三章 〈5〉 1/2
〈5〉
必要なものを取り寄せたり、加工に時間がかかったりするので、杖作成はいったんお預けとなり、僕らは直近の課題を片付けるべく話し合いを設けていた。
「バスガルからの干渉はどうなってる?」
「相変わらず、小手調べ程度の弱いモンスターを放つだけです。あまり積極的な攻勢にはでていません」
「意外だな。てっきり、初日からガンガンくるタイプだと思っていたんだが……」
これでは、『ガンガンいこうぜ』どころか『いのちをだいじに』ですらない、ただの日和見ではないか。
こっちとしては、冒険者ギルドと【雷神の力帯】の準備が整うまでは、守勢を堅持する予定だったのだから、むしろ願ったり叶ったりだ。僕らはむしろ、時間稼ぎの方法に頭を悩ませていたくらいなのだ。
だが、どこか不気味だ。
なんでバスガルは、攻勢にもでないのに、ダンジョンを広げるような雑事にリソースを注いでいる? こちらを侮り、短期決戦を想定しているのなら、戦後に必要な作業を前倒ししているとも考えられる。だが、それなら小手調べは不自然だ。
侵略戦争において、自分の領域を広げるメリットは、相手の戦力を分散させる以外には思い付かない。しかし、現在バスガルがやっているような前哨戦を行うと、こちらにも向こうの手の内が割れてしまう。
まぁ、もともとこちらは、冒険者からの情報が入ってくるので、開戦前から前哨戦を行っているようなものだが……。
それでも、せっかく広げた地形を、こちらの斥候に調べられてしまえば、あまりに費用対効果が悪すぎる。領域を広げるなら、積極的に攻勢にでて、互いに戦力をぶつけ合うような殴り合いにならねば、意味が薄いのだ。
「ダンジョンコアとして、向こうの動きに関しての見解は?」
「わかりかねます。私から見ても、バスガルの行為はあまり効率的とは思えません。律儀に宣戦布告まで行って、これ程までに消極的な姿勢を見せるのも不自然に思います」
「だよなぁ……」
あの宣戦布告といい、ギギさんの態度といい、向こうのダンジョンコアはたぶん結構な武闘派だ。それも、人間たちに追い込まれた武闘派という、かなり行動予測の立てやすそうな相手だった。
だが、いざ蓋を開いてみると、意味のわからない行動にでて、こちらは混乱しきりである。もしも撹乱工作の類なら、なかなかの戦果といえるだろう。意味はあまりないけどね。
「……ダメだ。考えてもわからないから、この件は後回し」
「大丈夫でしょうか?」
不安そうなグラの声に、僕も自信なさげに頷く事しかできない。
僕としても侵略戦争なんて初めての事だし、あまり確信をもってなにかを断言できないんだよねえ。もしかしたら、丹念に小手調べをするのが相手の流儀なのかも知れないし、ダンジョンの領域を広げるのも、いつもやっているルーティーンだからという可能性もなくはない。
そうだとすると、変に動いて、こちらに有利な状況を崩したくないのだ。こっちの目的は、あくまでも時間稼ぎなのだから。
「次。えーっと、カベラの件か。まぁ、借金問題はどうとでもなる。問題は、その後のギルド支部の乗っ取りだ」
商業ギルドというのは、特権商人の特権にあやかる為に大規模化した、商人たちの寄り合い所帯だ。カベラ商業ギルドもまた、服飾関係の特権をいくつか有する交易組織である。
この町にあるのは、あくまでもカベラ商業ギルド支部だ。その支部の幹部たちが、いまこの町から逃げようとしている。
まぁ、逃げる事そのものについてはどうでもいい。借金についても、前述の通り問題はない。が、そのギルド支部を牛耳るとなると、それなりに手間が生じるわけだ。
「私はそちらにはノータッチにならざるを得ないのですが、大丈夫ですか? いまの状況で、雑事に煩わされるのは時間の無駄では?」
それこそ、バスガルの行っているような真似ではないかと、グラは指摘してくる。そうだね。だからこそ、バスガルのあの行動も、僕らのやっている事とおなじような、彼らにとっては必要だけど、僕らとの争いには関係のない行動かも知れないのだから。
