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ダンジョンツインズ ~いずれ神へと至る二心同体の生存戦略~  作者: 白雲庭 まし麻呂
三章 バスガル攻略戦

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三章 〈5〉 2/2

 僕とジーガは、慌てる事なく避難を開始した。まずは、廊下へとでる。襲撃なんて慣れたものなので、二人とも慌てたりはしない。


「旦那はどうします? 地下へと戻りますか?」

「いや、襲撃者と鉢合わせしたら洒落にならない。今回は、僕もパニックルームに避難するよ」

「それがいいですね」


 そんなやり取りを終えた途端、ガイィィンというけたたましい音が屋敷中に響く。廊下の先を見れば、そこではちょうど、玄関に続く廊下にシャッターが下ろされたところだった。

 この家は玄関のエントランスに、通称【地獄門】と呼ばれているダンジョンへの入り口があり、その両脇に廊下が延びている構造だ。なので、その廊下の入り口にシャッターを下ろせば、侵入者に対してかなりの足止めになる。

 とはいえ、現代のようなシャッターを作る事はできなかったので、天井から格子状の鉄柵を、簡単な仕掛けで下に落とすだけの代物だ。だから作動させると、あんなに音が響く。頑丈に作った分、結構な重量だしね。

 鉄柵を下ろしたのはウーフーだろう。この家の避難マニュアルでは、緊急事態を通知後、二、三分程度の余裕を見てから、二階から玄関を監視していた者が、監視部屋の仕掛けを使って、鉄柵を下ろす段取りになっている。当然、一階にいる者は、警報ののち、速やかに玄関から離れるよう訓練されている。

 あちこちの部屋から使用人がでてきて、廊下の隠し通路の奥へと消えていく。そのなかには、両足のないキュプタス爺もいる。だが、避難している者のなかで一番落ち着いているのが、そんなキュプタスだった。


「慌てるでない。落ち着いて動いても、十分に間に合うぞい」

「は、はい……っ」


 キュプタス爺が落ち着くように言い聞かせても、やはりどこかソワソワしている。まぁ、彼らがこの家にきてから、初めての襲撃だしな。浮足立つのも仕方がないのかも知れない。


「おや、ショーン様。お元気そうですな」

「キュプタス爺もね。みんな落ち着きがないね」

「まぁそうですな。しかしまぁ、数をこなせばそのうちみな落ち着きましょうて」

「そうだね」


 落ち着かないとはいっても、十人程度が避難するのに、それ程時間はかからないだろう。彼らが避難するのを見届けたら、僕もさっさと隠し通路に入ろう。避難にそれなりに手間取りそうなキュプタス爺を見送ってから、避難してくる使用人がいなくなったのを確認し、僕らも隠し通路に避難する。

 廊下の腰壁にある隠し扉を開き、そこに体を潜り込ませた瞬間。ドォンというけたたましい音とともに、我が家の扉が破られた。


「おらぁ!! でてきやがれ、クソガキィ!!」

「おいおい、そんな脅したら怖がってでてこれねえだろ。ぎゃはは」

「白昼夢くぅ~ん。お兄さんたち、怖い事しないからでておいでぇ~」


 隠し通路に潜みながら、侵入者たちの様子を窺う。どうやら、かなり質の悪い連中のようだ。


「襲撃者の質も下がってきたなぁ……」

「そうですね。まぁ、いまだに旦那を倒そうと思ってる時点で、質の低さは証明されているようなもんですがね。これからはもう、そんな連中しかきませんよ」

「気の滅入る話だね……」


 それはそれで困るんだけどなぁ……。ダンジョンに吸収できる生命エネルギーは、結構個人差がある。きちんと鍛えた健康体であれば、かなりのエネルギー量になるのだが、その逆もまた然りなのだ。あんな連中が、きちんと己を律して鍛えているとは、とても思えない。

