呼ぶには、あまりにもお粗末な形だ。人が手を付けられなくなった大規模ダンジョンというのは、人海戦術で攻略しようと思えば、一国の国民の半数を注ぎ込まなければならなくなったような、群の力ではどうにもならなくなったものをそう呼ぶのだ。


「バスガルと思しきあのダンジョンが、大規模ダンジョンに成長する可能性を危惧しておいでですか?」


 押し黙った僕に、セイブンさんがそう問いかけてきた。きっと、心配のしすぎだと思っているのだろう。だが、彼は知らない。バスガルのダンジョンが、どれだけ切羽詰まっているのか。

 人間の攻略が上手くいっているからこそ、バスガルにはあとがないのだ。つまり、なにをするのかわからない怖さがある。


「……ええ、まぁ……」


 とはいえ、そんな事をセイブンさんに言えるはずもなく、僕は言葉を濁しつつ頷いた。そこで僕は、僕の代わりに答えを見付けてくれそうな賢人の存在を思い出す。


「そういえば、いまこの町を、ケブ・ダゴベルダ氏が訪れている事は知っていますか?」

「なんと!? あのダゴベルダ氏がですか!? ショーンさんは彼の方とお知り合いで?」


 そうそう。これが正しい反応だよね、やっぱり。

 驚き身を乗り出したセイブンさんに、僕はゆっくりと頷いた。


「僕もギルドでお会いしただけなので、知り合いというのは、いささか以上に分不相応かと。ただ、ダゴベルダ氏は、件のダンジョンを調べる為、この町にきたと言っておられました。ギルドにも御用がおありのようでしたね」

「なるほど。博士の協力が得られれば、これ程心強い事はありませんね。一度、ギルド経由でお話してみます」

「それがいいと思います」


 神妙な面持ちで考え込むセイブンさんに、僕も頷き、彼を騒動に巻き込む事を提案する。忍法・道連れの術だ。

 ダンジョン側のスパイである僕よりも、余程ダンジョンに詳しいという彼の御仁だ。きっと僕なんかが考えるよりも、正確な知見を得られるだろう。人類側にとっても、そっちの方がありがたいはずだ。


「そういえば、ダゴベルダ氏は【魔術】を使っておいででしたね。もしかしたら、ダンジョン探索にもご同行いただけるかも知れませんよ?」


 さらりと、僕らの負担もダゴベルダ氏に半分肩代わりしてもらおうと目論む。あの人のバイタリティだったら、ダンジョン探索に同行してもらえれば、僕らお役御免かも知れない。まぁ、それならそれで問題はない。こちらとしても、できる事ならこちらのダンジョンを離れたくなはい。奥義・丸投げの術だ。


「なるほど。一度、博士と話し合ってみます。それと、この二人を置いていきますので、動きがあるまでは雑用でもやらせて、こき使ってください」


 後ろの二人を親指で差しつつそう言ったセイブンさん。シッケスさんとィエイト君も驚いている。


「え、要りませんけど……」


 咄嗟の事で、ついつい本音が口をついた。というか、ただでさえ一級冒険者パーティのメンバーなんて危なくてダンジョンに近付けたくないっていうのに、短絡思考の二人を預かるなんて、リスクでしかない。


「貴様! 要らないとはなんだ!?」

「ちょっと失礼じゃね?」


 侮られたと思ったのかィエイト君は憤慨し、シッケスさんも不機嫌そうに唇を尖らせる。だが、そんな抗議の声も、セイブンさんの「はぁぁああ……」という、盛大すぎるため息によって押し止められた。


「いいか? いまこの町は、新たにできたダンジョンのせいで、てんやわんやの騒動だ。商人のなかには、町を捨てて逃げようとしている者もいる」


 カベラ商業ギルドとかの事だな。他にもいるのだろうか?


「そんな、緊急事ともいえる状況では、便乗してよからぬ真似をする輩が現れる可能性もある。衛兵はそれなりに動いてはいるようだが、やはり常のようにはいかない。まして騎士団や領軍ともなると、ダンジョンの方にかかりきりになる可能性が高い。つまり、治安維持機能が低下するという事だ」


 なるほど。それは考えてなかった。たしかに、衛兵だけで、町で起こるトラブルをすべて解決するなんて不可能だ。彼らのバックには、本来領主がいるのだが、その手が塞がっているとなれば、それを好機と見る連中は少なからずいるだろう。


「ショーンさんたちは屋敷の修復をしなければならない。扉は破られ、防衛機構の一部はお前らによって破壊されている。いまのこの町で、依頼を受けてくれる業者を探して、依頼をして、受けてもらって、施工して、諸々すべて終わるまで、別のならず者がこの機にこの屋敷を攻めてこないと誰が保証する? 余計な作業に割かれる人手はどこから持ってくる? 彼らの安全は、誰が保障してくれる?」

「「…………」」


 セイブンさんの質問に、二人は答えられず無言で立ちすくむ。僕も彼の言葉には考えさせられた。なるほど、常ならばマフィア連中の襲撃も散発的なものだが、町の状況や僕らの防衛態勢の不備などを鑑みれば、断続的な襲撃があってもおかしくはない。

 僕ら姉弟はどうにでもなるが、使用人たちの安全を考えれば、たしかに護衛要員は必須だろう。


「扉とシャッターが直るまで、お前らはここで雑用をしつつ、屋敷の警護にあたれ。言うまでもないが、これ以上問題を起こせば、私がお前らを殺す。これ以上、私の顔を潰すようなら、脅しでもなんでもなく潰してやるから、そのつもりでいろ」


 一度も振り返らずそう言うセイブンさんの声音に、重苦しい怒気が混じっていてとても怖い。二人も、冷や汗を垂らしつつ直立不動だ。ついでに、ジーガとディエゴ君も緊張から気を付けの姿勢である。

 ピシリと引き締まった空気を割るように、柔らかい声でセイブンさんがこちらに語りかけてくる。だが、あのドスの効いた声のあとでは、どんな猫撫で声も虎の唸りに勝る威嚇でしかない。


「そのようなわけで、頭の足りない役立たずではありますが、好きに使ってください。シッケスは頑丈なだけが取り柄ですので、重労働を任せてもかまいませんし、ィエイトの方はそれなりに【魔術】が使えますので、いろいろとお役に立つかと」

「そ、そうですか。ではまぁ、お預かりします……」


 そう言うしかなかった。いや、いまこの状況で、この人に逆らうとか無理!

 まさか、問題児のお守りをやらされるとは……。奥義・丸投げの術を返された気分だ……。


 お見事!!




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