「大丈夫。そっちはジーガと、ウル・ロッドに任せるから。あ、あとスィーバ商会もか。ともあれ、僕らはあまり手を煩わされる事はない」
「はぁ。ウル・ロッドというのは、以前に攻めてきたあの愚か者連中の事ですよね?」
グラは相変わらず、ウル・ロッドに対していい感情は抱いていないらしい。まぁ、当然か。ウチを攻めた連中だもんね。
いまはある程度共闘関係にあるんだけど、そういう経緯から、グラは連中に対して警戒心を崩さない。まぁ、僕だって別に、全幅の信頼をおいているわけじゃない。
「彼らには彼らで、使い道があるのさ。ジーガにカベラを乗っ取らせれば、僕らが【鉄幻爪】シリーズで気を使う相手はいなくなるといっていい」
「ほう、それはたしかに朗報ですね。たいした手間ではありませんが、だからといって人間どもにいいように使われるのは業腹です」
「だからさ、乗っ取ってからこっちがいいように、カベラ商業ギルドを使ってやろうと思ってる」
「ふむ。なかなか魅力的な話ではありますね。具体案が気になるところです」
うーん、教えてもいいけど、グラって人間社会に疎いからなぁ……。『全部叩き伏せて、いいなりにさせれば良いのです』みたいな、原始人のような理屈を振りかざしかねない。
「具体案は、これからジーガと詰めていくよ。気になるなら、グラも同席する?」
「いえ、そこまでの興味はありませんね。私になにか手伝える事はありますか?」
やはり、気になるといっても、そこまで強い関心ではなかったらしい。とはいえ、手助けしてくれるつもりはあるようだ。
だったら、アレの作成をお願いしよう。僕がやるつもりだったのだが、できるかどうかまだ全然見通しが立ってないものだ。しかも、完成させるにはかなり繊細な作業が必要になる。
「え? うーん、じゃあもしかしたらできないかも知れないんだけど、作ってもらいたいものがあるんだ」
「ふむ。できないかも知れないという前置きが少々気に入りませんが、わかりました」
「材料はガラス、金、銀、その他」
金や銀は、【鉄幻爪】シリーズがアクセサリーとして売り出される為に、結構手元にあるのだ。しかも、今回の計画で使用する量はそれ程多くない。
「なにを作ればいいのです?」
「聖杯」
僕は事もなげに、現代地球でもたった一つしか現存していない代物の作成を依頼する。
● ○ ●
翌日。
とうとう、【雷神の力帯】のメンバーが二人、このアルタンの町に到着したという報告が届いた。
僕に直接関係ないというのに、なぜかギルドの使いがきて、報告してくれた。いやなんで?
「ジーガ、例の件はどうなってる?」
そんな一級冒険者パーティの事はおいておいて、僕は食堂で朝食を摂りながら、ジーガにカベラ商業ギルド乗っ取り計画の進捗を聞く。食堂にいるのは、僕だけだ。グラはこういう場には、あまり顔をだしたがらない。
「スィーバ商会はすぐにでも、旦那と会いたいそうです。予定は旦那に合わせると言っています。今日でもいいとの事ですよ。よっぽど、こちらと繋ぎを作りたいんでしょうね」
「じゃあ今日でいいよ。準備しといて」
「了解しました」
ジーガも最初こそ驚いていた計画だったが、話を詰めていくうちに積極的になってきた。
「ウル・ロッドとは話を付けた?」
「まだですよ。そっちは、ファミリーのうえにアポを取りたいと打診した段階です。こっちの目的についても、まだ知りません」
そりゃあ、あちこちで吹聴していたら、向こうだって警戒してしまうだろう。ウル・ロッドが計画の全容を知るのは、もはや足抜けできない段まで首を突っ込んでからだ。
「まぁ、雄弁は銀、沈黙は金か」
「違ぇねえ」
たまに見せる、ジーガの粗野っぽい口調に、僕もニンマリと笑みを浮かべた。最近、他の使用人もいるからと、全然砕けた態度を取らなくなったんだよね。まぁ、仕方ないんだろうけどさ。
「ただですねぇ、カベラ商業ギルドの看板に傷を付ける事は難しくないんです。なにせ、町を捨てて逃げるんですから。向こうも、立つ鳥跡を濁しまくりで、既に周囲から白眼視されています。ですが、やはり乗っ取りともなると、旦那が正面切ってギルドにケンカ売る事になると思うんです。面倒な事になりますよ?」