 とはいえ、あんなんでもDP的にはいい収入になるからなぁ。


「ま、そのうち下に行くでしょ」

「そうだといいですね。鉄柵を破られると、家を荒らされる恐れもあります。価値あるものはそれ程おいてませんが、掃除や補填が面倒です……」

「この忙しいときに……」


 ゲンナリしつつ、互いにため息を吐く僕とジーガ。

 そんなおり、なにやら壁の向こうから聞こえる音に、変化があった。いつもとは違った雰囲気に、僕とジーガは顔つきを真剣なものにして、壁に耳を寄せる。


「な、なんだぁ、てめぇら!? 俺たちを、ベラス一家と知ってんのか!?」

「はぁ!? ベラスなんて知んねーし! どこのチンピラ集団だっての。こっちは、セイブンのヤツに言われて、仕方なく挨拶にきただけだっての。したら、そいつの家がいきなりチンピラに荒らされてて、なんかもうめんどくせーんですけど? マジ帰っていい?」

「やめろ。副リーダーの命令を軽んじるな。こんな虫けらのような連中を言い訳に、命令の不履行など認められるわけがない。お前はどうして、いつもいつもそう不真面目なん――」

「あー!! うっさいうっさい。お説教なんて聞いてないし!」


 どうやら、襲撃者たちとは無関係の人間が、現れたらしい。口の悪い女と、生真面目そうな男の声だ。声を盗み聞きしていると、どうにもこの二人の方が揉めているように聞こえるのは、気のせいだろうか?

 それにしても、セイブンさんの知り合いか? わざわざウチに出向く用事がわからないな。ダンジョン関連で、なにか緊急の用事ができたとかなら、本人がくるだろうしなぁ……。


「おい、てめえら!! 俺たちを無視してんじゃねえ!!」

「うっさい。もう面倒だから、こいつらのしてから家主探そー」

「それがいい。このようなカスどもに、僕の時間をこれ以上使われるなど我慢ならん。一人残らず、物言わぬ肉塊にしてやろう」

「上等じゃねえか! てめえらこそ二人まとめて、ミンチにしてから白昼夢に食わせてやんよ!!」

「ちょっと待てよ! 女の方は、俺らに楽しませろ」

「俺は男の方をくれ。女になんぞ、興味はねえ!」


 うわぁ……。混沌としているなぁ……。仕方がないので、僕は自分の手のひらに魔力を集め、そこに理を刻む。

 そこで繰り広げられていたのは、戦いなどではなく、蹂躙だった。


「おらおらぁ!! どうしたどうした、三下どもぉ!? こっちを犯すんじゃぁなかったのぉ!? んな腰使いじゃ、ちっと良くねぇぞおらぁ!!」


 朱柄の槍を携えた、褐色肌の銀髪女性。格好は、まるで野球帽のような目庇まびさしのある、鉢金付きのパイロットキャップ型の兜が一番に目に付くが、それ以外もすごい。丈は短いくせに襟ぐりの深いシャツは、豊満なその体付きを全然隠せておらず、薄く腹筋の浮くおなかは丸出しだった。なにかのモンスターの革で作られたと思しきファー付きのジャケットもまた丈の短いもので、両腕とその大きな胸を守る以外の役目はまったく果たせそうにない。

 そして下もまた、軽装備というにも心もとない姿だった。ホットパンツに踝丈のブーツ。つまり、その小麦色の脚線美は、余すところなく衆目に晒されている状態だったのだ。

 彼女が躍動するたびに、その美しい銀髪がたなびき、豊満な体付きは揺れ、健康的な脚線美が地面を蹴る。なんというか、戦っている姿が実に絵になる女性だった。


「ぎゃぁあああああ!?」

「な、なんだ!?」

「足!! 俺の足が折れたぁ!?」


 だが、その戦い方は苛烈を極める。

 朱柄の槍を携え、疾風のごとき踏み込みで敵の懐に入り込めば、十人二〇人の男たちはなす術なく蹴散らされる。

 いま悲鳴をあげている連中は、まだ運のいい方だ。なにせ、大抵は急所から血を流しつつ、地面で事切れているのだから。


「うぎゃ!?」


 近すぎる敵を槍の柄で叩き伏せ、適度な間合いの敵を突く。突く。突く。ミシンかとツッコミたくなるような速さで、幾人もの男たちは物言わぬ躯へとジョブチェンジを果たしていった。


「な、なんだこれ!? ち、近付けねえ!!」

「く、くそ! なんなんだこりゃあ!?」


 もう片方の男性も、これまたすごい。

 金髪ロングという、一見すると女性にも見える髪型だったが、その体付きはどう見ても男性。なにより、彼の両耳は所謂笹穂耳というやつで、外見は正統派エルフといった姿だった為、髪型にも違和感はなかった。

 騎士風の出で立ちではあるのだが、ジャケットもパンツもシャツもタイまでもが、白黒のツートンカラー。しかも左右で。なんと革製の剣帯までもが黒、鞘は白と色分けされている徹底ぶりだ。

 スマートな騎士姿だというのに、そのカラーリングだけで彼のセンスというものが、並みからは外れているというのがよくわかる。もしかしたら、この世界のエルフたちの間では、こういうファッションセンスが主流なのかも知れないけど……。たしかに、モノクロファッションのなかにあって、その金髪と碧眼は良く映える。

 そんなエルフ青年の使う武器は、細身の直剣だ。その奇抜な格好から受ける印象からは反して、実に堅実な戦い方である。


「うがっ!?」

「く、くそぉ!? 腕が、腕がぁ!?」


 近付くチンピラたちの武器を受け流し、弾き、躱し、ときに防ぎつつ、その持ち手を傷付けていく。武器を取り落とした男たちは、もはやできる事もないと逃げ出すのだが、背を見せた瞬間に青年に斬り捨てられる。


「誰が逃亡を許した、カスども。僕が貴様らゴミに許したのは、そこで立ち尽くし、絶望する事だけだ。許可なく動くな。殺すぞ?」


 神経質そうな声音で命令され、腕から血を流す男たちは、誰一人として動けなくなる。中には利き手ではない方の手で武器を取ろうとする者もいたのだが、すぐさまそちらの腕も斬り付けられ、動けなくなってしまう。

 そんなとき、僕は一人のチンピラがひそかに魔力を練り、そこに理を刻んでいる事に気付いた。珍しい。

 普通、マフィアやチンピラに、魔力の理を修得している者は少ない。なにせ、修得の為には、それなりの勉強をして知識を蓄えないといけない。それができるなら、わざわざならず者なんぞに落ちぶれなくても、生きる道ならいくらでもあるのだ。

 とはいえ、珍しいだけでいないという事もない。それらを投入する前に、和睦して退いただけで、たぶんウル・ロッドにもいただろう。

 そんな事を考えている間に、チンピラの一人がエルフ青年に【魔術】で火の矢を打ち込んだ。

 それに気付いた青年は、つまらなそうに顔の前で剣を構える。左腕を背に回し、直立する姿はまるで騎士の敬礼だ。


「カラト一刀流、一竜一猪いちりょういっちょ


 正直、彼がなにをしたのか、僕にはわからなかった。それでも端的に目の前で起きた事を言葉にするなら、エルフ青年が火の矢を切り裂き、二つに割れた火の矢が使い手のチンピラにUターンしていったように見えた。

 いや、Uターンというよりは、巻き戻しか? 一刀の元に斬り捨てたと思った瞬間、一瞬一時停止をしたように火の矢は停止し、そのまま術者の手元まで戻っていき、彼を火だるまにした。

 おそらくこれは、ただの剣術というよりも、なんらかの魔力の理を用いた現象だ。まだ僕には、その仕組みまではわからない。だが、わかった事もある。

 彼はたぶん、魔術剣士だ。

 一見すると、ただ剣を振るっているだけのように見えるが、きっとこちらにわからぬよう、魔力の理や生命力の理を駆使して戦っているのだろう。もしかしたら、独自の複合的な術式も行使しているのかも知れない。

 ああ、惜しいなぁ。もしここにグラがいれば、いろいろと聞けたのに。そうでなくてもダンジョン内だったら、のちのちグラに聞く事もできただろう。


「ちょっと」


 そんな事を考えていたら、いつの間にか家の玄関ロビーには、屍山血河ができあがり、戦闘は終わっていた。まともに立っているのは二人だけで、当然それは爆乳褐色美女の槍士とエルフの魔術剣士だった。

 そんな二人の視線は、まっすぐ僕に向けられていた。


「そこに隠れてるヤツ、でてこいよ。もう残りはてめぇだけだぜ?」

「早くしろ。僕は忙しい」


 あれ? これ、ちょっとヤバくない?