まぁ、特権商人たちとのケンカとか、想像するだけでゲンナリするよね。だが、その心配はない。
「大丈夫だ。ギルドにケンカを売るのは、この状況でなりふり構わず、町を捨てるこの町の支部の幹部どもだ。ウル・ロッドがいれば、そういう風に誘導するのは、造作もない」
「なるほど。ですが、そいつらと一緒に旦那が恨まれる可能性はありますよ?」
「たしかに。だが、僕らはどちらかといえば、彼らの信用回復を手助けする立場だ。むしろ、感謝されて然るべきだろう。もしそれでも敵対するというのなら、それはつまり、カベラはこの町の儲けを完全に切り捨てるという判断を下す事に他ならない。君の目から見て、あのギルドはそれ程愚物揃いだったりするのかい?」
「いやまぁ、そんなわきゃないんすけど……」
それでもちょっと、自信なさげな態度のジーガ。まぁね、正直僕らのなかでカベラ商業ギルドの株は底値だ。本当に、そんな愚行に走らないなどと、断言できる程の自信はない。
それに、ジーガだってプレッシャーはあるのだろう。今回の計画をシンプルに要約すると、特権商人と一家の執事とが、正面切って殴り合いの商戦をするというものなのだ。普通にやったら、まず勝ち目はない。
だが、向こうには落ち度があり、こちらには使える手札がいくつかある。現時点でも勝機は十分にあり、聖杯が上手くいけば勝利は間違いない。
「でもですね、一度カベラの看板をメタメタにするなら、その再建にはやっぱり元手がないと無理ですよ。それは、いくらウル・ロッドがいたって、どうにもなりません。彼らはあくまでもマフィア。商いという戦場においては、門外漢もいいところですからね。当然、当家の財布を逆さにしたって、全然足りません」
それはそうだろう。僕は所詮、一回アタリ商品を開発しただけの、アクセサリー職人に過ぎない。それが、この世界だとそれなりの値段になるうえ、ジーガが資産管理をしてくれるから、いまはそこそこ羽振りはいい。だが、それだって小金持ちという程度に過ぎない。
特権商人のギルドという看板が、そんな安値で売っているわけがない。そんな廉価で販売されていたら、間違いなく曰く付きだと判断して、むしろ誰も手をださないというレベルである。
だから僕は、彼らの失地回復の為の布石を用意しておくつもりなのだ。その為に、カベラはジーガを無視できなくなる。そんな計画なのだ。
「それなんだが、いまのうちにブルネン商会とイシュマリア商会に話を通しておいて」
「ブルネンとイシュマリアですか? どう話を通しておけば?」
「近々、奴隷を大量に購入する予定がある。注文するまで、あまり数を減らさないで欲しい、とでも」
「え?」
思いがけないところで、思いがけない話を聞いたとばかりに、ジーガはキョトンとした顔をする。
「もしかしたら、正規の職員として、両商会の本来の商品を求めるかも知れない。ただし、こちらはどうなるかわからないから、言質は取られないように」
「は、はぁ。旦那、なにをするつもりです?」
思っていたよりも話の規模が大きかったからか、ジーガの声は震えていた。なにせ、カベラ商業ギルドの看板を立て直すだけの資金はないと言ったのに、それ以上の資金が必要になるであろう、なんらかの計画の話をされたのだ。ビビって当然である。
「大丈夫。お金については、アテはあるんだ。まぁ、僕らの財布からでていくお金じゃないから、安心しなよ」
「だ、誰の財布をアテにしてるんです? ちょ、ちょっと怖いんですけど」
大丈夫大丈夫。向こうもたぶん、大喜びで財布の紐を緩めてくれるから。
あ、でも、そういえばダンジョンを探知するマジックアイテムを使ったとかで、いま結構散財してるんだっけ——この町の領主って。
● ○ ●
「どうもどうも、お初にお目にかかりますぅ。スィーバ商会の会頭、ケチルと申しますぅ」
ケチ臭い名前だな。本当に大丈夫か、この商人。とは思ったが、そんな事はおくびにもださず、笑顔で挨拶を返す。
「どうも。僕はショーン・ハリューです。一応はこの家の当主です」