 爆乳褐色美女が、その穂先を僕のいる方へと、正確に突き付けてくる。間に鉄格子があるからと、全然安心できない。


「こそこそ覗き見しやがって。気に食わねえから、てめえもついでに死んどけ」

「時間の無駄だ。口上など述べず、さっさと殺せ。これだから貴様は愚鈍だというのだ」

「ああ!? いまなんつった、このクソエルフ!?」

「愚鈍だといったのだ。いつからダークエルフは、頭だけでなく耳まで悪くなった? これ以上、僕の時間を無駄に浪費するな。さっさとやれ」

「こっちに命令すんじゃねえよ!! やりたきゃてめぇでやりやがれ!!」


 どうやら、爆乳褐色美女はダークエルフだったらしい。パイロットキャップのような兜で、耳が見えなかったからわからなかった。とはいえ、おそらくはセイブンさんの知り合いらしいこの二人に、ここで襲われるなんてごめんだ。


「ちょっと待ってください。僕はこの家の家主で、セイブンさんの――」


 僕が声を出すと、幻術で認識から外れていた姿が、彼らの目にも映ったのだろう。微妙に外れていた視線が、僕に合う。


「うるせぇ! 姿を消して覗いてた時点で、怪しいんだっつの!」

「自分は無関係、誰それの知り合い。盗賊どもの常套句だな」

「いや、この状況で問答無用はないでしょ……」


 こいつら、ここが僕の家だってのを忘れてんじゃないの? ここにいる人間を皆殺しにでもするつもりか? ここには使用人だっているのに。


「……まぁいいか。死んでも恨まないでね」


 事情も聞かずに殺しに来るんだから、別に反撃してもいいよね。まぁ、死んだら死んだで、そっちの責任だよ。

 僕は手のひらの魔力に理を刻み、幻術の用意を始める。僕と二人との間には、鉄格子がある。少しは時間稼ぎになるだろう。


「ハッ! 化けの皮が剥がれるのが早えじゃねえか!!」


 爆乳褐色美女が、マフィア連中と戦っていたときにも見せた踏み込みで、一気に距離を詰めてくる。いや、それ以上か。

 彼女は鉄格子の前にたどり着くと、その突進のエネルギーをすべて乗せて、突きを放つ。ギュオ、という動物のうめき声のような音を響かせて風を裂き、その槍は僕へと向けてまっすぐ伸びてくる。だが、ここは鉄格子の向こうだ。届くはずが――


「――っぶなっ!?」


 この女、あっさりと槍を離しやがった。まっすぐ飛んできた槍を、僕は転がって避ける。取りにも行けない場所に得物を離すとか、思い切りが良すぎるだろ。


「どけ、役立たず。死にたくないのならな」

「チィッ、このクソエルフがッ!!」


 エルフ剣士の声が聞こえた途端、こんどは爆乳褐色美女の方が僕と同じように地面を転がる。その瞬間、弾けるように鉄格子がバラバラに切り刻まれた。鉄片になった残骸が降り注ぎ、ちょっと痛い。


「【幻惑ドローマ】」


 とりあえず、男の方に幻惑をかけておく。敵意は、煽らなくても十分だろうしね。


「ふん。幻術か。生命力の理で対処可能だ、愚か者」


 あ、そっか。幻術はモンスターには効きにくいという弱点があるのだが、その分人間には効きやすい。ただし、そのかわり人間は、幻術に対抗する手段をいくつか持っている。生命力の理で心を守るのも、その手段の一つだ。


「カラト一刀流……――」


 エルフ剣士は剣を担ぐように、フォムタークに構えると、その細身の剣に青白い炎を宿して剣技を放つ。


「――一擲乾坤いってきけんこん


 そのまま振り下ろした一刀をなぞるように、青白い炎が飛んでいく。……屋敷の奥へと。こいつ、我が家に火を放ちやがったな。


「バカエルフ! しっかり幻術にかかってんじゃねえか!!」

「ふん。愚かなダークエルフめ。いまのは敵を褒めるべきところだ。あの一撃を避けた身のこなしは見事だ。次はないがな」


 いや、避けてないけど。なんなら、まだ床に転がったままだけど。まぁいい。どうやら、生命力の理による抵抗レジストに失敗したようだから、いまはエルフ剣士の事はおいておこう。爆乳褐色美女の方は、得物こそなくなったものの、おそらくはいまだに僕よりも戦闘力は高い。

 僕は再び魔力に理を刻み、こんどはほとんど間髪入れずに幻術を発動させる。かなり初歩的なものだったので、理を刻むのも一瞬だ。


「【憤懣シモス】」


 たぶん、こいつらには効くと思って使った、相手の不満、苛立ちを煽る幻術。案の定、ただでさえイライラしていた二人は、目に見えて態度も動きも荒く大雑把になった。恐らく、多少は生命力の理で抵抗しているのだろうが、それでも効果を完全に消せてはいない。

 元から苛立っていたせいで、抵抗しきれなかったのだ。


「クソ、クソ、クソ。ちょこまかすんな、このガキ!」


 雑な動きで僕に掴みかかってくる爆乳美女。その腰から抜いた短剣を、もう片方の手に持っている。掴まれたら、あれで刺されてしまうだろう。


「【監禁カルケル】」


 いつだったか、グラが冒険者に使った、害意に応じて相手を拘束する檻の幻を見せる幻術を使う。害意が強ければ強い程、狭い檻を作る。これだけこちらに対する敵意が強ければ、まず間違いなく身動きは取れまい。

 そう思ったのだが、爆乳褐色美女はこちらを見て、にやりと笑う――しまった!?

【憤懣】を抵抗されていたのか、それとも【監禁】の方を破ったのか。どちらかはわからないが、この人は幻術に惑わされていない。爆乳褐色美女は動きを止める事なく、僕の懐へと入り込み、胸倉を掴みあげる。左手の短剣を喉元に突き付けられ、完全に万事休すだ。

 そして、背後からも剣が肩に当てられる。どうやらエルフ剣士の方も、【幻惑】の抵抗に成功したらしい。完全に万事休す。

 仕方がないので、ここは奥の手を――と思った瞬間、まるでトラックにでも跳ねられたように、真横に吹き飛ばされた――僕の前にいた、爆乳褐色美女が。


「この……――大馬鹿者どもがッ!!」


 屋敷全体が揺れるような大音声を発したのは、盾を構えたセイブンさんだった。

 大きなラウンドシールドを左手に構えたセイブンさん。常に柔和な表情を湛えていた彼が、いまは憤怒の表情で仁王立ちしていた。

 怒っている……。それもかなり激怒しておられる……。

 壁に叩き付けられた爆乳褐色美女は、呻きつつ上体を起こそうとしてた。すごい音で叩き付けられていたけど、大丈夫だろうか。冗談でもなんでもなく、交通事故のような吹っ飛び方してたけど……。

 いつものギルド職員用のお仕着せ姿だったが、左手には大きなラウンドシールド、右手には鞘に入ったままの、それもあまり質のよろしくなさそうな剣を装備している。

 いつもの姿を見慣れている僕には、それがすごく違和感だった。常とは違う表情も含めて、セイブンさんを視界に収めて、たっぷり三秒は彼が誰だかわらなかったくらいだ。

 そんなセイブンさんが、憤りも露な口調で二人に言い放つ。


「バカだバカだとは思っていたが、よもやお前らがここまでのバカだとは……。挨拶に行かせたら、まさかそこの家主に襲い掛かるまで、頭が空っぽだったとはなッ!!」

「ご、誤解だ、副リーダー。僕はこの家が盗賊どもに襲われていたから、それを倒していただけで……」


 エルフ剣士がなにか言い訳をし始めたら、セイブンさんギロリと睨み付ける。次の瞬間、ぶおんと風が過ぎたと思った瞬間、背後にあった気配が消え、ドォンという衝撃音が聞こえた。それから慌てて振り返れば、壁に叩きつけられたらしくぐったりと倒れているエルフ剣士君がいた。