「どうもどうも。いやぁ、ようやくお会いできました! カベラさんのところからお断りをいただいたときには、もうダメかと思いましたよ。いや、ホント。ですがですが! 精霊様は我々を見捨ててはいませんでした! こうしてショーン様とお会いできる機会をいただけたのですからね!」
なんというか、スゴいな……。
見た目はよくいる三十代前半くらいの、ちょっとメタボっぽくなってきたかなといった体型のおじさんだ。コミカルなカイゼル髭がチャームポイントだ。
スィーバ商会は、宝石や貴金属アクセサリーをメイン商材にしている商会なので、会頭である彼も高そうな服に、高級そうなアクセサリーを身に着けている。だというのに、ちっとも嫌味がない。
言葉もそうだ。真剣じゃない悲壮感とでもいうのか。実際、かなり本気でこちらと繋がりを持ちたいと思っていたはずなのに、自らの不幸を笑い話にしているあたりが、実に軽妙だ。ひょうきんなのに、あまり卑屈さを感じさせないユーモアがある。
「それで本日は、どのようなご用件で? ジーガさんからは、なにやらショーン様にはお悩み事があるとか。手前どもでお役に立てる事ならもう、なんでもやってみせますよぅ! それはもう、なんでも!」
「お代は【鉄幻爪】でって事かい?」
「いやいや! 流石にそこまでがっつきませんよぅ。今回は、ショーン様との関係を築ければもう、御の字というやつでして! 【鉄幻爪】シリーズに関しましては、勿論別口でのお取引にしていただいて構いませんとも! その際には、必ずやご期待通りのお値段を提示できると自負しておりますぅ!!」
つまり、今回の話し合いでは、こちらに恩を売るだけにとどめるつもりだったらしい。今後取引をできる関係になれれば、ケチルにとっては十分な報酬という事か。
だとしたら、この話は大喜びで飛びつくだろうな。
「実はね、今日スィーバさんにお願いしたいのは、借金の肩代わりなんだ」
「借金……? ですかぁ?」
スッと、ケチルの目が細められる。やはり商人。金の話ともなれば、軽薄な態度は鳴りを潜めるようだ。ますます好感度が高くなる。
「そう。元々は、カベラ商業ギルドに対してしていた借金で、この屋敷を管理する人材を雇う資金だった」
「ほうほう。そういえば、最近ショーン様のところでは、【鉄幻爪】シリーズの量産ができるようになったり、貴金属アクセサリーが開発されたりといった動きがありましたね。それはもしや、使用人が増えた事と関係が?」
「まぁ、それだけではないですが、雑事に煩わされる事は減りましたからね」
「なるほどなるほど。たしかにそれは言えますね。最近は、ならず者も減りましたから」
ケチルはカイゼル髭を撫でながら、訳知り顔で頷いた。たぶん、マフィア関係でのゴタゴタが片付いたのも、量産の要因だと思っているのだろう。
「その借金を、向こうの都合で一方的に取り立てられてしまってね」
「なんですと!?」
「当家にとっても寝耳に水の話。手元不如意でね。よければ、スィーバ商会さんに付け替えてもらいたいと思っているわけだ」
おっと、なぜだろう常にない物言いになってしまった。いかんな。彼と話していると、不意に尊大な言葉が口をつきそうになる。どうにも、精神を誘導されているように感じる。それは、幻術的な精神作用ではなく、話術による誘導だ。
気を付けないと……。
「ほうほう、それはそれは。しかし、最近のカベラさんの振る舞いには、少々眉をひそめておりましたが、まさかそこまでの事をしておられたとは……」
ケチルはため息をついて、肩をすくめる。こういった貸し剥がしという行為は、あまり褒められたものではない。
特に、いまのような状況では、町全体の経済活動に悪影響を生じる恐れすらある。もしも連鎖的に、他の商業ギルドが唐突に取り立てを始めれば、特に問題のない商家や職人までもが、破産しかねない。
しかも、僕が奴隷を買う為に借金をしたのはつい最近の事であり、返済も滞りなく行っている。法的には、完全にアウトな行為なのだ。ぶっちゃけ、借金の取り立てを不当だと当局に訴えれば、返さなくてもいい話である。