 そして、いままでエルフ剣士がいた辺りには、セイブンさんの長い脚が真横に伸びている。恐らくは、エルフ剣士君を蹴り飛ばしたのだろう。

 しかし、あのどこにでもいそうな普通のおじさんであるセイブンさんが、ここまで苛烈な武力を行使するとは思っていなかった。いや、彼も三級冒険者なのだから、当然戦闘能力が高いのだという事は、頭ではわかっていた。

 だが、本当にごくごく平凡な外見で、特にイケメンというわけでもなければ、ワイルドとは真逆の雰囲気のセイブンさんが、あっという間にあの二人を制圧してしまった事が、なかなか信じられない。目の前で見せられた光景だというのに、である。

 スーツを着せて満員電車に放り込めば、ウォーリーを探せ並みに発見困難になりそうな、あのセイブンさんが、天下一武道会出場者に様変わりしてしまっているのだ。にわかには信じられないのも、当然だろう。

 まぁ、たびたび怖さの片鱗は見せ付けられてきたけど……。


「セ、セイブン……、こ、こっちは……」

「ただの言い訳だったら、もう一発食らわす。それを覚悟したうえで、己の行動に非はない、あるいは情状酌量の余地があると思うなら、発言しろ」

「…………」


 壁を支えに立ち上がった爆乳褐色美女は、冷たい目のセイブンさんにそう言われて押し黙る。僕の話を聞かず、問答無用で襲いかかった自分たちに理がない事くらいはわかったようだ。


「セイブンさん」


 とりあえず、僕を中心に置いたトライアングルで、この空気を維持するのは勘弁して欲しい。ピンポンダッシュをした子供を、親が目の前で叱り付けている場面を見せられているような、こちらは全然悪くないのにいたたまれない気分になる。


「できれば、マフィア連中の拘束を手伝っていただけませんか? 避難した使用人たちを解放するにも、このままでは危険ですので……」


 マフィア連中は、床で死体になっているか、呻いているか、直立してこちらに敵意はないと示しているかの状態で、まだロビーにいる。たぶん何人かは逃げただろうが、別にそれは構わない。逃げたヤツまで追いかける程、彼らに興味はない。

 だが、こんな状況になったからには、当局なりなんなりに引き渡さずにはおけないだろう。まさか、生命力が勿体ないので、地下に持って行ってくださいとは言えない。


「そうですね……。シッケス、お前は衛兵の屯所まで行って、人を呼んで来い。ィエイト、お前は賊の捕縛をしてから、死体の片付けだ」

「わ、わかった!」

「うぐぅ……。りょ、了解、した……」


 ぴゅぅんと効果音まで付きそうな勢いで駆けだした爆乳褐色美女は、廊下のかなり先まで飛んでいっていた槍を拾うと、すぐさまUターンしてきて、玄関からでていった。

 倒れていたエルフ剣士の方は、まだ本調子ではないみたいだったが、腹をさすりつつよろよろと立ちあがると、剣を鞘に納めて賊の方に向かって歩きだした。

 どうでもいいが、好機と判断したマフィアの一人がエルフ剣士に襲い掛かたら、抜き打ちで首を落とされていた。そんな剣士が、あの爆乳褐色美女と二人して恐れるセイブンさん……。

 別に必要もないのに争うつもりはなかったが、その覚悟を新たにする。

 そんなセイブンさんはこちらに向きなおると、深々と頭を下げてきた。


「本当に、申し訳ございませんでした! 完全にこちらの監督不行き届きです!」


 その姿は、本当に手の焼ける部下に振り回されている、有能な中間管理職といった雰囲気で、実に哀愁を誘う。いや、たまにぼくらにも振り回されているか……。反省反省。

 ギルド職員としても、パーティの副リーダーとしても、苦労性な人だなぁ……。

 そんな事を思いつつ、セイブンさんの謝罪を受け入れ、僕は依代の自爆シークェンスを中断するのだった。

 以前のような、抜き差しならない状況に陥った場合の保険に、新たに依代に持たせた機能だ。まさか、こんなにも早く使いかけるとは思わなかった……。


 結局のところ、弱者が強者に対抗する手段なんて、差し違えるくらいしかないんだよねぇ……。情けないけど。




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