「とはいえ、ハッキリいってそんな輩にお金を借りている状況は、ぞっとしません。こうまでされて、カベラ商業ギルドに借りを作っておくのは怖すぎます。そこで、以前お声をいただいたスィーバ商会を思い出したというわけです」
「それはそれは……。以前は領主様のご息女様からの依頼を、カベラさんに取られてしまい悔しい思いもしましたが、こうしてショーン様のご記憶の片隅に我らの名を残せたと思えば、なかなかどうして大きな成果を得られていたという事ですなぁ。そうしていまは、そんなカベラさんをショーン様がお見限りの際に思い出される。世の中というのは、不思議な巡り合わせがあるものです」
しみじみとそう呟くケチルだが、やはりどうしてもその動きがコミカルに見えてしまう。なんというか、どこか二次元ちっくなのだ。いってしまえば、実写の映画のなかにCGのキャラクターが紛れている感じだ。
「ジーガに我が家の資産状況を確認させました。もしも現金での返済をお望みであれば、三ヶ月後には完済が可能だそうです。スィーバ商会がお望みなら――」
「物納でッ!! ももももも勿論、物納でお願いしますよぅ! そんな殺生な事を言わないでくださいよぅ! ショーン様だって、我々が【鉄幻爪】を欲しがっているのはご承知でしょうぅ!?」
「いえ、どうもそれ程【鉄幻爪】は欲しがっておられないように見えまして……」
「意地悪を言わないでくださいよぅ。勿論、欲しいに決まっているじゃあないですか。当商会としましては、定期的に【鉄幻爪】を納入していただけるのであれば、カベラさんよりも好条件をご提示できると自負しております! なんなら、ある程度は借金も棒引きして構いませんよ?」
「いや、利子が発生する程前に借りたわけじゃないから、棒引きすると元本がきれいさっぱりなくなっちゃうよ?」
「な、なんとぉ!? まさかそんな借金を取り立てるとは……。い、いえ、それでもショーン様と今後お取引ができるのであれば、このケチル! その程度の出費は厭わぬ覚悟であります! その代わりといってはなんですが、何卒何卒、今後は当商会とも【鉄幻爪】シリーズのお取引を……」
いやそれだと、ただただ僕らの為に金を払っただけだ。商人としてそれはどうよ?
「流石にそんな事はさせられませんよ。きちんと返済はさせてもらいます」
「ありがとうございます。いやもうホント、本当の本当にありがとうございます! 当商会は領主様とも懇意にさせていただいておるのですが、地元のアクセサリーも手に入れられないのかと、お叱りを受けておりまして。これでようやく、御用商人としての面目を保てるというものです。はい」
ちょうどいい話題がでた。僕はそこに乗っかる形で、次の話題に移行する。
「スィーバ商会は領主様の御用商人だったのですか?」
勿論ジーガ経由で知っていたが、驚きつつそう問いかけた。
「ええ、ええ。私どもは他所との繋がりではカベラさんには及びませんが、領内では指折りの商会ですよぉ。特に、お召し物の仕立てを任されているという事は、それだけ信頼されているという事ですぅ!」
そういえば、なにかの読み物で見た覚えがあるな。昔のお偉いさんが暗殺を警戒した職業は、一に医者、二に床屋、三に仕立て屋だったとか。一は言うまでもなく、二は頭部という最大の弱点に刃物を近付けるという、かなり無防備なところを見せるから。そして少し危険度は下がるが、仕立て屋もまた近場で針などを扱う為に警戒されたとか。
つまり、それだけスィーバ商会は領主一族に信用されているという事なのだろう。自慢気な態度にも納得である。
まぁ、それだけに、地元で作られたアクセサリーを手に入れられなかったのは、痛恨事だっただろうが。
「そうでしたか。もしかしたら、いずれ領主様に献上したいものやお願いしたい事ができるかも知れません。その際には、スィーバ商会を頼りにさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ふぅむ……。その内容次第、としか申せませんねえ。どのようなものを収めたいのか、どのような願いなのかがわからないのでは、こちらとしてもなんとも……」
歯切れの悪いケチル。だがそれも当然だろう。ここで安請け合いするような輩では、むしろこっちが不安になる。とはいえ、今日のところはこれでいい。こうしておけば、いざ領主に話を持っていく段になってもスムーズに話が通る。
まぁ、聖杯が完成するか、ウル・ロッドが話にのってきたら頃合いだろう。
「なるほど。本日はあくまでも前置き、という事ですな? よろしいですとも。このケチル、一端の商人として己の言葉には責任を持ちましょう! しかし……、なにやら儲けの匂いがぷんぷんしますねぇ。もしよろしければ、そのお話、ウチにも一枚噛ませてくださいね?」
「あまりスィーバ商会の専門とは、関係のない計画なのですが……」
「なんのなんの。たとえ関係がなかろうと、ご協力できる事はきっとございますとも。なんとなれば、資金提供だけでもさせてくださいよぅ。勿論、お支払いも物納で一向に構いませんとも!」
どうやらこの男、そうとう【鉄幻爪】シリーズにご執心らしい。あるいは、一度領主からの信用を失いかけた事を重視して、是が非でも僕らを繋ぎ止めようというつもりか。
空手形を切るような真似は危うさもあるが、僕らにそれを悪用するだけの力も伝手もないと踏んでの物言いなら、なかなか油断ならない。まさにその通りだからね。
「それではその際には、是非ともスィーバ商会にもご助力願いたく思います」
「絶対ですよ!? 絶対絶対、お声をかけてくださいね!」
その後少し雑談を入れてから、お土産代わりに僕の作った方の【鉄幻爪】を渡したら、大喜びだった。これからは、グラの作る貴金属製のアクセサリーを取引のメインにするから、僕の作る護身用はあまり売れなくなるだろうと教えたのだが、それでも嬉しかったようだ。
だったらこれは自分用にすると、大はしゃぎだった。御用商人だからなぁ。身の危険を感じる事も多いのだろう。
フォーンさんに渡した報酬の残りの【鉄幻爪】も見せたが、それにも大喜びだった。絶対に自分に売ってくれと、何度も何度も念押しされた程だ。元々カベラ商業ギルドに卸す予定だったものなので、問題ない。
きっと、領主のご令嬢や奥方に売りつけるのだろう。
ケチルが帰ったのち、ジーガに彼の印象を聞いてみた。
「まぁ、旦那も感じたとは思いますが、内心が読めない人ですね。それに、話しているといいように手玉に取られそうで、不安になります」
概ね僕と同じ感想だな。加えていうなら、かなり油断ならない人ってところか。
「あと、あの人はたしかに商売上で組むならいい相手かも知れませんが、あまり信用しすぎない方がいいでしょうね。たぶん」
どうやらジーガも、ケチルのあのひょうきんな態度で、彼を侮ったりはしないらしい。重畳重畳。
別にこちらを騙しているわけではないだろうし、言葉にも嘘はないだろう。だが、間違いなく、彼はあの人懐っこい表情の奥で、こちらを値踏みしていた。そのうえで、最後はこちらの計画に加わらせろと要求してきたのだから、それなりに評価はされたと見ていいだろう。はてさて、彼はいったい、僕らにいくらの値を付けたのだろうね。
「さて、じゃあ今日の予定は、全部消化したかな?」
「そうですね。このあとは、特別な用事はなかったはずです」
「もう商売の話以外でも、すっかり執事らしくなっちゃったね。少し寂しいよ」
「仕方ねえでしょ。下のもんに礼儀を教えた端から、俺たちが守らねえんじゃ、示しが付かねえっての」
苦笑しながらそう言って肩をすくめるジーガ。まぁ、たしかにその通りだろう。だからといって、寂しいのは事実だ。
「じゃあまぁ、今日はもう下に行って、ずっと研究でも――」
『緊急! 緊急! 襲撃だよ! 襲撃! みんな、訓練通り避難して!』
僕が地下へと戻ろうとしたら、緊急連絡用に各部屋に通じている伝声管から、慌てたような声が響いた。この声はウーフーか。今日は、彼が外の監視を担っていたらしい。
さて、それではハリュー家恒例の、マフィア襲撃イベントの開催だ。町がこんな時くらい、連中も休めばいいのに……。




